弐:冒険者の素質
結論から言うと、図書室にはめぼしい本は見つからなかった。
未知の土地となると北の僻地についての記述ばかりで、聖王国よりも更に東の土地については何も情報が得られなかった。
仕方なくその日は結婚式の準備と通常の聖女の業務をこなして休み、翌朝トリスタンと共に城へ転移した。
程なくして、エルガが竜の姿でクロヴィスの執務室のテラスまでやって来て、その数分後にはオスカーとラシェルがやってきた。
「クロヴィス殿下並びにアリス様にご挨拶申し上げます」
ぎこちない仕草で一礼したラシェルを示しつつ、私は人型に戻ったエルガとトリスタンを見る。
「突然呼びつけてごめんなさいね。紹介するわ。第三皇子のオスカー、はいいとして……そのクラスメイトのラシェル・ブルーバードよ。ラシェル、こちらは、竜王国王太子のエルガと、大神官トリスタンよ」
「ラシェル・ブルーバードと申します」
二人を紹介すると、ラシェルがそれぞれに目を向けて名乗る。
エルガとトリスタンも、順番に名前を口にした。
「エルガだ」
「トリスタン・デイズだ」
「デイズ? もしかして、レナード先生の……?」
姓を聞いてピンときた様子のラシェルに、トリスタンが頷く。
「ああ、レナードは俺の兄だ」
「やっぱり! 似てると思いました」
ふふ、と笑うラシェル。人懐っこい笑顔だ。
「さて、トリスタンには既に話してあるけれど、エルガとオスカー、ラシェルにはまだだったから、その説明からね」
私は、唯一何の事情も知らないエルガにもわかるように、二十四年前に禁書が持ち出されて今尚行方不明であることから、先日の夜会の事件、捕まった容疑者の話から闇競売の主催者を探して、プレセア村のラルゴという酒場の主人の所へ行ったら強制召喚で逃げられ、その行方が大陸の東端である可能性が高い、ということを説明した。
「東端? プレアデス聖王国の領土内ということですか?」
ラシェルが首を傾げる。私は首を横に振った。
「いえ。帝国の東側には聖王国しかないと思っていたのだけど、今回の件で聖王国の国王に東端を調査したいと連絡を入れたら、聖王国の東側の土地は、聖王国の領土じゃないと返答があったの」
「聖王国の領土じゃない? じゃあ、少し前までの北の僻地のように、どこの国も手出ししていない土地ということですか?」
オスカーが眉を顰める。
北の僻地は、大陸北端の半島で、そのほとんどが万年雪に覆われた山岳地帯であり、同時に強い魔物ばかりが生息している場所だ。
昨年竜人族が支配する竜王国ドラコレグナムが建国されたが、それまではどこの国にも属していない未開の地だった。
というのも、この地を支配するためにはそこに生息する魔物を討伐する必要があるが、その難易度に対して、常時雪と氷に覆われた山岳地帯という土地の利用価値が吊り合わず、どの国も手出ししてこなかったという事情がある。
そんな場所でひっそりとエルガたち竜人族が暮らしていたのだけど、色々あって王国の建国と、帝国に属することが決まったのだ。
だが、北の僻地の場合は、竜王国建国までそこがどの国の領土でもないことは周知の事実だったが、今回の東端についてはそうではない。
「まぁ、そういうことになるわね……ただ不思議なことに、聖王国の国王も、国の東側に何があるのかを知らないと言うのよ。古くから、聖王国の人間は立ち入りを禁じられていて、ずっとそれを守っているそうなの」
「……で、まさかとは思いますが、アリス殿は僕とラシェルに何を依頼するつもりですか?」
警戒した様子でオスカーが尋ねてくる。
「私たちと一緒に、大陸の東端に調査に行って欲しいの」
「聖王国から許可は取ったんですか? 立ち入りは禁じられているんですよね?」
「ええ、でも、あくまでもその伝承は聖王国内の話。その東端が領土の外である以上、王国の領土内を経由しないのであれば、私たちが立ち入ることを禁じる権限はないと、聖王国にも確認は取れているわ」
私の言葉に、オスカーは額を押さえた。
「聖王国内で立ち入りが禁じられていることは、少なからず危険である可能性がある訳ですよね? 神官や僕が行くのはともかく、ラシェルまで危険な目に遭わせる訳には……」
「私は構いませんよ。そういうの、冒険みたいでわくわくします」
断りそうなオスカーを遮って、ラシェルが目を輝かせてそう言った。
未知の地への調査なんて、普通の女の子なら尻込みするだろう。
だが、彼女は違う。
ラシェルには冒険者としての素質があるんだろうな。
「はは、頼もしいな。アリスが気に入るのもわかる」
クロヴィスが軽く笑う。
「しかし、何故僕とラシェルなんですか? 魔術師団や騎士団の者は?」
