弐:前世の景色
私は、背後に控えていた三人の魔術師団長候補を振り返った。
「……予言についての話は以上だけど、質問はある?」
私の言葉に、テレージアがすっと手を挙げた。
「予言者が予言を行う時間や場所なんかはわかっているのでしょうか?」
「リベラグロの港町バモスということしか……」
リオネルが首を横に振る。
予言者はリベラグロ王国の町に現れたということで、ラシェルたちを待つ間に、クロヴィスがリベラグロ国王であるアルバートに連絡を取って聞いてみたが、彼は何も知らないと言っていた。
バモスとリベラグロの王都は距離があるため、知らなくても不思議はない。
逆に、自国内でそんな予言をする不届き者が現れたら普通は即座に対処するはずだ。
バモスの領主である地方貴族が、偶然アビエテアグロ公国のパーティーに出席したから、予言の噂がリオネルの耳にも入っただけのことなのだ。
「……で、どうする? まずは全員でバモスに行ってみるか?」
クロヴィスが私を見る。
「そうね……でも、行ったところで姿を隠されたら意味がないし……」
そんな予言をした直後に私とクロヴィスだけでなく魔術師団員が姿を見せたら、流石に予言者も自分を捕らえに来たと思って身を隠すに違いない。遮蔽魔術を使われていたら探すのも難儀するだろう。
「バラバラで転移して行くとか?」
「帝都からバモスまで転移できるのか?」
バモスは、帝都から見ると神殿の五倍くらいの距離がある。
とても並の魔術師では転移できないし、クロヴィスでも時間をおかなければ往復は厳しいんじゃないだろうか。
オロチならなんてことなさそうだけど、それでも何度も往復すれば膨大な魔力を消費することになってしまう。
「バモスの少し手前までまとめて転移して、そこから遮蔽魔術を掛け、二人ずつに別れていくのが良いかしらね」
私とオロチとガリューがそれぞれ候補者に付き添う形、もしくはオロチに分身を出してもらってそれぞれについてもらえば、各々が予言者を探せて効率もいいんじゃないだろうか。
それならクロヴィスが同行しなくてもいいし。
何しろ、今日の分は片付けたといはいえ、新婚旅行と東端調査の影響で、後回しにされていた書類がまだまだ山のようにあるのだ。
「……あの、私も行ったら駄目でしょうか?」
ラシェルがすっと手を挙げる。
「ええ? ラシェルが?」
「聖女様のことを侮辱するような予言をした予言者を、野放しにしておけませんから」
強く頷く彼女に、オスカーが呆れた様子で嘆息した。
「一年前まで敵国だったリベラグロの田舎町なんかに、学生一人で行かせられる訳がないだろう」
彼からしたら「行かせたくない」のが本音だろう。
しかし、彼には申し訳ないが、私はラシェルの実力を、もっと確かめたいと思っている。
実際、彼女の探知魔術の精度は群を抜いている。来てくれるなら何かと心強い。
「……それなら、お願いしようかしら。クロヴィスは公務が山積みだし」
私がそう口にした瞬間、クロヴィスとオスカーがぎょっとした。
「アリス、お前が行くなら俺も行くぞっ?」
「アリス様、流石にそれは……」
クロヴィスは私が危ないことに単独で首を突っ込むことを極端に嫌がる。
まぁ、それは私が過去に色々失敗して危ない目に遭っているからに他ならないんだけど。
「クロヴィス、新婚旅行とこないだの東端調査のせいで、公務が山積みなんでしょう? 今日の分は何とか片付けたけど、これでまた何日も城を空けるのはよくないわよ」
私が告げると、クロヴィスがぐ、と言葉を詰まらせる。
「それなら僕も同行します」
食い気味に申し出たオスカーを見て、私は目を瞬いた。
「……オスカーは……」
言いかけて、この場で尋ねるのは流石に良くない気がして、一度言葉を止める。
「……とりあえず、リオネル、貴方はもう下がっていいわ。ありがとう」
その言葉を受けて、リオネルは少々怪訝な顔をしつつ、立ち上がって一礼した。
「貴方達、彼をお送りして。できれば転移魔術で学校までね。どちらにしても、バモスへは明日出発するから、そのつもりで」
