魔力対暴力
それは魔法史上まだ誰も見たことが無いであろう、守護縛鎖による『魂の縛鎖』を、身に纏うという行為だった。
「……コーエン、一体どういう事をしたのだよ?」
ハクトはあまりの混乱ぶりに、仕事モードと口調が入り混じってしまう。そしてドラウグルスも、自分の知らない魔法体系を見て唖然としていた。
「バ、バカな……我は知らんぞ、そのような魔法など!」
「知る訳が無いだろうが、たわけが」
自らに纏わりつく鎖を見たコーエンは、実験成功と言わんばかりに右手に絡みついた鎖を掲げる。
「まあいい、とりあえずは第一段階成功だ……『縛鎖』の実体化はできた。後は貴様を殴り倒すだけだ」
当の本人しか確認できないことを確認し終えると、コーエンは改めてドラウグルスの方を向く。
「丁度いい。貴様で試させてもらおうか」
先ほどから挑発を連発するコーエンに対し、ドラウグルスも改めて戦闘態勢を取る。
「先ほどから擂輪縛撃を抜け出したりと、ふざけた真似をしおって、もう許さんぞ!」
重力の輪を複数携え、ドラウグルスは激昂する。ハクトもその様子に加勢しようとするが、コーエンはそれを許さない。
「どうしてさ! あいつは唯でさえ魔力消費が激しい擂輪縛撃を、いくつも従えている! 流石のコーエンだって――」
「俺を前にして、魔力という軟弱なものにすがること自体が愚かなのだ」
コーエンはそういうと、猪突猛進にドラウグルスへと突っ込んでゆく。
「愚かなのは貴様の方だ!」
もちろん懐に入り込もうとするのを、ドラウグルスがやすやすと許すわけが無い。すぐに重力の輪がコーエンへと向かって行き、その手足を引きちぎらんと喰らいかかる。
「無駄だぁ!!」
両手足を掴もうとする輪は、コーエンに当たったそばから砕けては消えてゆく。
そしてそれはまるで、呪文が解呪されるのと似たようだった。
「なっ!? バカなっ!? 詠唱破棄してあるはずだから、解呪は不可能――」
「だぁから貴様は愚かなのだぁ!!」
胸部に一発。それはまるで攻城兵器を撃ち付けるような打撃であり、魔法では中々味わえない痛みをくれる。
続けて腹部に鎖が巻きつかれたニーキック。その二発を前に、ドラウグルスは無様にも地に伏そうとする。
「ごっ――」
「――これで終わりと思ったか?」
地に伏せる顔の横で、コーエンもまた体をかがめていた。右腕を大きくそらせ、それがこれから渾身の一撃を与えることを示す。
「この――愚か者がッ!!」
止めの一撃、顎への掌底。
強制的に突き上げられた顔に意識などあるはずも無く、ただ体を仰け反らせてその場に倒れるのみ。
「す、すごい……」
「どうだ? これが魔法を使わない戦い方だ」
「ていうより、人間ってここまでバウンドするもんなんだ……」
ハクトは目の前で繰り広げられた人間離れした技に、ただただ絶句した。
「試験運転は成功だ。これで改良型守護縛鎖は完成だ。後で貴様に詳しく教えてやろう。その仕組みを」
その言葉と同時にコーエンの身体に纏わりつく鎖は消え、残ったのはいつもの筋骨隆々な肉体のみ。
「……と、とりあえずドラウグルスは倒したんだね」
「ああ。後は拘束呪文できちんと拘束しておけ――」
「ゲヒャ、ゲヒャヒャ……」
それが断末魔なのか、ドラウグルスは再び老衰し元の姿へと戻ってゆく。
コーエンはそれをすでに興味を無くした顔で見下し、そして手に握られていた大杖を蹴り飛ばす。
「最後の抵抗でもしようとしたのか?」
「ゲヒャヒャ、もうわしの役目は十分果たした……闇に堕ちる候補も見つけた……」
「先崎なら、私がそうはさせんぞ」
「ゲヒャ、それは本人が決める事じゃ……」
そういうと粉になるかのように、足元から風になびいて消えてゆく。
それはドラウグルスの、最期の瞬間。誰もがそう感じていた。
「ゲヒャ、最期に……あの忌々しい会長の顔でも、拝んでいくか――」
そう言って、口元まで来た死を前に、笑みを浮かべる。
「! まずい!」
ハクトはその瞬間気づいた。これは自らただ死に逝くのではない。最期の呪いを掛けに行くのだと。
「もう遅い――魂贄呪!」
黒い魂だけが高速で空へと延びて行き、その後ある方向へと向かう。
「コーエン!」
「分かっている。魂贄呪などという古い禁呪の存在を、俺も忘れかけていた!」
コーエンはすぐさまハクトの箒に乗りかかり、ハクト達もまたその黒い魂を追うため空へと飛び立つ。
「あれを受けると色々とまずいぞ」
「分かっている! だから私もこうやって追っているのだ!」
ここから先は時間との勝負となる。先に魂に追いつくのが先か、ドラウグルスの悲願が達成されるのが先か。
――決死の追いかけっこが始まった。




