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第百九話 いざ四天へ

 四天高校の校門をくぐった瞬間、新は思わず足を止めた。


「……ここが四天か」


 その横で、彩葉もきょろきょろと辺りを見回している。


「何かすごく……」

「うん、騒がしいね」


 純香も小さく目を細めた。


「落ち着きがない、というより」

「常に誰かが何かしてる感じね」


「めっちゃ元気だな……」

 雅が半ば呆れたように言う。


 四天高校は、相変わらず騒がしかった。


 校舎の前でも、中庭でも、渡り廊下でも、あちらこちらで声が飛び交っている。ただ騒いでいるというより、テンポが独特だった。


「ちゃうちゃう、そこはそうならへんやろ!」

「いやでも今の流れやったらそうなるやん!」

「ならへんて!」

「なってるから言うてんねん!」


 そんなやり取りが、あっちでもこっちでも聞こえてくる。


「……何これ」

 彩葉が小声で言った。

「学校全体で漫才でもしてるの?」


「そう見えるな」

 新も苦笑する。

「ボケとツッコミの回転率が高すぎる」


「ちょっと楽しそう」

 瑠璃はくすっと笑った。

 抱えた植木鉢の中で、翡翠もきょろきょろしている。

「にぎやか」


「にぎやかやな」

 雅がつられて言いかけて、すぐに眉をひそめた。

「……いや、何で俺まで引っ張られてんだよ」


 そんなふうに立ち尽くしていると、ひとりの教員がこちらへ歩いてきた。


「君ら夢見ヶ丘の生徒さんやね」


 にこやかな男性教員だった。人当たりはやわらかいが、案内役として慣れているのが分かる。


「話は聞いてます」

「演習場はこっちやで」


「あ、ありがとうございます」

 新が一歩前に出て頭を下げる。


「ついておいでな」

 教員は軽く手を振って歩き出した。


     ◇


 案内された演習場は、すでにそれなりの熱気があった。


 広い。夢見ヶ丘の実習場ともまた少し違って、見学用のスペースが広く取られている。そこには何人かの生徒がいて、練習試合を見るつもりなのか、すでにちょっとしたギャラリーになっていた。


