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全ての始まり

 ――あの日一つの集落が消えたのは、ある少女のせいであった。


 少女は自らの知的好奇心を満たすためにあることをしたのだ。


 そしてそのせいで一人の少年は禁呪を使わざるを得なくなってしまったのだ。


 ――そう、不老不死の禁呪『守護縛鎖(キュアー)』を。




「――そっちの方から来てくれるとはね、アダム=J=コーエン」


「――貴様、今ここに立っている事の意味が、分かっているのか」


 魔力を発してはいないものの、身に纏う殺意(オーラ)はその場にいる者を震え上がらせた。


「……え、えぇーと……コーエンさんとお知り合いで?」


「そうだよ? ただの知り合いだよ」


「俺は貴様と知り合いなどという生ぬるい間柄だとは思っていないがな」


 透き通るような白い肌をした少女は、ただコーエンの怒りを前にクスクスと笑うだけだった。


「――けどよかったじゃないの。あの時の私のおかげで、お望みの実験が成功して、その結果を知ることができて」


「このようなものを成功したとは言わん、単なる失敗だ。そしてあれは実験ではない。貴様の嗜好しこうを満たすだけの――単なる独りよがりだ!」


 そう言ってコーエンはわざと皆の前で自らの右手をへし折る。


「うわっ!? 痛っ!」


 反対側に向けられた右腕は、見ているだけの四賀にすら痛みを感じさせることができた。


 しかしその視覚から伝わる痛覚も、すぐに消え去ることになる。


「……え?」


 四賀の目の前で、折れた右腕がまるで時を戻すかのように修復されてゆく。


「……俺は貴様のせいで、死ねない体になってしまった。貴様と同じ、不死の肉体を手に入れてしまったのだ!」


 折れた筈の右腕は元に戻り、エメリアの細い首を掴みにかかる。


 だが――


「……やはりこのままでは、貴様に触れることはできんか」


 透け通るような白い肌では無く、エメリアは本当に透け通る肌の様である。コーエンの右腕は空を切り、エメリアの細い首を通過した。


「クスクス、分かっているならどうして試したんだい?」


「貴様と同じ、不死の身体なら触れることが可能だと思った。だが貴様について、分かったことがある」


 今度は何やら呪文を唱えだし、右腕に白い鎖が纏わりつく。


 それを見たエメリアは余裕のあるにやけた顔つきと変わって、眉間にしわを寄せ嫌悪するような表情を表に出す。


「……それは――ぐっ!?」


 今回は確実に、コーエンはエメリアの首を掴んでいた。


「……どうしてだい」


「今の貴様に肉体など存在しない。あの時、いや、あの時よりはるか前から貴様は霊体れいたいだったのだ」


「……そういう事かよ」


 異重擂輪(グラインドサークル)から解放され、エドワードは膝つきながら現状を把握した。


「あんたもこの女の被害者か」


「貴様、やはりその目が……」


「えっ、ど、どういう事ですか?」


 その場で理解が追い付いていないのは四賀だけであった。師匠修行の成果を見に現れたかと思えば会長を従わせようとし、そして今度はコーエンと知り合いだと言っている。


「師匠、一体――」


「いい加減察しが悪いね。あの男は禁呪――守護縛鎖(キュアー)を使っている。そして君もまた、禁呪を使わされているのだよ」


 そういうとするりとコーエンの手を抜け四賀の肉体に向けて、エメリアは自ら吸収されるかのように取り込まれていく。


「ッ! おいパーソン! さっさとそいつを拒絶しろ!!」


「へぇっ!? な、何が何だか――」


 四賀の肉体に、さらなる魔力が充填される。朱いドレスはドス黒くなり、溢れる炎が闇へと変貌する。


「――久しぶりだね、肉体を得るのは」


 その目つきは冷たいものとなり、四賀であったものが四賀ではなくなってゆく。


「あの時と同じだ。この娘も真実を知るはずも無く、君は同じ失敗を繰り返す」


 コーエンの故郷が火の海に沈んだ理由は、肉体を乗っ取る事ができる彼女が引き起こした巨大な実験にすぎなかった。


 ――そう、全てはあの時だった。




「――コーエン……」


 時はコーエン達の暮らす集落が焼け落ちたところまでさかのぼる。


 結晶化した少年の前で、少女は己の無力さを呪った。目の前で友人を見殺しにしたのだと。禁呪を使わせてしまったのだと。


 しかし今更後悔したからといって、少年が戻ってくることは無い。


 魔装師(デコレーター)も既に帰還しており、次に来るのは禁呪により結晶化した友人を回収する専門集団だ。


「……私のせいだ」


 ハクトは己の未熟さを呪った。興味本位にあの本を盗まなければよかったのだと。


「私は――」


「すまない。そこを退いてもらえないか」


 ハクトが気づいて後ろを振り向くと、一人の少女がそこには立っていた。


「お前は――」


 そこにはパーソンと魔法族(ソーサラー)の間柄を取り持とうと日々模索していた一人の少女の姿が映っていた。


「私のことは知っているよね?」


「……エメリア=クレイドル」


「そうだよ。パーソン側で唯一魔導師に歩み寄ることに成功した人だね」




 ――その昔、ある女医の家に一人の負傷した老人が運び込まれた。女は医学をかじっていたことから必死で直そうとしたが、それでも老人を治すことができなかった。


 なぜならば、そもそもパーソンの直す事の出来るか所では無かったからだ。


「……何だ、これは……?」


 普通の人間に生成されるはずのない内臓が、見えるはずのないものが、女には見えていた。


「これは……?」


 心臓とは違う。心臓に寄生するかのように青白い小さなもう一つの心臓がある。


 ――イデア器官。パーソンには無い魔法族(ソーサラー)だけが持つ内臓器官だ。


 それは魔法の素養があるもの――すなわち魔法族(ソーサラー)のみ見ることができるもの。であるにもかかわらず、パーソンである少女は本来見ることが出来ないものを、見ることが出来ている。


「……」


 医者としての知的好奇心がくすぐられた。始めて見る魔法族(ソーサラー)の肉体。そして今まで見たことの無かった内臓器官。


「……」


 ――実験を重ねてみよう。




 ――実験を重ねて分かったことがある。恐らく魔法族(ソーサラー)は普通のパーソンより五十年ほど長生きするだろう。そして魔法を使うのに必要な、魔法族のいう所の魔力の真実は――


「――これは、生命力の塊だ」


 生物を動かす命の力。それを蓄えてあるのがこのイデア器官だというのだ。

 

