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第百四話 瑠璃、ママになる

 瑠璃が夢見ヶ丘へ馴染んで、もう数ヶ月が経っていた。


 最初は、公園で遊んでいたただのスライムだった。

 知性も、まだほんのわずか。

 言葉もなく、ただ揺れて、ただ漂って、目の前の世界へ小さく反応するだけの存在だった。


 そのスライムは、雨宮先生に懐いた。


 懐いた、という表現がいちばん近かった。

 雨宮麗奈の周りをふよふよ漂い、離れず、気づけば学校へ来て、気づけば住み込み、気づけばみんなに可愛がられていた。


 そうして、学んだ。


 言葉を覚えた。

 表情を覚えた。

 誰かへ向ける気持ちを覚えた。

 やりとりを覚えた。


 その積み重ねの先で、瑠璃は進化した。


 人型を得たのだ。


 そして、その人型になった瑠璃がまたすごかった。


 何しろ、とんでもない美少女だった。

 白い肌。整った顔立ち。やわらかな表情。

 そしてなにより、流れるたびに光を含んだように煌めく瑠璃色の髪。その髪が少し揺れるだけで、まるで絵画みたいだった。


 向けられた笑顔で倒れた男子がいる、という噂まで出た。

 しかも困ったことに、瑠璃は可愛いだけでは終わらなかった。


 性格までよかった。


 素直で。

 やさしくて。

 誰かが話しかければ、ちゃんと目を見て返してくれる。


 最初こそ少し堅かった話し方も、最近ではかなり自然で朗らかになってきている。


 なので、人気が出るのは当然だった。


 男子だけでなく、女子にも。


     ◇


「瑠璃、おはようー」


 朝の教室で声をかけられると、瑠璃はぱっとそちらを見て笑った。


「あ、おはよー」


 その返しがもう自然だ。


「見て見て、私の召喚体」

「双葉、出たんだよー」


 そう言って瑠璃は、うれしそうに小さな召喚体を見せる。


「え、すごいじゃん」

「ちゃんと進化してる!」


「えへへ、かわいいよねー」

 瑠璃がにこっと笑う。


「うん、かわいい」

「どんなのになるかな」

「楽しみだよねー」


「うん、楽しみ」

 瑠璃は召喚体を見下ろして、ほんとうにうれしそうに頷いた。


「瑠璃、最近言葉遣いずいぶん流暢になったよねー」

 別の子がそう言うと、瑠璃はちょっと照れたみたいに笑う。


「ありがとっ」

「みんながいっぱい話しかけてくれるおかげだよっ」


「いやかわい」

「その笑い方ずるい」

「朝から癒やしなんだけど」


 教室の空気がふわっと和む。


 その時だった。


「あれ?」


 ひとりが、瑠璃の手元を見て目を丸くした。


「瑠璃の、なんか震えてるよ?」


「ほんとだ」

「どうしたの?」

「痛いの?」


 瑠璃もはっとして、自分の召喚体を見る。


 双葉を乗せた小さな召喚体が、ぷるぷると小刻みに震えていた。


「え、どうしたの……?」


 次の瞬間。


 ぽん。

 ぽんぽん。


 小さな音がして、召喚体の輪郭が変わる。


「わっ」


 双葉はそのままに、体がつやつやと丸みを帯びていく。

 玉ねぎみたいな、ころんとした愛らしい形。

 そこへつぶらな瞳がふたつ生まれ、さらに指のない小さな手足がちょこんとついた。


「えっ」

「わ!」


「かわいい!」

「ほんとだ、かわいくなった!」