 その中に、見覚えのある二人がいた。


「あ……」

 新が小さく声を漏らす。


 律と一ノ瀬が、こちらに気づいた。


 次の瞬間、律がぶんぶんと大きく手を振る。


「おーい! こっちやこっち!」

「久しぶりやなあ!」


 声も動きも、相変わらず元気だ。


「ほんとに」

 一ノ瀬も静かに歩み寄りながら言う。

「今日はよろしくね」


「久しぶり、八乙女さん、一ノ瀬」

 新が言う。

「今日はどうかよろしく」


「そんな堅苦しいのええねんて」

 律がけらけら笑う。

「今日は楽しくやろ!」


 その明るさが、まったく変わっていなくて、新は少しだけ安心した。


「相変わらず明るいな」

 雅が言うと、律は胸を張る。


「そらそうや!」

「な! 透ちゃん、な!」


「そうだね、律」


 そう言って、一ノ瀬が自然に律の肩へ腕を回した。


 一瞬、夢見ヶ丘側の空気が止まる。


「……ん?」

 彩葉が瞬きをする。


「……何か」

 純香がじとっとした目になる。

「二人、距離近くない?」


 律は、その反応を待っていたみたいににやっと笑った。


「そりゃそうや!」

「ウチら、付き合うとんねん」


 一拍。


「な!」

 と律が一ノ瀬を見上げる。


「そうだね」

 一ノ瀬は平然と頷いた。


「え!?」


 夢見ヶ丘側がぽかんとなる。


 そして次の瞬間。


「ええええーーー!?!?」


 新と彩葉の声がきれいに重なった。


「いや何いや何!?」

 彩葉がわたわたと手を振る。

「いきなり情報量で先手取ってくる!?」


「どういう事!?」

 新も目を見開く。

「いや、きっかけは分かるけど!」

「いくら何でも展開早すぎない!?」


 雅もさすがに目を丸くしていた。

「マジかよ」

「やるじゃんお前ら……」


 純香は口元を押さえて、でも完全に隠しきれていない。

「……本当に?」


「ほんまやで」

 律が満面の笑みで返す。


 一ノ瀬はその隣で、妙に落ち着いた顔のまま言った。


「こっちに来て、色々あってね」

「付き合うことになったんだよ」


 その言い方があまりにも自然で、夢見ヶ丘側の混乱はむしろ深まった。


「しかも」

 律がどこか誇らしげに続ける。

「インターハイもペアで登録してあるよな?」


「うん」

 一ノ瀬は頷く。

「今日は面白いもの見せられると思う」

「一緒に頑張ろう」


 そう言うと、一ノ瀬はごく自然な動作で律の頭を撫でた。


 律は一瞬だけ目を細める。まるで機嫌のいい猫みたいだった。


「……」

「……」


 最初に口を開いたのは彩葉だった。

「バカップルだ……」


「バカップル……」

 新も思わず繰り返す。


「何やその言い方!」

 律が言い返すが、顔はどう見ても嬉しそうだった。


「いやでも」

 雅が腕を組む。

「反論しにくいな、これは」


「すごいわね」

 純香が小さく息をつく。

「思っていた以上にちゃんとバカップルだわ」


「純香ちゃんまで!?」

 律が抗議する。


 一ノ瀬はそんな騒ぎの中でも落ち着いていたが、ほんの少しだけ口元がやわらいでいた。


 和やかな空気の中、四天側の担当教員が手を叩く。


「ほな、そろそろ始めよか」

「今日はお互い、連携の確認が主目的や」

「個人の強さを見るより、ペアとしてどこまで噛み合うか、そこを意識してな」


 夢見ヶ丘側の案内をしてくれた教員も頷く。


「エレメントとの連携も見たいですしね」

「まずはペアから入りましょう」


 練習は、お互いの連携やエレメントとの連携を強化するために、まずペアから入ることになった。


     ◇


 まず前に出てきたのは、四天の風と火のエレメントを扱うペアだった。


 片方は風。

 細身で、足さばきが軽い。


 もう片方は火。

 笑っているのに目が鋭く、いかにも一気に畳みかけてきそうな気配がある。


「ほな、まずはウチらからいこか」

 風の術者が軽く手を挙げる。


「相手はどっちや?」

 火の術者が楽しそうに言う。


「こちらは私たちね」

 純香が一歩前へ出た。


「おっけー」

 彩葉もその隣に並ぶ。


「風と火ね」

 彩葉が相手を見る。


「こちらは水と土だから、相性は悪くないわね」

 純香が静かに言う。


 四天側の担当教員が、中央で手を上げた。


「では、始めて下さい」


 号令が入る。


「ほないきまっせ」


 次の瞬間、風が動いた。


 真正面から旋風が迫る。

 ただの突風ではない。

 細かく刃のように研がれた流れが、彩葉と純香を飲み込むみたいに回転しながら突っ込んでくる。


「まだまだっ!」


