1章 【過剰感知(オーバーセンス)】Ⅰ
異世界転生したら即バトル!?
目が覚めたらそこには魔王がいた。
こんなのって
……………無理ゲー。
騒がしい教室。
笑う同級生。
仲の良い友達と流行りの話をして
先生に生意気な口を聞いてヘラヘラして
喧嘩したり、そうかと思ったら次の日にはまた馴れ合って
まさに青春。
漫画やアニメで出てくるような日常。
その中に、一応俺がいる。
「…ハッ、馬鹿みてぇ。」
そうだろう、教室にいる奴らなんて馬鹿にしか見えないだろう。
何考えてるかわからないし、
何をあんなに頑張っているかわからない。
自分のことで精一杯だろ、普通。
良いですよね、生きるのが上手な人は。
他人のことまで気遣える人は凄いですよねぇ、そりゃ人気も出るってモンですわ。
……俺みたいな人間とは違ってさ。
少し気を抜くと自分語り。
心の中ではずっと皮肉と悪態。
誰も俺のこと責めちゃいないのに自分への悪口が勝手に心の中から溢れてくる。
そんな自分が嫌で、嫌いで。
俺はそんな自分の声から逃げるように、今日もイヤフォンで耳を塞ぐんだ。
それが俺の1日。
いつもの1日。
揉め事を起こさず、だからと言って何にも産まない。
今日もそれを繰り返して終わるはず。
……その筈だったんだ。
今日は運が悪かった。
帰り道、イヤフォンを耳に刺して下を見ながら帰る。
今日に飯は何かな、とか
録画してたアニメ見ないと、とか考える
曲と曲の間、数秒の無音の時間。
「………すけて…っ」
聞こえた声に咄嗟に顔を上げた。
少し離れた路地裏で
か弱そうな男の子が数人の男に囲まれているところを見てしまった。
「…………っ、」
1歩前に足が出た。
でも数人の男の内の1人が頭をあげようとする。
だから俺は、
………目が合うのが怖くて、視線を逸らした。
そうだ、
俺が行ったところで何になんだよ。
いつも俺が言ってるじゃん。
自分のことで精一杯だろって。
……なのに、
目の前で何かあると、
ちょっとだけ、体が動きそうになる。
いやいや、マジ意味わかんねぇ。
被害拡大するだけだっつーの。
………俺も充分、馬鹿みてぇ。
ヒーローなんてアニメの中の存在なのにさ。
現実見ろよな
「………助けて、っ」
「…………………。」
もう振り向かない。
イヤフォンの音量を上げて下を向く。
その地面は、
………………見知らぬ床だった。
「……………は?」
突然の事に思考が理解を拒んだ。
勢いよく頭を上げると、眼鏡がずり落ちてカシャンと音を立てて転がった。
「…あ゛っ、
えっ、は?何……、なんで………っ、」
眼鏡がないと何も見えないはずの目は驚くほどクリアに景色を映していた。
見覚えのない場所。
嗅いだこともない匂い。
そしてそこには、理解の追いつかない色の、
「………………ッ、オ゛エ………ッ、!!」
腐った死体が積み重なっていた。
「…………ッ、
な、何、コレ、
なんだコレなんだコレなんだコレッ…、
訳わかんないし意味わからん、ナニ?ドッキリ……?
ふざけんな、マジタチ悪すぎだろ、……?!」
ベチャベチャと胃の中の物を吐き出しながら目をぐるぐる回し困惑が口から出てくる。
分かんない、分かんない!
助けを求めるように周りを見渡すと
背中を駆け巡る悪寒に襲われた。
「……………!?」
3歩 フラついた。
たったの3歩だ。
バキャッ
「おっ、すげー!
今回の勇者は避けれたのかァ、
やっとマトモなヤツが来たぜェ!」
床がひび割れて深く沈んだ。
足場が歪んで砂埃と共に飛んで来る石が頰を掠めた。
「い゛って……、
は?も、…………もっ、なんなんだよぉ……!?」
訳が分からないまま叫ぶ。
俺の声に反応してかニタリと、笑みを浮かべた黒い化け物が上体を起こす。
その身体にはびっしりと黒い羽根が生え、纏わりついた瓦礫や砂をぱらぱらと落としながら、のっそりこちらを向いた。
「ギャハッ!
