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ドアマットヒロインにすらなれないアタシは、うつくしい壺になりたかった。  作者: マンムート


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11/21

11 カッコよくないはずなのに。

 ロバの引く馬車は、ゆっくりと動き出した。


 御者台に座った彼の背中に、


「隣に、座ってもいい?」


「ここは濡れるぞ」


「隣にいたいの」


 アタシは、ガタガタと揺れる荷台を歩いて、彼の隣へ座った。


 そっと肩を寄せて見た。


 彼はこばまなかった。


 触れ合った肩から、体温を感じていると、とても安心する。



 視界を、雨に染まった町が、ゆっくりと流れていく。




 だけど、じわじわと心を浸してくる後ろめたさもあった。


 このまま彼についていったら、娼館への借金は踏み倒すことになる。


 そうなったら、アタシのせいで彼もお尋ね者にしてしまうかも……。



 馬車は、娼館があるほうへは向かわず、港の方へと向かっている。


 潮風のにおいがする。


 娼館だと、風向きのせいで、年に数回しか嗅げない香り。


 アタシに優しくしてくれた姐さんのひとりが、異国生まれで、彼女が教えてくれたんだ。


 これが潮の、海の香りだって。



 もしかしたら海が見れるかもしれない。


 本当にアタシを連れて行ってくれるんだ……。


 胸の奥が、きゅん、とする。



 でも、アタシの借金があのままで、本当にいいの?


 しあわせすぎる現実を実感させられればさせられるほど、心配がぶりかえしてくる。


 このひとを。


 アタシをちゃんと見てくれていたこの人を、巻添えにしてしまっていいの? 


 アタシは隣の少し高いところにある横顔を見上げた。


 どうしよう。カッコよくないはずなのに、カッコよくみえる。


 離れたくない。



 アタシが迷いを抱えたまま、馬車は止まった。


 目の前には立派なホテルがあった。


 宮殿みたいに見えた。



「出発は明日だ。今晩はここで泊まる」 


「え……」


 どうしよう。


 アタシ、こんな安っぽい格好で、びしょびしょのままで。


「と、泊まれないよ。こんなところ……」


「部屋はとってあるから、大丈夫だ」


「そういう、ことじゃなくて」


 アタシは自分の体に視線を落とした。


 安いうすっぺらいドレス。


 しかもびしょびしょで、痩せてガリガリのカラダにぴったりと貼り付いている。


 ちょっと見られたら、下着をつけていないことまでバレてしまうだろう。


「わ、悪い、気が付かなくて。こういうところだよな……」


 彼は自分の上着を脱ぐと、アタシの肩からかけてくれた。


 アタシ、大切にされている……。


「で、でも、濡れちゃうよ、アタシのカラダびしょびしょで……」


「着替えも用意しておかなかったボクがぬかってたんだ。気にしないでくれ」


 大きな上着は、アタシをすっぱりと守ってくれるみたいだ。


 彼のにおいがする。


「大丈夫だ。何も心配いらない」



 ロバ車を車寄せへ入れると、赤と白の立派な制服を着た従業員が駆け寄って来る。


「お帰りなさいませ」


 従業員は、アタシをチラッと見たが、何も言わなかった。


 彼は慣れた口調で、


「彼女は、ボクの大事なつれだ。余り人目には触れさせたくない」


「承知いたしました。では、こちらへ」


 ロバ車から降りる時、彼はそっと手をとってくれた。


 アタシ、お姫様みたい、と思った。


 案内されて、裏口へ。階段を3階まで昇る。


 従業員は、先に立って、アタシが誰にも見られないように、見張ってくれているらしい。


 そのまま、部屋へ案内されて。


 彼がチップを気前よく払うと、従業員は音もなく立ち去り。



 ふたりきりになった。


「わぁ……」


 思わず声が漏れる。


 ホテルの部屋は、絵本の挿絵で見た、お姫様の部屋みたいで。


 娼館で客を相手にするケバケバしい部屋とは比較にならない。


 ベッドだけは娼館のより小さかったけど、それはそういう目的専用の部屋じゃないからで。


 何もかもが、アタシが生きて来た世界とはちがう。


 大きなカバンが幾つか置いてあるのは、旅の準備だろうか。



 じゃあ、あの箱は?



「服を着替えないと風邪をひくよ。用意してあるから」


「え……」


 彼は、アタシがちょっと気になった大きな箱をあけた。


「何が好みか判らなかったから……サイズだけ言って店員にみつくろってもらったんだ」



 何着かのワンピースが入っていた。



 か、かわいい……。


 男の目を楽しませるためだけの、ぺらぺらなドレスと全然ちがう。



 こんなステキなのをアタシが着て、いいの……?


 戸惑いをこめて目で尋ねると、



「全部、キミのものだ。着替えが終わったら呼んで」



 アタシがなにか言うより先に、彼は隣の部屋へ引っ込んでしまった。



 かわいい服とアタシが残された。





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