 教室の女子たちが一気に色めき立つ。


 つやつやしている。

 植物みたいでもあり、やわらかな粘体みたいでもあり、何とも言えず愛嬌がある。


 その小さな召喚体は、ぱちぱちと目を瞬かせたあと――


「……ママ?」


 と言った。


「…………え?」


 友人たちがそろって目を点にする。


 瑠璃も、ぽかんと目を丸くした。


「え」


 召喚体は、もう一度きらきらした目で瑠璃を見上げた。


「ママ?」


「えっ」

「えっ、えっ」

「ちょっと待って」

「今、ママって言った?」

「言ったよね!?」

「聞き間違いじゃないよね!?」


 瑠璃は完全に固まっていた。


「……私、ママ?」


 召喚体はこくん、とでも言いたげに体を揺らした。


「ママー」


「わああああ」

「かわいいけど情報が重い!」

「朝から何そのイベント!?」


 瑠璃は困惑しきった顔のまま、でもとりあえずその子を両手で包むみたいに持ち上げた。


「えっと……」

「とりあえず、新たちに聞いてみる……」


     ◇


 しばらくして、教室の扉が開く。


「おはよー」


 いつもの四人が入ってくる。


「おはよ」

「おはよう」

「おはよー」


 新が鞄を置きかけた、その時だった。


 瑠璃が振り向いて、いつになく真剣な顔で言った。


「あのね」

「瑠璃、ママになったみたい」


 ぴたり、と空気が止まった。


 新が目を点にしたまま固まる。

 雅は飲みかけていた紙パックのお茶を盛大に吹き出した。

 彩葉は笑顔のまま固まり、純香は口元が引きつった。


「ど、ど、ど、どういうこと!?」

 新がようやく声を出す。


「え、いや、さすがにそれは」

 雅が咳き込みながら言う。

「朝から重い! 重すぎる!」


「と、とりあえず保健室!?」

 彩葉が半分本気で言う。

「いや違う、違う気がするけど、でも一回行こ!?」


「お、落ち着いて彩葉」

 純香も珍しく少し声がうわずっていた。

「でも私も、かなり意味が分からないわ」


 四人が慌てふためく中、瑠璃は困ったように目をぱちぱちさせた。


「この子がね」

「私のこと、ママって」


 そう言って、両手の中の召喚体を見せる。


 四人がその姿を見た瞬間。


「…………あ」

 新が言った。


 次の瞬間、全員が盛大に安堵した。


「そっちかああああ!!」

 新が頭を抱える。


「びっくりさせんなよ!」

 雅が言う。

「いや、びっくりしたのは俺らだけじゃなくて俺の気管もなんだけど!?」


「よかったぁ……!」

 彩葉が胸を押さえる。

「ほんとに一瞬、何が起きたのかと……!」


「朝から寿命が縮んだわ」

 純香がこめかみを押さえた。


 けれど、その安堵のあとで、今度は全員の視線がその召喚体へ集まった。


「……え、でも」

 新が身を乗り出す。

「昨日と全然違うな」


 たしかに、明らかに違っていた。


 植物のようでもある。

 粘体のようでもある。

 双葉を乗せたつややかな体は、ただのスライムとも、ただの植物系召喚体とも違う。


 なにより色味が綺麗だった。


 新緑のやわらかな明るさの中に、瑠璃の髪と同じ瑠璃色が溶けるみたいに混ざっている。

 見る角度で少しずつ色が揺れて、妙に生き物らしい。


 その子は、みんなに見られていることに気づくと、ぱちくりと目を瞬かせた。


