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3章【断罪の一撃(ジャッジメント)】Ⅰ


「待て!!!そこまでだ、悪の帝王!!!」


子供達の歓声が会場いっぱいに響く。

俺、伊藤 弾はヒーロースーツの中で汗だくになりながらも完璧なポーズを決めた。


視線を感じる。

キラキラとした眩しい瞳が俺に集まる。


さぁ、クライマックスだぞ子供達。

必殺のパンチで悪役を吹っ飛ばそう。

そして君たちの拍手でフィナーレだ。


「覚悟しろ!!!!」


拳を振り抜いた、その瞬間。


視界がぐにゃりと歪んだ。


次の瞬間、

俺の拳は見知らぬ化物の頬に全力でめり込んでいた。


カラスのような漆黒の羽毛を纏った異形の化け物に。


「………………いッッッッッッてェ!!!!!!」


「誰だ!!!!!!!!!!!!!!!!」


頬を抑えて痛い痛いともがくモジャモジャ。


……………先程の力はなんだ…??

右手をぐ、ぱ、ぐ、ぱ、と握ったり開いたりする。

“いつもの“パンチではなかった。

だが、…凄まじい快感だった、気がする。


「……ッ、クソ!!

流石に出会い頭にぶん殴ってくる勇者サマは初めてだぜェ…?

オイオイオイ、


初対面だろォ?優しくしてくれよ、なァ?」


ゆらりと揺れるように重心を変えて俺に話しかけてくるその男。


「勇者…………?


すまない、現状を理解できていない!

俺の名前は 伊藤 弾。

先程まで仕事をしていたところだ。


ここは一体何処だろうか?」


笑顔でそう問いかけた。

なんで今こうなってるかは分からないが

もしかしたらステージの最中、俺は倒れてしまったのかもしれない。


目の前のこの“人“はもしかしたら俺の次のステージに出る人で、役と自分が混乱しているのかもしれない。


役者ならば誰しもそういうことがあるのだから。


「ギャハッ!


ご丁寧にドーモ。

お返しに優しい俺様が教えてやるよ。

ここは神殿で、お前は勇者。


魔王様を倒す呼ばれた勇者様だ。


ーーーーーそう、この俺様を倒すために呼ばれた、な。」


………なんか、そういう設定どこかで見たな。

そんなことを考えた瞬間。

目の前に羽根が舞っていた。


「っつー訳で、頑張ってくれよなァ、勇者サマ♪」


その舞う羽根が一斉に俺に向かう。

俺は床に手をつき、バク転するように派手に避けた。


「……………っ、は……


本当に撮影じゃないのか…?」


「はァん、


なに言ってるか分かんねー野郎だがァ、

さっきの拳といい今の動きといい、ちったぁ楽しめそうじゃねェの。」


ドクドクと心臓が鳴る。

目の前がチカチカと瞬く。


…………なんだ、こんな。

まるでテレビのワンシーンのようだ。


「……………、そうか。そうなんだな。


俺は、お前を倒す“役”なんだな?」


カチリ、と頭の中でスイッチが切り替わる音がした。


急に視界がクリアになるような、

この世界にしっかりと焦点が合うような感覚。


ブチ抜かれている天井から降り注ぐ光は、スポットライトのように、

立ち込める砂埃は、ショーの開幕を告げる演出の白いスモークみたいにゆらゆらと漂っていた。


そして、目の前に立つ化け物。

血の匂いを放つ、ギラギラ獣のような目をしたーー、魔王。


俺の、敵。


「それが運命だというなら、

俺はお前を倒そう。


…………それが、ヒーローというものだからな!!!!」


「はァ?なに言っちゃってんの、キモチ悪ィ〜w」


「そうか!!!気持ち悪くて結構!!!」


笑う。

そして拳を握りしめる。


聞こえてくる、頭の中にまた声が響く。


俺は思い切り叫んだ。


「【断罪の一撃ジャッジメント】!!」


踏み込んだ足元の大理石がめこりと陥没した。

遅れて、蜘蛛の巣のような亀裂が床一面に走る。


俺の拳は、魔王にブチ当たった。


「グはッ…!?」


どこかの骨が折れた感触。

口から血を溢れさせて魔王は吹き飛んだ。


「お前が悪い奴だというのは分かっている!!


なんだこの部屋の死体の山は……ッ!!

酷い匂いだッ!!!」


壁にぶつかり、瓦礫に埋もれた魔王。

ヤツはぽかんと大きな口を開けて愕然とする。


ガラガラと壁が崩れる音だけがする数秒間。

その後、


「ギャハハハハハハッ!!!!」


魔王が笑った。

それはもう、どのシーズンの悪役よりもおぞましい声で。


ゴクリ、と喉がなる。

そしてきっと


俺も少し笑っていた。


「良いじゃねェかァ!