 そこへ、火が重なった。


 風に煽られた炎が一気に膨れ上がる。

 ただの火炎ではない。

 業火だ。


 風が火を運び、火が風の勢いでさらに大きくなる。

 最初から、二人で一つの術式みたいに繋がっていた。


「ちょっ、いきなり!?」

 彩葉が目を見開く。


「いきなりね」

 純香も眉を寄せる。

「でも――」


「これくらいっ!」


 彩葉が前へ出る。


 舞うような動きだった。

 腕がしなる。

 足が流れる。

 その動きに合わせて、水陣が幾重にも展開する。


 薄い膜みたいな水が、何枚も前方に重なる。

 業火がそこへぶつかった。


 じゅう、と凄まじい音がする。

 蒸気が弾け、視界が白くなる。

 だが、火はそこで止まった。


「おっ」

 風の術者が目を細める。

「よう止めたな」


 その間に、純香が動く。


 足元へ、静かに手をかざす。


 地面が揺れた。


 ほんの僅かな変化だ。

 だがその僅かさがいやらしい。

 相手の足場の一部だけが沈み、別の部分だけが持ち上がる。バランスを取ろうとした瞬間に、さらに足元がずれる。


「おっとっと」

 火の術者が体勢を崩しかける。


「向こうさんも、やりますやん」

 風の術者が笑う。


「当たり前でしょ」

 彩葉が返す。

「ただでは終わらないわよ」


「ほな」

 火の術者が肩を回す。

「続けていきましょか」


「ちょっと本気出してこか」

 風の術者がそう言った時、空気が変わった。


 風が、演習場の周囲へ展開し始める。


 ぐるりと。

 見えない壁みたいに、演習場の端を沿って風が回る。


「風の結界やで」

 風の術者が笑う。

「触ったら、えらいこっちゃで」


 その言葉通り、風はどんどん強くなる。

 逃げ道を塞ぐように。

 外側へ寄れば切られそうな圧がある。


「ほんなら、ここらで火足しとこか」

 火の術者が指を鳴らす。


 今度は術者自身を中心に、火炎が迫った。


 前からは炎。

 後ろは風の結界。


「前から炎、後ろは風や」

 風の術者が楽しそうに言う。

「どうする? 嬢ちゃんら?」


「舐められてるわね」

 純香が静かに言う。


「見せてあげましょ、彩葉」


「おっけー、純香」


 その瞬間、前方の地面が盛り上がった。


 純香の土だ。


 さらにそこへ、彩葉の水が一気に加わる。

 土はみるみるうちに泥へ変わり、どろどろとした重い塊になって前へせり出す。


 火炎がそこへぶつかる。


 じゅうう、と嫌な音がした。

 泥は熱せられ、焼かれ、表面から一気に硬化していく。


 ぐずぐずだった地面が、数秒で足場へ変わった。


「なんと!」

 火の術者が目を丸くする。

「やるなあっ」


 その足場を、純香が一気に駆け上がる。


 重いはずの地盤が、純香の足元だけはまるで意思を持って支えているみたいだった。


「っ、来るで!」

 風の術者が叫ぶ。


 だが、その瞬間にはもう遅かった。


 純香が相手の足元へ手を向ける。


 地盤が変わる。


 相手の立っていた場所だけが、ずるりと崩れた。

 ただ沈めるだけではない。

 周囲の地面が持ち上がり、縁ができる。

 逃げ道を塞いだまま、中心だけを落とし込む。


 まるで落とし穴だ。


「おわっ、なんやこれっ」

 火の術者が声を上げる。


「上がられへん!」

 風の術者も歯噛みする。


 足をかける場所がない。

 周囲は持ち上がっているのに、登ろうとするとそこだけ崩れる。


 その落とし穴の上から、彩葉が覗き込む。


 口元に、ちょっと悪い笑みを浮かべていた。


「ここに水、流し込んだらどうなると思う?」


 一拍。


 穴の中の二人が顔を見合わせる。


「……しゃあないな」

 風の術者が苦笑する。

「これは、こっちの負けやな」


「せやな」

 火の術者も肩をすくめた。


 演習場に小さなどよめきが起こる。


「へえ」

 律が目を丸くする。

「彩葉ちゃんも純香ちゃんも、めっちゃ成長してるやん」


「そうだね」

 一ノ瀬も静かに頷いた。

「前より、ずっと洗練されてる」


 四天側の生徒たちからも、感心したような声が漏れる。


「夢見ヶ丘、やるやん」

「今の連携、普通に綺麗やったな」


     ◇


「次、八乙女、一ノ瀬」


 その名が呼ばれた瞬間、演習場の空気が少しだけ変わった。


「出番やな」

 律がにやっと笑う。

「見せたろか」


「行こうか」

 一ノ瀬はいつもの落ち着いた声で言った。


「来たわね」

 彩葉が口元を引き締める。

「バカップル」


「本気で行くわよ」

