第2話 模擬戦
屋敷の東側にある騎士団専用の修練場に足を運ぶと、すでに木剣を携えたオーベルクが待ち構えていた。
「いったいどういう風の吹き回しでしょうか。アーク様」
到着するなり、険しい視線で僕を睨みつけてくるオーベルク。
まるで「肥満の戯言に付き合っているほど、私は暇ではない」と言わんばかりの雰囲気だ。
見下されている。確実に。
ただ、それではいけない。
僕は傲慢不遜な悪役貴族なんだから、キチンと示しておかないね。
権威ってヤツを。
「シュテリンガー家の次期当主であるこの僕が、直々《じきじき》に剣の稽古をつけてやると言っている。不服か?」
「い、いえ。そんなことは……」
今、一瞬フフってしたよね?
「バカ言ってんじゃないわよ」って顔してたよね?
僕は案外、そういうのは見逃さない。
「だったら黙ってすぐに構えろ。僕も騎士団長ごときと遊んでいるほど暇ではない」
修練場の壁に立てかけられていた木剣を手に取りながら、少し煽るように僕はオーベルクにそう言い放った。
自分から呼びつけておいてこの言い種もアレだが、あまりにも下に見られるので少し腹立たしかったから挑発してやった。
ああ、だが勘違いしないでもらいたい。
けしかけた本当の理由は、彼女にそこそこ本気を出してもらうためだ。
自身の実力を知るためにこの場を設けている。手を抜かれてはあまり意味がない。
「(白豚が。調子に乗るなよ)」
いや、聞こえてるんだけど。その毒付き。
どうやら僕の煽りはテキメンだったようだ。
「かかってくるがいい」
「アーク様」
殺意の眼光で僕に問いかけてくるオーベルク。
「なんだ」
「模擬戦とは言え、私は戦いで手が抜けぬ性分が故、場合によっては怪我では済まぬこともありますが、よろしいか?」
命を落としても文句を言うなってコトね。
いいだろう。受けて立つ。
僕も木剣を中段に構え、そして言い放つ。
「くどい。二度言わせるな」
「それでは……」
そう言い終えた瞬間だった。
オーベルクは華麗な体捌きで僕の目前まで一気に迫り、横薙ぎの一撃を繰り出す。
「ああ」
なんだろう、この感覚。
ゾクゾクするような、脳みそと体温が熱くなるような。
これはおそらく高揚感、だな。
「なっ!?」
オーベルクは一撃で僕の脇腹を抉り、肋骨の3、4本でも軽く砕いて悶絶する僕を見下したかったのだろう。
だが、そうはならなかった。
「そんな大振りでこの僕を仕留められるはずがないだろう」
「くっ!」
僕の回避は剣を構えたままスッと半歩後ろに下がっただけ。あの一撃は全て見切れていたから、最小限の行動しかしなかったんだ。
「もう終わりか?」
「くっ! 舐めるなぁ!」
見えているよ、次の攻撃も。
突進の勢いを利用して左足を蹴り上げるつもりだろう。
筋肉の微妙な動かし方でなんとなくわかる。
この“見切り”の力……
やはりアークの戦いにおける才能は本物だったようだ。
おっと、油断してはいけない。
彼女の足の長さだと、この場所に留まればあの蹴りはここに届いてしまうな。
よし、もう一歩後ろへ下がって反撃の狼煙を……
……なっ!?
「フェイクだ、アーク様」
「くっ!」
まさか、躱された木剣をそのまま切り返して攻撃してくるとは思わなかった。思わず回避から防御へ方針転換し、まともに剣と剣をカチ合わせてしまう。
鈍い打撃音が修練場を震わせる。
「(どんな足腰してんだ、この騎士団長は!)」
体勢的に無理がありすぎる一撃にも関わらず、その剣は驚くほど重かった。
「さぁ、気を抜くと肉塊になりますよっ!」
「こんのぉ!」
繰り出される連撃。
すべて見切ることはできている。
ただひとつひとつが重すぎて、捌き続けるのはなかなかにしんどい。
とにかく一旦距離を取って立て直さないと……
「隙ありっ!」
「のわっ!」
あれだけブンブン剣を振り続けていたのに、オーベルクは急に身体を寄せ、思いっきり僕に体当たりしてきた。
アーク、デカいクセに体幹弱すぎるだろっ!
