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17章【空白(ブランク)】Ⅴ



「…………おやすみ、先生。」















「………で。」


埋葬が終わると、

気まずい沈黙を破ったのはエリだった。


「私は帰る方法を探すぞ。」


少し疲れたような、生気のない顔の魔王が頭を上げる。


「願わくば、皆を連れて帰る方法をな。」


そして、

すっかりこの世界に来て汚れてしまった竹の刀を専用の袋に入れ、肩へ担いだまま、マオとわたしを指差した。


「お前たちも手伝え。」


「えっ」


「……は?」


突然のことに驚いて出た声が、

マオの声と重なった。



「なんだァ、テメェ。

俺のことを殺してェんじゃなかったのか。」


「正直、今もちょっと思ってる。」


即答。

それにマオは思いっきり顔をしかめる。


「兄ちゃんたちの件、

普通に許せてないからな。


お前なんか大嫌いだし。


性格終わってるし。


不気味だしな。」


「はァ???」


テンポの良い悪口に笑うと。

マオは私たちに恨みがましい視線を向ける。




「………でも、」


エリが続けて口を開く。

視線を逸らしながらも、はっきりと発言した。



「だからって"はい、殺します"は

………少し違うかもと思えてきた。


お前がまた変なことをしないなら、

まぁ……だから、…っ、今は見逃してやる。」


気まずそうに眉を寄せながらそう言う。




「なんだよ、ソレ。」


「うるさい。

私も今整理中なんだよ。」


エリが髪を掻きながらぶっきらぼうにそう言った。


「お前も分かってねェのかよ。


………の癖に諦めだけは悪ィな。」


マオは少し呆れたように言う。

それにまたエリは即答した。



「諦めも悪くなるだろ。


だって好きだから、全部欠けて欲しくないんだ。」


その言葉にマオは言葉が詰まる。

エリはそれでも続ける。


「欠けたら多分、

誰かが笑えなくなる。」


視線がどこか遠くを見ている。

きっと、わたしやマオではなく、もっと別の場所。


「いつも笑ってくれた人がいない。

いつも怒ってくれた人がいない。


……それだけで、人間は自然と笑顔が減るんだ。」


ぽつりぽつりと落ちる言葉は、元の世界を想っているのだろうか。

少し声が弱くなっていた。

それでも、彼女はまっすぐを見る。



「私は、好きな人と、いつも通りの日々に

戻りたいだけなんだ。」


彼女なりにたくさん考えて答えてくれたのだろう。

わたしはそれが嬉しくて、目を細める。



「よし、2人とも。

飯でも食べようか。


………実はわたし、ほぼ丸一日何も食べていないんだ……。」


2人は拍子抜けした顔をするも、ほんの少し笑った。


わたしは、とびきりの村の郷土料理をご馳走すると笑い返し、神殿の中へと歩き出した。










◆◆◆◆◆◆◆


相変わらず、人間の食う飯は砂みてェな味がした。

だが、美味い美味いと笑い合う小娘2人を見て、

ぼんやりと目を細める。





───、あー。

なんか


こういうの、

先生好きだったな。


泣きそうなくせに、前を向こうとするヤツとか。


答えなんか出てないのに、ちゃんと悩むヤツとか。


諦め悪くて、

うるさくて、


でも

生きるのをやめないヤツ。


俺は1口スープを飲み込んだ後、

小さく息を吐いた。



「………本当、変な奴ら。」



ふいに思った。

特に、大した理由なんてものもない。


もういいか。


そんな気分だった。


充分、

好き勝手やったし。


この先どうするかとか

どうなるかなんてものも

正直よく分からなかった。



でも、

強いて言うなら。


コイツらと一緒に過ごしてる先生の姿が

なんとなく想像できた。

きっと、

すげェ楽しそうなんだろうな。


そう思った。


だからだろうか。


───、返してやるか


気づけば、

そんなことを思っていた。





その夜の神殿は、ひどく静かだった。

崩れかけた柱の隙間から風が抜けて、低い音だけが遠く響いている。


俺は、勇者を呼ぶための魔法陣の前に座っていた。


ぺた、ぺた、ぺた。

小さい足音が1つ、転がり込んでくる。



「………マオ、お前。」


エリオの声だった。


「今、何考えてるの。」


俺は目を細めて小さい客人を見る。

そして、世間話をするように口を開いた。



「やっぱりよ、

多分、俺が死ぬのが、1番カクリツってヤツが高いんだろ。」


その言葉を理解すると、エリオは口を噤んだ。

そして静かに、言いにくそうな顔で答える。



「勇者たちが元の世界に帰れる確率だね?


