第1話 白豚転生
目を覚ますと、見知らぬ天井だった。
「アーク・ヴィ・シュテリンガー、か……」
まだ眠気は残っていたが、瞬間的に自分のいま置かれている状況が、まるで雪崩のように流れ込んできた。
どうやら僕は、とあるゲーム世界の『悪役』に転生してしまったらしい。
しかもまだ10歳。
成長著しい、子供時代の設定のようだ。
コンコン
「アーク様。ご朝食をお持ちしました」
「ちょ、待っ――」
跳ね起きた瞬間、体勢が崩れる。
「うわっ!」
急にのしかかった自重に逆らえず、僕はベッドから派手に落ちた。
痛みでさらに、自分の大事な特性を思い出す。
そう、この悪役貴族――
実は、肥満だった。
急いで片足だけスリッパをつっかけ、慌てて扉を開ける。
「す、すまないゲッティ。入っていいよ」
「あっ……ああああ!!」
見上げると、メイドのゲッティが携えた盆で口元を押さえ、小刻みに震えている。
もしかして、寝起きで派手な音を出し過ぎてビックリしちゃったのかな?
それは申し訳ないことをした。
「ア、アーク様が……自ら扉を……開けて下さった……」
「えっ?」
「しかも……私に“すまないゲッティ”と……」
忘れていた。
このアーク・ヴィ・シュテリンガーという男――
感謝や謝罪とはまるで正反対。
救いようのない性格破綻者。
破滅確定の、まさに悪役貴族のそれだった。
マズいと思い、咄嗟に口調を悪役に戻す。
「お前の耳は節穴か? 僕は朝食に“スパゲッティ”はあるのかと聞いたんだ」
「し、失礼いたしました! 本日の朝食にスパゲッティはございません!」
「なんだと? まぁいい。ちなみに言っておくが、僕が自ら扉を開けたのは配膳が遅すぎて業を煮やしたからだ。勘違いをするな」
「も、申し訳ございませんでした……」
相手の空耳を装い、恐ろしく強引に会話の辻褄だけを合わせにいったが、なんとかなったようで助かった。
序盤でこの男、アークの性格が変わったと疑われるのは悪手だろう。
郷に入っては郷に従え――
ここはオープンワールド型RPG『グランドテイルズ』の世界だ。
王国、帝国、魔族、古代文明が入り乱れる大陸で、僕はヘイトとカロリーを溜めまくる最低最悪の悪役貴族。
原作の主たる破滅エンドは三つだ。
肥満による脳血管の断裂。肥満による心臓血管の破裂。
そして、肥満とは特に関係がない、原作主人公による理不尽な断罪だ。
どれも墓石直行。
いずれも絶対に回避しなければ、僕の命は終わる。
「なにをしている? 早く部屋へ入って食事を並べろ。僕は空腹だ」
「は、はい!」
ゲッティの後ろには三段式の配膳用ワゴンがある。全ての段に銀色の大きなドーム状のカバーがかぶせてある。
隙間から漏れるこおばしい香り。
あの各棚には、いずれも本日の逸品が載っているのだろう。
手際よく、次々とそれらが備え付けの大きなテーブルに並べられる。
「(やべ、うんまそう! てか寝起きにこんな豪華でハイカロリーなモノ食ってたら、そりゃ太って当然だろ)」
見ているだけで自然と脳内と口内からいろんな汁が溢れてくる。
いや、待て待て。
落ち着け、アーク。
悪役とはいえ、僕は貴族だぞ。
はしたなくがっつく姿など、ゲッティには見られたくない。
ということで。
今のところなんとか頑張って無表情と冷静さを貫いている。
「どうぞ。お召し上がりくだ……」
「おい」
「は、はいっ!」
食卓の違和感に気が付いた僕。
食事をするのに必ず必要な、アレの姿がどこにもない。
「ナイフとフォーク、それに小皿がないぞ」
「……はい?」
「いや、ナイフとフォーク……」
「あ……ああああああ!!」
えっ?
「あ、あのアーク様がついにっ! ナイフとフォークを、お使いになられるとっ!」
今度は震えながら目頭を押えだすゲッティ。
瞳には涙が浮かんでいる。
いや、まさか……
アークは今までずっと、手で食事を摂っていたってことなのか? まぁ確かにそういう文化圏の国もあるにはあるけど……
子供とはいえ貴族なんだから、テーブルマナーくらいは学んでいてほしかった。この男はずいぶんと甘やかされて育てられたようだ。
「何度も言わせるな。用意しろ」
「か、かしこまりました!」
何故か敬礼ポーズをしてから、足早に部屋を後にするゲッティ。
視覚と嗅覚を刺激し続ける豪華料理を目の前に、やっぱり手で食べちゃおうかという欲望を必死で押さえながら、僕は部屋の脇に置いてあった鏡の前に移動した。
「まさに、白豚だな」
映し出された醜い姿に、僕は思わず苦笑するしかなかった。
アーク・ヴィ・シュテリンガーという悪役には蔑称があった。
極悪怠惰な白豚貴族――
顔面は蒼白で輪郭はまんまる。
10歳にしてすでに多くの人間を不幸のどん底に叩き落してきたかのような人相。
ただ意外にも、顔面個々のパーツ自体は凛々《りり》しく均整は取れていた。
体型は絶望的だ。
身長に比して横幅が異常に広い。
寝巻は今にもはち切れそうで、ボタン各位がギリギリと歯ぎしりしているようだ。
「このカラダ。なんとかしなくちゃね……」
鏡の中にいたそれは、蔑称が真実であることを物語っていた。
◇
――と、言ってはみたものの。
現実は厳しかった。
「ごちそうさま」
ゲッティが準備してくれた食器類が揃うや否や、僕はテーブルに並んでいる見ただけで満腹になりそうなほどの豪勢な朝食を、ものの見事に平らげてしまった。
今日までこのカラダを肥大し続けた、この男の食欲は伊達ではなかった。
「す、凄い……米粒ひとつ残さず、キレイに完食されている……」
「えっ?」
「しかも今、“ごちそうさま”と……」
「……」
しまった。またやってしまった。
そりゃ今まで野獣が如き暴食っぷりだったので、急に完璧なテーブルマナーで食事をしてたらおかしいよね。
ただもう言い訳するの、面倒だな。
強引に話を進めてしまおう。
「ゲッティ」
「なんでしょう、アーク様」
「ここを片づけたら、オーベルクに修練場まで来るよう言っておけ」
「シュテリンガー家最強を誇る、女騎士団長のオーベルク様を、でございますか?」
「そうだ。この僕が直々《じきじき》に剣の修行をつけてやる、とも付け加えておけ」
「か、かしこまりました……」
食事の最中、決心したことがひとつある。
このアークという男の食欲はどうにも抑えられそうもない。だが痩せなければ待っているのは破滅エンドだけだ。
だったら、動くしかない。
せっかく『原作知識』があるんだ。
これを生かさない手はないだろう。
「(近隣にわりと経験値効率のいいダンジョンがあったはず。そこで周回レベルアップをしながら、肉体改造も兼ねるほうが合理的だよね)」
ただ、そのためにはまず、自身の実力を知らなくては話にならない。ゲッティにオーベルクの召喚を依頼したのはそのためだ。
僕の記憶では、このアークというキャラ。
極悪非道な肥満だがかなりの手練れだった記憶がある。
才能はあると思っている。
騎士団長との模擬戦でそれを確認する。
体型と性格が絶望的なんだから、どうかせめて、戦闘スキルくらいはまともであってほしいと心から願っている。
第一話、お読みいただきありがとうございます。
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