12章【継承(インヘリット)】Ⅳ
「お前をかわいそうだって思った。
わかりたいって思ってしまった。
でも、
お前が俺を、俺たちを殺すって言うなら、
村のみんなを守るためにも
俺の命を救ってくれたハルト兄ちゃんや先生のためにも
俺は、お前を止めなきゃいけない。」
俺は、選択した。
きっと、今日死んだってこのまま逃げたほうが一生後悔すると思ったから。
宣言した瞬間、空気がビリビリと軋んだ。
魔王の瞳がゆっくりと歪む。
「……………は。」
低い笑い声が漏れる。
「ギャハ………」
肩を揺らしながら、
魔王はぐしゃぐしゃに歪んだ顔で笑う。
「馬鹿だな、お前ら。
いくら言っても分かんねー。」
笑っているのか、呆れているのかわからない声だった。
先生を抱える手と反対の手が頭を掻き毟る。
苛立ったみたいに、ぐしゃぐしゃと髪を乱しながら。
「怖ェなら逃げりゃいい。
苦しいなら壊しゃいい。
こんだけ言ってやってんのによ。
なんでお前ら、
いつも自分から傷つく方を選びに来るんだよ。」
その瞬間、ぶつりと。
何かが切れる音がした。
黒い魔力が爆ぜる。
「もういい。もう要らねェ。
なら、………ギャハッ!
お前らは何も残さずここで死ね!!!
そしたら俺が正しいだろ!!!」
咆哮。
次の瞬間、視界が黒で埋まった。
「………ッ!!!」
俺はとっさに顔を守るように腕を上げる。
轟音が耳をつんざく。
その後に、衝撃。
耐えきれず俺の身体は吹き飛んだ。
石畳を転がり、肺の空気が全部抜けたのかと思うほどの威力だった。
「エリオちゃん、大丈夫〜?」
間延びした声にはっとして、ちかちかしている目を向ける。
見れば、
タクヤ兄ちゃんが瓦礫の影からひょこっと顔を出していた。
「………大丈夫に見えてるのか……?」
忌々しそうにそちらを見る。
その横を、黒い魔力が掠め飛んだ。
壁が聞いた事ない音を立てて爆ぜる。
「うわ危な。」
「………っ!?タクヤ兄ちゃんっ、どうするんだよ!?
何か策があるからこんな無謀なことをしたんだろ!?」
「え?」
ぱちくり。
そんなおめめと視線がぶつかる。
「ないよ?」
「……………は?」
「俺、
君がどう選ぶのか見たかっただけだし。」
へら、と笑う。
「あとそもそも、
俺戦闘能力ないし?弱いし?」
「ふざけんなーーーーーーッ!!!!」
流星のように黒い羽根が飛ぶ。
俺は反射的に走った。
その背後で兄ちゃんが笑いながら叫ぶ。
「いやでも! 1個だけ方法あるよ!
神殿まで走れ、エリオちゃん!!
もう1人、勇者呼ぼっか!」
轟音が続く。
黒い影が、神殿の通路を喰い破った。
「うお、ヤッバ。」
タクヤ兄ちゃんは笑いながら、俺の肩をつかむ。
そのまま半ば引きずるみたいに走り出した。
「ちょ、待っ………速!?!?」
「若いんだから頑張ってエリオちゃん!」
「お前も若いだろ!?」
怒鳴る声に重なるように背後で爆発音が響く。
石片が雨みたいに降り注ぐ。
熱い。
走るほど息が苦しくなる。
振り返ると黒い魔力が、生き物みたいに通路を這っていた。
「………ッ!!」
足を止めかける。
その瞬間、ぐいっと
兄ちゃんの腕が強引に俺を引き寄せた。
また聞こえた。
耳をつんざくような轟音。
すぐ横の壁が吹き飛ぶ。
砕けた石が頬を掠めた。
「エリオちゃ〜ん、
前見て走ってくんなきゃ次は助けらんないよ〜?」
タクヤ兄ちゃんは笑う。
いつも通りのヘラヘラした話し方で。
だから俺も走った。
走る以外考えられなかった。
「祭壇の魔方陣のところまで行けばいいんだな!」
「おっけー!ナビよろしく〜!」
「……っああ、もう!
