参:未知の地への旅立ち
その日中に大急ぎで準備を整え、次の日の朝に出発することになった。
そうなるとロジェとジルベルトの結婚式までは、あと八日だ。
今回の旅はなるべく早く戻れるように、未開の地の調査よりも禁書の行方探しが最優先となる。
オロチに聞いたところ、聖王国の国境に程近いイアスピスの最北端の村には行ったことがあるらしく、彼の転移魔術でそこへ行き、それから聖王国を左手に見て迂回する形で、飛翔魔術で移動することになった。
準備を整えて城の玄関口に集合したところで、私がオロチを呼び出すと、事前に話は伝えてあったので、オロチはすぐに転移魔術を発動させてくれた。
移動した先は、長閑な草原だった。少し先に小さな村があり、その反対側に海が見える。
「この人数を帝都からここまで軽々転移させるなんて、聖女様の眷属って、凄いんですね」
ラシェルが感心した風情で呟く。
転移魔術は移動距離や人数に比例して魔力消費が大きくなる。クロヴィスでさえも、帝都からここまでの距離で、六人もの人数を転移させるとかなりの魔力を消耗してしまうだろう。
「まぁね。頼りになるわよ」
私が答えると、オロチは恍惚の表情で「ああ、アリス様にお褒めいただき恐悦至極」と呟いた。相変わらずだ。
「オロチ、ありがとう。戻って良いわ。また何かあったら呼ぶから」
「承知いたしました」
オロチがその場に溶けるように掻き消える。
今回オロチは必要がある場合に呼ぶことにした。その理由は、万が一危機的状況になった時に、切り札として召喚した方が助かることもあるためだ。
共に行動していて罠にかかり、魔力が封じられたのでは意味がない。
「さて、と……ここからは飛翔魔術で向かうぞ」
クロヴィスが言いながら海の方を示すと、エルガがずっと手を挙げた。
「そのことだが、飛翔魔術を使う必要はねぇよ。俺が竜化して背中に乗せてやる」
意外な申し出だが、未知の地へ足を踏み入れるに当たって魔力を温存できるのはありがたい。
飛翔魔術は移動距離と高度、速度に比例して魔力を消費してしまうため、どこに降りられるかわからない状態で行くのは少なからず不安がある。
「でも、五人を背中に乗せるのは流石に難しいんじゃない?」
竜人族が竜化した姿は、本物の竜に比べると二回りほど小さくなる。
エルガの竜化した姿も、大人が五人も背中に乗れるほどの大きさではなかったはずだ。
「三人なら乗れる。あとは俺が掴むか、それが嫌なら後ろ足に乗ってくれたら運べる」
掴むと言われてエルガとの初対面を思い出した。竜人族の集落に連れて行かれた時、竜化したエルガに掴まれて運ばれたんだった。
「……魔力の温存は重要だ。そうさせてもらおう。アリスとラシェルとオスカーが背に乗れ。トリスタンと俺は後ろ足に乗ろう」
クロヴィスの提案通り、エルガが竜の姿になったところで私とラシェルとオスカーが背中によじ登り、クロヴィスとトリスタンは後ろ足の甲の部分に乗って足首を掴んだ。
「念のため、遮蔽魔術をかけて行きましょう」
ラルゴの店主を強制召喚した者がいる可能性が高い。かなり強い魔術師である可能性が高い以上、近づくには用心はいくらしてもし過ぎることはない。
「遮蔽魔術!」
私が唱えて、六人全員の気配を隠す。
エルガが翼をはためかせ、空に飛び上がった。
「まさか竜の背中になれる日が来るなんて……!」
私の後ろで声を弾ませるラシェル。
貴族の女子なら震えて怖がるような状況だが、彼女は違う。かく言う私も、竜の背中に乗れることに少しばかり気分は高揚している。
と、エルガの飛翔力のおかげで、十分程飛んだところで、東に飛び出した半島が見えてきた。
「あれが……!」
岸壁に覆われ、高い波が打ちつけている。船で行っても辿り着けなかっただろう。空から向かうのは正解だったようだ。
「どこに降りる?」
「少し空から様子を見ましょう。集落があるか、人がいるかどうか……」
「わかった」
エルガが竜の姿で頷き、そのまま半島の上空に差し掛かった。
半島そのものの大きさは、大きな町一つ分くらい。そのほとんどが森に覆われていて、森の中央に湖があった。
「集落みたいなものは無さそうだな」
オスカーが呟く。
私は頷きかけて、違和感を抱いた。
ラシェルも同様だったようで、怪訝そうに唸る声が聞こえた。
「聖女様、あの湖……」
「やっぱり感じる?」
「はい、最初は気のせいかと思ったんですけど、湖の中心に、とんでもない魔力の塊があるように感じます」
それは私が感じたことと同じだ。
「あそこに、何かありそうね……エルガ、湖に向かってくれる?」
「わかった」
竜が応じ、大きく旋回する。
その時だった。
「っ!」
突如、強大な魔力が降り注いだ。
まるで巨大な手に握り込まれたかのように動けなくなる。
「なんだっ! 動けねぇ……!」
エルガが唸った直後、ぐんと何かに引っ張られるように地上に向かって落下し始めた。
「っ! 防御魔術!」
私が全員を覆うように魔力の壁を織り成すが、その謎の現象を跳ね除けることはできなかった。
少し速度は落ちたが、このままだと地面に叩きつけられてしまう。
「風壁魔術!」
竜の体が地面につく直前に、私とクロヴィスが同時に叫び、なんとか風の壁を生成し受け止める。
エルガが素早く人型に戻ってくれたおかげで、私たちも潰されずに済んだ。
「……何だったんだ? 今の……」
クロヴィスが呟きながら頭上を振り仰ぐ。
「強い魔力だったわ……でも、魔術ではなさそうな……」
「ああ、どちらかというと、俺たち竜人族が使う魔力操作に近そうだ」
エルガの言葉に頷く。
竜人族は強い魔力を有するが、術式を展開して魔術を発動させることが何故か不得手だ。その代わり、魔力を操作して手足のように使うことができるのだ。
確かに、先程の感覚は、術式なしに魔力によって締め上げられたようだった。
「まさか、竜王国の竜人族とは別の竜人族がいる……とかでしょうか?」
トリスタンが呟くと、クロヴィスは口元に手を当てて唸った。
「可能性はなくもないが……魔力の気配が違うような……」
「私も、竜人族の魔力とは違うと思います。竜人族の魔力には、竜を彷彿とさせる苛烈さみたいなものがあるのに、さっきはそれを感じませんでした」
ラシェルがそう言い、オスカーが頷く。
「ただ、竜人族に匹敵する魔力量をもつ何者かが、この地にいることだけは間違いなさそうですね」
竜人族に匹敵する魔力量を有するもの。
それが敵であるならば非常に厄介だ。
警戒しつつ辺りの気配を探った、その刹那。
ふわりと甘い匂いが鼻先を掠めたと思った直後、突然、意識が遠のき、そのまま気を失ってしまったのだった。
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