7章【庇護の領域(ガーディアン)】Ⅱ
「おはようございます、マオくん」
「………。」
「昨日の夜、先生は考えたんですが
貴方はどうも食べるためではなく娯楽として人を殺しているように思うの。」
「………。」
腕を組んで小さく頷きながら魔王、もといマオくんに発表する。
「つまり、強い刺激を脳に与えて……ええと、快楽物質を過剰に分泌させている状態、」
マオくんは眉を顰める。
「………。」
「貴方にも分かりやすく、……んー、伝わるかしら。
想像しやすく説明するとね、
……貴方、辛いモノを食べ続けたらどうなるか分かる?」
「はァ。」
「最初は少しで充分なのにだんだん物足りなくなるんですって。
もっと辛いものを、もっと強いものをって
そのうちに普通の味じゃ何も感じなくなるの。
きっとそれと同じ状態なんだと思うの。」
にこにことそう告げながら続ける。
まだ慣れない鼻につく匂いと視界の情報に目を細めて。
「強すぎる刺激に慣れすぎて他のものが
全部つまらないものに感じている可能性があると想定しているわ。」
「…………。」
「でもね、
そういう舌もちゃんと戻るのよ。
刺激を少しずつ減らしていけば、薄味でも"美味しい"って感じられるようになるの。
小さな違いが分かるようになるのよ。
それって結構楽しいものだと思うの。」
「………なァ、それってよォ。
俺様を叩き起こしてまで言わなきゃならんかったか?なァ。」
恨めしく私を睨みつけながら大きな大きな口であくびをした。
運が悪ければ起きると同時に攻撃されていた気がする。
次からは起こし方も考えておこう、と思いながら会話を続けた。
「なんだかご飯の話をしていたらお腹が空いてきたわね。
昨晩は何も食べてないもの。
そうだ!今日は一緒に料理でもしましょうか。」
「俺が言うのもなんだがお前自分勝手って言われねェ?」
「あら、神殿ってキッチンとかあるのかしら…
私の世界だとあまり印象がないわね…。」
「お前全然話聞かねェじゃん。」
仮眠の取れるスペースがあり、神殿はかなり大きいものだと推測できる。
そしてある程度滞在できる、または大人数の滞在にも対応できそうな部屋が揃っていた。
となると衣食住の最低限は内部で賄える構造になっているはず。
特に"食"は重要だ。
もしも供物の文化もあるのなら単なる保存ではなく、整える工程が存在する可能性が高い。
「であれば調理したものを神様にお供えするとなると………」
ぶつぶつと呟きながら視線を巡らせる。
「昨夜案内してもらった人の休息できるスペースにキッチンなどの食への気配がなく……」
すたすた。
祭壇から近い場所を歩いて探しながら思考を続ける。
「捧げる時点で最も良い状態であることを第一条件として
洗浄、切断、加熱等の処理を行える設備は……」
祭壇から極端に離れている事は考えにくい。
「だからきっとキッチンはこの近くにあるの!」
探索しながらそう宣言すると呆れた声が後ろから聞こえる。
「お前1人で喋ってても楽しそうだな。」
当たり前のようについてくる姿に笑ってしまいそうになりながら見上げた。
すると彼はまた私を道の生き物を見る目で見ていたのだ。
「やっぱりあったわ。」
見つけた部屋に満足そうな声を出す。
ただそこはキッチンと言うには清潔すぎるイメージ。
大きな石づくりの調理台に表面に刻印が施され、刃物がきっちりと種類ごとに並んでいた。
もちろんコンロなどがない代わりに祭壇にとてもよく似たデザインの炉が備えつけられている。
食材は棚にずらりと並んでおり、卵や野菜、果物など時代によって変わるだろうが、高価なものであろうものもたくさんあった。
きっと魔法のようなものが関係しているのか冷蔵庫もないだろうに
ピカピカの食材があり、器具もとても清潔な状態で残されていた。
「面白いわ。
この世界独自の宗教感を感じるわね。
もし、貴方が詳しいならお話伺いたくなってし、」
「メシ食うんじゃねェの。」
「そうでした。」
コホン、と咳払いをしてから頭の中を整理する。
いけません、いけません。
こちらだけで盛り上がると生徒を置いてけぼりにしてしまいますね。
自分を落ち着かせてからきちんとマオくんに向き直る。
「ええと、料理ですね。
そうね……干し肉や、硬いパン、野菜……
まぁ、この材料なら野菜スープが妥当でしょう。
本当は、先生カレーの方が好きなんだけれどね。」
棚から数種類の野菜を取りながらレシピを思い出す。
