第22話 交信
花丸
「…お、親父なのか!?」
形代に向けて投げ掛ける。こうも簡単に会えてしまうものなのか。衝撃と疑問が頭の中を駆け巡る。
形代
『…』
形代は動かない。人の形をした紙である為、表情は読めないし、声も聞こえないので判断が出来ない。
花丸
「あ、ぼ、僕だよ僕! 花丸だよ! 親父、あんたが白峰牧庭なら返事してくれ!」
すると形代はゆっくりと動き始めた。
形代
『本当に花丸のようだな。驚いた、こんなに大きくなったんだな』
花丸
「親父…」
花丸は複雑な気持ちで形代を見つめ続ける。
形代
『…元気だったか?』
花丸の目から涙が零れる。
花丸
「…ぐず、ごめん。言葉が、出ないよ」
形代
『寂しい想いをさせたなぁ。すまん、母さんも俺もいなくなって、1人で頑張ったもんなぁ』
花丸
「…」
花丸は俯き沈黙する。ぽたぽたと涙が流れ、形代はそれを見つめるようじっと空中で静止する。津雲も口を出さず、その様子をじっと眺め続けた。
花丸
「…親父」
形代
『うん』
暫く沈黙した後、花丸はゆっくり口を開いた。
花丸
「…親父は、自分がどうやって死んだか覚えているか?」
形代
『ああ、家の中に泥棒が入っていた。俺は抵抗して揉み合いになって、腹を刺されちまった。警察と救急がその後来たけど、意識を喪失して、気付いたら…』
花丸
「…親父…。親父、僕、あの時家に居たんだ」
形代
『そうだったのか』
花丸
「その日、体調が悪くってさ。熱も酷かったから、早退したんだ。自分の部屋で休んでたんだよ。そしたら、下で物音がしてさ、、」
形代
『うん』
花丸
「僕、怖くってクローゼットに隠れたんだ。泥棒が僕の部屋に入ってきて、部屋を荒らし始めたんだ。そしたら、親父が帰ってきて、泥棒も下へ行って…」
形代
『花丸…』
形代の頭はくにゃ、と下がる。
花丸
「…本当に、本当にごめん。僕に勇気があれば立ち向かえた筈だったんだ。でも、親父が僕の身代わりになってしまった。ずっと謝りたかったんだ」
花丸は形代に向けて頭を下げる。
形代
『花丸』
形代は花丸の頭にふわりと触れ、携帯の近くへ戻る。
形代
『無事で良かった』
花丸
「…親父、、」
花丸は手で顔を覆い、しとしとと涙を流した。
……。
花丸
「…親父。まだ居るか?」
形代
『ああ、まだここにいるぞ』
花丸
「幾つか聞きたいことがある。いいかな?」
形代
『いいぞ』
花丸
「あの世では母さんと一緒なのか?」
形代
『あの世?』
花丸
「えっと、多分親父は成仏したんだと思う。だから墓の前で祈ったら降りてこれたんだ。あの世ではどんな感じなのかなって、思ってさ」
形代
『…えっとな。俺は花丸が大人になるまで暫く様子を見てた』
花丸
「そ、そうなのか」
形代
『そうだ。お前が兄に引き取られた後、危ない目に合わないように見ていたんだ』
花丸
「そうだったのか…」
形代
『しっかり勉強して、大学の先生にもなったし。悪い女にも引っ掛からず真っ直ぐに成長した。ちゃんと成長して、自立して家に戻った日に、俺は天に昇っていったんだよ』
花丸
「母さんには、出会わなかったんだな、、」
形代
『…ん、ああ。出会わなかったかな』
花丸
「じゃあ、母さんはまだこの世にいるのかな?」
形代
『…それは分からない。あの世の記憶はこの世に持って来れないんだ。もし上で母さんと出会ってても、その記憶は無いから…。会ったかどうかすらもよく分からない』
津雲
「花丸先生、常世には時間の流れがありません。なのでこの世で経験した事以外は魂に残らないのです」
花丸
「え? そうなんですね」
津雲
