老人の知恵
「――というように、大怪鳥の羽、ハーピーの卵、グリフォンの嘴を混ぜ合わせた薬を使えば、お前たち人間とて羽を生やすことも可能じゃろう」
「それは興味深いな……」
「じゃろう? だが効果時間の方はそんなに長くは持たんから飲み続けながらの飛行となるがな」
大なべでグツグツと液体を煮詰める。その香りはお世辞にもいいにおいとはいえないが、買い出て気分が悪くなるものでもない。
家の中はとにかく散らかっており、本や謎の木の枝などが散乱する中コーエンとハクトは椅子に座り、老いたエルフはただ口伝によって二人に今日の授業内容を教えている。
「……」
コーエンが熱心にノートをとっているなか、ハクトは老人の言葉に相づちをうつ。老人は二人の真剣なさまを見て感心しながらも、次々と己が得てきた知識を二人へと伝授し始める。
そしてコーエンが一通りノートを取り終え、いつもの様に辺りをきょろきょろと見回し始めたところで老人は話を続ける。
「次に、畑を荒らすプチゴブリンを撃退する農薬についてじゃが――」
「……」
「……まったく……コーエン、またよそ見をしおってからに」
「おじいちゃん、あの本は前になかったよね?」
コーエンは常に老人が読んでいる本に興味があり、そこから借りていくことも多々あった。故に本棚に見慣れぬ本などがあるとすぐに見つけ出し、それを老人に訊くこともあったのだ。
「あの本前には無かったよね? あれ何の本?」
そして今回コーエンが指差す先にあるのは、真っ黒な本だった。本の背にタイトルが書かれておらず、装飾もされていない。
「…………あの本の事は訊くな」
老人は額に手を当て、自らが犯した失態を後悔していた。
「どうして?」
いつもの様に質問を投げかけるコーエンに対し、老人は声のトーンを落として静かに言葉を返す。
「……いいかコーエン。世のなかには知らない方がいいこともあるのだ」
知らない方がいいこととは何なのだろうか。コーエンは更に興味を持ったが老人に本を隠されてしまってはそれ以上の追及も出来なくなった。
「……はぁ、今日はここまでじゃ」
「どうして?」
「今日はそういう気分なのじゃ」
老人はいつもの様に授業を終えると冷凍の魔法陣で冷やしていた茶色の液体をカップに注ぎ、それを飲み始める。
「……いつも思うのだが、その『こーひー』とやらは美味しいのか?」
「お前さんらにはまだ早い」
「面白くないなぁ」
「面白い、という味があるならわしも味わってみたいもんじゃわい」
皮肉を言ってコーエンの気を本からそらしつつ、老人は次の話題へと入る。
「……お主たち、『禁呪』というものを知っておるか?」
「『禁呪』……」
コーエンがつばを飲み込むしぐさを、老人は見過ごさなかった。
「恐らくコーエンの方は知っておるようだな。勉強熱心なことだ」
老人はコーエンを褒めつつも恐れていた。
何故か。それは知らなくてもいいはずのものを、その勤勉さゆえに知っているのだから。
エルフの老人は一瞬言葉を溜めた後、次のように話し始めた。
「『禁呪』の定義として、第一に人体に極大の負担をかけてしまうものとある。魔力についてお前さんらにも話した通りだが、その魔力が暴走し最悪死に至ることもある。そしてもう一つは、倫理に反するものじゃ。死者を蘇らせたり、はたまた国を一つ滅ぼすだけの呪文が禁呪の中ではごく普通に存在している。そしてそれらは膨大な魔力を使うためかは知らんが精神をむしばみ人を狂わせる」
コーエンはその言葉を聞いて息をのんだ。普段学校で習う呪文ですら下手すれば危険に晒されてしまう。事実コーエンはハクトの発火のせいで何度も火傷をしているからだ。それが禁呪の世界ではかすり傷にすら値しないというのだ。
「コーエン、お前さんはよく勉強しておる。そしてさらなる知識を欲しておる。故にそこに禁呪のつけ入るすきがあるのじゃ」
「僕ですか……」
コーエンは自分が名指しで注意を受けていることに対し真摯に受け止めた。
自分が師事する者の言葉だ。心にとどめておく必要がある。
「――わかりました」
「よろしい。くれぐれも気を付けるがよい」
「はい……」
その日のコーエンはその忠告を胸に留めて授業を終えた。しかしそれはすぐに破られることになる。
――その原因となるのは、後に一人のパーソンがコーエンに深く関わってからだった。
「――ボクが言えるのはここまで。あんまり喋っちゃうとコーエンに怒られちゃうからさ」
「結局原因が判らず終いじゃないですか……」
「とにかくコーエンとパーソンの間には、深い溝があるんだよ」
その場をしんみりとさせつつも、学長は昔話を終えいつもの調子に戻る。しかしその話を聞いた四賀の心に一つだけ引っかかるものがあった。
「――一つだけ質問いいですか?」
四賀が恐るおそるその引っかかっているところを、吐き出すかのようにゆっくりと訊く。
「それってもしかして、コーエンさんが禁呪を使った事になるんですか……?」
ハクトはしばらく黙った後、自分が今まで話したことを復唱するかのようにこういった。
「……世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
「それってもしかして――」
そこまで言ったところで四賀の喉元に杖がつきつけられる。
「……ボクはあくまで生徒が第一だ。それを分かった上で黙っていてくれるとありがたい」
四賀はそれ以上の詮索をあきらめると同時に、これを聞かされた自分が何か大きなことに巻き込まれる予感も感じた。




