三賢人
『――激白! 三賢人の秘密! その一』
読者諸君は三賢人について知っているであろうか。今は昔、この都市の礎を作ったと言われる大魔導師アビゲイルを常に導いてきた三人の大魔導師のことを、その畏敬をこめて三賢人と呼んでいた。そして今では任期を十年とする魔法省の相談役にあたっている三人の魔導師ことを指している。
今回我々が注目したのは、三賢人の中でも灼熱女帝の異名で有名な黒剛ハクトについてだ。彼女については様々な噂が飛び交っており、中でも彼女の年齢詐称説は有名なものであろう。なにせ彼女の年齢は自称七十九歳であるものの、その見た目は二十代としか思えないほどに若々しく美しい見た目である。これはどう見ても、年齢詐称としか思えない。
我々はその噂が事実なのかを確かめるため、彼女の過去について様々な調査を行った。すると彼女の知人と名乗るものから、およそ五十年前に撮ったと思われる彼女の写真を発見。なんとそこに写っていた彼女の見た目は現在のものとほとんど変わっていなかった。
――何故見た目が変わっていないのか。我々はこの事が気になって失礼ながら本人に直接取材したところ、本人は「それは私が過去に研究していた薬剤の研究で間違った調合をしてしまい、外見のみ変化が止まってしまった」との回答を得ることができた。その当時禁呪ではないのかと魔法省内で議論も行われたが、結局彼女の事故は意図的なものでは無いと判断を下され、彼女は罪に問われることは無かったと言われている。(これもまた噂ではあるものの、この時その麗しき肢体を使った取引が行われその罪は黙秘されたとの話も)
いくら歳をとろうがその見た目は変わらずに若くいられるとは、筆者もぜひその調合を試してみたいところだが禁呪の申請事項に引っかかってしまい監査対象とされる恐れがあるので控えておくことにする。
事故とはいえ女性にとっては喉から手が出るほど欲しいとされる「永遠の美しさ」を得られたことは、実に羨ましい限りである。(法手社「週刊マジカルテット」に収録)
二人は華美な装飾と高そうな置物が飾られている廊下を歩いていた。天井にはシャンデリアがつるされ、辺りを明るく照らしている。コーエンは前に一度だけ魔法省内に入ったことがあったが、その当時と内装はあまり変わっていなかった。そのため新しいものもなくただ長い廊下を退屈そうに歩いていた。
しばらくするとハクトがその足を止め、コーエンも続けて止まる。ハクトが向いたドアの上には「監査室」とだけ書かれていた。
「――監査室に入る前に一つだけ言っておくよっ!」
出所前に魔法省内にある監査室に入り、囚人の危険性を審査しなおすことで実際に出所が許されるかどうかを判断するようである。そして彼の様な重罪人を出す場合には、さらに監視官を付ける必要があった。
今回監視官として立候補したのは彼の知人でもある黒剛ハクト。しかし知人とあって囚人相手に情が移る可能性も指摘された。よって一度監査室にて、監視官として適切であるかを見極めなければならなかった。
「――ここから先、私は仕事モードに入るから下手なことは口走らないでくれ」
辺りの気温を一度上げ、身にまとう雰囲気を変える。目つきは鋭い三白眼となり、へらへらと開いていた口元を固く結びその群青色の髪を自らが発する熱にたなびかせる。
「昔から貴様はそうだったな――真面目になると口調が変わる」
昔の事を思い出しその思い出に浸りかけるもコーエンはすぐさまその考えをやめ、目の前の女性の言うことを肝に銘じておく。
「では行くとしよう」
「うむ」
監査室の重たいドアを開くと中は予想していたより広く、中央の広間を取り囲むように多くの魔導師が席に座っている。奥には一人の老人がひときわ高い席に着いており、囚人が入ってくるのをじっと待っていた。
「……おいおい、もう一回裁判すんのかよ」
「余計なことは喋るなと言ったはずだ」