私が背後の三人を振り返ると、彼らも大人しく頷き、退出していった。
彼らの気配が遠ざかったのを確認して、私は再びオスカーを見た。
「オスカー、今の貴方はラシェルのクラスメイトで、それ以上でもそれ以下でもないわよね? その関係性である以上、貴方にラシェルの行動を制限する権限はないはずよ」
無論、彼の気持ちなど確認するまでもない。
言動からも、ラシェルを見る眼差しからも明らかだ。
だが、今の二人の関係はただのクラスメイトでしかない。
前回の東端調査のために彼の同行を許したのは、調査隊の一員として必要な力量を有していたことと、皇子として調査隊に加わるのはいい経験になるという皇帝陛下の判断があったからだ。
それを指摘されたオスカーが口を噤む。
何だか微妙な空気になってしまったので、私は一旦話を逸らすことにした。
「……ラシェル、話しは変わるけど、貴方の剣や能力について話を聞かせてくれない?」
矛先を向けられたラシェルが目を瞬く。
私は自分の右手を見つめ、あの時の感覚を思い出しながら続けた。
「貴方の剣、一度貸してもらって痛感した。感覚的にあれは眷族、つまり魔物に近い代物だった。意志を持ち、主を選ぶもの……一体何なの?」
私の問いに、ラシェルは小さく唸ってから徐に口を開いた。
「……信じていただけないと思いますが、私は、今の人生の前に、別の世界で別の人生を歩みました」
唐突な話ではあるが、私にも前世がある。
彼女のその一言で、何となく理解した。
「……あの剣は、前世で会得した能力だったってこと?」
「はい。前世の私は、魔王を倒した勇者と呼ばれる存在でした……あの剣は、勇者だけが使用できる聖剣なんです」
「なるほどね。主従契約が魂に紐づいていて、今の人生でも使える、と……荒唐無稽な話にも思えるけど、理解できたわ」
私が頷くと、ラシェルは驚いた顔をした。
「信じてくださるのですか……? こんな話を……」
「ラシェルがこんなことで嘘を吐くような人間じゃないことくらい、短い付き合いだけどわかっているわよ」
ふふっと笑う横で、クロヴィスが怪訝そうに首を傾げた。
「この世界にも五百年前に勇者は実在したが、その勇者とは別人なのか?」
「はい。私の前世と今のこの世界は、暮らしていた国の名前や、理も全く異なりますので、別の世界で間違いありません」
「そうか」
ふむ、と頷いたクロヴィス。
私はラシェルに向き直った。
「ちょっと、占星魔術を試してみてもいいかしら?」
「占星魔術、ですか……? 構いませんが……」
きょとんとした彼女に、私は右手を掲げる。
占星魔術は、本来は未来を占うためのもので、前世を覗くものではない。
応用することで前世を視ることができるのだが、結局それで視た光景が事実かどうか確かめる術はないし、前世を知ったところで今の人生に何も影響を及ぼさないので、好奇心を満たす以外に使い道のない術である。
本来の用途も、あくまでも占いであり、ガリューの言葉通り、近い未来なら当たりやすいが、遠い未来ほど外れることが多くなる。私がやったとしても未来予知と呼べるほどの精度は出ない。
ただ、明日の天気や災害の予測には役立つことも多いので、神官では使える者も多い魔術ではある。
「占星魔術」
刹那、私の脳裏を、過酷な運命を背負った女性の人生の情景が駆け巡った。
魔王討伐という使命を課せられ、文字通り命懸けで駆け抜けた生涯と、孤独で寂しい余生。
「……そうだったのね……ラシェル、どうやら貴方の今回の人生は、前の世界の神が、世界を救った貴方へ送った、ご褒美だったみたい」
「……え?」
「前世のラシェル……勇者カレンは世界を救うために、あらゆるものを犠牲にした……想いを寄せた相手と結ばれることも叶わなかった……それを憐れんだその世界の神が、次の人生ではもっと自由に生きられるようにって、この世界に送り出してくれたようよ」
「そう、だったのですか……?」
それは私が視た、カレンの最期の記憶。