広すぎるんだよこの建物!!」
「このくらいの時代の人って無駄にデカイの好きだよね〜」
背後からは常に魔王の唸る音がする。
また振り返りかけた刹那、
兄ちゃんが舌打ちする。
驚いて見上げると、
………俺の身体が突き飛ばされた。
床を転がる。
その頭上を黒い爪みたいな攻撃が通り過ぎた。
「………タクヤ兄ちゃん!!」
「ん〜?
だいじょぶだいじょぶ〜」
彼は軽く手を振った。
暗くてよく見えなかったが、
でも、
その手が一瞬、妙に重そうに下がった気がした。
「ほらほら〜!
止まると死ぬよ、エリオちゃん!」
兄ちゃんはへらりと笑っている。
息も乱れてないように聞こえる。
だから、
俺は何か変だと思いながらも走る。
走るしかない。
その後、兄ちゃんが通った床にだけ、ポタポタりと赤いものが落ちていることに
俺は、まだ気づいていなかった。
「はぁっ………!!」
俺は祭壇の前に転がり込んだ。
巨大な魔方陣が青白い光を放ちながら、薄暗い神殿の奥をぼんやりと照らす。
俺は足早に魔方陣へ近づく。
魔法陣はまだ力を失っていない。
そのことにひとまず安堵して振り返る。
全体が揺れる。
轟音はこちらへ近づいてくる。
俺は息を飲んだ。
「どうすんだよ。」
「ん〜〜?」
「俺、タクヤ兄ちゃんを呼んだ時に結構な魔力を使っちまったよ。」
兄ちゃんは肩を竦めた。
「俺の力と、
エリオちゃんの魔力を合わせれば、多分いけるっしょ。」
「………多分ばっかだな…」
「フィーリング大事。」
「雑すぎる!!!」
俺が怒鳴る。
その時、
ポタ、と
床に赤い雫が落ちた。
「……………。」
俺はその赤色から目が離せなくなった。
タクヤ兄ちゃんの脇腹からじわじわと黒いシミのような、濡れた跡が広がっていく。
「…………っ、お前……、」
「ん?」
「それ、っ」
兄ちゃんは自分の身体を見下ろす。
「あー。」
妙に軽い声を漏らして、またいつもの笑みをこぼす。
「バレた?」
「バレた?じゃないだろ!?」
駆け寄る俺の顔を見ると、兄ちゃんは困ったような顔をして、
服を少しずらした。
瞬間。
俺の顔から血の気が引く。
深い。
そんな言葉じゃ足りない。
腹部が大きく抉れていた。
黒い魔力に焼かれるみたいに、傷口が爛れている。
「なんで、
………なんで言わなかったんだよ、俺……!」
震える声で怒ると、タクヤ兄ちゃんはさらに眉を下げた。
「いや〜……
言ったらエリオちゃん止まっちゃうじゃん?」
「当たり前だろ!!」
「それに俺、どっちにしろもう戦えないし。」
その言葉に俺は息を飲む。
タクヤ兄ちゃんは祭壇に背を預けるようにしてずるり、と魔法陣の前に座る。
そして、あまりに優しい声でこう続けた。
「次の勇者呼ぶにはさ、
今の勇者が死なないとダメなんだよね。」
喉がひくりと震えた。
「………お前、」
声が掠れる。
俺が何かを言う前に、タクヤ兄ちゃんは語る。
いつも通りの優しい声色で。
「………俺の、能力なのかな。
呼ばれた瞬間に、いろんな勇者の記憶が一気に頭の中に入ってきてさ。
まぁ、絶望したよね。」
息が浅くなる。
どこか遠くを見ながらだくだくと血が溢れる傷口を押さえていた。
「最初に……エリオちゃんが起きるまで少し寝てたって言ったでしょ。
その間に何百何千、数え切れないくらい沢山の人の記憶が勝手に脳みその中を走り抜けていくの。
しんどかった〜。
…………そんでそれがまた戦えもしない能力じゃん。
ただ今までの勇者が死んでいく記憶だけ見せられて。
詰んだな〜って思って。」
地面が振動して遠くで瓦礫が崩れる音がする。
魔王が俺たちを探している。
「………でもさ、だからなのかな
どうせ死ぬならさ、
何か命をかけれる理由が欲しいって思ったんだよね。」
「…………っ、」
あんまりにも軽い口調だ。
それに拳を強く握る。
鼻の奥が熱くなる。
瞳がぼんやりと歪んだ。
「なんで……
そんなんで、なんで……っ
なんで俺なんかに、手ェ貸したんだよ!?