黒剛は冷たく言い放つと、コーエンに先に入るように指示をする。コーエンは黙ってその指示に従い、中央広間の中心に立つ。黒剛は黙ってドアの前に立っている。
「静粛に」
静かな部屋に、老人の威厳溢れる声が響く。
「これより、禁呪『守護縛鎖』使用による重大なる法律違反を犯した一級犯罪者――アダム・J・コーエンの釈放判断についての議論を開始する!!」
その言葉と同時に中央広間の床に魔法陣が現れその輝きを放ち始める。
「――おい! 一体これはどういう事だ!?」
魔法陣から鎖が伸び、コーエンの捕縛し身動きが取れない様地面に縛り付けた。突然の拘束に対抗しコーエンは力ずくで引きはがそうとする。
「貴様ぁ! 何のつもりだ!?」
「暴れるなコーエン! それは暴れれば暴れるほどお前を縛り上げるぞ!」
言われた通りその鎖はコーエンの肉体に喰らい付き、その締めを決して緩めようとはしない。これを引きはがすのは不可能だと知ると、大人しく地面に伏せじっと待つ。辺りはその姿を見てざわつき始め、コーエンに対し警戒の念を強める。
「やはり危険では――」
「ブラックアートにこの男を解き放つべきではないだろう――」
「ひいては魔法界の危機となりかねん――」
「静粛に!」
老人は槌を打ち鳴らしそのざわめきを鎮める。そして地面に伏せる囚人に対しいくつかの問いをかける。
「……お主、自らが犯した罪の重さを自覚しておるか?」
「知っているとも」
「ではなぜ禁呪を使った?」
「特に意味はねぇ。強いて言うなら前々から禁呪には興味があったことぐらいか」
淡々と受け答えを行うコーエンだが、その回答に反省の色は一切見られない。周りの魔導師はその危険性を確信し始め、早くも判決は決まりそうになる。後ろで聞いていた黒剛は顔には出さないものの焦りを感じていた。
――このままの回答だとまたデプス監獄に戻されるだけ。黒剛としては何とか会話に割り込みたいところであったが、下手すると情が移っているとされるだけで何の助けにもならなくなってしまう。
「……チッ、あの馬鹿少しは反省しているフリをしろ……」
舌打ちをしていら立ちを募らせている間にも、コーエンに対する尋問は続く。そして次で最後の質問となる。
「これが最後の質問じゃ。お主、黒剛ハクトの事をどう思うておる?」
何故か自分のことが質問され、黒剛は戸惑った。もしかしたらコーエンに信頼していると言わせることで監査官としての中立性を疑わせ、監獄に戻そうとでもいうのか。もしそうなってしまっては今までの自分の努力が全て水の泡となってしまう。黒剛は静かに右腕を後ろへとやり、小さく魔法陣を描き始める。
「あいつか。あいつは確かに俺の事をいろいろと考えて――」
「――暴発槍」
突如コーエンの背中に火を吹く槍が突き刺さる。槍は突き刺さると爆発を起こし、コーエンの背中を焼きつくす。
「がぁっ!?」
突如受けたダメージにより、コーエンはその場にバタリと倒れた。辺りでは別のざわめきが広がり、その矛先は黒剛へと向けられる。
「……三賢人ともあろう者が、一体どうなされたのかね?」
「いや、あまりのバカバカしさについ魔法を撃ってしまっただけだ」
黒剛はそこで中央広間へと出ると、倒れるコーエンの顔を思いっきり蹴とばした。辺りに血が飛び散り、その蹴りの容赦なさの演出に一役買っている。
「私を信用しているだと? 私はこのような恥さらしがこの魔法界にいることが恥ずかしくてたまらんわ」
三賢人のその頼れる言葉を聞いて、周りにいた魔導師は安堵の言葉を漏らす。しかし老人は黒剛の行動の真意を読み取ろうと問いを投げかける。
「……何故このようなことをなされたのじゃ」
「愚問だな。いくらコイツがこの都市に出ようが、私がいる限りこの都市に危害を出すことは無いということだ。それよりもまず『予言』通りにコイツを動かすことが優先じゃないのか?」
『予言』という言葉を使って巧みに老人から出所許可の言葉を引き出そうとする。老人は『予言』と聞いて、頭を悩ませ言葉を詰まらせる。