「現世と幽世、そして常世は3つの領域に分離されています。現世は肉体を持つ存在の世界。幽世は死後の魂の黄泉の世界。そして常世は永久に不変である神々の世界です。御父上殿はこの世の役目を終え、常世の世界へ昇ったのでしょう」
花丸
「確かに、時間の流れがないのなら、連続する記憶の概念も適応されませんね。入った瞬間、存在そのものの在り方が変化しそうです」
形代
『あんた、詳しいな?』
形代は津雲の方を向いて携帯に文字を打つ。
形代
『あんたが花丸と巡り合わせてくれたのか?』
津雲
「そうなりますね」
形代
『そっか。感謝しなきゃな』
津雲
「いえいえ。私も花丸先生には大変感謝しています。ここまで育てて頂いた御父上殿にも、こちらこそ感謝しかありません」
形代
『どうだ花丸? いい嫁さん候補は見つかったか?』
花丸
「そ、そんな。僕の話なんかどうでもいいじゃないか」
形代
『この人も中々凛々しくてべっぴんさんだぞ? あ、もしかして交際中だったりするか?』
花丸
「付き合ってないよ!」
津雲
「ふふふ、よく誤解はされますね」
形代
『自由に俺を呼べるんなら、いつか孫の顔も見せてくれよ。そしたらもっと安心出来るからさ』
花丸
「それはそうだろうけど、、。それは置いといて、もっと親父の話を聞かせてくれよ」
形代
『俺の話? 面白いことなんて全然無いぞ?』
花丸
「母さんとの想い出の場所とか教えてくれよ。僕さ、幽霊が見える機械を作ったんだよ!」
形代
『幽霊が見える機械…?』
花丸
「ああ! それがあれば親父を見れる。また今度、面と向かってちゃんと話がしたい。出来れば母さんと一緒に」
形代
『…』
形代はじっと沈黙し、動かなくなった。
花丸
「どうした? 本当だぜ? 親父も嬉しいだろ…?」
形代
『…花丸』
花丸
「…?」
形代
『お前がその、すごく努力して俺に会えた事は理解出来たよ。だがな、もう過去に囚われるのはやめろ。現実を見て、これからの人生に時間を使った方がいい』
花丸
「なんでだよ。人類史上初の発明なんだぜ? アインシュタインもぶっ飛ぶ位の世紀の大発明だぞ? このまま突き進むに決まってんじゃん」
形代
『花丸…。人に幽霊が見えないのは、理由があって見れないのだと俺は思う。上手く説明出来ないが、そもそも見える必要が無いんだ。だからさ、わざわざ見えないものを暴き立てる事も無いんじゃないか?』
花丸
「…な、何言ってんだよ。折角会えたのに、そんな言い方ないじゃないかよ」
形代
『花丸、母さんを探そうなんて思うな。もうずっと前に亡くなった母さんの事だ、転生して別の存在になってるんじゃないか?』
花丸
「転生、、?」
津雲
「それには諸説あります。常世へ行くと魂は暫くそこに留まり、また新たな経験を積む為に別の肉体へ宿ると。中には力が弱く煙のような未形成の魂もあり、幾つかの魂と混ざり合う可能性もあります。そうなると転生しても記憶が曖昧になり、転生前の記憶を認識しない可能性も有り得ますね。しかし廻子局長の件もありますし、肉体の因果に近い存在に魂が混ざり合い生み出される場合もありますが…」
花丸
「探すのは非常に難しいということですね」
形代
『…花丸、探す必要は無い。俺達の事はもう気にするな。今は自分の幸せの為を想って生活するべきだ』
花丸
「…どうしてだ? どうして、そこまで霊の世界に関わることに否定的なんだ?」
形代
『お前が納得するのは難しいかもしれない。だがもう存在しない物に拘るのは、生物としての生き方に逆らう行いだ。それは苦しみしか生まれないからだ。頼む花丸、お前はお前の為に、真っ当に生きてくれ』
