第百二十一話 代表決定戦
第二回戦が始まった。
ここからの二試合、その勝者二組が学校代表となる。
会場の空気は、一回戦までとは明らかに違っていた。ざわめきの奥に、もう遊びでは済まない緊張が混じっている。
まず組まれたのは、透川姉妹と彩葉・純香のコンビだった。
「いきましょ、お姉ちゃん」
「ええ」
鏡花がふわりと笑う。
「新くんは渡さないわよ」
「なんでそうなるのよ!?」
彩葉が思わず叫ぶ。
「新はただの友達!」
「なんか飛び火した……」
新が頭を抱える。
その横で、雅がにやにやと口元を歪めた。
「女の戦いだな」
「他人事だと思って……」
軽口は、号令までだった。
「始めっ!」
開始と同時に、四人の空気が変わる。
まずは小技の応酬だった。
鏡花の鏡片がきらりと散り、晶の周囲には細かな水晶が浮かぶ。対する純香は地面へ薄く陣を引き、彩葉は足元から水の流れを走らせる。
牽制。
探り合い。
個人戦で見せた札を、お互いがすでに知っている者同士の立ち上がりだった。
「個人戦の時みたいにはいかないわよ」
純香が低く言う。
「あら、そうかしら」
鏡花は余裕を崩さない。
「彩葉! 泥いくわよ!」
「おっけー純香!」
次の瞬間、足元の地面がぬめりを帯びた。
踏み込めば足を取られ、そのまま固められる泥の円陣。純香の土と彩葉の水が混ざり合い、盤面そのものを捕まえる罠へ変えていた。
「それ、厄介だけど」
鏡花が小さく肩をすくめる。
「そう、踏み込まなければいい話よね」
遠間から晶が仕掛ける。
水晶が光を収束し、一直線のレーザーとなって放たれる。さらにその光を、鏡花が鏡面で反射させる。
一条ではない。
二条、三条。
角度を変え、死角を縫うように多角的な光線が彩葉と純香へ降り注いだ。
だが。
「どうってことないわ」
純香が前へ出る。
ごごっ、と土壁が立ち上がった。厚く、斜めに、何重にも重ねられた壁がレーザーを受け止める。光は土を焼きながらも貫ききれず、火花のような反射を散らして消えていった。
「ふふ、膠着状態かしら?」
鏡花が言う。
「そう思います?」
純香が静かに返す。
「先輩?」
「彩葉!」
「おっけー!」
地面が弾けた。
泥でできた召喚体の虎が、唸り声とともに透川姉妹へ襲い掛かる。
巨体。鋭い爪。
ただの泥の塊ではない。純香の構造と彩葉の流動性が組み合わさった、獣じみた勢いのある召喚体だった。
透川姉妹の目が丸くなる。
ギャラリーが沸いた。
「うおっ!?」
「虎!?」
「そんなのまで出せるのかよ!」
「シュイ! そのままやっちゃって!」
「はーい!」
泥の虎が飛び込む。
だが鏡花は即座に鏡を展開した。
虎の爪が鏡へ叩きつけられる。
その瞬間、鏡面の中から泥の虎の腕そのものが現れた。
鏡が、今受けた攻撃を写し返したのだ。
鏡の中から伸びた泥の腕が、逆に虎を殴り返す。
衝突。
泥が弾ける。
攻撃を受けた虎の身体が削れ、その破片が透川姉妹へ降りかかった。
「今よ!」
彩葉が叫ぶ。
衣服に付着した泥が、一気に固化する。
裾。袖。足元。
まとわりついた泥がそのまま拘束具みたいに形を変え、姉妹の動きを鈍らせた。
「うっ」
「これはっ――」
「これで動けないでしょ!」
彩葉が前へ踏み出す。
「どうかしら?」
純香が鋭く問う。
だが、鏡花はそこで小さく笑った。
「これは、なかなかいい連携ね」
「そうね」
晶も頷く。
「見直したわ」
その声に、純香の眉がわずかに動く。
「……何がおかしいの?」
「これが」
鏡花が静かに言った。
