第4話 不存在証明
花丸はヘッドセット、ゴーグルを装着しマテリアルスコープの電源を入れる。
花丸
「光くん」
光
「な、なんでしょう?」
花丸
「もし僕が…この場で意識を喪失し目覚めなくなるような事態になったら、君に研究の続きを引き継ぐ。頼んだぞ?」
光
「うん? 何を言ってるんです?」
花丸はマテリアルスコープで学会員達を見る。
【見えた。オーラを纏った学会員達。】皆バラバラの色をしており、立ち上るオーラの様相も個性が出ている。しかしそれは良い。【幽霊はどこだ?】
先程質問をした学会員が訝しげに尋ねた。
学会員
「急にどうされたんです? 幽霊を実際に確認し、それを証明する? まだ試作段階の機械なのですよね?危険性がどうとか」
花丸
「お静かに。【それでも】皆様気になっていると思われます。このイカレ狂人の世迷いごとを、幽霊が見える機械の性能を!」
花丸はスコープのハンドルをゆっくり作動させ会場を視界に捉え、幽霊を探す。会場は非常にざわめいている。だが誰も止める気配がない。光は止めるべきか迷った。だがここで花丸を止めてしまえば【終わってしまう】。教授が費やしたであろう膨大な年数、夢、可能性、【未来】。
花丸
「…はは、見つけたぜ!」
花丸は不敵な笑みを浮かべる。丁度自身の研究に異を唱える、いけ好かない学会員、その背に張り付く【赤き煙】。
花丸
「…今質問を頂いた先生、お名前はよろしいでしょうか…?」
学会員
「はい?…倉柿と申します」
花丸
「丁度よくあなたの背中に幽霊が憑いています。今から【その幽霊を私の意識に落とし込みます】」
倉柿
「え…?そんなことが可能なのですか?」
花丸
「理論上は。こちらに来てくれるかまだ分かりませんがね。」
光
「花丸教授…!ダメです!危なすぎます!」
光は花丸が何をしようとしているか理解し止めにかかる。しかし花丸は光を振り払った。
花丸
「やめろ!ここで引いたら終わりなんだよ!」
花丸は倉柿の背中の幽霊をじっと眺める。眼のようなものがあっちでもなくこっちでもなくキョロキョロと蠢き始めた。幽霊はしかと花丸を確認すると
ゆっくり倉柿から離れ始めた。
倉柿
「うっ、な…、なんだ…? 目眩が…げほ、ごほっ」
倉柿は苦しそうに咳き込み始めた。幽霊は眼を大きく見開きじわりじわりと花丸の方へ向かってくる。花丸の背筋に冷や汗が流れ悪寒が走る。今からしようとしていることに危機感を覚え始めた。
花丸
「…はぁ、はぁ、来やがったぜ。ああ来い。お前のことが【見えてるぜ!】」
幽霊はスコープの手前まで移動すると【レンズに顔をずいっと近づけた。】しばらく停止する。
花丸
「と、止まっちまった…どうしたってんだい?」
倉柿は地面に突っ伏した。周りの学会員達が背中をさすり心配する。花丸は何も起きないかと思い諦めかけた次の瞬間、【レンズにシュポンと幽霊が入ってきた】。
花丸
「…うっ!!」
花丸はスコープのハンドルをつかみながらびぃん、と仰け反った。
光
「花丸教授!!」
倉柿は苦しそうに体を起こした。
倉柿
「くそっ…何が起きてるんだ…!」
花丸
「…冬之助さん。」
花丸は高い声色で倉柿に話し掛ける。
倉柿
「えっ、…なっ、なんだって!?」
花丸
「…うふふ、冬之助さん。やっと…お話出来ますね。この時をずぅっとお待ちしておりました…。私です。【友栗 霞実】です」
倉柿
「はぁ…?!おい、おい、嘘だろ…? 一体全体、どういうつもりだ、、!?」
花丸
「ああ、ああ、冬之助さん。私の冬之助さん。心の底からお慕い申しておりました。まさかこのような形で再会出来るとは」
花丸はゆらぁっと立ち上がる。光はその光景を見て背筋がゾッとした。【これは花丸教授ではない。別の何かだ。】
花丸
「私の愛しい人。冬之助さん。私達は深く深く愛し合っていました。そう、2人は永遠に結ばれる運命、季節が2つ過ぎれば結婚すると約束してくれましたね」
花丸は倉柿の方へ近寄っていく。倉柿は怖気付いたように後退りした。
倉柿
「来るな!来るんじゃない!コイツが言っている事はデタラメだ! 嘘八丁で幽霊がいるだのあーだこーだとでっちあげようとしているんだ! 誰かこの男を止めてくれ!」
倉柿はバタバタとひっくり返りながら花丸から距離をとる。後ろの席の学会員達を押し倒したり退けたりしながら後ろへ後ろへ行こうとする。花丸を学会員達は避け、倉柿が押し退けて出来た道を通りじわりじわりと距離を詰めていく。
花丸
「1年がすぎ、春夏と季節が巡り秋になった頃。あなたに私は妊娠をお伝えしました。この身に命が宿った事を。私はとても嬉しかった…。やっとあなたとの間に愛の証明を作ることが出来た。【証を持てた】事を心から神に感謝しました」
倉柿
「はぁ、はぁ、くそっ、何がどうなってるんだ!!」
