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小手調べ

「これは……」


 まるで学生の時を思い出させるような鼻につんとくる薬品の匂い。パーソンの世界では絶対に見る事の無い不思議な魔法生物の標本の数々。


 実験室で行われる授業の主な内容は薬草などによる魔法学と、錬金術の主に二つである。


 一年生最初の授業という事もあって学長として贔屓目ひいきめに見るのはまずいことだが、ハクトが翼竜のクラスの薬学の授業を見に来た時の事だった。


「……四賀さんがいない」


 コーエンとひと悶着あったことがよほど後を引いたのか、教室内に四賀の姿が無い。代わりに腕を組んで席に着き、教壇に立つ若い教師を睨みつけるコーエンの姿が映っている。


「……」


 今更授業中にずけずけと入っていってコーエンを叱ることもできない上、今はいなくなった生徒の行方を知ることが先だ。


「彼女のルームメイトは……」


 ――住良木だ。かのアーデルハイドの末裔が四賀のルームメイトだ。ハクトはそれがまた彼女のパーソンとしての劣等感を加速させてしまったのではないのかと恐れた。


「ボクの責任だ……彼女を……探さなきゃ」


 ハクトは黙ってその場を抜け、箒にまたがり下層部を捜索する事にした。




「――と、この手順で調合すれば、決して失敗などしない安全な実験です……」


 若い教師はコーエンから向けられる視線に恐々としながら授業を続けていた。


 もしかしたら自分が間違っているかもしれない、という強迫観念に駆られるほど睨まれ、いつもの様にスムーズに授業を進めることができなかった。


「で、では実験を開始してくだひゃい!」


 ついには噛む始末もあったが、周りの生徒は誰も笑う事も責めることも無かった。


「フン……」


 教師の情けなさに呆れたのか、コーエンはひとりでに実験を開始する。


「……おっちゃん、やってることが違うよ?」


「あのやり方では効率が悪い。俺の方法でやった方が手順も少なく簡単だ」


 そう言って黄色の実が付いた薬草を入れる前に軽く火でいぶし、葉をばらばらに砕いた後に他の薬品と混ぜはじめた。


「この木の実が付いた葉は軽く燻したほうが他の薬品と溶けやすい」


「そうなのか?」


「アーデルハイドの者ならこのくらい知っておけ。これをすればこの後の手順は全て省くことができる……完成だ」


 それは薬学の教師から見ても鮮やかな黄色の液体だった。今回教えたのは簡単な活力剤。それをコーエンは効率よくしかも純度を高くして完成させたのだ。


「おい教師。これを飲んでみろ」


「は、はい……ゴクッ……これは……!」


 それは今まで生徒が作ったものを味見してきた身としては初めての感覚だった。自分が作った完成品よりも元気が湧いてくるようであり、また力がこみ上げてくるようでもあった。


「これは素晴らしい! ぜひ私にレシピを!」


「だから最初に燻しただけだ。後は混ぜ潰すだけで完成だ」


「すごい……」


「お、俺様にも少し飲ませろ!」


「分かったから少しは落ち着け!」


 一人の大男の周りに人だかりができるというほほえましき光景を、ハクトは見ることができなかった。




「――一体どこに」


 街のあらゆるところを探しても見つからず、かといって裏路地を一つ一つ探していては時間がかかりすぎる。


 既に放課後に差し掛かり、例の特訓の時間にも差し掛かり始めている。


「今やってるのはエドくんと木在さんだっけ……」


 その次が住良木・テオドールのペア。そしてその後イルーナ・茶木下ペア。次に来るのはルーシャ・先崎ペア。そして最後に四賀とコーエンが来るように調節してあった。


「後二時間後……」


 学校にある大きな時計台を見て時刻を確認しつつも、ハクトは再び箒を飛ばすことにした。




「じゃあ始めっか」


「よろしくお願いしまーす!」


 木在が妙に張り切っているのは気味が悪いが、エドワードはその実力までも否定することは無かった。


「てかお前となら実戦形式でいいよな?」


「別にかまわないけど、どうかしたのかしら?」


「いや、お前とは一回本気で戦ってみたかっただけだ」


 意外な評価に対し、木在は喜ぶかと思いきや肩を落としてがっかりとする。


「ん? どうした?」


「いえ、いいの。ただ皆、そっちの方しか見てくれないのねとだけ思っただけ」


「……始めるぞ」


 エドワードは箒を構え、対する木在は素手のままだ。そしてたがいに先ほどまでの雰囲気とは変わって真剣になっている。


「……」


 詠唱を長くするか。破棄して次々と唱えるか。


 お互いの試案が渦巻く中、先に手を動かしたのは木在だった。

 

「――闇の片鱗よ、その異形を以て我が前に力を示せ! ――異重擂球アノーマルスフィア!」


 重力をつかさどる球体が木在の周りにいくつも現れる。


「行くわよぉ!」


 一つ一つが独自の意思を持つかのように、エドワードへと襲い掛かる。


「一つ当たっただけで防護陣プリヴェントなんて簡単に壊しちゃうわよぉ!」


「分かってるっつーの」


 そう言って何も言わずに箒の先から光の帯をだし、重力の球を一掃する。


「そう来ることは知ってたわぁ!」


 まるで予測できていたかのようであるが、どうやら木在にとっては小手調べでも、ウォーミングアップでもあるらしい。右手を前に突き出しさらなる詠唱を重ねる。


「――異形よ、変異し砕けろ ――『異重散鎗ヴァリアントジャベリン』」


「!?」


 エドワードのすぐ近くに来ていた球体一つ一つが棘となって弾ける。棘一つ一つが重力を持っており、防護陣プリヴェントに容赦なく穴を開ける。


「チッ! ――天光烈火ニンバス!」


 しかしエドワードとしてもただでやられる訳ではなかった。いつの間にか仕込んでおいたのか、木在の足元の白い魔法陣が輝きだし、光の矢を上に放つ。


「あらら!」


 数歩下がるもすでに遅く、同様に穴が開く始末となる、


「これで一回戦引き分けって事ね」


「まだ二回戦があるだろ?」


 そう言ってエドワードはまだコーエンに使った呪文を使っていない事を、本気でないことをアピールする。それを聞いて木在の闘争心にも火が付いたのか、にこりとただ笑い返す。


「良かったわぁ……アタシもまだ、本気を出してないのよねぇ……」


 ――木在の影から、無数の禍々しい黒い手が伸び始めた。



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