なァンだ!今回の勇者はイキがいいなァ!
ちったあ遊べそうかァ??」
耳障りな下卑た笑い。
ギャハギャハとカラスのように笑う。
真っ赤な口内をギザギザの歯が埋め尽くしている。
「今回の、勇者、……!?」
「んは、なんだァ?
神サマとやらは説明もしてくれねェのか!
お前はなァ………
…………あ?何人目だァ?
ンっははははっ、忘れちまった!
まァ、その辺に転がってる死体供と同じだ。
この世界を救いに来た勇者っつーヤツだろ?
なァ、なァ、
俺の事 倒してみろよ。」
「ヒッ、なんでっ俺がぁ…っ!?」
情報が追いつかない。
あまりの恐怖に涙が溢れる。
腰が引けてガクガクと震えたが、また感じた。
背中を駆け巡る悪寒。
「えッ、ちょ、ちょっと待って!」
嫌な予感がして叫ぶが化物は羽を広げ地面から離れた後だった。
俺は愕然としあとずさることしかできない。
「お、
おいおいおいおい……、うっそだろぉ…、」
声が震える。
あまりに情けない声だった。
そんな俺を嘲笑うように化物は口の端を持ち上げた。
ひらひらと舞っていた黒い羽根が、不意に風を切って俺へ襲いかかる。
その瞬間、脳裏に言葉が浮かんだ。
「【過剰感知】……!!」
言葉を口にした瞬間、体の奥に冷たい感覚が走る。
それはまるで羽根の軌道が自分の胸を貫く様な感覚。
攻撃に色がつくようにソレが見えた。
反射的に体を捻ると羽根がかろうじて肩を掠めただけで床を削る。
「なに、今の……、
俺の目、どうなって…」
息が上がる。冷や汗が背中を伝った。
でも、今の不思議な力のおかげで俺はまだ生き延びている。
「なにがどうなってんだ、……ッ!?」
足がよろける。なのに、先程の力なのだろうか
痛いくらいになる心臓が、脈打つほど熱く体を流れる血液が、
【過剰感知】が、
次の攻撃を示す。
一直線に俺に向かって無数の光の線が伸びていた。
化物は笑う、笑う。
人を馬鹿にしたように鳴く、夕暮れのあの不気味なカラスの群れの様な声で。
いつも1人で帰る俺を嘲笑う様な、惨めな気分にさせるあの鳴き声にそっくりで、胸の奥に不快感がまとわりついた。
避ける、逃げる。
もたつく足で、俺を弄ぶような攻撃から必死に逃げ惑う。
手加減もナシかよ、クソが……!
でも、止まったら終わりだ。逃げるしかない。
背筋を刺すような悪寒に襲われながら、必死に走った。
能力の助けでかろうじて進める。
化物は楽しそうに追いかけてくる。
ここは城なのか?神殿ってやつか?
廊下を駆ける。
俺、なろう系とか専門外なんですけど!?
あー、ダメだ。
頭ん中ぐちゃぐちゃ。
最悪、最悪、最悪!!
なんで?なんで?なんで俺が!?
なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ!?
不快感だ。
頭も胸も悪態で満ちていく。
クソクソクソ、イヤフォンをする暇もない。
こんな、こんなぐちゃぐちゃな頭で、
なにをどう考えればいいんだよ
足元も俺の脳内に負けないくらいにぐずぐずでボコボコだ。
走りにくすぎ。舐めてんのか?
走る
走る。
涙が勝手に出てくる。
バグかよ、人間の設計ミスすぎね?
前全然見えねぇ。マジ無理ゲーすぎ。
俺が、
「俺が、なにしたってんだよ、………!
不意に声がした。
大きくはない、なのに、やけに耳に残る
優しくて強い声だ。
「おい お前、こっちだ……!」
その声がする方へ顔を向ける。
俺の顔はさぞ笑えただろう。
涙で前も見えないのだ。
それに鼻水だって口まで垂れている。
「死にたくないだろ、こっちだこっち!!」
崩れた瓦礫の隙間から少年が声をかけていた。
力強い声、眼差し。
ほんの少しの安堵に肩の力が抜ける。
……いや、待てよ。
俺は咄嗟に考えてしまった。
なんでこんなところに子供が?
