11 カッコよくないはずなのに。
ロバの引く馬車は、ゆっくりと動き出した。
御者台に座った彼の背中に、
「隣に、座ってもいい?」
「ここは濡れるぞ」
「隣にいたいの」
アタシは、ガタガタと揺れる荷台を歩いて、彼の隣へ座った。
そっと肩を寄せて見た。
彼はこばまなかった。
触れ合った肩から、体温を感じていると、とても安心する。
視界を、雨に染まった町が、ゆっくりと流れていく。
だけど、じわじわと心を浸してくる後ろめたさもあった。
このまま彼についていったら、娼館への借金は踏み倒すことになる。
そうなったら、アタシのせいで彼もお尋ね者にしてしまうかも……。
馬車は、娼館があるほうへは向かわず、港の方へと向かっている。
潮風のにおいがする。
娼館だと、風向きのせいで、年に数回しか嗅げない香り。
アタシに優しくしてくれた姐さんのひとりが、異国生まれで、彼女が教えてくれたんだ。
これが潮の、海の香りだって。
もしかしたら海が見れるかもしれない。
本当にアタシを連れて行ってくれるんだ……。
胸の奥が、きゅん、とする。
でも、アタシの借金があのままで、本当にいいの?
しあわせすぎる現実を実感させられればさせられるほど、心配がぶりかえしてくる。
このひとを。
アタシをちゃんと見てくれていたこの人を、巻添えにしてしまっていいの?
アタシは隣の少し高いところにある横顔を見上げた。
どうしよう。カッコよくないはずなのに、カッコよくみえる。
離れたくない。
アタシが迷いを抱えたまま、馬車は止まった。
目の前には立派なホテルがあった。
宮殿みたいに見えた。
「出発は明日だ。今晩はここで泊まる」
「え……」
どうしよう。
アタシ、こんな安っぽい格好で、びしょびしょのままで。
「と、泊まれないよ。こんなところ……」
「部屋はとってあるから、大丈夫だ」
「そういう、ことじゃなくて」
アタシは自分の体に視線を落とした。
安いうすっぺらいドレス。
しかもびしょびしょで、痩せてガリガリのカラダにぴったりと貼り付いている。
ちょっと見られたら、下着をつけていないことまでバレてしまうだろう。
「わ、悪い、気が付かなくて。こういうところだよな……」
彼は自分の上着を脱ぐと、アタシの肩からかけてくれた。
アタシ、大切にされている……。
「で、でも、濡れちゃうよ、アタシのカラダびしょびしょで……」
「着替えも用意しておかなかったボクがぬかってたんだ。気にしないでくれ」
大きな上着は、アタシをすっぱりと守ってくれるみたいだ。
彼のにおいがする。
「大丈夫だ。何も心配いらない」
ロバ車を車寄せへ入れると、赤と白の立派な制服を着た従業員が駆け寄って来る。
「お帰りなさいませ」
従業員は、アタシをチラッと見たが、何も言わなかった。
彼は慣れた口調で、
「彼女は、ボクの大事なつれだ。余り人目には触れさせたくない」
「承知いたしました。では、こちらへ」
ロバ車から降りる時、彼はそっと手をとってくれた。
アタシ、お姫様みたい、と思った。
案内されて、裏口へ。階段を3階まで昇る。
従業員は、先に立って、アタシが誰にも見られないように、見張ってくれているらしい。
そのまま、部屋へ案内されて。
彼がチップを気前よく払うと、従業員は音もなく立ち去り。
ふたりきりになった。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
ホテルの部屋は、絵本の挿絵で見た、お姫様の部屋みたいで。
娼館で客を相手にするケバケバしい部屋とは比較にならない。
ベッドだけは娼館のより小さかったけど、それはそういう目的専用の部屋じゃないからで。
何もかもが、アタシが生きて来た世界とはちがう。
大きなカバンが幾つか置いてあるのは、旅の準備だろうか。
じゃあ、あの箱は?
「服を着替えないと風邪をひくよ。用意してあるから」
「え……」
彼は、アタシがちょっと気になった大きな箱をあけた。
「何が好みか判らなかったから……サイズだけ言って店員にみつくろってもらったんだ」
何着かのワンピースが入っていた。
か、かわいい……。
男の目を楽しませるためだけの、ぺらぺらなドレスと全然ちがう。
こんなステキなのをアタシが着て、いいの……?
戸惑いをこめて目で尋ねると、
「全部、キミのものだ。着替えが終わったら呼んで」
アタシがなにか言うより先に、彼は隣の部屋へ引っ込んでしまった。
かわいい服とアタシが残された。




