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ドアマットヒロインにすらなれないアタシは、うつくしい壺になりたかった。  作者: マンムート


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10 ほんとうの裸のアタシを抱きしめて

 彼の声は震えていた。


 ふざけてるんでも、冗談でもないってわかってしまう。


 アタシは言葉に詰まった。


 へらへらした笑いの仮面が、剥がれてしまいそうだ。



「それは、そのムリ。ムリだってば。アタシ、売れっ子だからさっ、その、アレだ。アタシがいなくなったら、常連さんたちがみんな、世をはかなんじゃうよ」



 言葉がつかえる。


 うまく言えない。


 精一杯ひねくりだしてひどい言い訳。


 アタシがいなくなったって誰も哀しまない。


 別の娼婦にのりかえるだけだ。


 でも、そんな奴らはどうでもいい。



「ボクは、その……キミが、ボクの、ボクが美術とか建物とか風景とか、そういう、きれいなものについて話した時、聞いている時の目が、キラキラしてるのが、その、すっ好きなんだ」


「!」


 息が止まるかと思った。


 アタシの気持ちが、伝わってた。


「だから、その、話だけじゃなくて、ほんものを、キミに、見せたかったんだ。ずっと、ずっと前から」


 彼の声だけじゃない、身体も震えていた。


「だ、だけど。ボクは、しがない骨董商で、冴えないオトコで、キミから見れば、きっと頼りないアマちゃんで。だから、精一杯生きてるキミがまぶしくて。なのに、ボクの話を聞くだけで、あんなに目を輝かせるのが、せつなくて、たまらなかった」


 アタシは、どうすればいいか判らなかった。


 バカじゃないアンタ、あれだって演技。アンタは娼婦の安っぽい手練手管に騙されてるマヌケ。


 そう言えばいい、そう言わなきゃいけない。


 断らなきゃいけない。


 アタシには、あの娼館に、すごい借金があって。


 だから、連れだしたら、彼はお尋ね者になってしまう。


 わかってる。でも。


 それでも一緒に行きたい。


 だめ。それはだめ。


 アタシは、なんとか言葉を口に出した。


「な、なにを言ってるんだか。バカじゃないの。アンタは金を払ってるお客で、アタシは娼婦なんだから。話を聞いてるふりくらいするよ! アンタの、つまんない話だって!」


 自分の言葉に、胸が締め付けられる。


 彼に嫌われる。


 いやな、女だって。


 安っぽい、うそまみれの、女だって。


 イヤだ。でも。


 これしかないんだ。


 こうするしか、ないんだ。


 実際、アタシは、あの娼館で一番どうでもいい娼婦で、安い娼婦なんだもの。


 やせっぽちで、ガリガリで、肌も傷だらけの、粗悪品。


 アタシは、さばさばした口調で、


「ま、でも、わざわざ迎えに来てくれて、ありがと。もしよければ、娼館まで送ってよ」


 言えた。


 安っぽくて、すれっからしの、男をもてあそぶ娼婦の口調。



 今までで、最高の演技。



 だけど、それを。


 生まれてはじめて、アタシを、アタシだけを見てくれて、求めてくれた相手に使うなんて最悪――



「ちがう。ボクにはわかる」


「ははっ。あんたみたいな、甘ちゃんの、童貞に――」


「小さい頃から、うつくしいものを見せられてきた。親父はしがない骨董商で、大したものは扱ってなかったけど、それでも、折に触れて、ボクに、きれいなものうつくしいものを見せようとしてくれた。だから、うつくしいものを見る目と、偽物を見分けることに関してだけは、自信がある」


 彼はアタシの目を見た。


 だめ。


 うすっぺらいアタシのウソが――


「ボクの話を聞いてる時、キミは……キミはほんとうに楽しそうで、目がキラキラしてた。それが、どんなものより、きれいだった。偽物じゃなかった」


 見抜かれてる。


 だめ。


 どうしよう。息が苦しい。


 演技とかできない。


 ほんとうに裸のアタシ、心の底まで裸にされたアタシが、見られている。


 だけど。


 ここで、うなずくわけにはいかない。


 アタシのロクでもない人生に、彼を巻き込んでしまう。


 

 ああ、アタシは本当に彼が好きなんだ。


 だって、自分のことよか、目の前の男が、ひどい目にあうのばかりを恐れている。


 自分よりも彼の方を心配している。



 ただの客だったはずなのに。


 常連の中では、一番マシというだけのはずだったのに。


 変態でカッコよくなくて、短足で、お金持ちってわけでもない。


 なのに。


 もし、ここで、抱きしめられでもしたら、きっと、アタシは――



「なら抱きしめてよ」


 あ、アタシ、何を言ってるの!?


 でも、そうしてもらえたら――


「え、どうして急に」


「い、いいから、そうしてよ! アタシのカラダ中をなめまわしてるんだから、それに比べればぜんぜん簡単でしょう!」


 彼がツバを飲み込む音が、妙に大きく聞こえた。


 恐る恐る、という風に、彼の腕がアタシを抱きしめた。



 たくましくなくて、こんなで、重い壺とか動かせるんだろうか。


 でも、あたたかい。


 今までの、どんな男に抱かれも、ただただイヤなだけだったのに。


 ただ抱きしめられただけで。


 こんなに、しあわせ。


 泣いてしまいそうになる。


 さっきから、泣いてばかりいる。


 こんなに簡単に泣くんじゃ、やっぱりアタシは大した娼婦にはなれない。



 不意に、恥ずかしさがこみあげてくる。


 こんな風に抱きしめられたら、アタシのガリガリに痩せて骨ばった体の貧相さや、巡察官どもに何日ももてあそばれて洗っていない体のにおいに気づかれたろうって。


 百年の恋もさめるようなみすぼらしさ。


 恐る恐る顔をあげると、彼の顔には、軽蔑も失望も嫌悪もなかった。


 ただただ真っ赤だった。


 ぎゅっと目をつぶってアタシを抱きしめていた。


 心臓がすごい速さで脈打っているのが、伝わってくる。


 ああ、この人は、必死にアタシを求めてくれたんだ。


 愛しさがこみあげてくる。


 目の前にくちびるがあった。


 荒れたくちびる。手入れなんかしていないだろう。


 でも、アタシは、そっと顔を近づけて。



 キスした。



「!」


 彼が更に真っ赤になった。


 でも、離そうとはしなかった。それどころか、もっとギュッと抱きしめられた。



 今まで、何度もキスをしてきた。


 無理やり、お金を貰って、サービスで。


 ただそれだけのはずだった。


 くちびるの粘膜同士を、接触させているだけの行為。



 だけど、これはちがうものだった。



 どれくらいそうしていただろう。



 そっと離れて、


「いいよ……アンタについていく……」


 言ってはいけないのに、言ってしまった。


「ううん、ついて、いかせて……なんでも、するから」

 

 自分から弱みをみせるなんて、バカのやることなのに。


 でも、このひとになら、ぜんぶ見せてもいい。


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