「それがね、リリアナ・ジュークが暗鬱魔術に掛けられて夜会の日に城に魔具を設置でしょう? 父親である魔術師団長が責任を感じちゃって、辞任するって言い出したのよ。魔術師団は次期団長の選出で大騒ぎ。とても未開の地への遠征に人員を割ける状況じゃなくなっちゃったのよ」
「なら騎士団は?」
「今回、目的地である大陸の東端は、聖王国を超えた先にある。聖王国の領土に入らないことを前提にすると、陸路からは入れない。行く方法は二つ、海から行くか、空から行くか」
「……船がつけられるかわからない場所である以上、近場から飛翔魔術で行く方が安全。となると全員がそれぞれ飛翔魔術が使える必要があり、有事の際に転移魔術で離脱できるよう、少数精鋭で行く必要がある、そういうことですね」
オスカーは聡明だ。私の意図するところを全て汲み取って返事をしてくれる。
「そういうこと」
私が頷いてラシェルを見る。
彼女は既に覚悟を決めたようだが、私は駄目押しのつもりで続ける。
「勿論、報酬は弾むわ」
「その期間、学校を休むことになりますが……」
「聖女からの依頼で調査隊に加入するんだから、単位には響かないようにするわよ」
オスカーの言葉を尽くはねのける私に、クロヴィスが彼の肩を叩いた。
「オスカー、お前が行きたくないのなら無理に連れて行きはしない。ただ、ラシェルが行くと言うのなら、お前にそれを止める権利はないぞ」
ぐ、とオスカーが言葉を呑み込む。
「殿下、私は行きますよ。でも、殿下は無理に来なくても……」
ラシェルがおずおずとそう切り出すと。オスカーは半眼になった。
「お前が行くと言うのに、俺が行かない訳にはいかないだろうが」
「ええ? でも、嫌なんですよね? 行くの」
「違う」
「え、だって、さっきあんなに……」
怪訝そうにするラシェルに、トリスタンが思わずといった様子で噴き出した。
「……トリスタン?」
彼がこんな風に笑うとは珍しい。
「っ、ふっ、すみません……」
喉の奥で笑いを堪えるトリスタンに、ラシェルが目を瞬く。
「あ、あの……?」
「いや……殿下は、きっと君を危険な場所に行かせたくないだけだと思う」
「え……?」
そういえば、トリスタンは意外と鋭いんだよな。
ロジェがジルベルトに片思いしていたことも、ジルベルトが自覚無しにロジェに想いを寄せていていたことも気付いていた。
そう言われてラシェルがオスカーを振り返ると、彼は頬を紅くしていた。
つられて、ラシェルも顔を赤らめる。
「あらあら……」
何だか微笑ましいが、二人を見るエルガがなんだか複雑そうな顔をしていることに気付く。
「エルガ?」
「なんだか最近、こういうものを見てばかりだ」
「こういうもの?」
思わず聞き返すと、エルガはちっと舌打ちした。
「お前から預かったあの女、ベルセラだよ。最近ベレットとあんな感じなんだ」
「ベレット……?」
記憶を手繰る。確か、私が初めて竜人族の集落に行って、決闘を申し込まれた内の一人だ。
エルガ以外の四人を思い浮かべる。
確かベレットは、四人目に戦った、エルガよりも長身で体格のいい、厳つい青年だったはずだ。
一方のベルセラは、フルメンサキ王国の国王ギルモアに買われて洗脳され、いいように使われていた女性だ。
帰る故郷がない彼女は、色々あって竜王国に身を寄せることになっていたが、まさか竜人族の青年といい仲になっていたとは。
「ベレットは人間が考える『いかにも竜人族』を体現してるような奴だからな」
そう言われて納得する。
ベルセラは生まれ育った村で竜を信仰している関係で、竜人を崇拝していた。いかにも竜人族といった男性と接する機会があれば心惹かれるのも無理はない。
「……まぁ、それでベルセラが、これからの人生で幸せを見つけられるならいいんじゃないかしら」
彼女は幼い頃に村ごと襲われて売られ、ギルモアに買われ心酔していたが、結果いいように使われた挙句、ごみのように捨てられてしまったという壮絶な過去がある。
彼女には少なからず因縁もあるが、彼女の半生を思うと、これからの人生が幸せであって欲しいと願うばかりだ。
「ベレットも、ベルセラのことは最初から気にかけていたからな。二人が結婚するのは構わんが、堅物のベレットに俺より先に花嫁が見つかるのは正直気に食わん」
変なところで憤慨しているエルガだが、同胞の幸せ自体は喜ばしいと思っているようだ。
だからこそ複雑なんだろうな。
私はなんだかおかしくなって少し笑ってしまうのだった。
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