肆:謎の青年
目を覚ますと、初めて見る光景が広がっていた。
不思議な景色だ。
とても大きな樹が天高く伸びていて、その根は湖に張っている。
水面より上の根の上には小さな家が並び、町のようになっていて、それらより少し高い位置の太い枝の上に城のような建物が鎮座している。
そして何よりその樹が、膨大な魔力を秘めているのを感じた。まるで魔晶だ。
私がいるのは、湖の上。
足元には、ベッド程の大きな葉。人が乗っても沈まないほどの浮力をもつ葉か。
「……何、これ……」
起き上がって思わず呟いた。
周囲には似たような葉が浮いているが、それには誰も乗っていない。
「お目覚めかい?」
突然声がした。
他者の気配はしなかったのに。
私が背後を振り返ると、同じ葉の上に一人の青年が立っていた。
長い金髪に深い緑の瞳、クロヴィスと同じかそれ以上の長身で纏っているのは見たことのない民族衣装のような服。
髪の間から覗く耳の先が尖っていて、顔はまるで作りもののように整っている。
「……っ!」
何者だろう。
目視するまで、気配は感じなかった。
悪意も殺意も見当たらない。
瞳を凝視しても、昏い光は視えない。
それでも、私の本能は大音量で警鐘を鳴らしている。
少なくとも、エルガの背に乗っている時に突然感じた魔力は彼のものだ。
つまり、彼は遮蔽魔術を掛けた状態だった私たちに気づいて攻撃してきているのだ。
「……貴方は誰? 私たちの仲間はどこ?」
私が低い声で尋ねると、彼は小さく笑った。
「そんなに警戒しないで。僕の名はフローリアン。君の名前も教えてくれるかい?」
穏やかな口調だが、私は警戒して口を閉ざす。
彼は残念そうに眉を下げた。
「……その前に質問に答えなさいよ。私の仲間はどこ?」
「ああ、えっと、赤髪と黒髪はこの町の禁忌に触れるから、立ち入りを許さなかった。銀髪の二人はフィリーが気に入って持ち帰ったよ」
不穏な単語の連続だ。
それに、彼の説明にラシェルが登場していない。
「禁忌に触れる? 持ち帰った?」
「ああ。竜人族と黒髪はこの町では忌み嫌われているんだよ」
黒髪は不吉という伝承は、帝国内でもごく一部の単一少数民族にあったりする。
彼らが全員金髪に翠の瞳であり、閉鎖的な一族であれば、そういう伝承があっても不思議はない。
軽く肩を竦めると、フローリアンと名乗った青年は自分改めて私を見た。
「次は僕の番だよ。君の名前は?」
「……アリスよ」
「へえ、可愛い名前だね」
「私の番よ。ここはどこで、貴方は何者なの?」
強めの口調で尋ねると、彼は目を瞬いた。
「大陸の東端だよ。僕たちはクワンクアと呼んでいる。神樹ジンタベルの根元に町があるんだ。何者かって聞かれると困るけど、一応人間だよ」
「一応?」
「君たちとは違うってことさ。僕たちは長命種だからね」
長命種、その単語は知っている。
神殿の図書室で、神話時代に関する書物を読み漁っていた時、ある神話の一節に登場していた。
その特徴として、金髪に翠の目、尖った耳が挙げられていたが、彼はその特徴に当てはまる。
その本では、長命種はこう呼ばれていた。
「……エルフってこと?」
「ああ、そう呼ばれることもあるね。まぁ、呼び方で僕たちの存在が変わる訳じゃないから、好きに呼んでいいよ」
エルフは人間の十倍以上の寿命と魔力を有する種族だ。
そして、人間が編み出した魔術とは異なる概念で魔力を扱うらしい。
ただ、あくまでも神話に登場するエルフの話で、今の世でもそうなのかはわからない。
「次は僕だね。君たちがクワンクアにやった来た理由は?」
「とある本を探していて、手がかりを追ったらこの地を示したから、調べに来たの」
「へえ。クワンクアは強力な隠匿結界が張られているのに、この中が視えたんだ?」
驚いた様子で眉を上げるフローリアン。