花丸
「やっと、やっとなんだ…! 僕はずっと親父に謝りたかったし、泥棒が家に入った時、母さんがクローゼットの中に逃げる様に導いて助けてくれた事に感謝したかったんだ! 僕は探さなきゃならない。それが可能なくらいまで僕は漕ぎ着けたんだ! それなのに諦めてたまるかよ!」
形代
『違う』
花丸
「…? 違う?」
形代
『それは母さんじゃない』
花丸
「え?」
花丸は暫く言葉が出なかった。
形代
『難しく考える必要はない。お前はあの時、運良く偶然助かった。病気で幻でも見たのだろう、それだけだ。そもそもお前に霊能力は無いし、今こうして交信出来ているのはこの方の力だ。どうだ、何か間違ってるか?』
花丸
「…っ、、」
花丸は固く口を結ぶ。言い返したいが、上手く言い返せない気持ちにモヤモヤしている。
形代
『俺達の事は放っておけ。何も知る必要は無い。だが幸せな報告なら、何時でも待ってる。死んだ親に親孝行出来るお前は幸せ者なんだぞ?』
花丸
「冗談のつもりかよ、、」
形代
『なんだよ、笑えよ…。俺はお前に会えて嬉しかったのに、悄気た面ばかり見せやがって。また心配させるつもりなのかよ』
花丸
「…くっ、死人の癖にぺらぺら話やがって」
形代
『おっと、口喧嘩をする気はないぞ。兎にも角にも、大学の先生になったなら、その道で頑張り続ける方がいいと俺は思う。母さんの事や俺の事を想うなら、今を懸命に生きるべきだ』
花丸
「どうしても、母さんについて話す気はないんだな」
形代
『お前の為なんだ』
……。暫く沈黙が続く。じっと端末を見続け、花丸が口を開いた。
花丸
「…わかった。言う気がないならそれでいい」
形代
『…うん』
花丸
「僕の事は心配しなくていい。あの世で元気にやってくれ。死人なのに、元気ってのもおかしな話だけどよ」
形代
『ははは。生きてたら笑ってる所だ。花丸、お前もよく笑えよ。笑えば元気が出るからな』
花丸
「もういいよ。早く戻れよ、、」
形代
『そうか。まぁ人生についての相談なら、いくらでも聞いてやるから。そのくらいのアドバイスなら出来るぞ』
形代は花丸の頭の上をクルクルと回遊した。
形代
『それじゃあな。元気でやれよ』
形代は力なくヒラヒラと舞い降りた。先程まで生きているように動き回っていたのが嘘の様である。
花丸
「戻ったのか」
ちょんちょんと形代を触ってみる。ただの紙切れの様だ。
津雲
「その様ですね。御父上殿がまたここへ戻ってこられるよう、神棚を置いておきましょうか」
花丸
「そうですね…。しかし親父のやつ、母さんの話をするのを嫌がっていたように感じました」
津雲
「あるいはそうかもしれませんね…。何か御存知なのかもしれません」
花丸
「僕は、いつか母さんにも会いたいです。もっと開発が進んで、幽世とか、常世の世界から自由に霊体を呼び出せるようになったら、きっと母さんにも会えるでしょうか」
津雲
「…もしかしたら可能かもしれません。幽世の世界は大変危険ですが、開発が進めば問題無く調べる事が出来るでしょう。常世の世界は…私達明頭螺にとっても未知数な領域です。ですが不可能ではないと私は思います」
花丸
「ですよね…! 何時かきっと、それも近い内に叶うはずです」
津雲
「そうですね。気になる事はありますが、御母上殿に会えると良いですね」
津雲はふふふと微笑んだ。
花丸
「…」
花丸はじっと形代を見つめる。父とは会えた。だが、まだ課題は残されているらしい。
花丸
「…まだ暫く、そっちの世界をしゃぶりつく必要があるみたいだな。どうやら道は険しそうだ」