つかその体で俺の体重支えられんの??
そこが安全??本当かよ。それ100%なん?
いつもの悪態が脳内を駆け巡る。(この間0.5秒)
そんな俺の考えを無視するようにまた背中に激しい寒気が走る。
「……っ!?、お、【過剰感知】………!!」
声がひっくり返る。
だが案の定、と言ってもいいのだろうか。
俺の目が映し出していた、次の攻撃の軌道はちょうどその少年の近くを通過していた。
「死にたくないなら、は
…こっちにセリフじゃねーか、…っ!」
少年が一生懸命手を掴んで引き寄せた。
その瞬間、化物の纏う羽根が数十の刃の様に降り落ちて俺たちは瓦礫と共に吹き飛ばされた。
「あ?
………あー、やべ。
まァた壊しちまったかァ…?
なんだよ今回は結構逃げるもんだからもう少し遊べると思ったのによォ…。
はーー、また次呼ぶか。」
ガリガリ、
いやもはやガツガツ、だ。
爪の長い大型動物が大理石の上を歩いたらこんな音がするんだろうな。
そんな足音が遠ざかっていく。
俺たちは崩れた瓦礫の下で静かに息を潜めていた。
喉の奥がひりつく。
完全に音が聞こえなくなるまで呼吸すらままならなかった。
「……ひ、な、…なんなんだよ、あれ……!!」
気が抜けると腰が抜けて足までガクガク震えた。
べちゃりと少年に倒れこみながら涙が溢れた。
俺、さっきまで普通に学校行ってて
今日の晩御飯のこととか考えてて
確かに優しいやつじゃないし、いいやつでもないよ
だからってさぁ、なんで、なんなんだよ、
「本当、俺がなにしたってんだよ……」
絶叫しすぎて潰れた喉で搾り出した声はあまりにも情けなかった。
「なろう系」てやつはもっとキラキラしてて、自分の思い通りになって
現実世界と違って皆に好かれて、そんな話ばっかじゃねぇの!?よく知らんけどさぁ!!
「意味わかんねぇ…、クッソ……」
俺の使った能力、【過剰感知】はあの化物の攻撃を身切る攻撃、らしい。
どこに来るか分かる。
ただ、それだけ。
なのに、………使うたびに頭がおかしくなりそうになる。
逃げてる間も、攻撃が飛んで来る瞬間も
俺には分かるんだ。
あれがどれだけヤバいか。
あれに触れたらどうなるか。
攻撃が来る前から分かるんだ。
………………怖い。
使えば使うほど怖さが増していく。
心臓がうるさい。
息が浅くなる。
どんだけ避けれても、どれだけタイミングが分かっても
俺が少しでもヘマしたらどんな無惨な死に方をするか
身体の全部が警告を鳴らすように訴えてくるんだ。
姿が見えなくなった今でもあの化け物を思い出すだけで体が固まる。
もう、立てない、
逃げられる気もしない。
…………こんなの、能力でもなんでもない
ただの呪いだ。
「……ぃちゃん、……兄ちゃん、おい。
大丈夫か…………?」
「………………!」
ガタガタ震える俺を心配してか顔を覗き込んでくる少年。
肩に触れた小さい暖かい手が肩に触れると詰まっていた呼吸がやっと通る。
「……あ、……」
「いやー、アンタ死ななくて良かったな!
…………それは、俺もか。
兄ちゃんのお陰で助かったよ、ありがとう!」
太陽のように笑顔になる少年。
「…………ぁ、いや
俺はなんも出来てねぇ、と 思う。」
「そんな事ねーよ!アンタいなかったら俺死んでたもん!」
「……、そうだ
アンタ何か知ってるのか!?なぁ、あの化け物……!なんなんだよアレ……!!」
「化け物……、
あー、アイツのことか……」
少年は少し言いにくそうに目を逸らした後
きちんと俺と目を合わせると説明を始めた。
「この世界は、魔王の力に脅かされてる。」
そして語り始める。
この村が、いや。この国がかなり弱っているという話。
困り果てた村人たちは大神殿で勇者を呼ぶための儀式をしようとしていたこと。
ようやくその魔法陣が完成した時に
「神殿が魔王に乗っ取られてしまったんだ。」
暗い声でそう話す少年。
「でも何故だか魔王は勇者を呼び続けてる。
…………村の戦えそうな大人や男衆は大体乗っ取られた時に殺されてしまった。
多分自分の脅威になりそうなやつとかを手当り次第殺そうとしてるのかな……
奴の考えてることは事は分かんねーし…分かりたくない。」
そう言って眉を下げた。
「…………それで今回の勇者ってやつは俺ってこと?
