16章【空白(ブランク)】Ⅳ
行け。
斬れ。
終わらせろ。
「───ぁ」
踏み込む。
手を上げる。
「───【断罪の一撃(ジャッジメン、」
「やめろ。」
どこかで聞いたことある声だ。
私の身体が反射的に止まる。
そこに立っていたのは、
自分によく似た顔だった。
◆◆◆◆◆◆
同じ青い目。
同じ声。
けれど、
俺よりも大きい。
ちゃんと"女性の格好をしている"大人の自分。
まさしくそんな感じだった。
「………誰だ。」
彼女は睨む。
でも俺、……いや、わたしは。
魔王に足を進めた。
「もう、魔王から何も奪わないで欲しいんだ。」
「…………は?」
「こいつは、何も持ってないから。」
意味が分からない。
そんな荒い声で反論される。
「奪う?
そんなつもりはない。
私はただ、返してもらうだけだ。」
聞こえていた。
魔力を使い果たして、眠っている間。
悲痛な叫び声がぶつかっているのを。
わたしは、勇者にゆっくり首を振った。
「でも、お前
無理矢理、魔王から剥ぎ取るみたいな顔してた。」
「───っ、」
言葉が詰まった。
言い返せない彼女に続ける。
「お前も、そう思ってたんだろう?
だから
さっきから勝ってるのに、
全然嬉しそうじゃない。」
彼女は息を飲んで黙る。
竹の刀を握る手がわずかに震えていた。
わたしは、静かに目を伏せてポツリと続けた。
「わたしも、2人に負けないくらい
………たくさん悩んだんだ。」
崩れた神殿。
血の匂い。
荒れ狂う魔力。
その中で、わたしの声だけが響いた。
「わたしは君に、
……勇者に
魔王を倒すために来て欲しかったんじゃない。
勇者に、何かを奪わせるために呼んだんじゃない。」
わたしと同じ青い目が揺れた。
彼女はわたしを静かに見ている。
「魔王にも、何かを奪わせたくない。
……そして、
魔王にも、もう何も人間から奪って欲しくない。
だから、呼んだんだ。」
わたしは、魔王に手を伸ばす。
ぎょっと目が見開かれたが、避けられる事はなかった。
魔王の手は硬くて、冷たくて、大きかった。
「どうして、迷ってしまったのかな。
……急に難問を解こうとするからできないの。
まずは、基礎。
簡単なところから、理解することが大切。」
思い出すように言葉を探す。
こんな口調に覚えがあるのか、
ピクリと魔王の手に力が入る。
「迷うって事は、今まで考えてきたことと、
別の選択肢ができたから。
どっちも正しいから動けなくなってるんだって。
………なら、魔王は……
マオは、どっちをやりたい?」
"分からない"
彼はずっと答えを出そうとして選べないんだ。
なら、わたしがもらったように、彼にも迷っていいこと。
そして、迷い方を教えてあげればいいんだ。
マオは視線を左右に動かして考える。
そして、沈黙する。
「……分かってんだ。」
たっぷり時間を使って
ようやく出したその声は、掠れていた。
「土ん中、埋めたほうが喜ぶんじゃねェかって。」
腕の中の先生を見る。
まだ離したくないみたいに。
「……でも、
出来ねェんだよ。」
黒い指先は、わずかに震えていた。
静かな声だ。
さっきまで聞こえていた怒鳴り声じゃない。
ただ、
本当に困っているみたいな声。
わたしは少し驚いた。
そこは理解していたのかと。
………だが、神殿にあった夥しい数の死体。
それを埋葬したのはきっと、彼と先生だから。
きっと何か教えてもらったんだと思った。
「………そっか。」
怒られた後の小さい子供のような口調にわたしは首を傾げた。
「なんで?」
魔王の肩が揺れた。
「できないのは、
大変だから?
怖いから?
気分じゃないから?