 純香も静かに前へ出る。


 それぞれが対峙する。


 だが、向かい合った瞬間、彩葉が小さく眉を上げた。


「あれっ」

「一ノ瀬の召喚体、前と違う」


「ほんとね」

 純香も目を細める。

「巫女さんみたいに見えるわ」


 一ノ瀬のそばに立つ召喚体は、以前見た刃のような金属質のものではなかった。


 やわらかな巫女装束。

 白と赤の静かな色合い。

 長い袖の先から淡い光が流れ、指先には糸のような細い輝きが揺れている。


 一ノ瀬はその視線に気づいて、少しだけ口元をやわらげた。


「この子はね、ムスビ」

「繋げて、離して、また結ぶんだよ」


「何だか抽象的ね」

 純香が言う。


「怪我とかさせないようにするから安心して」

 一ノ瀬は淡々と言った。


「随分舐めてくれるじゃない」

 彩葉がにやりとする。


 四天側の教員が、中央で手を上げた。


「始め」


「それじゃいくわよっ」


 先に仕掛けたのは純香だった。


 足元へ意識を落とす。

 地盤を読む。

 相手の立っている位置だけをずらし、支えを失わせる。


 その瞬間。


 するり。


「……っ?」


 何かが視界の端をかすめた。


 糸。


 ムスビの指先から伸びた、細く白い糸だった。


「糸?」


 純香がそう思った時にはもう遅い。


 その糸が土の召喚体へ巻きついた瞬間、がくん、と感覚が持っていかれた。


「え!?」


 地盤変化が、止まる。


 支点をごっそり外されたような感覚だった。

 召喚体へ渡していたはずの術式が、そこだけするりと抜け落ちる。


「何、今の!?」

 彩葉が目を見開く。


「純香ちゃん!」


 振り向いた、その彩葉にも。


 するり。


 今度は水の召喚体へ、糸が絡んだ。


「こ、これ……!?」


 水の感触が、急に遠くなる。


 ついさっきまで、ぴたりと通っていたはずのリンクがずれていく。

 向こうと繋がっているはずなのに、間へ薄い膜が何枚も挟まったみたいに、感覚が届かない。


 位相がずれていく。


 目隠しをされたわけじゃない。

 でも、水の流れを読む感覚にだけ、静かに布をかけられたみたいだった。


「これって……!?」

 彩葉の声が震える。

「まさか――」


「そう」

 一ノ瀬が静かに言った。

「ムスビの糸はね、繋がりを外す」

「召喚体と術者の関係も、外すんだよ」


「厄介!」

 彩葉が思わず叫ぶ。


「なんてこと……」

 純香も顔を変えた。


 ただ強いのではない。

 直接壊しているわけでもない。

 けれど、成立していたはずの“繋がり”そのものをずらされる。


「せやけど」

 律がにっと笑う。

「うちもおるんやで」


 律の前に、ちび律が現れる。


「うちの重複はな」

「こいつにイメージをどんどん重ねていけるねん」


 ちび律の輪郭が膨らむ。


 白虎めいた獣脚。

 しなやかな筋肉。

 鋭い牙。

 低く構えた、虎のような召喚体が立ち上がる。


「せやけどな」

 律はさらに笑う。

「中には、重ねにくいイメージもあんねん」

「簡単に想像できんもんは重ねにくいねんな」


「そこで透ちゃんの出番なんや」


 その瞬間、ムスビの糸が走った。


 するり。

 絡む。

 結ぶ。


 虎のような召喚体へ、白い糸が美しく編み込まれていく。


 背に、翼が生えた。


 虎が咆哮する。


 空気が揺れた。


「まさに虎に翼っちゅうことやな」

 律が誇らしげに言う。

「ほないくで」


 その瞬間、律の圧が一段上がった。


 小さな体のはずなのに、何倍にも膨れ上がったような威圧感が押し寄せる。

 前に立っている彩葉と純香は、反射的に一歩後ろへ下がった。


 律の虎が、二人へ襲いかかる。


 水を呼ぶ。

 届かない。

 土を繋ぐ。

 通らない。


 彩葉と純香の召喚体は、まだ糸でずらされたままだった。


 反応が遅れる。

 感覚が半拍届かない。


 その隙へ、虎が食い込んだ。


 ばきり、と鈍い音がする。


 水の召喚体が砕ける。

 続けて土の召喚体も、大きく輪郭を崩した。


「あっ……!」


「しまっ――」


 あっさり、だった。


 二人の召喚体は、そのまま撃破されてしまった。


「これは無理だよー!」

 彩葉が両手を上げる。


「降参ね」

 純香も静かに言った。


 演習場の周囲から、どよめきが上がる。


「やば」

「何や今の」

「連携えぐいやん」


 彩葉は肩で息をしながら言った。


「しかし、バカップルコンビ、相性良すぎじゃない?」


「そうね」

 純香も素直に認める。

「相手の無力化と味方の強化」