「本当だったならね」
「――!?」
次の瞬間だった。
姉妹の姿が、ゆらりと揺らめく。
輪郭がぼやける。
光が解ける。
そして、そのまま二人の姿が薄れて消えた。
フェイク。
「そうか……しまった……!」
純香がはっとする。
ギャラリーがまた大きく沸いた。
「またあれか!」
「光の屈折で作ったフェイク……!」
「いつの間にすり替えてたんだ!?」
少し離れた位置で、本物の透川姉妹が静かに立っていた。
鏡花が肩をすくめる。
「泥の結界が円陣で助かったわね」
「ええ」
晶も淡く笑う。
「そうでなければ、今ので後ろを取って終わりでしたもの」
彩葉が小さく舌打ちし、純香も息を吐く。
完全にはまったと思った。
だが、相手はその一歩手前で、もう虚像へ置き換えていた。
仕切り直しだった。
「彩葉!」
「そうね」
彩葉がすぐに頷く。
「目に見えるものが、本物とは限らないよね」
さっきの一手で、嫌というほど思い知らされた。
光の屈折。
鏡の反射。
水晶の散乱。
透川姉妹の術は、見えているからこそ信用できない。
「シュイ、索敵できる?」
「大丈夫だよ」
彩葉の傍らで、シュイがふわりと揺れる。
その表面がゆるやかに波打ち、周囲の空気へと溶けるように広がっていく。水はただ流れるだけではない。空気に位相を合わせ、わずかな揺らぎや反射の歪みを読む。
見えないものを、濡らすように探る。
彩葉は目を細めた。
周囲に浮かぶ光。
鏡のきらめき。
水晶の気配。
その全部にシュイの感覚が触れていく。
「……うん」
シュイが小さく言った。
「それもフェイクだね」
彩葉の目が鋭くなる。
「本体は後ろ」
さっと振り向く。
そこにいた。
「え!?」
「バレた!?」
晶が目を見開く。
ちょうど水晶へ次の術をかけようとしていたところだった。
「シュイ!」
「はーい!」
次の瞬間、シュイが高圧のジェット水流を放つ。
一直線。
速い。
重い。
咄嗟に防御する暇もなく、晶の身体がまともにそれを食らった。
「きゃあっ!」
吹き飛ばされる。
制服の裾を翻しながら床を転がり、少し離れた場所でようやく止まる。
「いたたぁ……」
晶が涙目で起き上がる。
彩葉はそのまま一歩前へ出た。
「甘く見ないで!」
その声には、さっきまでよりずっと熱があった。
鏡花がそんな彩葉を見て、ふっと口元を緩める。
「そっちも中々やるわね」
鏡花がそう言った時には、晶はもう立ち上がっていた。
制服の袖は少し濡れ、髪の先から雫が落ちている。
けれど、その目はまだ全然死んでいなかった。
「びっくりしたぁ……」
晶が頬をふくらませる。
「でも、今のはちょっと痛かったよ、彩葉ちゃん」
「だったら降参する?」
彩葉がにっと笑う。
「やだ」
晶もすぐに笑い返した。
「だってお姉ちゃんがいるもん」
その言葉に、鏡花の口元がわずかに緩む。
一方で、純香はもう次の手を考えていた。
「彩葉、押し切るわよ」
「今ので晶の位置は割れた」
「フェイクを重ねられる前に盤面ごと押し潰すわ」
「おっけー!」
二人の足元に、同時に陣が走る。
彩葉の水が床を滑り、純香の土がその上へ重なる。
ぬめり。重さ。沈み込む泥。
そこへさらに彩葉の水圧が加わり、足場そのものが獲物を呑むための沼へ変わっていく。
「テラ!」
「……行くぞ」
「シュイ、合わせて!」
「はーいっ!」
泥の虎が再び生まれた。
さっきより大きい。
さっきより重い。
そして水をまとっている分、動きも滑らかだった。
それが真正面から透川姉妹へ襲い掛かる。