 この世界のどこかで生き物が生まれ、どこかで生きものが死ぬ。その瞬間に生命力の移り変わりが行われる。


 どんなに距離が遠くても、生命力の移動は一瞬。その移動を妨げ、取り込んでいるのがこのイデア器官なのだ。


 そして魔法も、唯の現象ではない。魔法の正体――それは生命力が形を変えたものだった。


「ならば、どうして人間には使えないのだ?」


 それは種としての変化。種として選ばれた魔法族(ソーサラー)にだけ与えられた特権。


「……」


 何故、人間(パーソン)には与えられなかったのだ。


 何故神は、不平等なことをしたのか。


「……」


 ――私は、もっと知りたい。




 ――その先にある何かを。




「パーソンの身でありながら、イデア器官を持っている……」


「そう、それは私に与えられた使命だと思っている」


 焼け落ちる町を背景に、エメリアはその小さな手をハクトへと差し出す。


「……は?」


「しばらくの間、私に手を貸してくれるかい?」


 その意味を、ハクトはよく理解していなかった。


「それってどういう――」


 そう言ったころにはもう遅かった。エメリアの肉体は霧状に霧散し、ハクトの体内へと侵入する。


「……ふう……これでいい。前々からこの子のイデア器官の許容量が気に入っていたのだ。後は魔法族を集めて実験場を作るだけ……」


 エメリアはその巨大な知的好奇心を満たすための下積みを、着々と進めていた。


「後はこの結晶体をどうするかだが……ん?」

 結晶体の内部から視線を感じる。それは戸惑いと、憤りが入り混じった視線。


「……なぁに、この娘をどうこうしようという訳じゃない。私が世界を動かすのを手伝ってもらうだけだ」


 しかし結晶内の存在から、許可を得ることはできない。


「煩(うるさ)いな。この集落をパーソンに見つけさせ、焼き払ったのも私だが何か文句でもあるのか? 貴様ら魔法族(ソーサラー)など私の実験道具に過ぎない。むしろこの壮大な実験に組みこまれる事への誉れをしっかりと噛みしめたまえ」