「……ママ?」


「うわかわいい」

 彩葉が即答する。


「かわいいな……」

 新も素直に言う。

「でも何でママなんだ」

「そこが最大の問題よね」

 純香が真顔で言った。

「可愛さで流されかけたけど」

「ほんとそれ」

 雅が頷く。

「いやまあ、実際ちょっと流されたけど」


 瑠璃はまだ少し困った顔のまま、その子を見下ろしていた。


「私、ママなんだって」

「……そうみたい」


 すると召喚体は、うれしそうにちいさな手を上げた。


「ママー」


 四人は数秒黙ったあと、そろって同じことを思った。


 ――いや、これはこれで相当かわいい。


     ◇


 結局、新たちは瑠璃を連れて、そのまま山田先生のところへ向かった。


 朝のホームルーム前だというのに、五人とも妙に足取りが早い。

 瑠璃だけが、両手の中の召喚体を落とさないように大事そうに抱えていて、その子はその子で、きょろきょろと周囲を見回していた。


「ママ?」

「いるよ」

 瑠璃がすぐに返す。


「……慣れるの早いな」

 新が小声で言う。

「いや、そこじゃないでしょ」

 彩葉が即座に返した。

「でも分かるけど」


 召喚実習室の扉を開けると、山田先生はもう中にいた。


「あら」

 やわらかな声が、いつも通り静かに落ちる。

「皆さん、朝からそろってどうしましたか?」


「あのね」

 瑠璃が素直に前へ出る。

「この子が、生まれて」

「私のこと、ママって呼ぶの」


 山田先生が一拍、黙った。


 それから、瑠璃の腕の中をそっと覗き込む。


「……うーん。これは」

「原初の精霊……なのかしら?」


「原初の精霊?」

 新が聞き返す。


「はい」

 山田先生はやわらかく頷いた。

「精霊は、自我の成長と一緒に育っていくことが多いんです」

「つまり、普通は“精霊が見える”“扱える”くらいの段階になった頃には、精霊側もある程度成長しているんですね」


 そう言って、瑠璃と召喚体を交互に見る。


「でも瑠璃さんは、かなり急に進化しました」

「ですから、精霊の成長の方が追いついていないのかもしれません」

「非常に珍しい状態ですね」


「へえ……」

 彩葉が目を丸くする。

「じゃあ、この子ってまだ赤ちゃんみたいな感じなんですか?」

「そう考えると近いかもしれません」

 山田先生は微笑んだ。

「精霊としての輪郭はあるけれど、まだ生まれたばかりで、これから育っていく途中……という感じでしょうか」


 その時だった。


 瑠璃の腕の中の召喚体が、ちいさな手を伸ばした。


「ママー」


「はいはい、何かしら?」

 瑠璃がすぐに顔を寄せる。


 召喚体はつぶらな目で瑠璃を見上げて、はっきりと言った。


「お腹、空いた」


 その瞬間。


 一同が固まった。


 しん、と実習室が静まり返る。


 新と雅が、ほぼ同時にぎぎぎ……と顔を横へ向ける。

 彩葉は口元を押さえて目を見開き、純香は無言でこめかみを押さえた。


(ど、どうする?)

 新が目だけで雅へ訴える。


(いや知らん!)

 雅も目だけで返す。

(でも、赤ちゃんが欲しがるもんなんて、あれしかなくないか!?)


(ここで、やるのか、あれを!?)

 新の脳内が全力で混乱する。


(やるなやるなやるな、朝からそれはだめだろ!)