鏡花は鏡を展開し、晶は周囲に水晶を浮かべる。
だが、今度の圧はさっきとは違った。
虎が鏡へ爪を叩き込み、砕けた泥が雨みたいに降りかかる。
受ければ付着する。
付着すれば固まる。
「晶!」
「分かってる!」
晶が後ろへ跳ぶ。
だがその着地点には、すでに彩葉の水陣が待っていた。
踏み込んだ瞬間、水が足首へ絡み、そこへ純香の泥が追いつく。
「取った!」
彩葉が声を上げる。
晶の足元が沈み、固まり始める。
「くっ……!」
晶が顔をしかめた、その時だった。
「彩葉!」
純香が鋭く叫ぶ。
「え?」
「下がって!」
反射で彩葉が跳ぶ。
次の瞬間、さっきまで彩葉がいた場所の泥の表面が、きらりと光った。
鏡だった。
「いつの間に……!?」
泥の水分。
飛び散った水滴。
さっき晶へぶつけたジェット水流の残り。
そこに混じっていた微細な水晶片が、もう盤面の中へ入り込んでいたのだ。
「ようやく、準備ができたわ」
鏡花が静かに言う。
晶が、沈みかけた足元を見下ろしてふっと笑った。
「彩葉ちゃんの水、やわらかくて伸びやすいんだよね」
「だから、混ざるの簡単だった」
純香の顔色が変わる。
「まさか……」
「そう」
鏡花が応じる。
「あなたたち、上手に盤面を作ってくれたから」
晶が指を立てる。
ぱき、ぱきぱき、と乾いた音がした。
まず、彩葉たちの周囲を囲っていた水の円陣の縁が、透明な結晶へ変わっていく。水がそのまま固まったのではない。水の中に混じっていた微細な水晶を核にして、縁から順番に“伸びて”いくのだ。
足元では、純香が作った泥の円陣の表面に薄い鏡膜が走った。
黒く濡れた泥の上へ、ガラスみたいな光沢が一面に広がっていく。
「えっ」
彩葉が目を見開く。
「何これ!?」
次の瞬間。
彩葉と純香の周囲、円陣の四方から、透明な結晶柱が一気に立ち上がった。
一本。
二本。
三本。
それぞれが外へ向かうのではなく、二人を囲むように斜め上へ伸びる。さらに頭上では、彩葉の水陣の残りが薄い膜になって張られ、その膜の内側を結晶が走って、天井のように閉じていく。
檻だった。
床は鏡のように光る泥。
周囲は透明な結晶の格子。
頭上も半透明の結晶膜。
彩葉と純香が自分たちで作った水と泥が、そのまま閉じ込めるための材料に変わっていた。
「うそっ!?」
彩葉が飛び退こうとする。
だが、その足元にも薄い結晶が走っている。
「下は泥、上は結晶……!」
純香が低く言う。
「閉じ込められた……!」
「守りってね」
鏡花が静かに言う。
「綺麗に閉じた方が、壊しやすいのよ」
「水って、固まると逃げ場なくなるんだよね」
晶も笑う。
純香がすぐに土壁を起こす。
「彩葉、まとめて押し割るわよ!」
「おっけー!」
土壁が檻の一角へ叩きつけられる。
だが、その瞬間、床の鏡面が光った。
土壁の進行方向が、鏡へ映る。
鏡花がその反射角を変える。
まっすぐぶつかるはずだった土壁が、結晶格子の表面を滑るように逸らされ、横へ逃がされた。
「なっ……!?」
「壊すつもりなら」
鏡花が微笑む。
「反射先まで考えないとだめよ」
晶の周囲に、細かな水晶片が無数に浮かぶ。
そのひとつひとつが、檻の内側へ入り込み、床の鏡面と側面の結晶を使って光を跳ね返す。
きん、と澄んだ音。
次の瞬間、檻の内側で光が走った。
外から撃ち込まれたわけではない。
檻の内側そのものが、光を増やす装置になっていた。
床で反射。
側面で反射。
頭上で反射。
細い光線が二人の周囲を高速で巡る。
「え――」
彩葉の声が詰まる。
右へ避ければ、そっちに光。
