20.お開き
「なんか、河さんらしくていいですね」
「本当に、素敵ね」
まゆと圭織は店内を眺めながら話していた。二人には酔い覚ましなど必要ではなかったのだけれど、美子が店を開いたと聞いては来ずには居られなかった。
「もったいない…」
齋藤がボソッと呟く。
「何がですか?」
大橋の問いに齋藤は答える。
「安すぎる。これじゃあ、採算が取れないでしょう」
確かに安い。メニューを見る限り、コーヒーの類は缶コーヒー並みの値段だ。カウンター奥の棚にはかなりの種類の豆が取り揃えられているし、本格的なサイフォン式コーヒーメーカーに最新式のエスプレッソメーカーも備えられている。
「道楽でやっていることですから」
美子がおしぼりと水を持ってテーブル席に来た。
「道楽にしては懲りすぎてませんか?」
「だから道楽なんですよ」
「ヨッコちゃん、お酒をちょうだい」
「はいはい、かみむらさん、わかりましたよ」
「私はエスプレッソを。それから、ここはタバコは吸えますか?」
「齋藤さん、大丈夫ですよ。日下部さんも吸われますからね」
そう言って美子はにっこり笑った。そして、一通り注文を聞き終えるとカウンターの中へ戻って行った。
「今の河さんの言葉、聞き捨てなりませんね」
「齋藤さん、なにがですか?」
「大橋さん、まるで、日下部さんがタバコを吸うから喫煙可にしているとでもいうような」
「考え過ぎですよ」
二人のやり取りが聞こえたのか、美子はカウンターの中でフッと笑みを浮かべた。
ラーメンを食べ終えて小暮は店を出ようとした。
「ごちそうさま」
「十二万四千二百円になります」
「えっ?」
「井川さんから勘定は小暮さんに預けてあると聞いてますが」
一瞬で凍り付く小暮だった。
「さて、りったんも寝ちゃったから私たちは先に失礼しますね」
「日下部さん、あとはよろしくね。河さん、コーヒーとても美味しかったです。また顔出しますね」
まゆと圭織が店を出た。律子は日下部にもたれかかって眠っていた。日下部は二人を見送ると、律子を起こそうとした。それを齋藤が静止した。
「日下部さん、やめなさい。レディが気持ちよさそうに眠っているのです。それを起こすなんて無粋というものです」
「ま、いつものことじゃないですか。ボクたちはあっちの面倒をみますから」
振り向いた大橋の視線の先にはカウンターで酔いつぶれた、りきてっくすが居た。
「まったく、こんなことになるんだったら来なければ良かった。でも、まあ、久しぶりに河さんに会えてよかった」
齋藤と大橋は、りきてっくすを抱えて店を出た。三人を見送ると美子は片付けを始めた。最後に看板の灯を消して日下部に声を掛けた。
「じゃあ、日下部さんごゆっくり。鍵はいつものところに置いといて」
「美子さん、すみません」
「いいのよ」
日下部は律子の心地よい重さを感じながらタバコに火をつけた。
その頃、名取は井川に連れて行かれた怪しい店でトイレに行った井川を待っていた。そこへ店のマネージャーがやって来た。
「本日はありがとうございました。そろそろ閉店のお時間ですので」
そう言ってマネージャーは料金が書かれたメモ用紙を名取に渡した。
「あれっ? 井川さんは?」
「お帰りになられました」
「えっ!」
名取は慌てて金額を確認した。¥216,000。
「すいません、ちょっとトイレに…」
その瞬間、名取は怖いお兄さんたちに取り囲まれた。
みなさんお疲れ様でした。よいお年を!