 ハクトの身体を乗っ取ったエメリアは、その場を去ってゆく。


「――さぁ、計画の発案者(デコイ)となるアビゲイルの所にでも行ってみるか」




「――貴様はあの時ハクトの身体を乗っ取り、魔法族(ソーサラー)を一か所に集めるための都市(トラップ)、ブラックアートの創設に携わった」


「そうだ。私は生命の神秘――その先を一端の医者として見届けたいだけだ」


「一端の生物にしては度を超えているがな!!」


 コーエンとエメリアは、互いに必殺の間合いであった。


「――炎刃葬射(ブレードストライク)!」


 強大な炎の剣がエメリアの周りに現れ、コーエンに向かって牙をむく。


「ホラホラホラァ! あらがって見せてよぉ!」


 剣は大地を裂き、地面を抉り返す。


「……ッ!」


 その一つ一つを、コーエンはその超常的な身体能力を駆使して回避していく。


「――オラァ!!」


 拳を前に突き出すも、エメリアはそれを回避する。


「その娘に関係無いだろう! さっさと出てこい!」


「おっと、それは嫌な事で」


「貴様がハクトの身体を使って、パーソンの肉体にイデア器官を生成する魔法を作り上げたのは知っているぞ!」


「よく勉強しているね。関心関心」


 コーエンは出所してから直ぐに情報収集にあたっていた。


 目を通していた本の中に、三賢人ブラック=ハードネスがイデア器官の生成に成功したと記載してある医学書があった。


 ――才能が無いパーソンでも、魔法が使えるようになる方法。


 その挿絵の女性を見て、コーエンはすぐに察したのだ。


「ブラック=ハードネス! 三賢人時代に貴様がハクトの身体を借りていたときの名前だろうが!」


「そう言えばそんなときもあったね。アビゲイルを操るのにも一苦労したよ」


 炎刃の次は竜巻がコーエンを襲う。


「――風がなびき嵐を呼ぶ。空はざわめき怒りを呼ぶ! ――針竜撃(ニードルトルネイド)!」

 鋭くとがった竜巻が、大地を引き裂いて突き進む。


「キャハハ、私はコーエンよりはるか前から魔法に携わってきたんだよ? 六百歳の若造がどうこうできる問題じゃ――」


「五月蠅いわ!!」


 コーエンの容赦ないボディブローが突き刺さる。四賀の身体はくの字に折り曲げられ、明らかに何かがへし折れる音がする。


「ごはっ!?」


「おっとぉ、それはまずいんじゃないか……?」


 エドワードは目の前で行われた容赦のない一撃の瞬間を見逃さなかった。


「……このからだ……私の……物では……ないのだぞ……」


「フン。知ったことではない。貴様を殺すためなら、俺はいくらでも犠牲を払おう」


 腕にしたたり落ちる血が、四賀の肉体的な死を意味したかと思ったが――


「――フフ、ところでさ、守護縛鎖(キュアー)って呪文、誰が開発したと思う?」


 エメリアが意味深に笑うと、四賀の貫かれた腹部が修復されてゆく――


守護縛鎖キュアーの完成形は肉体を捨て生命力のみで補う、正に霊体として不死の仮肉体を手に入れる事だったのさ!!」


 腹部を修復するだけにとどまらず、今度はコーエンの方へ浸食を始める。霊体としての浸食が、コーエンの身体を襲う。


「君も私の一部となれ!」


 右肩にまでその浸食が届こうとしたその時だった――


「――発火(イグナイト)!」


