第14話 周回500日目
エニグマダンジョンが地獄と化してから200日が過ぎた。
僕がここで周回を始めてからの通算日数だと、今日でちょうど500日目になる。
と、言うことはつまり……
「やりきったぁぁぁ!!」
エニグマダンジョン(地獄級)地下5階。
いつもの巨大空間に積み上げられた、レッドドラゴンやらコカトリスやらといった猛者たちの死屍累々《ししるいるい》。
その頂に立ち、僕は心の底から喜びを叫んでいた。
体調のすぐれない日もあった。
精神的に乗らない日もあった。
でも僕は一日も欠かすことなく、この苦行を乗り切った。
今日くらい、僕は自分で自分を褒めたいと思う。よくやったぞ! アーク・ヴィ・シュテリンガー!
おまえは、偉い!!
「よし。最後にステータスがどうなったか、この場で見てみよう」
まずは身体情報からお見せしよう。
これが、結果だ!
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名 前:アーク
性 別:男
年 齢:12(+2)
身 長:160(+20)
体 重:56(-8)
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思ったよりも身長が伸びた。
だから体重の減少幅はゆるやかになるよう、食事はしっかりコントロールできた。
食べるほうに関してはそれほど苦ではなかった。バランスよくしっかり食べればよかっただけなので、自分的には満足だった。
僕の記憶の範囲で言えば、この年齢における身長と体重の比率は完璧だ。体型は完全にぽっちゃりを脱し、イイ感じで引き締まっている。
わりと筋肉質。でも痩せ型ではない。
少なくともこれでもう、白豚と呼ばれることはないだろう。
顔もシュッとして、鏡で見ると思った通り美形であることも証明できた。今の僕は、伯爵家の子息に相応しい男になれているんじゃないだろうか。
「次は……」
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名 前:アーク
職 業:???
レベル:??
攻撃力:????
防御力:???
魔 力:????
体 力:301(+300)
敏 捷:405(+400)
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思い起こすと最初は大変だった。
なんせ冷属性魔法をアレンジして熱中症を抑えていたくらいだからね。
最初は本当にしんどかったよ。
でもいまじゃ体力は301オーバー。
事実、ちょっとやそっとのことで、僕はもう疲れなくなっていた。
感覚的には3日3晩、ここで戦い続けたとしても耐えられるくらいには、体力が増えたと感じている。
ステータスの“?”表記はまだ見れない。特殊な条件を満たせば見れるんじゃないかとミルちゃんは言っていたが、現状においてそのやり方はまだ判明していない。
ドラゴン級の敵はもう問題なく倒せるから、数値は気にしないことにした。
まぁ確実に、自分、強くはなれてるでしょ。
ここが地獄級になった最初の頃は大変だったけどね。
それももはや、いい思い出だ。
「ここで周回するのも今日で最後。ミルちゃんに挨拶していこう」
【闇道】を敷き、僕は約束通り週1で会っていたミルちゃんの元へと急いだ。
◇
「ふぇぇぇ……」
「泣かないでよ、ミルちゃん。たまには遊びに来るからさ……」
「ふぇぇぇぇん!!」
まるで大好きな彼氏に別れ話を切り出された彼女みたいなリアクションで泣き出すミルちゃん。
ちなみに彼女は古本だ。
実際に泣いているワケではない。
「色々と世話になったね。ここでの時間は僕にとって最高に有意義だったよ」
「ぐす……浮気したら、許しませんからね……」
「えっ?」
「メアとかオーベルクとかゲッティとかデュネイとかカナデとか……アイツ等全員、色ボケしたメス猫なんですからね……絶対に騙されないでくださいね……」
「ははは……」
さすがはメタ視点のミルちゃん。
僕を取り巻く女性関係をよく把握している。
「私の【魔色感知】は効果範囲6万kmですからねっ! ぜんぶわかっちゃうんですからねっ!」
もはや神。
「だ、大丈夫だって! 今の僕には破滅フラグの回避しか頭にないから!」
「じゃあ、チューしてください」
「は?」
「もうしばらく会えないと思いますので、最後にチューしてくださいっ!」
いや、えっと。
僕、この世界では一応まだ12歳だし、現実でもそういう経験したことないんだけどなぁ。
まぁでも、相手は本だし。
別にいいか。
えい。
「あああああっ!!」
「んじゃ、僕はこれで……」
ミルちゃんの表紙に大きく描かれた“M”の文字の中央に軽く口をつけ、この儀式を終わらせたつもりだったのだが……
「待って!!」
「まだなにか?」
もう、ええでしょ。
「最後にひとつだけ忠告させてください。サリエルからは目を離さないで」
「サリエル?」
誰だっけ?