隠匿結界という名称は耳慣れないが、響きからしておそらく中のものを隠す効果のある結界のことだろう。
おそらく、かつて北の僻地で竜人族の集落を覆い隠していた結界と同種のものだと思われるが、こちらの方がよほど強固で精度の高い結界魔術だ。
「まぁね。ところで、魔物を合成したり、自分の力より強い魔物を召喚したりする魔術に関することが書かれた魔術書に心当たりはない?」
私が尋ねると、彼の翠の瞳が僅かに揺れた。
何か知っているのか。
「それと、ラティオという名前の魔術師についても、何か知っていたら教えてほしいんだけど」
追い打ちをかけるように尋ねてみると、彼は意味深長に笑った。
「ん-、ラティオという名前の魔術師は知らないなぁ……」
とぼけているのか、誤魔化しているのか、本当に知らないのか、その表情からは計りきれない。
「……そう。じゃあ、話を戻すわ。私の仲間を返して」
「うーん、赤髪と黒髪はここを出ればすぐ会えると思うけど、銀髪二人は難しいんじゃないかなぁ。フィリーが持ち帰ったから、今頃享楽に耽っていると思うし」
彼の言葉が本当であるなら、とりあえずエルガとトリスタンの心配は要らないだろうか。
強靭な身体を持つ竜人族と、優秀な魔術師であるトリスタンだ、そう簡単にやられるとは思えない。ただ捨て置かれているだけなら、彼らなら大丈夫だろう。
クロヴィスとオスカーを持ち帰ったという、フィリーという人物がどんな者かはわからない。
だが、享楽に耽るとはどういうことだ。まさか媚薬でも飲ませて無理矢理行為に及ぼうとでもいうのか。
クロヴィスに限って、自らの意思で私以外の女とどうこうなるとは思えないが、他者からそんな話を聞くのは気分が悪い。
「……もう一人、人間がいたはずだけど?」
「え? そうなの? 僕とフィリーが行った時に眠っていたのは五人だけだったよ。眠り花の香を嗅いで起きていられるとは思えないけど……もしもう一人いたのだとしたら、逃げたんじゃないかな?」
フローリアンは悪気など一切ない様子で語る。
『眠り花の香』という単語に、意識を失う前に鼻を衝いた甘い匂いを思い出す。なるほど、催眠作用のある香を嗅がされていたのか。
何らかの理由で、その眠り花の香とやらがラシェルには効かなかったとして、自分以外の全員が突然眠ってしまうよな状況で、彼女が私たちを残して逃げるとは思えない。
彼女の性格からして、私たちが眠らされた直後にフローリアンたちの気配を察知して隠れ、帝国の皇太子と第三皇子が攫われる現場を目撃して後を追った、と考えるのが自然だ。
皇族と聖女がバラバラに攫われて、どちらを追うべきか彼女の葛藤が手に取るようにわかるが、少なくともこのフローリアンは私に害意を見せてない。そこに賭けて、彼女がクロヴィスとオスカーを攫ったフィリーという人物を追ったのだとすれば納得できる。
「……貴方は私たちをどうするつもりなの?」
「うん? 僕も君を気に入ったから、花嫁にでもしようかと思ってね。城に連れて行こうかと思ったんだけど、まずはちゃんと自己紹介してからの方がいいかなぁって思って、ここで目覚めるのを待っていたんだ」
「花嫁? 随分勝手なことを言ってくれるわね……」
自分の声に苛立ちが滲み始める。
どうやら彼には、私たちの常識が通じないらしい。
「……私は仲間を探す。ここは通してもらうわよ」
私が構えると、フローリアンは面白いものを見るような目を向けた。
「へぇ、僕に勝てる気でいるんだ? いいね。気の強い女の子は好きだよ」
余裕綽々の表情。
その自信を裏付けるような、膨大な魔力が視える。
「いくわよ」
早く決着をつけるため、私は即座に魔力を解放した。
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