壱:不名誉な予言
予言者の噂を聞いた私は、魔術師団長候補三人に、課題としてこの件の解決を図ってもらおうと考えた。
相手の実力や思惑が未知数である以上、それなりに危険は伴うが、そもそも魔術師団はそういった事態の収束も仕事の内に含まれている。
相手が現魔術師団長をも凌ぐような実力者であった場合はどうにもならないが、並みの魔術師であるなら勝ってくれないと困る。
私は候補者三人に、今聞いた話と、やってもらいたいことを告げた。
「その予言者を捕らえればよいのですか?」
テレージアが目を瞬いた。そんなことでいいのかとでも言いたげな顔だ。
「うーん、実際に予言者を捕らえられたら万々歳だけど、もし相手が殲滅魔術を使うような相手だったら貴方達では対処しきれないでしょう? だから、予言者の居場所を突き止めることを一つ目の課題にするわ。その場所へは、私も行く。その後の指示は様子を見ながら出すわ」
そのためにも、まずは手がかりである、アビエテアグロ公国の第二公子から話を聞かなくては。
「今日か明日、その噂を聞いたと言う証人が登城してくるから、そこで話を聞きましょう」
三人が頷いたのを確認して、私はクロヴィスに連絡を取った。
事情を説明していくと、魔術師団団長の選出の課題にすると話す前に、件の予言の話を聞いた時点でクロヴィスは烈火のごとく怒り出してしまった。
『一体誰がそんな巫山戯た世迷言を……! アリスが不貞を働いて俺から離縁するだって? そんなこと絶対あり得ないだろ! 不敬罪だぞ!』
クロヴィスは不愉快を全面に押し出した声で撒き散らす。
「本当よね。私が不貞を働くなんて……」
『それは勿論信じてるし、あり得ない話だとは思っている。だが、もしも万が一、仮にアリスが不貞を働いたとしても、俺から離縁するなんて絶対にないからな』
そう断言するクロヴィスに少し驚く。
『とにかく、ラシェルとオスカーと、リオネルだな。すぐに登城させて報告させよう。学校には俺から連絡する』
「わかった。それで、魔術師団長の選出を私にしてほしいって話があって、丁度いいから、予言者の居場所を突き止めることを一つ目の課題にするつもりなの」
『……まぁ、魔術師団長なら、魔術絡みの犯罪者を捕らえるのも仕事のうちだからな』
「ええ。相手がどれだけの実力者かわからないから、私もサポートはするけど、ある程度はやってもらおうかなって思ってる」
『わかった。団長選出については、俺もできることは協力する』
クロヴィスはそう言って通信を切った。
リオネルから話を聞かないことには予言者探しも進められないので、私も一旦退出することにした。
候補者には、探知魔術の精度を上げるように、と告げておく。
その一時間後、夕刻には三人が登城してくるとクロヴィスから連絡があったため、私はクロヴィスの執務室で公務の手伝いをしつつその時間まで待つことにした。
時間になって部屋を出ようとすると、イーサンが私に頭を下げてきた。
「聖女様がいらしてくださると、書類仕事の進みが段違いですので、とてもありがたいです」
「あら、私そこまで書類仕事は手伝えてないけど……」
元来書類仕事が苦手な私にできることは、地図を確認したりするクロヴィスのために、先回りして用意したり、サインが終わった書類を分類したりとする程度だ。
勿論皇太子妃である以上私にもある程度の書類仕事は回ってくるが、聖女故に本来の皇太子妃の半分以下になっているらしい。
「いいえ。聖女様がこの部屋にいらっしゃるだけで、殿下はいいところを見せようと張り切って仕事をこなしますので」
声を潜めてそう話すイーサンに、思わず笑ってしまう。
「イーサン、余計なことを言うな。ほら、行くぞ」
クロヴィスに促されて、書類の後始末をイーサンにお願いして部屋を出る。
応接室に向かいながら、クロヴィスは予言の内容を思い出したようでまた不愉快そうに顔を顰めた。
「それにしても……その予言者とやらは一体どういうつもりなんだろうな。俺がアリスと離縁するなんて、絶対にあり得ないのに……俺がアリスと結婚するのに、どれだけ苦労したと思ってるんだ。たとえアリスが俺のことを嫌いになったとしても、俺はもうお前を手放す気なんて微塵もないからな」
そう言って、クロヴィスは私の手をぎゅっと握る。
私がクロヴィスを嫌いになるなんて、全く想像できないし、そんな未来は来ないだろう。
「えー、でも、クロヴィスが心変わりしたら、私は離婚するよ?」
クロヴィスの気持ちが私から離れてしまうなんて考えたくもないけど、もしも万が一そんなことがあったら、気持ちが離れてしまった相手を縛り付けるなんて虚しいだけだ。
「俺が心変わりするなんて絶対にあり得ないからその心配は要らん」
不機嫌そうに吐き捨てて、クロヴィスは歩調を速める。
応接室に入ると、ラシェルとオスカー、そしてもう一人の男子生徒がいた。それからその向かいのソファーの後ろに、魔術師団長候補三人が立っている。
私とクロヴィスの姿を見た男子生徒が立ち上がり、優美な所作で一礼した。
「皇太子殿下並びに聖女様にご挨拶申し上げます。リオネル・ランティス・アビエテアグロにございます」