 雅も全力で否定していた。


「ねえ?」

 瑠璃だけが本気で困った顔をしている。

「お腹空いたんだって」


「いや、そうなんだけど!」

 新が思わず声を裏返らせた。

「そうなんだけどさ!」

「その、“お腹空いた赤ちゃんにあげるもの”って、世の中的にだいぶ候補が限られてるだろ!?」


「それはまずい!」

 雅が半分叫ぶ。

「まずすぎるだろそれは!」


「えっ、えっ、ちょっと待って」

 彩葉もわたわたと手を振る。

「いや私も同じこと思ったけど!」

「でも瑠璃に言わせるのも違うし、どうするのこれ!?」


「落ち着きなさい、あなたたち」

 純香が言う。

 言うが、眉がぴくぴくしていた。

「私もかなりまずい想像をしてるけど、とりあえず落ち着きなさい」


「純香ちゃんもしてるんじゃん!」

 新が言う。

「してるわよ!」

 純香が即答した。

「だからこそ落ち着けと言ってるの!」


 そんな周囲の大混乱をよそに、瑠璃は本気で考え込んでいた。


「先生」

 瑠璃が山田先生を見る。

「どうすればいいでしょうか?」


 山田先生は少しだけ考えて、それから召喚体の頭の双葉へ目を向けた。


「そうですね……」

「この子、双葉もついていますし、植物系かもしれませんね」

「水をあげてみてはどうかしら?」


 一瞬の沈黙。


「……水か」

 新が言う。


「うん、水だな」

 雅が深く頷く。


「そう、水ね!」

 彩葉が必要以上に明るく言う。

「うん、そうだよね、植物だもんね!」


「それ以外ある?」

 純香は涼やかに言ったが、内心はほっとしていた。


「いや、ないです」

 新は即答した。

「最初からそう思ってました」

「嘘つきなさい」

 純香がぴしゃりと言う。

「思ってないだろ」

 雅もすぐに乗る。

「お前さっき完全に俺と同じこと考えてただろ」

「考えてたよ! だからこそ今ちょっと命拾いした気分なんだよ!」


 山田先生が小さな器に水を用意する。


「瑠璃さん」

「はい」

「少し近づけてみてください」


 瑠璃はこくりと頷き、召喚体をそっと器の前へ下ろした。


 召喚体は、きらきらした目で水を見つめる。


「みず?」


「ええ」

 山田先生がやさしく言う。

「どうぞ」


 次の瞬間、召喚体はぱあっと顔を輝かせた。

 そのまま器へぺたりと寄って、夢中になって水を飲み始める。


「わ」

 彩葉が思わず声を漏らす。

「飲んでる」

「ほんとに飲んでるな……」

 新が呆然と呟く。

「助かった……」

 雅が心底ほっとした顔で言う。


 つやつやの体が、飲むたびにほんの少しだけみずみずしく光る。

 双葉も、さっきよりぴんと元気になったように見えた。


「よかったぁ……」

 彩葉が胸を押さえる。

「心臓に悪いよ……」

「ほんとにな」

 新がしみじみ言う。

「朝から寿命が縮んだ」

「あなたたち、考えることがだいぶ失礼なのよ」

 純香が淡々と返す。

「でも私も助かったと思ってるから否定はしないわ」


 その場の全員が同じ意味で安堵していたのは事実だった。


 そして、何より――


「……かわいい」

 瑠璃がぽつりと言う。


 召喚体は器に顔を寄せたまま、ちいさな手をぺたぺた動かしている。

 飲むたびに満足そうで、しかも異常にかわいい。


 そうして皆が気を抜いた、その時だった。


 ぽん。


 小さな音がした。


「……あれ?」

 瑠璃が目を丸くする。


 召喚体の頭の上で、双葉の横からもう一枚、ちいさな葉が生えていた。


「増えた!」

 彩葉が叫ぶ。

「ほんとだ! 三つ葉になった!」

 新も思わず身を乗り出す。


 召喚体自身も、自分の変化に気づいたらしい。

 ぱちくりと目を見開き、短い手で頭をぺたぺた触る。


 ぺた。

 ぺたぺた。


 その仕草がまたたまらなくかわいい。


「ママ」

「葉っぱ、増えた」


 瑠璃は、その子を見てふわっと笑った。


「そうね」

「よかったわね」


「うん!」


 山田先生は、その様子を見ながら、やわらかく言った。


「そうですね」

「精霊は、自分で名前を持っている場合もあるのですが」

「この子は、まだ持っていないようですね」


 瑠璃が顔を上げる。


「名前……」


「ええ」