倉柿はダラダラと冷や汗をかいて気が動転している。焦るあまり倉柿の意識は上も下もなくまるで天地がひっくり返ったように横転し足に上手く力が入らなかった。腹の底からゾワゾワと込み上げてくる。【驚愕】【焦燥】【恐怖】。後ろから追ってくる。【非現実的現実】。花丸はお腹を擦り、目を伏せながら倉柿へ歩み寄る。
花丸
「もちろん冬之助さんも喜んでくれると思っておりました…。ですがあなたは沈んだ表情をしましたね。感情表現の乏しい人だったので、すぐには受け止めきれず思い悩んでいるのかと思いました。」
花丸は倉柿に視線を戻した。すると辺りの空気が徐々に張り詰めていく。
花丸
「…冬之助さん。…冬之助。冬之助。ねぇ、冬之助。なんで? なんでなの? なんで? なんで? ねぇ、教えて。私が寝ている時にガス栓を開けて警報機を切ったよね? とても苦しかった。最後の力を振り絞ってベッドから降りたけど、もう手遅れだった。首から落ちてそこから先の記憶が無いの。ねぇ、教えて?【何故私を殺したの!?】」
花丸と倉柿の距離がほぼ詰められる。倉柿は腰が抜け、目を大きく見開き花丸から離せない。
倉柿
「…はぁ、はぁ、お、お前は、呪われている!」
花丸は倉柿の首に掴みかかる。そこで学会員達が我に返り花丸を取り押さえヘッドセットを取り上げる。
花丸
「…ぶはぁ、げほ、げほ」
花丸は苦しそうに咳き込む。どうやら意識が戻ったようだ。
倉柿
「…なんともタチが悪い…これが幽霊を証明するショーって事か!? 馬鹿げている! こんなもの、認められるわけがない!」
倉柿は青ざめ怖気付いているものの、必死に花丸に対して罵倒を投げかける。発表会は一時中断した。
花丸は体調が非常に悪くなり控え室のソファーで横になっていた。
?
「花丸教授」
急に話しかけられ、花丸はムクリと起き上がった。
花丸
「…はい?」
今回の発表会の責任者である学部長が花丸に話しかけた。2人は席に座る。
学部長
「先程の研究発表。凄まじいものだったよ。…あれは演技か何かかね?」
花丸
「…いえ、全く覚えがありません。気づいた時には研究員の方々に取り押さえられていました」
学部長
「真実であったか嘘であったか。それは存じ上げないが、真に迫った態度で倉柿教授に差し迫っていたよ。本人しか知りえないような情報を鬼気迫る態度でまくし立てていた。真偽の程は分からないがね」
花丸
「そうですか、、。マテリアルスコープは認めていただいたのでしょうか?」
学部長
「面白いものだとは思う。だけどね。無理なんだよ…。恐らくずっとこの先。幽霊が見えることを証明するのは」
花丸
「…どういうことですか?」
学部長
「花丸教授。君はきっと聡明で頭の回る素晴らしい人だ。だが今は熱が入りすぎ、必死になりすぎて見放しているんだよ。単純さ。幽霊がいることを証明出来ていない。たとえ友栗 霞実という婦人が居て、倉柿 冬之助教授に事故に見せかけて殺害されたとしよう。あの会場にいた全員の情報を裏で収集しそれを把握し、あの場で実験材料にする。【こっちの方がまだ現実的なんだよ。】残念ながら」
花丸
「…すいません。あの場で証明すると啖呵を切りしたが、確かに幽霊がいることを証明出来ていないです。ですが、私は倉柿教授の名前はおろか友栗という婦人と関係があったかどうかすら本当に知りませんでした」
学部長
「…はぁ、花丸教授。【それも、君の演技なんだよ。】信じたくてもね? 残念ながらそう思うしかないんだ。その方が現実的なんだ。分かるだろう? たとえあの機械で本当に幽霊を見ることが出来たとしよう。100人中100人があんなふうに意識を喪失し、幽霊である本人しか知りえないような情報をつらつらと話、情報の整合性が取れたとしよう。【だがそういう風に仕込まれていた】。そっちの方が現実的なんだ」
学部長は花丸の肩をポンと叩き、首を振る。
学部長
「花丸教授。君が目指す先の未来には決して辿り着かない。残念ながら」
花丸は俯き苦しそうに胸を押さえる。
花丸
「ぐっ、では、どうすれば…!どうすればいいんだ…。僕は…僕は今まで必死に追い求めてきた…!無我夢中で何度も挫けそうになって、心折れても諦めず、やっと辿り着いたのに…!また否定されてしまうのか、こんなにもあっさりと!!」
学部長
「花丸教授、落ち着くんだ…。幽霊の存在を証明することは恐らく不可能だと思う。だけどあのスコープ。もしかすれば他の実験で役にたつかもしれない。君のアイデアはまだ潰えていないよ。今回のはトラブルもあったし、査読はダメだと思う。だけど」
花丸
「いえ、いいです。…すいません。お気を遣わせてしまったみたいで…」
花丸は項垂れ力なく立ち上がり、フラフラとはその場から離れていく。学部長は花丸の姿が見えなくなるまでその背中をじっと見つめていた。




