11章【継承(インヘリット)】Ⅲ
「まずは、逃げてごめん。
…………俺、お前と話したくて、戻ってきた。」
沈黙。
ギラギラとわずかに差し込む光で反射している力強い目。
おそらく数秒の沈黙だったが、心臓を貫くように見詰められた。
「…………は、
ギャハッ
ギャハハハハハハハハハハハハハハッ!!!
おっかしいなァ、オイ。
おかしくてたまんねーぜ。
今まで俺を見てなかった癖によォ。
今まで俺と話すなんて頭にねェ奴がよォ!」
ゲラゲラゲラ。
カラスのようなしゃがれた声だ。
おぞましく不気味な笑い声だ。
その声がシン、と静まる。
「失せろ。
俺は今、話をする気分じゃねェ。」
地獄から這い出てきたかと思うほどに低い声。
ビリビリと体が震える。
…………でも、俺は口を開いた。
「……それは"先生"を亡くして悲しいから、なのか……?」
「あ゛?」
不機嫌そうな声がこちらに向く。
俺は、つい声が荒くなる。
「お前はなんで、そんな顔ができるんだ。
苦しいだとか、悲しいだとか、
失いたくないなんて、感情があるなら
なんで今まで俺たちに非道なことができたんだ。」
理解してない顔がこちらを向く。
その後で聞こえた声は、あまりにあっさりした声色だった。
「…………?
仮に俺がそのカナシイだとして。
俺がそうである事とお前たちを八ツ裂きにすることに何の関係がある?」
なぜか、
「苦しいならわかるはずだ。」
そんな感覚があった。
でもおそらく魔王は、「苦しい」と「他人を傷つけない」がそもそも繋がってないんだ。
そのことが、なぜだかあまりに悲しく思えて
胸の奥が苦しくなった。
「……俺は、
苦しいなら、同じ事はしたくないって思う。
……………………でもお前は、違うのか。」
本当に理解してないんだろう。
ゆっくりと首をひねって俺から視線を背けない。
「クルシイ。
分かんねー、分かんねェなァ。
でもつまんねーのは嫌いだ。
ありゃ良くねェよな。つまんねーが長く続くと頭がおかしくなりそうになる。
ギャハ。だからなァ、良いんだよな。
人間の悲鳴。
あれ聞くとすげー気持ちいいんだよな。
血飛沫とかよ、浴びるとよ。
つまんなくねーんだよな。
………ああ、なんだっけ。
ギャハ。分かんねー。
頭ん中ずっとぐちゃぐちゃだ。
なァ、お前は教えてくれんのか。
お前は答えてくれんのか。
分かんねーんだ。
ずっと考えてるけど、分かんねーんだよ。」
かすれた声。空っぽな表情。
俺は、俺は気づいてしまった。
魔王は、ずっと苦しんでいたんじゃないか、と言う事。
彼が快楽じゃなく、欠落から来ている衝動であることを。
彼にとって、人間の悲鳴も、血も、殺すと言う行為も。
これらは全部、
"生きている感覚を得るための刺激"なんだ。
俺が彼を理解してあげたくても、
彼が、彼自身が自分を理解できていない。
だから、理由があって殺してるわけじゃないんだ。
空っぽの自分を埋めるために、人を殺している。
「………俺は………。」
未知の恐怖に声が震える。
どうすれば、分かってもらえるか見当もつかない。
「分かるワケなくね?」
「………っ!?」
俺のすぐ後ろからやけによく通る声が響いた。
タクヤ兄ちゃんだ。
兄ちゃんは、相も変わらず笑顔を絶やさずに立っていた。
「そんなん、まずお前が言わなきゃ分かんないっしょ。
殺す前にやること、あったんじゃねって話。」
沈黙が訪れる。
次に口を開いたのは魔王だった。
「聞く耳持たなかったじゃねぇか。」
彼は少しだけ笑った。
「まァ、そもそも俺が考えて分かるわけねーか。
俺はずっと分かんねーまま生きてんだ。
なァ知ってるか?
お前ら人間はいつもよ
ちょっと違うだけですぐ切り捨てる。
魔力量が違う、見た目が違う、喋り方が違う。
気持ちが悪い。
怖い。
理解できない。」
クツクツと喉の奥で笑う。
「そんで
分かんねェモンは、要らねェって顔すんだろ」
ゆっくりと腰を上げる。
その手に先生を抱えたまま。
「お前らってよォ
"普通じゃない"ってだけで、すぐ目を逸らすんだぜ。」
ゆらり、ゆらりと歩き出す。
水面に移る影のような動きで距離を縮めてくる。
「怖ェなら怖ェでいいのによ。
なんでわざわざ"悪モン"にしたがんだ?なァ、人間。
俺様を理解のできないバケモンにしたのはお前ら人間じゃねェのか。」
魔王は俺に、俺たちに近づいてくる。
相も変わらず俺は彼に言える答えを持ち合わせていない。
なんて言葉を言えばいいかわからないままだ。
「い〜や、重っっっ
あのさぁ……いやま、気持ちはわかるけどさ
……なんつーか
悩むの趣味なん?」
沈黙を破るのはいつもその場にそぐわない軽薄な声で。
俺はつい驚いて顔を上げてしまう。
「いつもさぁ、"どうしたいか"じゃなくて、
"どうしたらやらなくて済むか"ばっか考えてない?」
「………あ?」
「いやいやいや、そーでしょ。
分かんない
傷ついた
怖い。
だから選べませんって?」
へらへらと笑う。
口の軽さもいつも通りだった。
でも、どこか目が笑ってない気がした。
「怖くても
間違ってても
ダサくても
"それでも前に進もう"って選んだ奴らをさぁ、
……………お前はたくさん殺してきたんじゃん」
1度、口を開いた。
その後、唇を噛むように閉じる。
ゆっくりと、だが、確実に魔王の羽根が逆立つ。
……魔王は怒っている?