 山田先生は微笑んだ。

「付けてあげますか?」

「瑠璃さん」


 その言葉に、瑠璃ははっとしたように目を瞬かせた。


 名前。


 その響きが胸へ触れた瞬間、ふいに昔のことがよみがえる。


 まだ、自分が今みたいに人の形を持つ前。

 言葉も、感情も、輪郭も、まだ今ほどはっきりしていなかった頃。


 雨宮先生が、自分へ名前をくれた時のこと。


 瑠璃。


 そう呼ばれた時、嬉しかった。

 ただ音をもらった、というだけじゃなかった。


 自分が、自分になった気がした。


 揺れているだけだったものに、形が生まれた。

 “ここにいていい”と、そう言われた気がした。


 名前とは、そういうものなのだと瑠璃は思っている。


 自分に意味を与えてくれる、最大のプレゼント。


 だから、瑠璃はすぐには答えなかった。


 腕の中の小さな精霊を見る。

 三つ葉になった頭。

 つやつやした体。

 瑠璃色と新緑が混ざった、やわらかくてきれいな色。


 その子もまた、きらきらした目で瑠璃を見上げていた。


「……うーん」


 瑠璃は少しだけ考える。


 やがて静かに顔を上げる。


「翡翠にします」


「翡翠」

 山田先生が小さく繰り返す。

「綺麗な名前ね」


「うん」

 瑠璃は少しだけ照れたように笑う。

「この子に、合うと思って」


 腕の中の精霊が、ぱちぱちと目を瞬かせる。


「ママ」

「わたし、ひすいっていうの?」


 その問いかけに、瑠璃はしっかり頷いた。


「そうよ」

「あなたは、今からひすいよ」


 一拍。


 それから、翡翠の顔がぱあっと明るくなった。


「ひすい」

「うれしい」

「ママ、ありがとう」


 その瞬間だった。


 瑠璃の胸が、きゅうっとなった。


 痛いわけじゃない。

 苦しいわけでもない。


 でも、胸の真ん中がやわらかく締めつけられるみたいで、あたたかくて、どうしていいか分からない。


 初めての感覚だった。


「……っ」


 次の瞬間。


 翡翠の輪郭が、ふっと安定した。


「……あ」

 新が気づいて声を漏らす。


 さっきまでどこか揺らいでいた体の縁が、名前をもらったことで少しだけ落ち着いたのだ。

 玉ねぎみたいなつやつやした見た目はそのまま。

 でも、曖昧だった部分が静かに定まっている。


 そこへ、ぽん、とまた小さな音がした。


「増えた!」

 彩葉がすぐに言った。


 翡翠の頭の上で、葉っぱがもう一枚増えていた。


「四葉になった……」

 純香が目を細める。


 しかも、気のせいか体もほんの少しだけ大きくなっている。


「成長していますね」

 山田先生がやわらかく言う。

「名前をもらったことで、輪郭が安定したのでしょう」


 翡翠は自分の頭を、また短い手でぺたぺた触った。


 ぺた。

 ぺたぺた。


「ママ」

「ひすい、もっと欲しい」


 瑠璃が目を丸くする。


「欲しいって……お水?」


 翡翠はふるふると体を揺らした。


「ううん」

「光、欲しい」


「光?」

 一同の目が、きれいに雅へ向いた。


「な、何だよ」

 雅が即座に眉をひそめる。


「雅、出番でしょ」

 彩葉が言う。

「光といえば、もうね」

「ちび王、出して」

「あーもう」

 雅が頭を掻く。

「分かったよ」


 そう言って、雅が軽く手をかざす。


 ぽん、と淡い光が弾けた。


 現れたのは、少し光る丸っこい小さな体。

 指のない手足がちょこんとついた、あのかわいい光の召喚体――ちび王だった。


 いつものようにちび王は、まず偉そうに胸を張る。


 だが次の瞬間、翡翠を見つけてぴたりと止まった。


 そして次に、すっと雅の方を振り向いた。


 小さな手を上げ、もう片方の手を広げ、首を少し傾げる。

 明らかに、これはどういうことかね、と言いたげな仕草だった。


「どうもこうも、見ての通りだよ」

 雅が肩をすくめる。

「新入りだ」


 ちび王はまじまじと翡翠を見たあと、ゆっくりと近づく。


 そして、ちょん、と触れた。


 翡翠は「ひゃっ」と言いたげに体を跳ねさせた。

 けれど次の瞬間、触れた部分からやわらかな光がじんわりと広がる。


 あたたかい光だった。


 そして、その時だった。