「うーむ……確かに『予言』ではこの男が必要とされておる。しかしこのように反省の色もなく、その性格が危険視されるのじゃが――」
「だから言っておるだろう。性格だとか、禁呪だとかはどうでもいい」
室温が急激に上がり、まるで燃え盛る家のなかにいるような感覚に陥らされる。呼吸をするたびに口の中にマッチ棒を放り込まれているかのように熱い。そして気づけば既に、建物の一部では自然発火が始まっている。それほどの熱力を以て、黒剛は強迫に近い説得にあたる。
「私が本気になればこの程度では済まない訳だが、それでも信用ならんかね?」
老人は目の前の賢人の圧倒的な実力にその不安を消し去られると、囚人の出所許可を快く許した。
「……確かに三賢人にかなうはずなど無いじゃろうな……よろしい、この者の出所を許可し――」
「そうか……俺を出す理由はそういう理由だったのか」
囚人がその顔をゆっくりと上げる。その目に明確な怒りの感情を表し、鎖に縛られ伏せていたその体を起こし始める。そのあり得ない状況に、コーエンという男の存在に対し監査室内は恐怖に包まれ始める。
それまで熱を上げてその場を支配していた黒剛はその後ろ姿に恐れ、一歩、また一歩と後ろに下がる。
「ふざけた事を……干物ジジイの予言など、いまだに信じていたとはな……」
鎖が腕を引きちぎらんと喰らい込む。しかしそんなことなどどうでもいいと言わんばかりにその場に片膝を立て、その場に立ちあがろうと力をこめ始める。
「……この俺を舐めるとはいい度胸ではないか……アァ!? 黒剛ハクト!! 貴様が三賢人だのお偉いクソ野郎になった事など、どうでもいい……だがこの俺がいつ貴様に劣ったとでもいうのか!! その口で答えてみろぉ!!」
縛鎖ははじけ飛び、囚人はその苦痛から解放される。
完全な力ずくによる術式の破壊。
魔法陣は完膚無きまでに破壊され、コーエンを囲んでいた術者共にダメージが降りかかる。術者はその口から血を噴き出し、次々とその場に倒れてゆく。
「貴様らが何人がかりで来ようがこの俺を止められる訳がない。俺が何のために肉体を鍛えていたのか、その意味を知らんのだからな」
コーエンは今まで縛り付けられていた体を、体操でもするかのように動かしつつ辺りを見回す。周りは術式を組んでいた魔導師の血だまりができており、文字通り血の池となっていた。そしてこの超危機的状況に一番震えていたのは黒剛自身であった。先ほどまで叩いていた大口の代償は、そのまま自分へと帰ってくることになるだろう。
コーエンは振り返る。自分を利用したことに憤怒し、黒剛へと一歩一歩近づいてくる。黒剛は声を震わせ、必死の言い訳をする。
「違うんだ……ボクはそんなつもりじゃ――」
「言い訳は聞きたくねぇ……」
コーエンはただゆっくりと黒剛に近づくだけである。しかしその姿に足腰が持たず、ハクトはその場にへたり込んでしまう。
「嫌だ……お願い…………許して……ください……」
まるで子供に退化しているかのように泣いて許しを請う。コーエンはすぐそばまで近づくと、黙ってその震える頭に手を置きこう述べた。
「…………これが最後だ。次は無ぇからな」
そう言ってそれ以上は怒ることもなくその場を立ち去ろうとその場に背を向ける。立ち去ろうとドアの前まで行くと、思い出したかのように老人の方を振り向く。
「こいつ等は解呪の反動を喰らって一時的に気絶しているだけだ。しばらくすれば起き上がるだろうよ」
老人はその言葉に異論を言う事などできず、ただ囚人の言葉にうなずくだけ。
「わ、分かった……」
「それともう一つ。俺に付く監査官は黒剛ハクトだ。それ以外の奴をつけたらぶち殺す」
出所前提で話は進んでいるが、もちろん異議ありなどという愚かなことを言いはしない。言おうものなら自分の命の危機となりかねない。
「しゅ、囚人、アダム・J・コーエンの出所を許可する……」
「それでいい。それでいいんだ」
満足げに言葉を残すと、うつむいたままのハクトを連れてその場を立ち去って行った。