「……うるせェな。」
ポツリ、と独り言のように口からこぼした。
その間も羽根は荒々しく広がっていく。
「さっきからよォ、」
じわりと声にも怒りがにじみ出す。
「知らねェんだよ、そんなの。」
ミシミシとどこからか硬い音がした。
「前に進むだァ?
意味わかんねェことばっか言いやがって。」
先生だ。
黒い手が死体を抱き込む。
彼女は、骨の軋む音がしていた。
「俺ァ今よォ、
頭ん中ぐちゃぐちゃなんだよ。
やっと面白くなってきたと思ったらよォ、
勝手に死にやがるし」
けれど、魔王は気づいてない。
まるで離してしまえば、
どこかへ行ってしまうとでも思っているみたいだ。
「何を考えてんのか分かんねェし
今も分かんねェし
テメェも分かんねェし」
ミシミシと音を立てる体を抱きながら。
だけどその顔は壊れ物を抱えるみたいに、ひどく必死だった。
「選んだからなんだ。
進んで死んでちゃ、意味ねェだろ。」
「いやいやいや。」
空気が重くなる前に兄ちゃんが口を挟む。
「意味はあるでしょ。」
ゆっくりと手を持ち上げて先生を指す。
「だって、先生は逃げなかった人じゃん。」
魔王の眉間にシワが寄る。
何か不快だと感じたのだろう。また先生を抱き込んでしまった。
「……だから、それがなんだっつってんだよ!
結局こいつも死んでんじゃねェか!!!」
激昂する魔王に兄ちゃんは目を細めた。
そしていきなり俺を引き寄せて、微笑んだ。
「でもさぁ、
先生は"選んだ"から
今エリオちゃんはここにいるし、この世界にまた勇者を呼べてんじゃん。」
「………っ、」
俺も魔王も思わず息を飲んだ。
同じ気持ちだったのかなんかはわからないが、同じタイミングだった。
兄ちゃんはいつもの調子で続ける。
「怖いから逃げる、
苦しいから諦める、
そっちの方が楽だよ。
………でも今までの勇者がそんな人たちばっかじゃ。
何も、誰も残んなかった。」
「……………おい。」
イラついた魔王の声が言葉を遮る。
「何の話をしてやがる。
楽だとか苦しいだとかンな話はしてねェだろ?なァ。」
いろんな話が、感情が。
ぐちゃぐちゃになって、から回る。
俺は、彼は、兄ちゃんは、
俺は、何を聞きに来たんだっけ?
彼は、何がわからないと叫んでいるんだ?
兄ちゃんは、彼から何を引き出そうとしてるんだ?
「してるよ。
お前、ずっと苦しくない方選んでんじゃん。
今のお前に、何が残ってるわけ。」
一瞬の沈黙の後、
魔王の眼光が鋭くなった。
「……だから、
分かんねェって言ってんだろうがァ!!!
なんで、お前らはそんな考えになるんだよ!!!
怖ェなら逃げてりゃいいだろ!
苦しいならぶっ壊せばいいだろうが!」
瞬きの間に黒い羽根が舞った。
それを目視できたときには、俺の体が中に浮かんでいた。
タクヤ兄ちゃんが、俺を抱き上げていたんだ。
そのおかげで間一髪。
俺はまた攻撃を受けずに済んだ。
視界の端でタクヤ兄ちゃんが薄く口を開くのが見える。
だけど、俺は先に口を開いた。
「じゃあ、
………だから、お前は
まだ誰かを傷つけてもいいって、思ってるのか?」
きっと、俺が聞きたいのは結局それなんだ。
その言葉を聞いた魔王は、少しだけ考えてから口の端を持ち上げる。
「良い悪いの話じゃねェっての。
俺ァそうする以外分かんねェんだよ。
俺が納得できねェって言ってんだよ。
だから、そうだな。
うるせェんだよ、お前ら。
うるせェからよ。
お前らを殺して、そのあとでじっくり考え事でもするかァ?」
そうすることで、
きっと今抱えてる彼の悩みの1つは解決できる。
彼はそう結論付けることができたのだろう。
ほんの少し笑みを深めて次の攻撃を繰り出そうとする。
「俺は、」
それでも言いたかった。
言わないといけない、………いや。
言わないと気が済まないと思ったんだ。
「俺は、お前にただ聞きたかった。
………俺も迷っていたからだ。」
魔王の動きが止まる。
しっかりと目が合う。
しっかり、俺の声を聞く。
「お前をかわいそうだって思った。
わかりたいって思ってしまった。
でも、
お前が俺を、俺たちを殺すって言うなら、
村のみんなを守るためにも
俺の命を救ってくれたハルト兄ちゃんや先生のためにも
俺は、お前を止めなきゃいけない。」
俺は、選択した。
きっと、今日死んだってこのまま逃げたほうが一生後悔すると思ったから。




