第百十四話 インターハイ校内予選開始
インターハイの校内予選が始まった。
種目は個人戦とペア戦の二つ。
それぞれ二名、二組ずつが本戦へ進める。
もちろん、出場するのは新たち二年だけではない。
三年生も参加する。
むしろ本来は、三年生が主役の大会だ。
◇
「実際、三年ってあんまり知らないんだよな」
開会式の前、新がそう呟くと、雅も腕を組んだまま頷いた。
「俺も。でも、強いペアがいるって話は聞いたぜ」
「私も聞いた」
彩葉が言う。
「何でも双子らしいよ」
「息が合う、ということかしら」
純香が静かに言った。
そんなふうに四人で話していると、少し離れた場所からやわらかな声が飛んできた。
「みんな、頑張ってね」
瑠璃だった。
腕の中の植木鉢から、翡翠もぴょこんと顔を出す。
「がんばれー」
その声に、四人とも少しだけ肩の力が抜ける。
「ありがと」
彩葉が笑う。
「応援係がいると違うな」
雅が言うと、翡翠は満足そうに胸を張った。
「ひすい、おうえんできる」
その一言に、瑠璃がくすっと笑う。
開会式が終わり、いよいよ本戦が始まった。
◇
先陣を切るのは、雅だった。
「よっしゃ、いくか」
軽く肩を回しながら前へ出る雅に、二年のギャラリーから声が飛ぶ。
「神代ー!」
「やったれー!」
対する相手は三年。
土のエレメントを扱う男子生徒だった。
体格がいい。
立ち姿からしてどっしりとしていて、いかにも堅い。
近づくだけで重さを感じるような出立ちだ。
「悪いけど」
三年の生徒が静かに言う。
「二年に譲る気はないよ」
「そうかよ」
雅はにやりと笑った。
「こっちもだ」
審判が手を上げる。
「始め!」
「先手は取らせてもらうよ」
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴ……!
地面が唸りを上げた。
演習場の土が盛り上がる。
ただ壁が出るのではない。
土塊が噛み合い、折り重なり、瞬く間に巨大な要塞へと姿を変えていく。
分厚い外壁。
高い見張り台。
そして、そこには砲台まで備わっていた。
「おおっ!」
会場が一気に沸く。
「出た、巌窟王!」
「三年の本命だ!」
「岩要塞、あれ本当に固いんだよな!」
見るからに堅牢だった。
正面から崩せる気がしない。
守り切るのではなく、守りながら撃ち抜くための城だ。
その一方で。
雅は――全力で腿上げをしていた。
「…………は?」
一瞬、会場の空気が変になる。
「何だ、あれ」
「こんな時に筋トレ?」
「二年、何してるんだ?」
三年側から、困惑交じりの声が飛ぶ。
二年側も、さすがに少しざわついた。
「いや、ちょっと待て」
新が額に手を当てる。
「見慣れたけど、やっぱり絵面が変だな」
「今さら?」
彩葉が呆れたように言う。
「私たち、もうだいぶ感覚麻痺してるよ」
「でも王様のためなんでしょ」
瑠璃が小さく首を傾げる。
「そうだけど、そうなんだけど……」
新は言いながら、やはり複雑そうだった。
「なんか知らないけど」
要塞の向こうから三年の声が響く。
「行かせてもらうよ」
ズガン!
ズガン!
砲台が火を噴いた。
放たれたのは、人の頭ほどもある岩の砲弾。
鈍く重い塊が、風を切って雅へ襲いかかる。
「雅!」
新が思わず声を上げる。
だが、その時だった。
パシィッ。
パシィッ。
巨大な腕が、砲弾を受け止めた。
次の瞬間。
バガンッ!!
そのまま、握り潰すように砕く。
「え、何あの腕!?」
「来た!?」
「王様だ!」
ギャラリーがさらに湧く。
「へっ」
雅が息を荒げたまま笑う。
「やってやれ、王様!」
「よかろう」
低く、威厳のある声が落ちた。
雅の背後に、筋肉の塊が立ち上がる。
分厚い胸板。
鋼みたいな腕。
腕を組み、やけに白い歯を光らせ、頭には当然のように王冠まで乗っている。
「何あのマッチョ……」
「でかすぎるだろ……」
「いや、ちょっと待って、本当にあれ何?」
三年はざわつき、二年は一気に白熱した。
「いけーっ、王様!!」
その声に応えるように、王様が片手を上げる。
「いくぞ、雅」
「もっと腿を高く上げよ」
「もう! やってる!」
雅が叫び返す。
その様子に、要塞の中の三年が目を丸くしていた。
「何なんだ、あれ……」
ズガン!
ズガン!
また砲台が発射される。
「王様っ!」
「ふんっ」
バガァン!!