「しかも、強化される側もトップクラスのランカー」

「はっきり言って、差し込む余地が無いわ」


 律はその言葉に、ぱっと顔を輝かせた。


「へっへ」

「やったで、透ちゃん」


「律、流石だよ」

 一ノ瀬が静かに言う。


「透ちゃんのおかげやで」

 律はそう言って、嬉しそうに一ノ瀬の方へ寄る。


「……やっぱりバカップル」

 彩葉がぽつりと呟いた。


     ◇


 強すぎる連携だった。


 一ノ瀬を狙えば、律が来る。

 律を止めようとすれば、一ノ瀬がこちらの繋がりを外してくる。

 二人同時を見るなど、もってのほかだ。


 しかも、律は単体でも全国上位に食い込む実力者だ。

 その相手をしながら、なお周囲へ配慮し、一ノ瀬の糸まで捌くなど、ほとんど神技に近かった。


「次、夢見ヶ丘、鳴海、神代」


 名前が呼ばれる。


 新と雅が同時に顔を上げた。


「行くか」

 新が言う。


「ああ」

 雅も短く返す。


 新と雅が前へ出る。


「来たなあ、夢見のコンビ」

 律が楽しそうに笑う。


「新くん、雅くん、よろしく」

 一ノ瀬も静かに言った。


「ただで終わる思うなよ、バカップル」

 雅が真正面から言い返す。


「雅、気合い入りすぎ」

 新が小さく言うが、自分の声も少しだけ硬い。


 四人が定位置につく。


 四天側の担当教員が、中央で手を上げた。


「始め」


 開始直後、律と一ノ瀬はすぐには踏み込まなかった。

 先に仕掛けるのではなく、まず見る。

 どこから来るのか。

 何を軸に組んでいるのか。

 それを確かめるための短い様子見だ。


 新はその一瞬で、もう全域へ風を広げていた。


 床の上。

 空気の流れ。

 相手との間。

 演習場全体に、薄く細い風を散らしていく。


 目的はひとつ。


 ムスビの糸を散らすことだ。


「へえ」

 一ノ瀬が小さく目を細める。

「ちゃんと対策してきたんだね」


「そりゃな」

 新が答える。

「同じ手を何も考えずに食らうつもりはない」


 そして、その新の隣で。


 雅の背後に、光が立ち上がった。


 いや、立ち上がるという表現では少し足りない。

 せり上がる。

 屹立する。

 圧そのものが形を持って現れる。


 やたら大きな、筋骨隆々のマッチョがそこにいた。


 分厚い胸板。

 鋼みたいな腕。

 人ひとり分どころではない、場そのものを圧迫するような巨体。


 その頭には、当然のように王冠が乗っている。


 一瞬、演習場が静まり返った。


 次の瞬間、ギャラリーがざわめく。


「な、なんやあれ!?」

「めっちゃでかいマッチョや!」

「王様……?」

「いや王様やろ、あれ!」

「やばない? あんなん見たことないで!」


 律もさすがに目を見張った。


「な、なんやあれ……!」


 一ノ瀬でさえ、わずかに目を開く。


「王様……」

「前より、ずっと大きい」


 夢見ヶ丘側でも、彩葉が思わず呟く。


「うわ……」

「王様、あんなに大きくなったんだ」


 王様はそんなざわめきを当然のように受け止め、重々しく言った。


「おお」

「大分、大きく出せたようだな、雅よ」


 雅が口元を上げる。


「ああ、いくぜ王様!」


 新の風がまだ場に流れている。

 王様の圧がそこへ重なる。


 律と一ノ瀬は、ほんの一瞬だけ視線を交わした。


「大きいってことは」

 一ノ瀬が静かに言う。

「糸も巻きつきやすいよ」


 するり。


 ムスビの糸が伸びる。


 白く細い糸が、王様の巨体へ絡むように走った。


 だが、その瞬間だった。


 ドガン!


 凄まじい音が響いた。


「うっ」


 ムスビが大きくよろめく。


「えっ!?」


 一ノ瀬の目が、はっきりと見開かれる。


 誰も一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 だが次の拍で見える。


 王様の拳だ。


 巻きつこうとした糸をものともせず、王様の拳がそのままムスビへ叩き込まれていた。


「へっ、どうよ」

 雅がにやりと笑う。

「うちの王様は、言うこと聞かないからな」


 王様は胸を張り、厳然と告げる。


「余は指図は受けぬ」

「余は余が全てである」


 一ノ瀬がぽつりと漏らす。


「そうだった」

「王様は……」


「我が強すぎる」

 純香が静かに言った。


 その一言が、この巨大な王の本質をいちばん正確に表していた。

やっぱり王様我儘

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