俺が殴られたのなんて何百年振りだァ?!」


魔王が立ち上がる。

そして翼を広げた。


宙を舞う羽根は一度軽く翻って


俺に角度を定めると、また一斉に襲いかかって来た。


息を乱さないように体重をかけないステップで避けるが

ペラペラな衣装が所々破けて血が滲む。

なるほどな。

本物の戦闘とはこういうものか。

そう感心してしまうのは職業病なのだろうか。


「ギャハ、ギャハハハハハッ!!」


「【断罪の一撃(ジャッジメント)】!!」


ボコリ、

殴った壁が弾けるように吹き飛ぶ。

俺の肩にミシリとした衝撃が走る。


……自分がこんなセリフを言うと思わなかったが、

強すぎると言うのも考えものだな。


「ハッ、なんだァ?お前。


随分と気持ち良さそうに殴るなァ。

そんなに楽しいか?

悪いヤツをブン殴るのは。」


バサリ。

羽音にもよく似た不気味な音と、そのおぞましい声がすぐ耳元で響く。

驚いて思わず目を見開いてしまった。


ほんの少しだけ、図星を突かれたと思ってからだ。


正直すごく気持ちがいい。


この手が、胸が、熱くなる感覚。

目の前の巨大な化物と対峙しているという緊張感。


そしてーー諸悪の根源を自分の拳で歪められるという

抗いがたい興奮。


これこそがヒーローなのだと。

この世界が、自分の存在を認めてくれているような。

そんな錯覚すら覚えるほどの高揚感だった。


ゾクリと身震いした後で、俺は、


俺の頭を思い切り、ブン殴った。


「ーーーーーーーー、っ


確かに、お前の言う通りだ!!!!

今、俺は、自分の強さに、」


振動がヘルメット越しに貫通して脳が揺れる。

視界が眩むも、魔王から目を離さず息を大きく吸い込む。


「………いや、


違う、俺は、

俺は自分が弱いからこそ、お前みたいな巨大な敵を倒せる力を持っていたことに…酔っていたっ!!


ご指摘、感謝する!!!!!!」


深々と一度頭を下げた後ですぐ、拳を握り直した。


「次の一撃から、きちんと


子供達に誇れる俺で、お前をブン殴る!!!」


羽毛の下に隠れている瞳と俺の目がかち合う。

また、魔王はポカンと口開けている。


「キモチ悪ィ〜……。」


やっと出た魔王の言葉はそれだった。


「そうか!!気持ち悪くて結構!!!」


ヒーローマスクの下でニカリと笑って俺はまた拳を突き出した。

魔王は露骨に嫌そうな顔をした後で、攻撃に備えると先程のようにニヒルな笑みを浮かべていた。


「お前、なんで他の人間と違う?」


「他と?……比べたことが無いから分からん!!」


「ギャハ、お前がイカれてるって事しか

分かんねーじゃねェか!!」


言語はどうやら通じ合ってるようだがどうにも彼と俺は意思疎通が難しいようだ。


「どれほど威勢が良くても人間ってヤツはよォ、

死ぬ時は大抵イノチゴイってやつをすんだよ。


死から逃げたいだろォ?


死ぬのは怖いだろォ?


お前ら人間ってのは、弱くてよォ、すぐ泣いてよォ、

そう言う生き物だもんなァ??


お前もそうなんだろ???」


挑発するような口振りの後で身体を仰け反らせてギャハハと笑う。

上体を起こす時には魔王の周りにも、俺の周りにも


無数の漆黒の羽根に囲まれていた。


「逃げてもいいんだぜ?

泣いてもいいんだぜェ…?」


羽根がクン、とこちらに照準を合わせる。


「ーーーーーその時の顔が、俺は大好きなんだからよ。」


空気を裂く音がする。

避けようがない。


だが、俺は右の拳を上げた。


「【断罪の一撃(ジャッジメント)】」


全部は蹴散らさなくていい。

多少の怪我なんて、これまでも何度だって負ってきただろう、俺。


強がるようにヘルメットの中で笑う。

バキョッ、と派手な音を立てて羽根が当たり一部が壊れても

俺は笑ってやった。


「俺も好きだ!!!!」


先ほど放った攻撃の勢いを殺さないようにそのまま進む。


なんとなく分かってきた。


彼は予想外の行動に弱いフシがある。


何を言ってやがるとでも言いたげに曇らせた表情には俺は一発、ぶち込んだ。


「…………ッ!?!?」


「俺も、泣いている人間が好きだ!!」


「てめェ…!?」


「逃げている人間も好きだ!!!」


右手が熱くなる。

身体に負担がかかっているのか、じんじんと肩が痛い。

後何発、攻撃が出来るだろうか。


いや、今はそんなこと考えている場合じゃないか。


「だが、俺は………、

怖くても、逃げても……っ


それでも立ち上がる人間が、


一等大好きだ!!!!!」


にっかりと笑った。

至近距離で魔王と目が合う。


俺はそこまで迫っていた。


「俺は、俺を好きな俺でいたい!!!

だから、俺はお前の好きな人間にはなれない!


…………【断罪の一撃(ジャッジメント)】ッ!!!」


刃のように形を変えられるほど硬い羽根が振りかぶった俺の拳を裂こうとする。

顔を歪めるな。

笑え、笑え、笑えーーーーーー。


「お前、マジうぜェ。」

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