金髪に翠の瞳の青年。彼がアビエテアグロ公国の第二公子か。
「クロヴィス・シーマ・ファブリカティオだ」
「アリスよ。よろしくね」
短く名乗って、彼に座るよう促してクロヴィスと私もソファに腰を下ろす。
私とクロヴィスが並び、その向かいにオスカー、ラシェル、リオネルの順で座る。
「単刀直入に聞く。君が聞いたという予言と、予言者について、知っていることを全て話してほしい」
クロヴィスが、鋭い眼差しでリオネルを見る。
ラシェルが言うには、彼は決して面白おかしくその予言の噂を吹聴していた訳ではなく、「こんな噂を聞いたが、これは不敬罪じゃないのか」とオスカーに進言してきたそうだ。
それをたまたま近くで聞いていたラシェルが私に連絡を寄越してきた、という訳だ。
「この前の休日に、妹の誕生会があったので帰省したのですが、その時に招待客のリベラグロの地方貴族からその予言者について聞いたのです」
アビエテアグロ公国の大公には子供が四人いる。
リオネルは次男で下に妹と弟がいて、リオネルと顔を合わせるのは初めてだが、兄である長男とは何度か会ったことがある。
「リベラグロ南方のバモスという港町に、突然予言者が現れたと。その予言者は、町の些細なトラブルや、天気の急激な変動、地元貴族の公表前の婚約や出産などを次々言い当てたそうです」
「その様子だと、偶然当たっただけ、という訳でもなさそうだな」
「はい。僕も最初は偶然だろうと一笑に付すつもりでした……ただ、その話をしてきた貴族は、やたらとその予言者を信じていて……何だか、気味が悪いと思ったんです」
得体の知れない何かを盲信する者に対して、畏怖を覚えるのは当然だ。
「その予言者の名前は?」
「本名かはわかりませんが、その貴族からはラティオ様と呼ばれていました」
「ラティオですって……?」
私は思わず聞き返した。
ラティオは高位魔術が使用できる魔術師なのに姓を持たず、出身地不明出で、尚且つ二十年前を最後に消息を絶っている生死不明の人物だ。
おそらくクワンクアからの脱走者であるファスターというエルフと同一人物とみているが、ファスターとはまだ会えておらず、確証は得られていない。
プレセア村の酒場ラルゴの店主がファスターだったようだが、尋問中に偶然が重なって逃げられていまったのだ。
「……エルフの脱走者か、それともただの偶然か……?」
クロヴィスも剣呑に呟く。
名前も勿論疑問だが、それ以前に、ただの予言者を、様付けで呼ぶのも不自然だ。それも、地方貴族が自分よりも格上の王族貴族に対して話す際なら尚更。
「聖女様に対する不敬な予言を吹聴するということは、少なからず聖女様に対して悪い感情を抱いている可能性が高いです。一度追い詰められたラティオが腹いせに悪い噂を予言として吹聴しているという可能性もあるのでは……?」
ラシェルの言葉に、私は思考を巡らせる。
ラティオがファスターと同一人物である可能性が高い。
それを考えると、エルフの脱走者であるラティオが、わざわざ私に喧嘩を売るような真似をするだろうか。
逃走中の身である以上、目立つ行動は控えるはずだ。
色んな考え方の人間がいることも、エルフに私たちの常識が通用しないことも痛感しているので、私怨で嫌がらせをする可能性は否定できないが、どんなに常識が違ったとしても今まで隠れ住んで生きてきた人物が、わざわざ見つかるようなリスクを冒してまで、そんな予言をして帝国の聖女である私を刺激したりするだろうか。
「……ガリューはどう思う?」
尋ねると、私の肩に乗った仔狐が顔を出し、器用に前足を組んだ。
「うーん……人間の考えることは僕には理解できないから、そう考える奴がいてもおかしくはないと思うよ……ただ、僕は予言自体の方が気になるな」
「予言自体?」
「ああ。昔から、予言……というか未来予知は重宝されてきた。特に少数民族なんかでは占星魔術で未来を予測して危機を乗り越えたりしていた」
それは知っている。実際に、占星魔術を得意とする少数民族は帝国にも存在する。
とはいえ、その未来予知が確実に当たる、というのは聞いたことがない。
「でも、占星魔術はあくまでも占いだ。近い未来は当たりやすいけど、遠い未来は小さな要因で大きく変わるから外れやすい……予言が確実に当たるなんて、本来ならあり得ないんだ」
「そうね。私もそう思うわ」
「だから、考えられるとすれば、予言とは別の力ってことだな」
「別の力?」
「今はまだわからないけど、用心するに越したことはない。くれぐれも、予言者の言葉には気を付けた方がいい」
「……わかったわ」
ガリューの言葉に頷いてから、リオネルを振り返る。
「他に何か知ってることは?」
「これで全てです。あまり有益な情報はなく申し訳ありません」
本当に申し訳なさそうに眉を下げる彼に、私は首を横に振る。
「いいえ、充分よ。ありがとう」
「聖女様にそう言っていただけて光栄です」
私の言葉に、彼は誇らしげな顔で頷いた。
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