踏ん張りが利かず、丸い体が地をゴロゴロと転がり、そのまま壁に激突した。
いやでも。
これはこれで結果オーライかもしれない。
背中やら何やらかなり痛かったが、距離は取ることができた。
「はぁぁぁぁ!」
好機と見たオーベルク。
片膝を着いて立ち上がろうとする僕との距離を最速で詰めるべく、加速する。
そのまま頭蓋でも叩き割るつもりなのか、両手持ち上段に木剣を構えながら、鬼の形相で突進してくる。
だが――
僕は冷静に考える。
どうもこの辺りが、今の騎士団長の限界のようだ。
このオーベルクという女騎士団長。
実は正しい選択肢を重ねれば、剣聖になれる器ではあるんだ。
ただいかんせん直情的なところがあり、破滅フラグも案外多い。その性格が災いして、ゲームにおける攻略難易度はAランクとかなり高い。
さっきはちょっと油断して騙されちゃったけど、もう慢心はないよ。
彼女の実力はわかった。
さっさと終わらせようか。
「これで終わり……って、きゃ!」
「動くな」
「……へっ?」
「木剣とはいえ、僕の全体重を乗せてこのまま喉元を突けば、無事では済まんぞ」
おそらく、彼女は自身の身になにが起こったのかまったく理解できていなかっただろう。
僕がどう動いたか?
答えは簡単だ。
オーベルクが走り来る途中の地面を、簡単な地属性魔法で少し隆起させたんだ。
いくら体幹が強靭な彼女とはいえ、突進の途中で急に段差ができればさすがに脅威。当然引っ掛かり、つまづき転ぶ。
そして計算通り、ちょうど僕の目の前に、彼女は仰向けの状態で倒れた。あとは馬乗りになって喉元に木剣を突きつければ、いっちょ上がり。
このまま剣にカラダを預けて加重すれば、少なくとも喉笛は潰せるだろう。
ちなみに魔法を使うアイディアは即興だった。
アークが原作でソコソコ使えていたから、ぶっつけ本番でゲームイメージを頭の中で具現化し、念じてみたらなんとかなった。
なにごともやればできるもんだ。
「魔法は反則ではありませぬか、アーク様」
気づかれたか。だが……
「戦場に規則など存在しない」
「ごもっとも。降参です」
互いにフッと健闘を称え合う微笑みを浮かべる。僕は馬乗りを解除して立ち上がり、右手を差し出す。
「騎士団長たる者、常に冷静さを失うな。お前には才能がある」
「ありがたきお言葉」
僕の伸ばした手を掴み、オーベルクも立ち上がる。
「今日の敗北は気にするな。また明日から励めよ」
「はいっ!」
僕の実力を認めたからのか、オーベルクに少し可愛げを見た。表情は明るく、瞳が輝いている。さっきまで僕のことを白豚とか言って見下してたクセに。
まったく、調子がいいもんだ。
「僕は部屋に戻る。それじゃあな」
そう言って、僕は修練場を後にした。
◇
「頭痛がヒドい……気持ち悪い……」
部屋に戻るなり、僕は壁へもたれかかるように倒れ込んだ。
体中が熱い。
汗が毛穴と言う毛穴から噴き出している。
戦っている最中はあまり感じなかったけど。
そういえばあの修練場、めちゃくちゃ暑かった。
これ多分、現代風で言うところの熱中症だ。
まいったな。
あんなに少ししか動いてないのに、まさかこんなことになるなんて。
「アーク様。昼食前のお菓子をお持ちしまし……」
「ゲ、ゲッティ……み、水と、塩を……」
「きゃああああ!」
ゲッティの叫びが遠くに聞こえる。
朦朧とする意識の中で、僕は改めて決心した。
肉体改造と体力づくりだ。
明日からさっそく破滅回避のために、僕はエニグマダンジョンで周回を始める。