戦えないし、こんなガキに手を貸してもいい事なんて無い……、
命をかけれる理由なんてないだろ……!?」
兄ちゃんは少しだけ目を丸くして、
それからどこか照れ臭そうに笑った。
「………言ったでしょ?
好きな人に似てたんだって。」
その言葉に、次は俺が目を丸くさせられた。
そんな俺をよそに、兄ちゃんはゆっくり俺を見詰める。
この青い瞳を覗き込むみたいに。
「ほんとそっくり。
顔も
声も
……… 1番似てるのは、その目の色かな。」
優しい声だ。
まるで
前のいた場所を懐かしむみたいな話し方。
「だから見てみたかったんだ。
君がどんな選択をするのか
………んふふ、そしたらさぁ
また好きになっちゃった。」
「………。」
「別の世界でも、君に会えて
また君を好きになれて。
その君を守って死ねるなんてさ。」
彼は心の底から嬉しそうに、ふっと笑った。
「すっごい幸せだよねぇ」
俺の視界が揺れる。
何か言わなければいけないのに、言葉にならない。
その時、タクヤ兄ちゃんの身体ががくりと傾いた。
「あー、やば」
ポタリと血が魔方陣の上に落ちる。
「もう、限界かも。」
「兄ちゃんっ、」
咄嗟に支える。
その瞬間、
神殿の扉が、黒い魔力と共に吹き飛んだ。
「───、見つけた。」
低い声。
魔王だ。
黒い羽根が、魔力が、
空間そのものを軋ませる
「ほら、
時間ないよ、エリオちゃん。」
兄ちゃんは薄く笑う。
震える手で、魔法陣に触れた。
俺は強く唇を噛む。
「手、借りるよ。」
それでもその手を重ねる。
タクヤ兄ちゃんの手は、驚くほど冷たかった。
青白い光が魔方陣いっぱいに広がり、兄ちゃんの、俺の、魔王の目を焼く。
兄ちゃんは、俺じゃない誰かに向かって口を開いた。
「………せめて君がどんな人か見てから渡したかったけど、
まぁ、無理なんだろうなぁ」
苦笑が聞こえる。
光の奥の空間が歪んだ。
まるでどこか別の世界へ繋がろうとしているみたいに。
タクヤ兄ちゃんはその光に向かって、また静かに口を開く。
「いいかい、
名前も知らない君。
これが俺の最後の記憶だ。
これが俺の最後の言葉だ。」
兄ちゃんはずっと、穏やかな声で続ける。
「そして君が受け取るのはさ。
何千何万の記憶の中で、
俺がまだ覚えていられる大事な人たちの記憶だ
木村くん、
弾さん、
先生。
現世で俺と同じ時を生きた、大事な友達の記憶。
そして、彼らが受け継いだ彼らの能力だ。」
光が爆ぜる。
魔力が神殿全体を震わせる。
兄ちゃんはゆっくり目を細めた。
「願わくば、
君が優しい人だったら、
俺はうれしいなぁ。」
光の向こうで魔王が吼える。
その瞬間、光を斬り裂いて
黒い腕が一直線に振り下ろされた。
タクヤ兄ちゃんが俺を強く抱きしめる。
「サヨウナラ。
頼んだよ。」
斬撃の音。
血飛沫。
それでも最後に届いた"勇者"の声だけは
不思議なくらいに穏やかだった。
【継承】