今度は腕ですらない。
王様は、飛んできた砲弾を胸筋で受け、そのまま粉砕した。
一瞬、会場が静まり返る。
「……は?」
「今、胸で砕いた?」
「何だそれ……」
二年のギャラリーからも、三年のギャラリーからも、呆然とした声が漏れる。
王様は砕け散る破片の向こうで、悠然と胸を張った。
「練度が足りぬ」
「こんなものでは、余に傷すらつけられぬ」
「ぐっ……!」
要塞の中の三年が歯を食いしばる。
だが王様は、そこで終わらなかった。
「破壊というものを見せてやろう」
王様が拳を握り込む。
大きく振りかぶる。
その拳へ、光が集まり始めた。
淡いものではない。
圧縮され、収束し、拳そのものが小さな太陽みたいに輝きを増していく。
「何だ、あれ?」
「ちょっと待って、まさかあれ要塞に打つのか?」
「いや、まずいだろ、あれ」
ギャラリーがざわめく。
雅本人まで目を丸くしていた。
「……王様」
「お前、そんなのまで出来んのかよ……!」
「当然である」
そして。
王様は、そのまま要塞へ踏み込んだ。
地面が鳴る。
一歩で間合いを詰める。
巨大な拳が、光をまとったまままっすぐ打ち込まれる。
バガァァァンッ!!
衝撃と光が同時に弾けた。
分厚い外壁が、要塞ごと内側から爆ぜる。
壁が砕ける。
塔が崩れる。
砲台が吹き飛ぶ。
積み上がっていた岩の構造が、一撃で成立を失う。
巨大な要塞は、そのまま灰燼に帰した。
「うわぁっ!?」
中にいた三年が、崩れた要塞の残骸と一緒に上空へ放り出される。
受け身も何もなく落ちかけたその前に、王様がぬっと顔を出した。
覗き込む。
「まだ、余に見せるものはあるか?」
三年は、土埃まみれのまま目を見開いた。
それから、観念したように息を吐く。
「……ないです」
「勝負ありっ!」
審判の声が響く。
次の瞬間、会場が爆発した。
「うわああああっ!!」
「何だあれ!?」
「王様えぐすぎるだろ!」
「巌窟王を一撃かよ……!」
「二年、おかしいだろあれ!」
二年は完全にお祭り騒ぎだった。
三年側もざわつきが収まらない。
雅は肩で息をしながら、にやりと笑った。
「っしゃあ!」
その背後で、王様が厳かに腕を組む。
「うむ」
「良い儀式であった」
「そこは絶対違うだろ!!」
雅のつっこみに、二年のギャラリーがまたどっと笑った。
◇
王様の衝撃が、まだ会場に色濃く残っていた。
巨大要塞を一撃で吹き飛ばしたあの破壊は、さすがにインパクトが強すぎた。二年のギャラリーはまだ興奮冷めやらず、三年側もざわついたまま、次の試合を待っている。
その熱の中で、次の名が呼ばれる。
「次、橘彩葉」
「来たわね」
彩葉がふっと息を吐く。
「私も続くわ」
軽く髪を払って、まっすぐ試合場へ向かう。
「三年、透川晶」
「はい」
返ってきたのは、透き通るような声だった。
その一言だけで、今度は三年のギャラリーが一気に沸いた。
「来た! 透川姉妹の妹の方だ!」
「晶ー!」
「やってやれー!」
「見せてやれ、透川!」
彩葉が少しだけ目を瞬かせる。
そのざわめきの中で、三年のギャラリーが口々に話している。
「二年は知らないのか?」
「透川は双子なんだよ」
「姉妹でかなり有名なんだ」
「妹の晶は、あのきらきらした結界が本当に厄介でさ」
「綺麗だけど、相手にすると全然笑えないやつ」
「じゃあ、あれが噂の……」
新が小さく目を細める。
試合場の中央。
透川晶は、静かに立っていた。
派手な圧はない。
でも、ただ立っているだけで不思議と目を引く。
澄んだ水面みたいな空気を纏っていて、そこにいるだけで周囲のざわめきが少し遠くなるような感じがあった。
審判が手を上げる。
「始めっ!」
「よろしくお願いしますっ!」
彩葉が明るく言う。
「ふふ」
晶が微笑む。
「よろしくね、二年生」
「いきますねっ!」
開始と同時に、彩葉が動いた。
指先を払う。
床へ水陣が広がる。
そのまま場内へいくつもの水球が配置されていく。
前方。
左右。
死角。
上空。
「先手必勝なんで! すみません!」
「全然いいわよ」
晶はくすりと笑った。
「水球、綺麗だわ」
彩葉は止まらない。
踊るように踏み込む。
足を流し、肩をひねり、指先で場を撫でる。
その動きに合わせて、透川の周囲に配置された水球が一斉に襲いかかった。
正面から。
横から。
少し遅れて後方から。
しかも、そのタイミングで足元から水柱まで噴き上がる。
逃げ道を奪い、視界を切り、空間ごと飲み込むような連携。
見事だった。
「おおっ」
「橘の立ち上がり、いいな」
「これはちょっと嫌だぞ」
二年のギャラリーが湧く。