それとも、別の理由?」
理由を一緒に探すように言葉を並べる。
マオはすぐに答えられない。
頭の中から言葉を探すように唇だけが小さく動く。
わたしは急かさず、ただ静かに待っていた。
「ずっと、」
たくさんの時間をかけて絞り出したその声は、やはり掠れていた。
「この世界に、
居ちゃいけねェことしか分かんなかった。」
うつむいたまま。
ぽつりぽつりとこぼしていく。
「自分でも分かってんだよ。」
黒い指先が震える。
「嫌ってくらい、わかってんだよ。
だから、
人間なんて全部いなくなれば、
そんなこと、
言われなくても済むと思ってた。」
吐き出すみたいに笑う。
神殿が静まる。
誰も、口を挟まない。
魔王は、腕の中の先生へ目を落とす。
壊れ物に触れるようにしながら。
少し、弱々しい声で続けた。
「でもよ、
先生といたら、
………そんなことない気がしたんだ。」
喉が震えていた。
わたしは、黙ってた。
勇者も、静かに聞いていた。
「先生が居なくなったら
また、
この世界に居たらダメな俺になる。
そんな気分になる。」
その言葉は、
怒鳴り声なんかより、ずっと子供っぽく聞こえた。
彼の唇が歪む。
「どうしたらいいか、分かんねェ。」
長い沈黙が落ちる。
わたしは、すぐには答えられなかった。
ただ、
少し困ったように、眉を下げて口を開いた。
否定なんてしたくなかった。
でも、正しいとも言いたくなかった。
「先生が居ないと、
お前はここに居ちゃダメなの?」
その言葉に、
魔王の呼吸が一瞬止まった。
沈黙。
「………そうだろ。」
返事は思ったよりも早かった。
迷いがないというか、
他に言葉がなかったみたいだった。
「だって俺はずっとそうだった。
俺は気持ち悪くて、
俺は怖ェんだろ。
そして居なくなれって言うのは、いつもお前らじゃねーか。」
きょとんと、
ただ純粋に"そうだろ?"と言いたげに首を傾げられた。
その後でふ、とあまりにも穏やかに笑った。
「先生だけだったんだよ。
俺見て、
そんな顔しなかったの。」
魔王は抱き寄せた。
その体温のない身体を。
置いていかれたくない子供のような仕草で。
「先生が居なくなったらまた元に戻る。
………ここに居ちゃダメな、化け物に。」
わたしはまた、眉を下げて聞くことしかできなかった。
「……そっか。」
静かに、そうこぼすことしかできなかった。
そんなわたしに、魔王が苛立ったように舌打ちをする。
「つまんね。
聞いといて、気の利くことも言えねェのかよ。」
わたしは少し考える。
それから、言うことにした。
正直な気持ちを。
「………いや、まぁ
怖いもんは怖いし。」
「………あ?」
「うん。正直めちゃくちゃ怖い。」
ぱちくりさせた魔王と目が合う。
「急にキレるし、
いっぱい壊すし。
爪とか痛そうだし、
乱暴だし、
なんか牙とかあるし。」
魔王の眉間がぐしゃりと歪んで、
わたしに文句を言うと口を開く。
「でも、」
わたしは続ける。
「だから
居ちゃダメとは思わない。」
ぱく、ぱく。
文句を言おうとしてびっくりした魔王が口を開閉させた。
ただその目が物語っていた。
なに、行ってんだテメェ。
わたしはそんな魔王に首を傾げる。
「だってお前、
今ちゃんと悩んでるし。
先生の喜ぶ行動とか
どうしたらいいか分かんねーとか。
きちんと、考えられてんじゃん。」
完全に言葉を失った魔王に、
わたしは少しだけ笑ってしまった。
「今みたいに、一緒に考えられるでしょ。」
その瞬間、
魔王の瞳が瞬いて、丸くなる。
ずっと何かを言おうとしている唇がどうにもうまく声にならないらしく、ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟った。
「なんだよ、ソレ………。」
だから俺はそんなこと言われたこともねェんだよ、とボヤいた。
「私は認めてないからな。」
張り詰めた声が空気を裂いた。
勇者は竹の刀を握り締めたままそう言う。
その目はまだまっすぐマオを見つめていた。
「お前が居なくなれば、
皆が帰ってくるかもしれない。」
息が揺れた。
「兄ちゃんも、
ハルトくんも、
タクヤも……っ、
先生だって……!!」
そこまで言って言葉が詰まる。
わたしも、マオも、彼女から目を離すことなく、静かに聞いていた。
「……うん。
確かに、そうかもしれない。」
わたしはそれも、否定できない。
「でもさ、」
それを正しいとも認めることはできなかった。
「お前も、偉そうなこと言ってるけど、
マオは今、大事な人が死んだことを受け止められたんだぞ。」
彼女の肩が揺れる。
マオも目を見開いていた。
「お前の話だって
"マオを殺したら、
もしかしたら、帰れるかもしれない"
って話だろ。」
静まり返る神殿に、一瞬だけ乱れた彼女の呼吸が響く。
責めるわけじゃない。
でも、
わたしは一緒に考えることしかできないから。
…………だから、問いかけた。
「もし、それで戻ってこなかったら?
その時、どうすんだよ。
お前は、ただのヒトゴロシになっちまう。」
竹の刀を持つ手が小さく震える。
異常なくらいに浮き出ていた血管が薄くなっていった。
きっと彼女の今の攻撃は、先程までの威力はないだろう。
わたしはそれに少し、こわばった顔の力を抜いて微笑んだ。
「………だからさ、
奪うことばっか考えるんじゃなくてさ。
他の道も、あるかもしれないだろ?」
わたしは勇者、
………いや、エリに手を差し出した。
「アンタも一緒に考えよう。」
そしてわたし達はまず、先生を埋葬することに決めた。
でも
魔王はなかなか、先生から手を離せなかった。
抱き直して、
髪を整えて、
また抱きしめて、
その度に、エリは「まだか」と眉を顰め
わたしが「まぁまぁ、」なんて苦笑する。
何度も繰り返して、魔王はゆっくりと膝をつく。
壊れ物を扱うように、そっと先生を寝かせる。
誰かから教えてもらったのか
震える手で優しく土をかけてあげる。
完全に先生の姿が見えなくなると
最後に小さく呟いた。
「…………おやすみ、先生。」




