第15話 幼馴染と入学準備
僕は今、王立魔法学園グリンガムへの入学準備のため、近隣の魔道具ショップを訪れている。ちなみに自分の道具を買い揃えるためではない。
「あ、これなんかどうかな? アーク」
「却下」
公爵であるメアの父から懇願されては、伯爵の息子である僕の立場では断れなかった。
目的は《《メア》》の入学準備だ。
その買い出しに、なぜか僕が付き合わされている。
バンビーノの一件があって以降、メアの父デモン・アシュ・クリストフは僕に対して好意的になった。
一応、僕がメアの窮地を救ったことは素直に認めてくれて、それまでの様々な非礼についてはすでに謝罪を受けている。
僕自身そのことについて、そこまで気にはしていなかったのだが。
まぁずっと嫌われているよりかは好かれる方がはるかに気分がいいからね。謝られて悪い気はしなかったし、それまでのことは全て水に流した。
以降、シュテリンガー家とクリストフ家は家族ぐるみの付き合いになっている。
「(それは別にいいんだけども……)」
このことについて記憶を辿ると、その時抱いたある疑念がどうしても脳内を去来する。バンビーノのあの一件。その後の公爵の対応についてだ。
判決の決定権は公爵であるメアの父にあった。
だがどういうワケかヤツは、死罪にはならなかったのだ。最終的には辺境地での終身奴隷の刑で決着した。その点だけは未だに腑に落ちていない。
もしかしたら、貴族内の政治的な裏の駆け引きがなんらかあったのかもしれない。感情論だけで先走れないのが大人の世界だってのは、僕もわかってはいるけども。
それにしても、自分の娘があんな目にあったんだぞ?
そのこともあってか、あの事件の以後10日間くらい、メアはフラッシュバックに苦しんでいたみたいだし。
今ではもうすっかり元気だけど、当時のメンタルは相当しんどかっただろうに。
クリストフ家の僕に対する信用度は確かに上がっている。だが、僕のほうがあの《《家》》に対して、本当の意味で心を許すことは一生ないだろう。
「え~。かわいいと思うんだけどなぁ」
「魔道具は実用性が全てだ。見た目など意味がない」
メアが手にした魔道具は洒落ているだけのガラクタだった。値段に対して性能がまったく釣り合っていないので却下しただけだ。
ああ、ちなみになんだが。
僕の進路は、他の科に比べて偏差値がズバ抜けて高い総合科だ。
シナリオ通りなら、おそらく原作主人公もそこへ入るはずなので、僕は迷わずその科を選んで受験し合格した。試験は早く解きすぎて暇だったからほぼ寝てたけど。
メアはもちろん治癒科。
原作通りの進路だ。彼女はここでヒーラーとしての基礎と応用を学ぶ。
本人曰く、筆記試験も実技試験もギリギリの攻防だったそうだ。試験前は楽勝とか言ってたんだけどね。まぁ、当落線上でもなんでも合格したならそれでいい。
これからいよいよ、僕の破滅フラグ回避に向けた原作主人公との駆け引きが始まるんだ。仲間は一人でも多いほうがいい。
メアもあの一件があって以降、本気で自己を鍛え直したのか、今はもう見違えるほど逞しくなっている。
集団戦闘では必須のヒーラー。
僕の貴重な戦力の1人。
必要な人材だ。
少しは頼りにしている。
「じゃあこっち! これなら文句ないでしょ……」
「メア」
あ、しまった。
色々と考え事をしながら行動していたからなのだろう。僕は手に取っていた高性能魔道具をぶっきらぼうにメアへと押し付け、そして真剣な眼差しを彼女に向けてしまった。
表情筋が固まって視線もかなり険しかったと思うから、怒ってると勘違いされてしまったかもしれない。
「(トゥンク)なっ!? なに?」
あ、ちょっとビクッとしたけど、なんか大丈夫そうだ。
話を続けよう。
「これにしろ。異論は許さん」
「わ、私の道具なのに、なんでアンタが勝手に決めるのよ!」
「価格・性能・耐久性。いずれも申し分がないからだ。他に理由はない」
「もうっ!」
頬を赤くしながら、明らかに納得のいっていない表情のメア。やっぱり怒ってたみたいだ。
あ、でも結局買うんだ。
「サリエル。これ、清算してきて」
「かしこまりました。メアリーベル様」
僕たちの後ろにひっそりと佇んでいたのは、クリストフ家の聖騎士団長サリエルだった。メアのお目付け役であり、そして僕が今、原作主人公の次に警戒すべき男だ。
いくら僕の信用度が公爵家で上がっているとはいえ、ふたりっきりで市場をうろつかせるほど高まってはいなかったらしい。
彼がついて来るなら、別に僕はいらなかったんじゃないかと思うんだけど。サリエルが魔道具を選べば事足りたんじゃないか。大人だから僕より詳しいだろうし。
公爵家の価値基準はよくわからない。
ちなみに今のところ、サリエルに不穏な動きは特にない。本当にメアを大事にしている、身内の優しいお兄さんといった印象しか持っていない。
ここでなにか掴める新しい情報もなさそうだし、しばらく放置で問題ないだろう。
「用は済んだな。僕は帰るぞ」
「えっ! もう帰っちゃうの? もうすぐお昼の時間だし、せっかくだから一緒にランチでも……」
「予定がある。また今度だ、メア」
「そっか……」
そこまで残念がることもないだろうに。
昼食くらい、いつでも一緒に食えるじゃないか。
ヘンなメア。
「それじゃあな」
「アーク! あ、あの、今日は付き合ってくれて、ありがとう……」
「公爵殿の命令に従っただけだ。気にするな」
「入学式は……あの、一緒に行ってくれるんだよね?」
「父からもそう命じられている」
「そっか。それなら、いいんだけど……」
なにをもじもじしている?