だが。
「――水遊びでも、しているのかしら?」
晶の声は、あくまで穏やかだった。
次の瞬間、彼女の周囲に結界が張られているのが見えた。
きらきらと光る、独特な結界だった。
透明に近い。
でも消えてはいない。
薄い膜のように幾重にも重なり、光を受けるたびに細かな面がきらめく。まるで空気そのものが結晶化して、晶を包んでいるみたいだった。
水球がぶつかる。
水柱が噛む。
けれど、その全てがわずかに逸れ、弾かれ、流される。
「……全然効いてないみたいね……」
彩葉が思わず呟く。
「そんなことないわ」
晶はにこりと笑った。
「水のショーみたいで、楽しかったわよ」
その声へ、別の声が重なる。
「そうですわ、晶さん」
淡く光る召喚体が、上品に微笑む。
「お礼に、こちらも見せてあげましょう」
ざわ、とまた会場が揺れる。
「出た……!」
「晶の水晶精霊!」
「まずいぞ、あれが出ると一気に場が変わる」
「そうね」
晶が頷く。
「二年生、よく見ていてね」
そう言うと、足元から音がした。
パキ。
パキパキッ。
透川晶の周囲に、水晶が形を作っていく。
細く、鋭く、透明な造形が地面から伸びる。
ただの柱ではない。羽ばたく寸前の鳥のような、翼を広げかけたようなフォルム。美しく、繊細で、それでいて鋭い。
「いかがかしら?」
「……確かに、綺麗ねっ」
彩葉は目を細めながらも答えた。
「そうでしょう?」
晶は楽しそうに言う。
「こうしてね、水を散りばめると……」
次の瞬間。
透川の周囲に配置された水晶が、一斉に光を反射した。
眩い閃き。
細く鋭い光線が、空間に浮いていた彩葉の水球を次々と撃ち抜いていく。
ぱん、ぱん、ぱん、と水球が割れる。
飛び散った水が、水晶の造形物の周囲へ散り、それを受けた光がさらに複雑に反射する。
きらきらと。
細かく。
残酷なほど、美しい。
まるで舞台演出みたいだった。
「うわ……」
「何だあれ、綺麗すぎるだろ」
「でも、橘の水球が全部消されてる……!」
二年のギャラリーに、感嘆と焦りが同時に広がる。
「ほら」
晶が微笑む。
「より美しいでしょう?」
「くっ」
彩葉はそこで気づかされる。
この相手に対して、水球は意味を持たない。
正確には、“置いた水”が全部、相手の美しさと殺傷力に組み込まれてしまう。
彩葉が一歩退く。
「あら」
晶が小さく首を傾げる。
「逃げるのかしら? それもいいけど――」
そこで、笑みが少しだけ深くなる。
「もう後ろは、ないわよ」
次の瞬間、彩葉の背後で光が弾けた。
「っ!?」
熱が走る。
振り返る間もなく、背後の空間が焼かれていた。
水晶が光を屈折、集合させ、レーザーのように背後を撃ち抜いたのだ。
三年のギャラリーがさらに沸く。
「出た!」
「晶のあれ、本当に厄介なんだよ!」
「綺麗だけど逃げ道が全部消える!」
口調は穏やかなのに、やっていることはえげつない。
しかも一気に潰さない。
じわじわと。
逃げ道を削りながら。
追い詰めるように。
「まだっ!」
彩葉が歯を食いしばる。
シュイを顕現させる。
距離を詰める。
遠距離で場を握れないなら、近接で崩すしかない。
「シュイ!」
「はいっ!」
水が集まり、彩葉が一歩踏み出した、その瞬間だった。
「遅いわ」
晶の声が落ちる。
上空から、光の束が降り注いだ。
「あ――」
シュイだけが、正確に撃ち抜かれる。
踏み出した足が地面についた時には、シュイはもう消されていた。
「勝負ありね」
一瞬の静寂。
そして次の瞬間。
「うわあああっ!」
「透川ー!」
「圧倒的だな、さすが!」
「綺麗すぎる!」
三年のギャラリーが大いに湧く。
晶はふふふ、と上品に笑った。
「ありがとう」
彩葉はその場で肩を落とした。
「……シュイ」
「大丈夫ですよ、彩葉さん」
「うわっ」
すぐそばで明るい声がして、彩葉がびくっとする。
見ると、シュイはけろっとした顔でふわふわ浮いていた。
「私は精霊だから、消えてしまったりしませんっ」
「でも、水晶、すごかったですねえ」
彩葉は苦笑する。
「本当にね」
「さすが三年ってところね」
そして、素直に息を吐いた。
「負けたわ」
戻ってきた彩葉を見て、新が小さく言う。
「……きついな」
「うん」
彩葉は悔しそうに笑った。
「めちゃくちゃ綺麗で、めちゃくちゃ嫌な相手だった」
「でも、すごく勉強になったわ」
純香が静かに言う。
「場の取り方が、もう一段上だった」
その視線の先で、試合場はまだざわついていた。
王様の破壊。
透川晶の光。
開幕から、校内予選はすでに本気の熱を帯び始めていた。
透川姉妹登場です