穏やかだけど、孤独な余生を過ごした彼女は、神に次の人生こそは、自由に愛する人と過ごせるようにと望んだ。
そして、命尽きた瞬間、神が応えたのだ。
「……僧侶アリオン、ね……」
私はちらりとオスカーを一瞥した。
カレンの記憶には、彼と瓜二つの僧侶がいた。
ラシェルとカレンの姿は異なっていた。髪の色は両者とも金色だが、瞳の色は違うし、顔や体つきも別人だ。
私も前世とは顔も体つきも異なる。同じ顔だからといって転生者とは限らない。
ただ、ラシェルの場合は、『もっと華奢で女の子らしい姿』を神に望んだから、今の姿で転生したのだろうと思えた。
「……オスカーも前世の記憶があるの?」
「いいえ……ただ、ある時から繰り返し、同じ夢を見るんです……僕にはそれが、前世の記憶のように思えているのですが……」
ふむ、はっきりと前世の記憶があるのはラシェルだけか。
「ちょっと視てみてもいいかしら?」
「はい」
オスカーが頷いたので、彼にも同じく占星魔術を行使してみる。
視えたのは、僧侶として過ごし、勇ましい美女と笑い合う光景。
その美女は、先程ラシェルの前世で見たカレンだ。
カレンの記憶の中では、二人は想い合っていたが、その世界での僧侶は生涯独身を強いられる立場であり、結ばれることは世間が許さなかった。
その部分も合致する。
間違いなく、オスカーは僧侶アリオンが転生した姿なのだ。
彼もまた、命尽きる時に神に『生まれ変わったらカレンと共に生きる人生を歩みたい』と願っていた。
加えて、彼女に気付いてもらえるように、今のままの姿で生まれ変われるようにとも。
彼がほぼ無意識にラシェルに執着する理由が、これでわかった。
「ふむふむ、なるほど……」
私が頷くと、ラシェルとオスカーが、期待と不安が綯い交ぜになったような顔で私を見た。
私が視たものを正直に伝えるべきだろうか。
だが、私がそれを話すことで、暗示のようになってしまうのは良くない。
「……占星魔術は簡単だから、自分で習得して視てみるといいわ。ただ、自分のことは雑念が入りやすくて正確に視えなかったり、自分の願望が反映されてしまったりするから、お互いの前世を見てみるのがいいかもね」
自分のことだけでなく、強く想う相手の場合も同様に正確に視えなかったりするので、この二人がお互いの前世を視たところで、実はあまり意味がないかもしれない。
だが、潜在意識のうちにお互いを想い合っていて、占星魔術で望む結果を視て関係性が好転するならそれはそれでありな気もする。
「聖女様が視た光景は、教えていただけないのでしょうか?」
「うーん、私が話してもいいんだけど、それが全てでも確かなことでもないし、自分たちで確かめた方がいいんじゃないかと思って。勿論、二人がお互いに視た後で、答え合わせみたいな形で私が視た光景と比べたいって言うなら喜んで話すけど」
私の懸念を理解してくれたらしく、ラシェルとオスカーが顔を見合わせてから頷いた。
「……さて、話を戻すけど、今回は魔術師団長候補三人と、私とラシェルでバモスへ行くわ。オロチとガリューを連れて行くし、もしも何かあれば通信の魔具で連絡するから」
私がそう言うと、クロヴィスが額を押さえて嘆息した。
「っとに、アリスは絶対に決めたことを曲げないんだよな……」
と、私の左手を取って、碧い宝石の嵌った指輪にそっと触れ、何かを呟いた。
「……これでよし」
「何の魔術をかけたの?」
「アリスに危険が迫ったら俺が察知できる魔術だ。こないだ習得したばかりだが、こんなに早く出番が来るとは思わなかったよ」
自嘲気味に言いながらクロヴィスは小さく笑う。
そんなクロヴィスに、何か言いたげな目を向けるオスカー。
多分、この後彼にその魔術の術式を聞くんだろうな、そして同じ魔術を付与したアイテムをラシェルに渡すのだろう。
それが簡単に予想できてしまい、思わず笑いそうになってしまうのだった。
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