 火の粉が二人の間に割って入る。エメリアはすぐ後ろに下がり、体制を立て直しに入る。


「……コーエン……どうして黙っていたのさ……」


「知った所でどうする。どうせ貴様は、偽物の記憶を植え付けられていたのだろう。今更償う意味も無い」


「それでも――」


 コーエンは浸食されかけた右腕を引き抜き、エメリアから距離を取る。


「……ボクは少なくとも、パーソンとの間柄を取り繕うとしていたんだ。そしてコーエン、キミがエルフのお爺さんの家から持ち出した禁呪の書、その解析も進めていた筈なんだ」


「――という事は解析の失敗という嘘の記憶を刷り込まれ、恐らく肉体改造術を施されたな。でなければ貴様などとっくに死んでいるはずだからな」


「ぐっ……」


 ハクトは自分の身体から老いというものが消えた本当の理由を知った。それはただ、目の前の少女の自己満足のための手駒に過ぎなかったただけの事。


「……ボクも戦う」


「邪魔だ。貴様はあれに一度乗っ取られている。他に術を仕掛けられていてはたまらんからな」


「……その時は自害する覚悟もある」


「……フン」


 コーエンとハクトの共同戦線が張られたところで、エメリアは不敵に笑い始める。


「……ならば私も、手下を増やすとしようかな」


 エメリアが右手を振るったところで、エドワードに異変が生じる。


「……あァ……がっ……!?」


 エドワードは左目を抑え、その場にうずくまる。


「……くっそぉ、がっ……」


 ふらつく足元が、ハクトの方へと向かって行く。


「――天廊崩幻柱(ブラインドケイブ)!」


「――ッ!」


 光の柱が束になって、ハクトに襲い掛かる。ハクトはそれを寸分の所で回避し事態の分析を始める。

 

「詠唱破棄で、どういう――」


「ああ、まだ君には言ってなかったっけ? 私は君達が生まれる昔から、魔法の研究をしていたとね!」


 虚ろな目をしたエドワードは、再びハクトの方へと向かう。


「――集天裂光弾(ライトニングティアー)!」


 幾つもの光の球がハクトへと向かうが、それをハクトは一つ一つうち落とし、反撃に向かう。


 ハクトは教え子を救えなかったことに唇を強く噛み、そして贖罪の意味を込めて目の前の生徒を抑えるために戦う事を決意する。


「――暖かな日が地を照らし、空から来(きた)るは焔罰(えんばつ)の痛み ――楼火摩天楼(タワーオブブレイズ)!!」


 地面から火柱が連なり、それが幾つも現れてはエドワードの方へと向かう。


「……」


 エドワードはその場を素早く退き、体勢を立て直し次なる呪文を唱え始める。


「――おお、もはやこの世に未練もあるまい――」


 エドワードは両腕を大きく開き、天を仰ぐように空を見つめる。


「ッ!? それは――」


「――悔いも無い。抗いも無い。意味も無い。もはや我らは裁かれるのみの存在――」


 天と地とに、巨大な魔法陣が現れる。空には白き魔法陣。地には黒き魔法陣。そしてエドワードは祈るかのように両手を組む。


「――ならば受入れよう。裁きを!! ――天葬獄葬ヘブン・オア・ヘル!!」


 光と闇の門が顕現し、そこから力が溢れ始める。


「ゴアァァア!!」


 ――全てを破壊する闇と、全てを作りかえる光のせめぎ合いが始まった。



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