しゃがめば、床から反射。
土壁を立てれば、その土壁の影をなぞるように別の角度から光が入る。
直撃はしない。
けれど、避けた先を必ず潰してくる。
「純香!」
「分かってる……!」
純香が何重にも土壁を重ねる。
だが、その壁が増えるほど、逆に反射面が増える。
檻の中が、きらきらと危険な光で満ちていった。
「内側から……!」
純香が歯を食いしばる。
「増幅してるのね……!」
「正解」
鏡花が笑う。
「でも、もう遅いわ」
晶が両手を重ねる。
檻の中の水晶が、一斉に光を孕む。
「終わりだよ」
次の瞬間、結晶檻の中が白く爆ぜた。
「きゃっ!」
「っ……!」
彩葉と純香はとっさに身を寄せ合って防ぐ。
直撃は避けても、もう体勢が崩れる。
足元には結晶。
周囲は鏡。
頭上からは砕けた光の余韻。
そこへ、鏡花と晶が静かに歩いてきた。
檻の外側から。
余裕のある足取りで。
「どう?」
晶が小さく首を傾げる。
「自分たちの陣、居心地いい?」
「……最悪ね」
純香が低く答える。
「ふふ」
鏡花が笑う。
「そうでしょうね」
彩葉が唇を噛む。
まだ水を使える。
純香も土を起こせる。
でも、そのたびにまた結晶と鏡に利用される。
盤面を取ったと思った時点で、もう負けていたのだ。
純香が静かに息を吐く。
「……参ったわ」
彩葉も悔しそうに眉を寄せたまま、肩を落とした。
「降参、です」
その一言で、結晶の光がふっとやわらぐ。
会場が、どっと沸いた。
「うわあああっ!!」
「何だ今の!?」
「水と泥、奪われたぞ!?」
「盤面ごとひっくり返した!」
「透川姉妹えげつなさすぎるだろ!」
晶がくるりと振り向き、鏡花へ笑いかける。
「やったね、お姉ちゃん」
「ええ」
鏡花も静かに頷く。
「いい勝ち方だったわ」
結晶檻がほどけ、彩葉と純香が外へ出る。
さっきまでの緊張はまだ残っていたが、四人の空気はもう戦闘のものではなかった。
「いやー、やられた!」
彩葉が両手を上げる。
「まさか自分たちの陣をそのまま使われるとは思わなかった!」
「完敗ね」
純香も素直に言う。
「こちらが盤面を支配したつもりで、逆に素材を渡していたのだもの」
「彩葉ちゃんたちの連携、すごかったよ」
晶がにこっと笑う。
「泥の虎も、あの固め方も本当に嫌だったもん」
「ええ」
鏡花も続ける。
「さっきの拘束、あれが本物だったら危なかったわ」
「二人とも、個人戦の時よりずっと強かった」
彩葉が少し照れくさそうに笑う。
「そう言われると嬉しいかも」
純香も小さく頷いた。
「そちらも見事だったわ」
「晶の結晶化と、鏡花先輩の反射操作。想像以上に綺麗で厄介だった」
「綺麗で厄介、っていい褒め言葉ね」
鏡花が楽しそうに言う。
「うちららしいよね」
晶も笑う。
そこで鏡花が、ふと客席の方を見る。
その先には新がいた。
「新くん」
小さく笑う。
「ちゃんと見てた?」
「見てましたよ」
新が頷く。
「すごかったです」
「でしょ?」
鏡花が少しだけ得意げになる。
「はいはいそこまで」
彩葉がすぐに割って入る。
「勝ったからってそこで新に振らなくていいから」
「そうね」
純香も半目になる。
「試合の感想と恋愛は切り分けてほしいわ」
「なんか俺、毎回巻き込まれてるんだけど……」
新が額を押さえる。
その横で雅がにやにやしていた。
「モテる男はつれえなあ、新」
「うるさい」
場がふっと和む。
透川姉妹が学校代表の一角を決めた。
◇
続く第二試合。
呼ばれたのは、雅と新。
