私立月陽学院
――文魔両導(私立月陽学院校訓)
「うわぁ! 初日から遅刻しちゃうよー!」
ブラックアートに日が上る。新しい一日の始まりに特に感慨深いものはなく、一人の少女はひたすらに街の大通りを走っていた。少女はその長い髪を風になびかせ、遠くに見える駅の方角へと向かっていく。
「おっととっ」
「気をつけろ!」
「ごめんなさい!」
ふらふらと走った挙句道行く人の方にぶつかりつつも、少女はその足を止めることは無く突き進んでいく。
朝の忙しい時に必死に走っている少女が身に着けているのはどこかの学校の制服。そして背中には大きなリュックを背負って一生懸命に走っている。その瞳は嬉しいことでもあったのかキラキラと輝いている。
しかしその少女が、もう走れないと思い始めたところで駅の入り口が見え始る。上では電車が出発し走り始めているが少女はそれに注目することは無く、入口の隣では巨大なゆりかごの様なエレベーターが、下へ参りますと言わんばかりに巨大な矢印を表示し始める方が気になっていた。
「そのエレベーターちょっと待ってぇー!」
ドアが閉まり始め、辺りに警告音が鳴り響く。地鳴りのような音を鳴らして扉は徐々にその戸を締め始める。後少しで完全に閉まりきるところで少女はそこに滑り込むように入り込み、先にエレベーターに入っていた人々をひやひやさせた。エレベーターは無事に閉まり、室内照明が肩で息をする少女を照らしている。
「ふぃー、ぎりぎりセーフ!」
そう言ってガッツポーズをするこの少女は新品のセーラー服を着て、いかにも新入生といった格好をしている。しかしその手に杖など持っておらず、リュック以外の物は何一つ持たずにいる。
エレベーターはゆっくりと下へ降り始め、下層部へと向かい始める。真っ白な壁が、少女の前で上へ上へと上がっていく。そして代わりにエレベーターが下へ下へと降りてゆく。
「……あっ!」
少女が声を挙げたのは、その白い壁が消えうせ、代わりに中空から下層部の町が見下ろせるようになったからだ。下層部の町は、まさしく少女が今までファンタジーの本で読んだかのような、レンガ造りでできた建物が立ち並ぶ世界であった。
地下をそのまま利用しているため天井は暗く、その対策のために少し下には白い光球が蛍の様な光を放ちながらいくつも浮かんで、町全体を照らしている。
そして遠くでは、大きな古い城が建っていた。
「あれが、月陽学院……」
遠くから見ても荘厳であり、そして時代を感じさせるつくりとなっており下層部の街を支配しているかのようにも思える。少女は期待に胸を膨らませ呟く。
「私が、通う学校……」
「――おやおや、貴方も月陽学院に?」
隣の男が少女に笑顔で話しかけてくる。少女はその方を向くと、男は杖をクロスさせた形の校章を襟元につけており、少女も同じものを胸元につけていた。
「はい、今年入学するんですけど――」
「これはこれは、おめでとうございます」
男は笑みを崩すことなく拍手をする。男は少女より先輩なのであろうか、学校にすでに慣れている様子であった。常に笑みを常に浮かべ、その白い歯を見せている姿はとても優しそうに思える。
「あの! 私、四賀なつきって言います! ……あのー、お名前は――」
「テオドールと言います。以後宜しく、お願いします」
そう言ってテオドールは右手を差し出す。四賀もそれに応じようと手を差し出そうとするが、そこである異変に気づく。
「……右腕、包帯撒いていますけどケガ大丈夫なんですか?」
「ああ、これですか」
指摘をされたものに気づくと、その笑みが少し異質なものへと変化していく。
「これはですね、ワタシが同好会で邪神と会合できないかとある儀式をしたときについた代償みたいなものですよ」
「……え?」
その笑みが顔に張り付いたような不気味な笑みへと変化していくと、四賀はのっぺりと自分の顔にへばりつくような恐怖を感じ始める。
邪神?
「おおっと、どうでもいいことでしたね」
笑みを戻してそれとない感じにしようと誤魔化し始める。しかし枝崎はそれを聞き逃さなかった。確かにこの男は邪神と言ったのだ。まるでいつもの日課の様な手慣れた感情で、邪神というおぞましい言葉を放ったのだ。
「あは、あはははは、そうですねー……」
その場を笑ってごまかすも、エレベーターを今にも飛び出したい気持ちでいっぱいだった。そんな簡単に邪神などと言う人と一緒にいるとは自分の身が幾つあろうが足りることはない。そんな彼女を救うかのように、エレベーターのドアが開き、町への一歩を踏み出すことを許される。
「では私はこれで!」
逃げるかのように四賀は跳びだすと、急いでその町の喧騒へと消えていった。
「――それでぜひ貴方も邪神同好会に――って、いなくなってしまいましたね……」
「はぁ、はぁ、もう朝から走りっぱなしだよぉ……」
街の通りの一角、「法具堂」という大きな看板がつるされている店の近くで少女は息を整えていた。朝からずっと走り詰めだった四賀は、既に満身創痍に近かった。両手で膝を掴んで息を整えていると、隣から声を掛けられる。
「大丈夫か? そんなに急いでどうしたというのだ」
声を掛けられた方を向くと自分と同じくらいの年の少女が、綺麗なレースの刺しゅうが付いたハンカチをこちらに向けていた。
「そんなに汗をかいて、ほら、これで拭くと良い」
「あ……ありがとうございます」
邪神という単語を軽々と使う男もいれば、このように優しい人もいるようなものだ。四賀はその施しを素直に受け入れ、額の汗をぬぐう。
「これ、洗ってお返し――」
「よい。私が勝手に貸したのだ。そんなことを望んではいない」
少女にハンカチを返すと、少女はハンカチを直し、握手を求める。少女は四賀とは違う、その上品な振る舞いにどぎまぎしながらもその手を握る。
「私の名は住良木=アーデルハイド=彩華という。おそらく君と同じ月陽学院に入学する者だ」
「あっ! 私もです! あのっ、私は四賀なつきって言います!」
淑女、とでもいうべきであろうか。目の前の少女を前にして四賀は緊張して言葉をうまく出すことができない。
「そう緊張する事もないだろう。私も君と同じ、一年生だ」
「そうなんですか!? よかったぁー、一緒の人がいて!」
四賀の緊張はほぐれ、同期という安心と親近感がわく。住良木の方も、先ほどの固い対応を崩し、柔らかな声で四賀と話を始める。
「ふふ、私としても嬉しいよ」
「私、下層部には無くて来たことがなくて、何も分かんなくて――」
「下層部――通称学園特区だな。私たちの様な学生が生活する場所だ。ここでは専門的な魔法の知識が得られると聞いて、私もここにある学校に入学を希望したのだ」
「私も、魔法の才能が無くても魔法が使えるようになるって聞いてここに来たんです!」
下層部は、魔法を学ぶ者にとって最適な環境を整えていることで有名だった。辺りには上層部にあるような近代的なものは一切なく、伝統的な魔法文化が根付いた場所である。そしてそこで魔法を学べるということは、誇らしいことでもあるのであった。