………うん、きっとそうだと思う。」


エリオは顔を上げる。

色付きの、神殿のガラスに負けないくらい

色鮮やかな青い瞳が俺を見つめる。



「向こうの世界では深い眠りについてるけど、

まだ身体が生きてるんだって。


そして、彼らは、"魔王"を倒すために呼ばれている。

それが共通認識でこの魔法陣に呼ばれているから


………魂だけ、この世界に来てるのかな…。

この世界で死んでしまって、そのままこの世界に魂が縛られて戻れないんじゃないかなって。


そう、考えてる。」


言葉を選びながら、

説明を続ける。

ここで初めて、エリオの声が揺れた。




「でも、………それも全部"かもしれない"って話で、」


それに俺は短く笑った。


「分かんねェ、分かんねェ。


もっと分かりやすく言えよ。

"お前が死ねばいいんだよ"ってな。

あの女を見習って……」


そう言いながらエリオに目を向けると、

くしゃくしゃな顔をして、涙がこぼれないように歯を食いしばっていた。

そこで思わず息を吐く。




「ッふ。

お前、変な顔してんじゃねェよ。」


その言葉にヤツはムッとして

涙混じりの声で聞いた。


「………そんなこと言っても、


なんで、……っ急にこんな

らしくないこと考えんだよ。」




俺は崩れた天井から覗く夜空を見あげるように視線を向ける。




「んあー、


そうだなァ。」


少しだけ考えるフリをして

でも思ったままの言葉が漏れる。


「理由なんてねェよ、本当にねェ。


でもなんか、気になったんだよな。

……なんでお前ら、誰かのために死ぬとかやるんだろうってよ。」


沈黙が落ちる。

そのガキは何も答えない。

だから俺は肩を竦めて笑う。



「ヘッ、


ウゼェウゼェ。辛気臭くてかなわねェ。

さっさとどっか失せな。」


ガキは何かを言おうと口を開く。

でも、それが言葉にならなかったのは、

俺があんまりにしゃべらなかったからだろうか


もう迷ったりとか、したいこととか、なんも思いつかなかった。

ソイツはゆっくり視線を落とすと、

何も言わず、部屋の外に歩き出した。


扉が閉まると俺は、魔方陣の前に立つ。

パリパリと小さな閃光が走り、神様とやらからのわずかな抵抗を感じた。


そして祭壇にはいつだったか勇者のために用意された剣。

ソイツが長年放置されていたせいか神気を吸って不気味なくらい怪しく光っていた。


俺がソレに触れるだけで、存在を拒むように火花が散った。

コレなんだよな。普通はそうなのだ。


俺は嫌われて、拒絶されるべき生き物。

それなのに、

この世には俺よりもずっと馬鹿でどうしようもないヤツらがいるらしい。



「………ギャハ。」


乾いた笑いが漏れる。


「くそしんどいな、コレ。」


その剣の切っ先を、自分の胸の中に沈める。

喉の奥から血が溢れて息がしづらくなった。




「ひっでぇなぁ、こりゃ。」


身体が少しずつ重くなっていく。

そして魔法陣が輝き始めた。

その瞬間、

俺の身体は崩れていくというより、

何かがゆっくり解かれていくような感覚になった。


その光に見蕩れていたら、痛みが遅れてやってきた。

身体の内側から魔力を伝って血管の中から俺が壊されている、そんな感覚。


痛みに眉を寄せながら膝をついた。






「………そうかァ。」


俺は、自分の手を見る。

そこにあるのは、たくさんの血を含んで変色した爪。




「俺、今までずっと


こういうことしてきたんだな。」



こんな時になっても、

俺の中の記憶に残っている顔は、数人しかいなかった。



「おい。」


もうその声は誰宛でも良かった。


勇者共でも良かったし、


エリオでも良かった。


あるいは、

ずっと離せなかった誰かかもしれないが。







「悪かったよ。」


その言葉と同時に剣がカランと落ちて、魔法陣へと沈んでいった。


一層魔法陣の光が強くなる。

俺の傷口からも光は溢れ、

その光に解けていく。


身体が、消えていくと言うのに、俺は、




なんか悪い気しねェな。


そんなことを考えていた気がする。










空白(ブランク)

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