は?今までの勇者は?どんくらいの勇者が来たの??」
「それは……分からない。
もう3年くらい前からずっとこんな調子で……来る度に死体は増えてるけど、数までは把握してない。」
首を振りながらそう答えられた。
ずん、と心に鉛のような重さを感じた。
多分、これが絶望ってやつ?
でもその後に
苛立ちを感じた。
……は?
勇者の話をしてる時、ほんの少し笑顔を浮かべていた。
まぁ希望とか夢とか持ってるわな。そりゃそうだよ。俺ですら絶望してんだもん。現地の人はもっと酷いですよね。
なのに
話が終わった瞬間そんな顔になってさぁ
キモ。
明らか落胆じゃん。
確かに情けない所見せたよ。
だからってそんなあからさまに笑顔消えます?
つかさ、
この世界魔法とかある系?
この世界じゃ化物出るのも普通みたいじゃん。
だったらさ、なんでさ
現代日本からただの学生呼んでんだよ。
勝てるわけないだろ。
魔法とか使えるならお前らでやれよ。
力合わせて勝手にしてろって話。
人のこと巻き込んでふざけんな。
…………ふざけんなよ。
「兄ちゃん……、?大丈夫か……?」
「………………、……」
「え……?」
唇を少し動かしただけ。
息を吐くだけのほとんど音の乗ってないくらいの声量。
あからさまに俺が悪いのに、それでも伝わってないことに勝手にイライラした。
「ごめんね。俺、こんなんで。」
はっきりと声に出すと俺の表情が歪む。
胸が軋む。
虚しい気分に押しつぶされそうだ。
まるで最初から諦めてるみたいじゃん、俺。
「なんで謝るんだよ」
「……は?」
「勝手に呼んだのは俺ら側だ。
それに神殿を奪われてしまったのも俺たちのせいなんだよ。」
うぐ。
喉が鳴った。
俺が思っていたことを少年は申し訳なさそうに言ってくれたからだ。
「なんつーか、
ごめんな。兄ちゃんも怖かったよな。
本当はさ、この街すげーいい所なんだよ。
大したもてなしはできねーと思うけど、
でも街の人たち良い人達ばっかだからさ。
"エリオの友達"って名乗ってくれよ。
そしたらみんな助けてくれるから。」
「え、……えっ、」
「出口はあっち。
……案内してやりたいんだけど
ごめんな、俺魔王に飯持っていかないと…暴れられたら村の人困っちまうからさ。」
「……なに、急に……どゆこと」
「もし良かったら、だけど
リトとスズって子がいたら優しくしてやってくれ。
俺の弟と妹なんだ。」
「……急に、なんだよぉ、」
「なぁ、兄ちゃん。」
にひ、と歯を見せて笑った。
自分よりも頭一個分。いや、もっと小さい少年だ。
「助けてくれてありがとう。
俺、アンタのこと優しい人だと思うよ。
だから!もっと自信もっていいと思うぜ!!」
声、急にデカ。
うるさ、そんな
廊下に声響いてたんだけど、魔王来たらどうすんの。
拍子抜けしたあと、小っ恥ずかしくなった。
何を言っていいか分からずにまごついていると少年は立ち上がった。
「なん、だよぉ……」
ぽつんと俺は瓦礫の中に取り残される。
分かんねーけど、良い奴だったな。なんてぼんやり思う。
重たい腰を上げて出口と紹介された方へ歩く。
にしても、ガキのくせに大人びてたヤツ。
かっこいいこと言っちゃってさ。
まるで
「……アニメで、最終回とかに死ぬやつみてぇ…」
そこまで言ったところで目を見開く。
「あいつ、死のうとしてね?」
声が、震えた。




