4章 【断罪の一撃(ジャッジメント)】Ⅱ
「お前、マジうぜェ。」
魔王の肋あたりにめり込んだ拳を掴まれる。
攻撃は当たっていた。
魔王の血がポタポタと手の甲に落ちる。
メキリ。
俺の手首が見た事ない方向に曲がる。
嫌な汗が頬を伝った。
「ぐっ、…ぁああ゛あぁ…!!!」
「ふっは。
やあっと顔歪めたなァ…?
ソレ、邪魔なんだよ。」
そう言い、被っているボロボロのヒーローヘルメットを外された。
ヤツの目に映る俺はさぞカッコ悪いものだっただろう。
その弱さを見透かすように、にんまりと笑っていた。
「……ギャハッ♪
痛かったかァ??
死ぬのはもっと痛ェぞ〜?
ギャハハハハハハハハハ!!!!」
折られた右手首に意識を引っ張られる。
しまった。
そう思った時にはもう遅い。
魔王の拳が、俺の腹にめり込む。
次の瞬間、俺の身体は吹き飛ばされた。
大理石の床をガリガリと削りながら数メートルを滑走し、火花と砕けた石の破片が尾を引いて散る。
大きな柱にぶつかってやっと止まることができた。
背中に走る激痛に息が詰まる。
思わず蹲ったが、俺の頭上からは高笑いが聞こえる。
俺の反応を楽しむような、そんな笑いが。
そこで俺は理解してしまった。
これは、本気じゃない。
こいつはまだ、遊んでいる。
そう理解した瞬間、痛みよりも先に悔しさが胸を焼いた。
「………、クソ…!!」
いや、まだだ。
左手がある。
焦りと苛立ちに任せて振り抜いたはずの拳がやけに軽い。
骨の奥から湧き上がるような熱がない。
床を砕くほどの衝撃も、空気を裂く重みも、………何もない。
「………は、?」
ぽすん。
そんな間抜けな音の拳がそいつの翼に当たる。
目を見開いた。
なんでだ。
なんで、乗らない。
「ギャハッ!!!
……あっれェ??
どうしたヒーロー。
その拳、さっきみたいに重くねェなァ?」
ゲラゲラと勇者が笑う。
そして手を振り上げた。
まずい、もうアイツの攻撃を喰らうわけにもいかない。
急いで後退する。
冷や汗が止まらない。
いやらしく吊り上がった口元が開かれる。
「力の差なんざ、分かってたことだろォ?
……なァんで今、そんな顔になんだ??」
青ざめた俺を前に、その声は妙に軽かった。
まるで、世間話をするような声だ。
「腕を折られたからか?」
一歩。
「死ぬのが急に怖くなったか?」
また一歩。
にじり寄るソレ。
ひく、と俺の喉が鳴る。
魔王はそんな俺を見逃さなかった。
「なんだよ、違うのかァ?」
距離が縮まる。
「特別な力が無くなった途端にンな美味そうな顔しやがって。」
喉の奥で笑われる。
心臓を撫でられるような不快な視線がじっとりと俺を観察する。
「…………?
なんだ、お前もしかして」
目がすっと細くなる。
「その力、嬉しかったのか?」
どくり、と心臓が跳ねた。
魔王の笑みがニィ、と深くなる。
「お前、あんな正義ヅラしといて…
あーーー…?
あっ。」
そこで何か理解したように目を見開く。
次の瞬間、奴の口元がくしゃりと歪んだ。
「ギャハハハハハハハッ!!
特別なモン貰っちゃってハシャいじゃったんだな。
なんだなんだ、お前も可愛いところあるじゃねェかよ。」
まるで、その全部理解しているぞとでも言うように馬鹿にした言葉が胸を軋ませる。
「分かった分かった。
お前はヒーローになりたかったんだなァ!
……でも現実じゃなれなかったんだろォ?
だからソレに固執してんだ。」
ズキ、
心臓が軋む。
両手を握りしめても、願っている熱はまだ帰ってこない。
「ギャハ!!
お前もただの人間じゃねぇか!!
特別な力も、選ばれた運命も存在しねェ。
でもその力があれば、自分にも価値がある。
そう思いたかっただけの
ただ、夢にしがみついてる普通の人間じゃねェかァ!!!」
人の痛みを見つけるたび、化物は嬉しそうに笑った。
揚げ足を取って遊ぶ子供みたいに、いやらしく。
けれど、その目だけは異様だった。
宝箱の中身を見つけた時みたいに、きらきらと輝いている。
その目のまま、躊躇いもなく人の心を抉ろうとする。
乱暴に心を踏み荒らされるたび、生きたまま手足を引きちぎられていくような錯覚すら覚えた。
そんなことは、ない。
ない、はずだ
いつも俺は、歓声に包まれていた。
応援してくれる子ども達がいて
あの、キラキラした目が
ーーーーーーーーーー、本当に?
“本当の俺”は?
俺が欲しかったのは、“ヒーロー”への歓声じゃない
あの“仮面”に向ける憧れでもない
欲しかったのは、
俺、を見てくれる目だった……?
伊藤 弾という人間に感動してくれる誰か。
俺に、感動してくれる誰か。
俺に、憧れてくれる誰か。
でも、それはいつも、いつだって仮面の向こう側に隠れていた。
スポットライトに当たるのは、俺のように顔を隠す必要のない別の誰かで。
名前を呼ばれるのも、笑顔を向けられるのも、拍手を浴びるのも、
俺じゃない。
惨めだった。
羨ましかった。
俺はこんなに傷だらけで痣だらけで息を切らして頑張っているのに。
あの眩しいスポットライトの光も
あの眩しい子供達の笑顔も
直接もらえない、いや
こんな傷だらけの姿で、あの子たちの前になんか出られない。
俺は、そんなことを思ってしまう自分を恥じていた。
カッコ悪いと思っていた。
だから見ないようにしていたんだ。
気づかないフリをしていたんだ。
息が詰まった。
この化物に勝てるビジョンが見えなくなる。
俺は、
あまりに普通で、
誰にも誇れない、カッコ悪い俺だからーー。
「どうしたよ、ヒーロー。
俺ばっかり喋って寂しいじゃねぇか!!」
「…………ッ、グハっ…?!」
身体が床を滑る。
割れた石床を擦り、火穴が散った。
呼吸はまだ上手く出来ない。
ヒュウ、と情けなく喉が震える。
「良いねェ、良いねェ、
最高じゃねぇか。
死ぬのが怖くなってきたろォ?
俺が怖くなっていたろォ?」
また足音が一歩づつ近づいてくる。
「結局お前も変わんねェんだ。
特別ぶってたクセによォ、
いざ自分が壊される番になったら、結局は同じ顔をする。」
魔王はわざとらしく肩をすくめ、芝居がかった仕草で床へと視線を流した。
つられるように目を向けた先。
そこには、無惨に転がる死体の山があった。
その中に混じって、ヒーローヘルメットが転がっていた。
命を失ったものたちと同じように感情もなく、ただそこにいた。
けれど、割れた目元のプレートだけがこちらを見返していた。
吹き飛ばされた衝撃で傷だらけになってしまっているが、半分欠けた目元を深い黒で覆うプレートが鈍く光を返している。
その面に映ってるのは、俺だ。
瞳に光を失くし、自分に自信のない、醜く歪んだ泣きそうな顔の俺。
ああ、カッコ悪い。
カッコ悪いなぁ、俺。




