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六百六十六年

「――この道で間違いはないよね?」


「はい。この先に、例の囚人がいると思われます」


 男性の冷たい義務的な声が暗闇に響く。深夜零時――魔法省直下であるデプス監獄。その最下層である第九層に彼女らはいた。一人はぴっちりとスーツを着こなしている背の高い看守。女性の方は手元に大きな杖を携え、清潔さを感じさせるような真っ白な服を身にまとい、眼鏡の奥ではこの場に合わないようなニコニコとした笑みを浮かべている。この何とも対照的な二人が、監獄内の長い廊下を歩いている。


 このデプス監獄最下層に光という概念は無いと言われ、その噂通りもはや月の光すら届くことは無く、深淵と言った方が正しかった。 


 看守と女性は頼りないランタンの光で照らしつつ足を進める。ランタンで照らされた女性の髪は深い青色に染まっており、表面上はニコニコしている女性の、その内面ではどこか怯えている様を表しているようでもあった。


 どこを照らしても寂れた様子で長年ここに人の出入りなど無かった事が伺える。光に怯えて走り回るネズミの姿がこの場の寂しさを助長させる。


「お言葉ですがハクト様。本当に例の囚人は生きておられるのでしょうか? 私はとうの昔に朽ちていると思うのですが」


 看守からハクトと呼ばれたこの女性はわからないと言わんばかりに肩をすくめる。


「さぁ? ボクとしても彼が生きているとは思えない。思いたくもないさ。だけど刑期は過ぎたんだし、一応彼の知り合いとして顔も出しとかないとね」


 軽い調子でハクトは言葉を返していると、いつの間にか広い広場へと二人は立っていた。


「ここでございます」


 ハクト達二人の前にあるのは巨大な門。その全貌は見えず、真っ黒に塗りたくられている。扉全体に大きな鎖が這いまわり、その鎖自身も小さな鎖によって縛られている。まるで門に張られた巨大なクモの巣の様であった。 そして小さな鎖にも術式が仕組まれているなど二重三重の防護を敷いている。


 それが中にいる者の危険性を知らしめているのは明らかであった。はたしてなかに閉じ込められているのは古くから伝承されている古の怪物か、はたまた世界を地獄へと変えるべく遣われた魔人か。その問いに答える事無くただ静かに門は鎮座する。


 看守が今まで見たことが無かった門の存在に恐れおののいていると、ハクトが今までなかったような真剣な声色で看守にささやく。


「いいかい? ここにいるのは殺戮の魔人だとか、地下室に封印された恐怖の化け物なんてたぐいじゃない。だけどね、そんなものが些細なものに見えるほどに最悪な罪を犯した男がいるんだよ。いま彼のご機嫌は超ななめだと思うから、死にたくなかったら対応に注意してね。殺されちゃうから」


 看守はその言葉に怯え、震える手でポケットから大きなカギを取り出す。そして全ての鎖を繋ぎとめている巨大な南京錠へと突き刺そうとするが、手が震えるためうまく穴にはいらない。


「しょうがないなぁ」


 ハクトは門の中心についている南京錠へと難なく差し込みカギを回すと、門の鎖がシャリン、と音を立てる。その後次々と連動して鎖が動きだし、鎖と鎖がぶつかりこすれることで金属音のオーケストラが開催される。即興の雑な演奏に二人は耳を塞ぎ、その演奏が終わるのをただひたすらに待つ。


 ひとしきり演奏が終わると、獣のうなり声のような音を立てて門は上へと上がっていく。そしてその先では、真っ暗な闇が口を開いて待っていた。


「さあ、行こうか」


 さっさとなかへと突き進んでゆくハクトを見て、あわてて看守は後を追っていった。なかに入ると一切の光もなく、ランタンの光すらも呑み込まれそうなほどの闇を形成していた。ほとんど手探りの状況で壁にすら当たらずに進んでいく様は、終わりなき深淵をさまよう愚かな探索者とでもいうべきか。


「じゃあ、ボクはあっちを探すから、看守さんは反対側をよろしく!」


「え、でも――」


「大丈夫だって! 向こうもいきなり殺しにはかからないと思うから」


 無責任な言葉を残してハクトは闇のなかへと消えていく。看守はランタンを持つ手を震わせ、一歩一歩を踏みしめる。このまま長引くかと思われた捜索は、意外な形で結末を迎えることとなる。


「――もう刑期は終わりか?」


 威圧的な男の声が、すぐ後ろから聞こえる。看守はその声に恐怖し、振り向くことはできない。


「なんか言わねぇと俺も分かんねぇじゃねぇか。さっさと要件を言え」


 看守と囚人。立場はこっちが上のはずであるにもかかわらず、その威圧的な声に逆らうことができない。看守は声を震わせ、助けを呼ぶ声を絞り出す。


「ハ、ハクト様! た、助けてください!!」


「何? ハクトと言ったか貴様!」

「ひええぇー!」

 後ろの声に驚愕と攻撃性が混じる。看守はそのあまりのプレッシャーを受けその場に気絶し倒れる。


「どうしたんだい!?」


 ハクトは声を聞きつけ急いで駆け付ける。見ると床に落ちたランタンが、倒れる看守とその近くに立つ大男の姿を照らし上げている。


 およそ先ほどの看守を余裕で超す二メートル越えの身長。丸太のような太さで、自らの体重をしっかりと支える足。見事な逆三角形を作り出すその美しきボディ。そしてひと目だけだと鉄球が付いているかの様に見える大きな手と、それを支える規格外の太さの腕。無精ひげは伸び放題となっており、髪など男の腰元まで伸びている。


「――あれ?」


 ハクトはそこで足を止め、疑問が浮かび首を傾げる。目の前に立っている男は自分が知っているはずの男とは違う。そもそも刑期が六百六十六年のこの男が、監獄内の少ない食事でこのようなボディビルダーになれるはずもない。


「……キミは……誰……かな?」


 ハクトはおそるおそるその正体を聞く。もちろん杖に燃え盛る火を灯し、警戒を怠っていない。もし別の囚人だったりした場合、再び取り押さえなおさなければならないからだ。


「クックック……ハァーハッハッハァッ!!」


 男は問いを大声で笑い飛ばし、とぼけた旧友に対し言葉を交わす。


黒剛こくごうハクト……貴様も随分変わったようだな……」


 自分のことを知っているということは、やはり目の前の人物は例の囚人だという事が分かってくる。


「俺の名を忘れたとはな……バカも休み休み言ったらどうだ!?」


 溢れる威圧をまき散らし、その男は一歩一歩と黒剛ハクトの方へ足を進める。


「やっぱりキミは――」


「俺の名はコーエン!! アダム・J・コーエンだ!!」




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