 翡翠の体が、ほんの僅かに光を帯びた。


「……あれ?」

 新が目を丸くする。

「光ってる?」


 さっきまでの翡翠は、つやつやしてはいたけれど、自分から光ってはいなかった。

 けれど今は違う。体の内側へ淡い光が薄く溶け込んで、瑠璃色と新緑のあいだでやさしくきらめいている。


「ほんとだ」

 彩葉も身を乗り出す。

「なんか、うっすら光ってる」

「綺麗……」

 瑠璃が思わず呟く。


 葉の緑も、さっきより少し濃く、いきいきとした色になっていた。


 翡翠はうれしそうにぴょんぴょん跳ねる。


 その横で、ちび王はひと仕事終えたようにゆっくり雅の方を振り向き、どうかね、と言いたげに胸を張った。


「分かった、分かった」

 雅が少し呆れたように言う。

「王様はすごいです」


 ちび王は、うむ、とでも言いたげにさらに胸を張った。


 けれどそのあとも、ぴょんぴょん飛び回って喜ぶ翡翠を、じっと見つめていた。


「……土を与えてみると、どうなるのかしら」

 純香がぽつりと言った。


 その言葉に、その場の視線が自然と集まる。


「たしかに」

 新が頷く。

「光でちょっと変わったしな」

「そうですね」

 山田先生も微笑む。

「やってみましょうか」


 瑠璃は腕の中の翡翠をそっと持ち上げた。


「翡翠、おいで」


「なあに、ママ?」


「あなた、土はどうかしら?」


「つち?」


「こういうもの」

 瑠璃が山田先生の用意していた土を少し見せる。


 翡翠はそれをじっと見て、それから首を振った。


「……ひすい、これいらない」

「こっちがいい」


 ちいさな手が向いた先にいたのは、純香だった。


 正確には、そのそばに静かに立っている純香の土のエレメント。


「こっち?」

 瑠璃が聞き返す。


 純香も少し驚いた顔をした。


「私?」

「というより……私の、こっち?」


 翡翠はこくん、とでも言いたげに体を揺らす。


「そっち」


 山田先生が興味深そうに目を細めた。


「なるほど」

「ただの土そのものではなく、精霊側の性質を求めているんですね」


 純香は少しだけ迷ったあと、自分の土のエレメントへ視線を向けた。


「……お願いできる?」


 土のエレメントは静かだった。

 けれど拒む様子はない。


 純香がそっと翡翠を近づけると、土のエレメントはゆっくりとその輪郭を寄せた。


 触れる。


 ほんの少しだけ。


 翡翠は「んんー」と言いたげに目を細めた。


 次の瞬間、翡翠の体の雰囲気が少し変わった。


「お」

 新が声を漏らす。

「何か……どっしりした?」


 さっきまでの翡翠は、みずみずしくて軽やかで、どちらかといえばぽよぽよした不安定なかわいさがあった。

 でも今はそこへ、ほんの少しだけ芯が通った感じがある。


「うん」

 彩葉も頷く。

「安定感出たね」


 翡翠は自分の体を見下ろして、短い手でお腹のあたりをぺたぺた触った。


「ママ」

「ひすい、なにかしっかりした」


 瑠璃はその言葉に、少しだけ目を丸くしてから、ふわっと笑った。


「そうね」

「しっかりしたわね」


 山田先生はやわらかく頷いた。


「やはりそうですね」

「この子は、精霊の特徴を取り入れられる性質があるようです」


「取り入れる」

 瑠璃がその言葉を繰り返す。


「はい」

 山田先生は微笑んだ。

「受け取る、と言った方が近いかもしれませんね」

「まだ若い子ですから、いろいろ学べるのでしょう」

「あるいは、そういう性質の子なのかもしれませんね」


「そういう性質」

 新が聞き返す。


「ええ、まだわかりませんが」

 山田先生は翡翠を見つめた。

「触れた精霊の“あり方”を、少しずつ自分の中へ受け取って育っていくのかもしれません」


 翡翠は瑠璃へぴたりと寄り添いながら、四葉を小さく揺らしている。


 光をもらって少し輝いて。

 土を受け取って少ししっかりして。


 それでもやっぱり、ひどく愛らしいままだった。


 山田先生はそんな二人を見て、静かに微笑んだ。


「育ち方が見える子ですね」

「これからが、ますます楽しみです」


翡翠かわいいね

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