その相手は一年生の双子巫女――宮守纏、宮守祓。
先の試合で三年を一蹴した、新進気鋭のコンビだった。
双子は試合場に上がると、静かに新たちを見た。
「近くで見ると」
祓がぽつりと言う。
「思ってたより危なそう」
「力の出し方が荒い方と、仕掛け方が静かな方」
纏が続ける。
「嫌な組み合わせですね」
「褒められてるのか?」
新が言う。
「警戒されてるんだろ」
雅が肩を鳴らす。
祓は小さく笑った。
「ええ。かなり」
号令が落ちる直前、祓が鈴を握り直す。
「纏」
「ええ」
「始めっ!」
次の瞬間だった。
「来い、王様!」
雅の声と同時に、新が雅の肩を掴む。
「――Foresight」
二人の姿が消えた。
「え?」
祓の声がひっくり返る。
次に現れた時にはもう、雅が眼前にいた。
「な――」
間髪入れず、王様の巨腕が顕現する。
ぬうん、と空気を割って現れたその腕が、憑依しかけた巫女形態を一瞬で鷲掴みにした。
「ちょ、ちょっと待って待って待って!?」
「は!? 何それ!?」
巫女がぶんぶん足を振る。
「近い近い近い!」
「いきなりそこ来るの反則でしょ!」
会場が一拍遅れて湧いた。
「うわっ!?」
「もう捕まってる!?」
「早すぎるだろ!」
鷲掴みにされたまま、巫女がじたばた暴れる。
「え!?」
「いや何これ!?」
「ずるいずるいずるい!」
「やり直しやり直し!」
「先輩なのにそんな卑怯な手ずるい!」
「そうよこんなのやり直しよ!」
顔を見合わせる新と雅。
一瞬の沈黙。
それから雅が、ぼりぼりと頭を掻いた。
「……しょうがねえなあ」
「まあ、今のは不意打ちみたいだったし」
新も小さく息をつく。
王様が不服そうに唸る。
「ぬう。勝ちは勝ちであろう」
「だめだよ王様!」
祓が即答した。
「今のは聞いてないもん!」
「知らない技で掴まれるの、普通に嫌です」
纏も淡々と言う。
「どんな理屈だよ」
雅が呆れる。
けれど新は苦笑した。
「……いいよ、分かった」
「仕切り直そう」
その言葉に、ようやく王様が巫女形態を下ろす。
着地した双子はすぐ距離を取った。
さっきまでの軽さは、もうない。
祓が鈴を握る手に力を込める。
「……纏」
「ええ」
纏の声も、低い。
「次はちゃんと、見ます」
「うん」
祓が目を細める。
「今度は先輩たちの好きにはさせない」
空気が変わった。
会場のざわめきが、すっと遠のく。
今度こそ、本気だった。
◇
「改めて」
纏が静かに言う。
「宮守の巫女の役目を、お見せします」
祓が鈴を持ち上げる。
「私たちは、鈴の音で現象をほどきます」
「出たものは消して」
「返す時は、少し多めです」
シャン。
澄んだ音が会場を打つ。
「来い、王様!」
雅が再び叫ぶ。
だが、鈴が鳴った瞬間、王様の輪郭が揺らいだ。
「ぬ――」
巨体が光の粒子になって消える。
「なっ!?」
雅が目を見開く。
同時に新の風も、まるで初めからそこになかったみたいに消えていった。
祓が、今度は笑わずに言う。
「大きいの、目立つから消しやすい」
纏が続ける。
「形になった現象は、こちらのものです」
シャン。
次の瞬間、消えたはずの風が逆向きに返ってきた。
それも、さっきより重く、鋭く。
「ちっ!」
新が身を捻る。
雅も横へ跳ぶ。だが返しの風は二重三重に重なって、遅れて押し込むように追ってくる。
「くっ!」
雅の足元がずれた。
そこへまた、鈴。
シャン。
二人の前方に薄い膜のような結界が広がる。
新がそこへ風を差し込もうとする。だが、触れた瞬間、風はほどけて消えた。