「クリストフ家の聖騎士団長です。これはメアがどうこう言った話ではなく、単純にかなり怪しいという意味でお伝えしました」
「怪しい?」
「はい。原作でもそうでしたが、あの男の行動原理だけはまったくわかりませんでした。私に蓄積されているあの男の個人データも異様に少ないですし。なにか企んでいる可能性が高い気がします」
情報がないからって悪いコト考えているってのも短絡的なような。
でも一応、心には留めておこう。
サリエル、だな。
「わかった! それじゃね、ミルちゃん!」
「ふぇぇぇぇん!!」
無限ループに陥りそうだったので、僕はもう振り返らずに、そそくさと図書館を後にした。
◇
「やぁぁぁっと解放されるわぁ」
「契約満了だ。今日までご苦労だったな、デュネイ」
エニグマダンジョンから出て実家に帰った僕は、すぐに修練場へ出向いた。
待ち人はデュネイ。
3日に1度の頻度だったが、師匠として500日間しっかり付き合ってもらった。
途中お互いにダレていた時期もあったが、僕の魔力量が増加するとともに厳しい鍛錬を追加して相手をしてくれた。
何度か実戦形式で戦ったこともあった。
僕もかなり魔法の腕を上げた。
でも結局、デュネイには最後まで歯が立たなかった。
“天帝の魔女”の異名は伊達ではなかった。
「最後のほうは私にとってもいい鍛錬になったわ。ありがとね、アーク」
「金一封は出ないぞ」
「ケチ!」
しおらしくしている時は、頭の中でソロバンを弾いている時だ。長い付き合いでそれがわかったのも収穫だった。
彼女とは契約上の関係ではあったが、思いのほか仲良くなれたとは思う。
このままウチで雇われていてくれると百人力なのだが、彼女の性格上それができないことは重々《じゅうじゅう》わかっていたので、一旦ここでお別れだ。
「いつでも遊びに来い。次はもっといい仕事を紹介してやる」
「仕事じゃなくても来るわよ。いつでも呼んでちょうだい」
「食事は有料だぞ」
「ケチ! ま、女子ってのはね、たまには素敵な男子に会いたいものなのよ」
ステキな男子って僕のこと?
いくら痩せて見た目がよくなったとはいえ、魔女から見れば僕なんてタダの口の悪いクソガキでしかないと思うのだが。
「世事は好きではない」
「あら、私は本気よ。アークはイイ男になった……」
えっ?
ほっぺにチューされたんですが。
相変わらず、動きはまったく読めなかった。
「別れのキスよ。女性の好意はありがたく受け取っておくことね」
「年増に興味はない」
「ホント……その口の悪さだけは、変わらないわね」
そう言って、デュネイは移動用の箒を召喚した。
「ま、いっか。それじゃあねぇ~」
高速で飛び去ったデュネイの背はすぐに視界から消えた。
静まり返る修練場の大きく開けた天井から、初冬の太陽が照り付ける。
「ここから、だな……」
僕は空を見上げた。
永遠ではないとはいえ、今日だけで二人の親しい女性と別れたことになる。
今生の別れじゃないから、またいつでも会えるんだけど。
それが少しだけ、寂しかった。