最近、ちょっと様子がおかしいんじゃないのか?
まぁいいか。
とにかく早く帰らないとね。
今日は入学前の最終訓練の日なんだ。
オーベルクに本気でやり合おうと挑んだらオーケーをもらえた。
楽しみだ。僕がこのゲーム世界に転生してすぐに模擬戦をして以来の対決だ。僕も強くなったが、彼女もあの時より格段に強くなったと聞いている。
最初で最後の真剣勝負かもしれない。
血が躍らずにはいられない。
◇
「ガウル伯爵様から承諾は得ました。実戦形式の真剣勝負でお願いします」
修練場で待ち構えていたオーベルクの手には、彼女の本装備である聖剣ルーンブレイカーが握られている。
「手は抜かん。命を落としても文句を言うなよ」
相手にとって不足なし。
僕も父から借りたシュテリンガー家に代々伝わる宝物がひとつ、王剣グリムマリスを構える。
「そのお言葉、そっくりお返しいたします」
出会ってすぐに模擬戦を行った時の雰囲気とは明らかに違う。
あの時は完全に舐められていたのだろう。
それも致し方ない。
なんせアークはあの当時10歳で、まだぽっちゃりお坊ちゃんだったから。
だが、今は違う。
肉体はすでに完成し、体力は申し分ない。筋力と魔力は数値的なことはわからないが、かなり強くなってはいるだろう。たぶん。
いずれ剣聖になれる素質のある騎士に、ひとりの戦士として認めてくれたというのは喜ぶべきことだ。
どうであれ、今のオーベルクは油断も隙も無い本当の強敵だ。今の僕でも、手を抜いて勝てるほど甘くはない。
「秘技でも奥義でも好きに使うがいい。すべて薙ぎ払ってくれよう」
「アーク様。私が勝ちましたら、その、例の約束、果たしてもらいますからね……」
なんだっけ? そんな約束をした記憶は……
……いや、したかも。
なぜあのバタバタしていた時に、軽々しくイエスと言ってしまったのか。不覚だった。
色々考え事してたからだな。場の雰囲気でなんとなく返事をしてしまうことはだれにでもある。
だが一度言葉に出してしまった以上、それを反故にすることはできない。
そんな格好悪いこと、僕には無理だ。
まぁ、勝てばいいだけだからね。
「お前の繕った正装で入学式へ行け、だったか。いいだろう。僕に二言はない」
「(トゥンク)そ、それではっ!」
オーベルクの表情が一瞬パッと輝いたのも束の間、すぐに険しいモノに切り替えて戦闘態勢に入る。
これは余談だが、オーベルクの趣味は裁縫だ。技術も職人顔負けの腕前らしい。
ただ見た目のセンスがあまりよくなく、現代風に言えばいわゆる“オネショタ”系統の服を好んで作る。
痩せた僕にどうしても、自分の生み出した自信作を着せたいらしい。
勘弁してほしいよね。
それは完全に、僕の趣味ではないから。
「(そういう意味でもこの勝負、絶対に負けられないな。だが……)」
オーベルクのあの独特の構えが、コトがそう簡単ではないことを証明している。
やはり、すでに習得していたようだ。
【秘剣・桜乱絶火】
彼女が剣聖と呼ばれるきっかけとなった固有技。その秘剣で斬り裂かれた者から飛んだ火花が、まるで桜の花びらが乱れ舞いようだったいうことから名づけられた技名らしい。
斬って火の粉が飛び散る時点で、その剣速が異常だということがわかる。
今はまだ無名の技だが。
威力は、僕の中にあるゲーム知識と大差ないだろうと推察される。
必殺の技だ。
オーベルクの本気度が伺える。
「(アレ、本当に捌けるのだろうか……)」
自分から挑んでおいてなんだが、僕は今更になって少しだけ不安に襲われていた。