「通さない……」
新が低く言う。
「ええ」
纏が頷く。
「入ってくる現象も、帰っていく現象も、選ぶのはこちらです」
「じゃあ、閉じ込めるだけですね」
祓が淡々と言う。
「先輩たち、けっこう捕まりやすそうだし」
「言うようになったな……!」
雅が歯を食いしばる。
返された風が二人を追い立てる。
雅は走る。
跳ぶ。
踏み切る。
着地する。
また走る。
床を蹴るたび、筋肉が軋む。
息が荒くなる。
でも、その分だけ体の熱は上がっていく。
新はその横で、何本もの細い風を置き続ける。
全部祓われる。
全部、倍になって返ってくる。
祓が鈴を鳴らしながら言う。
「先輩たち、忙しそうですね」
「ええ」
纏が続ける。
「でも、追われる側に回ると、だいたい崩れます」
「新!」
雅が叫ぶ。
「まだかよ!」
「……もう少し」
新は低く言った。
「あと一拍」
シャン。
鈴が鳴る。
シャン。
結界が広がる。
シャン。
返しが来る。
新の目の中で、その全てが白銀の線になって繋がっていく。
見えた。
鳴ったあとに広がるもの。
届いた現象。
ほどける範囲。
返る軌道。
逆に言えば。
音の生まれる、その中心。
鳴るより前の、その内側だけは。
まだ、空いている。
「……雅」
「なんだ!」
「鈴の中心は空いてる」
「は?」
「鳴った後は祓えても」
新の左目が、かち、と鳴る。
「鳴る前の中心は、祓えない」
雅の顔が変わる。
「つまり」
「俺が、お前を先へ連れていく」
祓の瞳が揺れる。
「纏」
「ええ」
纏の声も少しだけ緊張を帯びる。
「そこですね」
祓が鈴を鳴らす。
シャン。
結界が広がる。
その、ほんの一拍前だった。
新が雅の肩を掴む。
「――Foresight」
世界が半歩ずれた。
二人の姿が消える。
「っ!?」
「また――」
祓の声が詰まる。
「Overtake」
次の瞬間、雅と新はもう巫女の懐にいた。
鈴を持つ手の、その内側。
祓いの波が広がる前の中心。
そこは、まだ祓いの外だった。
「えっ」
「……そこは、祓えない」
纏の目が見開かれる。
新が低く言った。
「正解」
雅が歯を見せる。
「来い、王様!」
今度は遠くではない。
懐の内側、その場で、王様の両腕が一気に顕現した。
ぬうん、と空気を裂いて現れた巨腕が、巫女形態を左右から鷲掴みにする。
「きゃっ――!」
「しまっ――」
今度は、最初の不意打ちとは違う。
双子は本気で抵抗した。
鈴を鳴らそうとする。
だが、鳴らせない。
自分たちの中心、そのど真ん中で王様を顕現された以上、ここで祓えば自分たちごと崩れる。
一拍、迷う。
その迷いが、致命的だった。
「今度はやり直しなしだぞ!」
雅が叫ぶ。
王様が圧を強める。
巫女の輪郭が、びし、と割れた。
「っ……!」
「祓!」
「纏……!」
憑依が乱れる。
オッドアイがほどけ、髪が揺らぎ、一つだった身体が二つに分かれた。
纏と祓が別々に床へ落ちる。
そこへもう、新は風を置いていた。
二人の喉元。
足元。
次に鈴を持ち上げるはずの手首。
風圧が、寸分違わず押さえている。
「……チェックだ」
新が静かに言う。
雅も構えたまま、王様の拳を振り上げる。
「まだやるか?」
双子は転がったまま、互いを見た。
祓が先に、へへっと笑った。
「いやー、これは無理」
纏も静かに息を吐く。
「ええ」
「見事でした」
「人をそのまま運ぶのは、考えてなかった」
祓が天井を見ながら言う。
「そこ、ちゃんと盲点だったなあ」
「私たちの祓いの外を」
纏が小さく頷く。
