9章【継承(インヘリット)】Ⅰ
【継承】
「なんだよ、
…………なんなんだよ。」
ゆっくりと体温が下がっていく。
ちょっと待てよ。
わかんねぇよ、どうなってんだ?
俺まだアンタになんもしてねェだろうが。
「おい……、おい……?」
頬を軽く叩く。
あんまりにも顔色が悪い。
もともと白かったが、こんなに青白かなかった。
「分かんねーぞ、なぁ。
教えろよ。」
閉じられた目をこじ開けると、綺麗な色をしていたが、
どこを見ているのか分かんなかった。
寝てるんならそろそろ起きるだろうが、
お前いつも寝る時あの変な壁みたいなの張って寝てたろ。
今日はそういうのしなくていいのか。
つかアレ、何の意味があるんだよ。
さすがに寝てる人間なんざ襲わねェよ。
反応鈍いしすぐに勝っちまうだろ。
ふつ、ふつ、と
次から次に聞きたかったことが湧いて出てくる。
「………俺、味なんてわかんねーんだよ。
何食っても砂みたいな味しかしねェ。
まだなんで飯食って笑うかもわかんねェンだよ。
人間が死んだら泣いたり喚いたりするのもまだわかってねーぞ。
おい、こういうの教えてくれるんだろうが。
何、途中で死んでるんだよ、お前。」
分からない。
腹の奥でじりじりと不快感が広がる。
分からない。
その不快感に眉を寄せる。
分からない。
その不愉快さにイライラと頭が熱くなる。
「おい!!!!
聞いてんのか!?
お前のやってたこと何一つわかんねェんだよ!!!!
俺様は人間と違うんだから、同じモン感じられるわけがねェんだよ。
この舌も、
この目も、
この手も、
足も、感情も、頭の使い方も、
お前らと同じわけねーのによ!!!!!
…………ギャハ、
そうだ。
そうだよ。
馬鹿な女だ。
お前は馬鹿な女だ。
俺は結局変わらねェ。変わってねェ!!!
ギャハハハハハハハハハハッ!!!!
お前がしてた事は全部無駄だったってことだ!!」
「それは違うんじゃないか。」
「………あ?」
背後から聞こえた声に振り返ると
皿をぶちまけて汚れたガキが俺を見上げていた。
たまにこの辺をうろついているガキだった気がする。
なんだ、ガキィ。そう言おうとする前にソレは口を開いた。
「お前はわたし……俺の命を救ってくれた人を目の前で2人も殺した。
そんな俺だから忘れられるワケがないんだ。
ハルトを殺した時のお前と、先生を殺した時のお前が一緒だって?
……………ッ、そんな、あの時の俺みたいな顔で、
そんな傷つきました、みたいな顔で
元凶(お前)が、笑うんじゃねぇよ!!!」
頭を殴られたような感覚。
傷ついた?誰が?
何言ってんだよ、お前。
つーか誰だよ、お前。
これ以上俺様の頭の中を訳分かんなくするんじゃねェ。
「うるせェ、
うるせェ。
どいつもこいつも、
うるせェ うるせェ うるせェ!!!!!」
羽が広がる。
その瞬間に周囲に漆黒が飛び散る。
「耳障りだから少し静かにしてろや。」
そのガキがどこにいるかなんてどうでもよかった。
手当たり次第に羽根が降り落ちる。
汚い雨みたいだ。
………そういや、魔力で火ィ出しただけではしゃいでたっけか。
こんな芸当を見たら、アンタどんな顔すんだろうな。
そんなことを思いながら、目を閉じた。
◆◆◆◆◆◆◆
はぁ、はぁ、はぁ、
息が切れる。
俺のバカ。
せっかく、せっかく俺は2人から助けてもらったのに、死に急ぐマネをして……
自分を叱咤しながら走る。
確かハルト兄ちゃんが逃げるときに考え事をしていた。
それは口からこぼれていたのを聞いていたから。
怒っているときは、右から。
角度をつけて降る羽根から逃げる。
だが、魔王が追いかけてくる心配はなかった。
「先生」と名乗る女性を抱きしめたまま、羽を舞い散らせて動かない。
まるで今の時間を邪魔されたくないみたい。
「………………ちぇ。そんなの、」
まるで人間みたいじゃないか。
俺はそのまま走った。
今なら、
魔王のいない神殿に行けるハズだから。
もしかしたら、魔王が後ろから追いかけてくるかもしれない。
もしかしたら、兄ちゃんや先生のように、自分も殺されてしまうかもしれない。
そんな考えが頭を埋め尽くす中、ふと足元に目を落とした。
…………あれ、
随分と歩きやすくなっている。
どうして、
………そうか、
そういえばあの溢れかえるほど積み上がった死体が
綺麗さっぱり消えている。
一度、足を止めて振り返った。
魔王は、まだ自分の周囲に羽根を散らしながら、その場から動いていなかった。
「………なんだよ、
なんだよぉ……っ」
あいつは悪い奴で、村の人も、「勇者様」も、たくさん殺したんだ。
だから倒さないといけない、分かってるんだ。
でも、俺なんで、急に迷ってるんだよ。
それでも足を進めると、神殿に着いてしまう。
もしも、
もしも次の勇者を呼んだら、また戦うのかな。
また誰かが死んでしまうのかな。
それでも、俺は
まだ誰かに助けて欲しいと願っているみたいだ。
本当に、かっこわるい。
「くそ、
くそぉおおおおおおっ……!!!!」
祭壇の前で光り輝く魔方陣に両手を押し付ける。
自分の体の中を巡っているかすかな魔法のエネルギーを魔方陣へと流し込んだ。
徐々に光と熱を帯びる。
時間をかけて光が人の形を作る頃には、頭が焼けそうになっていて鼻から血が溢れていた。
「………………ッ、」
はっきりと肌の色、服装の形まで視界に収めると、俺はそのまま頭からその場に崩れ落ちた。
どこか苦しそうに喉を潰すような声がした、───気がした。
大丈夫か、お前。
………しまった、声ももうまともに出ないな。