調味料も限られているだろうから、きっとそのくらいがちょうど良いはず。
食材をまな板と刃物の前に置いてふと、マオくんのの手元を見た。
……毛?羽だらけ?の手にあまりにも長い爪。
乾いた血や、なにかの塊がこびりついた手だ。
「………うん。マオくんの手はとても不衛生なので
鍋に水汲んで火でもつけていてください。」
「お前そろそろブン殴るぞ。」
「まぁまぁ。
楽しいことが起こる前の準備だと思って、ね?」
「………。」
歯をむき出しにして唸る。
基本的に獣のような怒り方をするなぁ、と実家の犬を思い出した。
食材を切りながら「先生と君、どっちが早いか競争だよ」なんて軽く口叩くと数分もたたないうちに、器いっぱいに水を汲んで帰ってきて人差し指を立て一瞬で、炉に火をつけてしまった。
初めて見た魔法にびっくりして目を丸くするも、
それはさすがにずるいと抗議をすると、少しだけ喉を鳴らして笑っていた。
「本当に君は笑うタイミングまで意地悪だなぁ。
……、火が強すぎるよ。」
「火の強さでなにが変わんだよ。」
「火の通りよ。」
「………あ?」
「……………。
火の通りというのはね、」
そうして出来上がったスープは、とろけて甘くなった野菜の香りがしていた。
つやつやの高そうなお皿に注いで2人分用意する。
そのスープを前に、魔王はしばらく無言だった。
「………で?」
「食べるのよ。」
そう促してマオくんを見る。
1口。
表情は変わらなかった。
「………どう?」
私も1口もらいながら聞く。
自然の味と少しの塩、柔らかくなった干し肉も相まって個人的にはとても美味しく感じた。
魔王はまたしばらく黙った後で、
「………別に。」
それから、もう1口。
私はふっと笑ってからスープに目を落とした。
「美味しいわね。」
その表情をマオ君は少しだけ見る。
「…………まァ」
視線を逸らしたまま、
「美味ェんじゃねェの。」
そんな彼に、私は「そう、ならよかったわ。」
それだけ言ってまた笑った。
食事を終えた後、私は廊下を歩いていた。
もう少しこの世界のことを理解したかったから。
静まり返った空間に足音だけが小さく響く。
角を曲がったところで、人影が目に入った。
白い衣をまとい、盆を手にした給仕係。
「……………。」
視線が一瞬、止まる。
相手も気づいたのか、すぐに姿勢を正した。
「………新しい勇者様ですか。失礼しました。」
目の下には酷いクマがあった。
小さな少年の姿に少しだけ胸が痛くなる。
「………あ、ごめんなさい。
そちら、ご飯よね。用意してくれていたのね。
……知らなくて、もう頂いてしまったの。」
眉を下げてそう告げるとその子供は一瞬だけ目を伏せてから首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。」
その動きに本能、わずかな違和感が残る。
「お名前、聞いてもいいかしら。」
「……エリオと申します。」
「給仕係……?の方なのね。」
「はい。」
私は少しだけ間を置いた後、静かに続ける。
「ねぇ、エリオくん。」
視線を合わせる。
深い青色の目をしていた。
「……貴方、疲れているみたい。
それにもしもこの場所が怖いなら、
無理にここへ来なくてもいいわ。」
エリオの肩がわずかに揺れる。
「少なくとも、あと2日はね。
その間は私に任せて。」
沈黙。
少しだけ考えるような間が空いた。
「………わかりました。」
小さく頷く。
その目はどこかでまだ考えているようだった。
……あれだけ人が死んでいるのだもの、私もそう長くないと考えているのかもしれない
「ありがとう。
それよりあなた、細すぎよ?
ちゃんと食べれてないなら、そのご飯食べちゃいなさい。」
そう言いながらくるりとエリオの向きを変えた。
「えっ、あのーーー、」
戸惑う声に気にせず背中を押す。
「いいの、これは先生の指示です。」
そう言って微笑みながら出口の方へと送り出す。
困った顔で何度か振り返っていたが、私は彼の背中が見えなくなるまで見送った。
しばらくその場に立ったまま冷たい廊下を見つめていたが
ほんのわずかに首をかしげる
「………あの子…、」
言葉をそこで詰まらせる。
数秒の沈黙。
「………。」
やがて小さく息をついて
「………考えすぎね。
なんしてもあんなに小さいんだもの。
無理はしてほしくないわね。」
そう呟いて何事もなかったように歩きだした。
さて、午後は何を教えよう。