「正確に見抜かれました」
祓が手を上げる。
「まいった」
「負けです」
その一言で、会場がどっと沸いた。
「うわあああっ!!」
「勝った!!」
「今の何だ!?」
「鈴の内側に入ったのか!?」
「王様、そこで出したのかよ!」
雅が大きく息を吐く。
「っしゃあ!」
王様も満足そうに腕を組む。
「うむ」
「ようやく余の正しい使い方を理解したようだな」
「そこは素直に褒めろよ!」
新はまだ息を整えながら、双子を見る。
纏と祓もすでに起き上がっていた。悔しさはあるはずなのに、二人とも妙にさっぱりしている。
「いやー、やられたやられた」
祓が頭を掻く。
「二回目はちゃんと負けたね」
「ええ」
纏も静かに頷く。
「先輩たちの方が上でした」
「こっちも」
新が短く言う。
「宮守の鈴、想像以上に厄介だった」
「正直、王様消された時は終わったと思ったよ」
「でしょー?」
祓が少し胸を張る。
「宮守の巫女、ちゃんと怖いんだよ」
「怖かったわね」
純香が客席から言う。
「相性次第では、そのまま詰む相手だわ」
「ええ」
鏡花も頷く。
「一度噛み合えば、かなり危なかったと思う」
纏はそんな先輩たちの言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。
「ありがとうございます」
「でも今回は、勉強になりました」
「うん」
祓も明るく続ける。
「新先輩のあれ、次に見る時はもっとちゃんと嫌がるね」
「嫌がるの前提なのかよ」
雅が呆れる。
「だって嫌だったし」
祓がけろっと言う。
そのやり取りに、周囲からも笑いが漏れた。
負けたはずの宮守姉妹が妙にからっとしているせいで、張り詰めていた空気も少しずつほどけていく。
「まあでも」
祓が客席を見回す。
「これで代表決まったんだよね」
「そうね」
纏が静かに言う。
「透川姉妹と、鳴海先輩たち」
会場の視線が自然とその二組へ集まる。
透川姉妹。
そして、雅と新。
ここまで勝ち上がった二組は、それぞれ違う強さを見せてきた。個の力、連携、読み合い、対応力。どの組もただ勝っただけではなく、それぞれのやり方でこの場を制してきたのだ。
「いやー、濃い代表になったねえ」
祓がけらけら笑う。
「ええ」
纏も頷く。
「全国でも、きっと見劣りしないと思います」
「他人事みたいに言うけど、お前らも相当強かったからな?」
雅が言う。
「そう?」
祓が首を傾げる。
「じゃあまた今度やろうね」
「いやそれはちょっと考えさせてくれ」
雅が即答した。
また笑いが起こる。
彩葉が腕を組んで、新たちを見た。
「ま、なんだかんだで順当って感じなのかな」
「順当、ではあるけれど」
純香が静かに続ける。
「誰が抜けてもおかしくない大会ではあったわね」
「うんうん」
晶も頷く。
「ほんとそう思う」
鏡花は新たちの方を見て、やわらかく笑った。
「じゃあ、代表同士ってことで」
「これからは一緒に頑張りましょうね」
「ああ」
新が頷く。
「おう」
雅も笑う。
「全国でも暴れてやろうぜ」
その言葉に、会場の熱がもう一度だけ高まった。
これで学校代表二組が決まった。
ペア戦代表。
透川鏡花・透川晶。
神代雅・鳴海新。
個人戦とは違う、二人で戦うための形。支え合い、ぶつかり合い、噛み合わせて作る強さ。
その頂点として選ばれた二組を前に、誰もがこれから先を思った。
校内予選は終わった。
だが、本番はここからだ。
夢見ヶ丘高校の代表として。
次は、学校の外で戦うことになる。
鎮め祓う鈴の音




