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スイーツ好きとなった悪役令息は天命をつかみ取る  作者: C@CO
最終章 ゲーム■シナリオ「誰のため」

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第67話 たとえ悪役と謗られようとも

「それで、澤渡様は今回の解職請求をどうなされるおつもりですか」


 鋭い目で一馬が見つめてきた。


「現状、学園の中で私にできることは何もないな」


 頬杖をついたまま、将典は答えた。正直に包み隠さず。


「何もない。……って! 投票まで、ずっと黙っているつもりですか!」


「投票直前に演説会がある。これはあらかじめ決められていた。そこで話す機会がある」


「それだけですか? それまでずっと何もしないで見ているだけのつもりですか!」


 次第に、一馬は肩をいからせ、将典が座る机に両手を突き、身体を前のめりにさせてきた。


 なぜ、そんなに感情を込めるのか、将典は不思議に感じた。


「あなたなら色々できるはずです。学生の中に味方を作るなり、……そうだ! 武樋に対抗して金(かね)を配りましょう。発言を禁止されているなら、何も言わずに配ればいいのです」


 思わず、将典は眉間にしわを寄せた。


「お前は私の足を引っ張りたいのか」


 明らかに思いつきで語る一馬は何かに焦っているように見えた。ただ、将典から見れば、軽率な考えだった。結果は火を見るより明らかだからだ。


「武樋はあれでも自ら父親に勘当を願い出て退路を断った、と聞いている。今では、一介の平民にすぎない。それでも、彼の下には悪評が集まっているだろう」


 貴郎がゲーム「パルヴニール」の主人公のやり方をまねたのは分かっている。彼の本質は「愚者」と同じ(プレイヤー)だからだ。ただし、江都近郊にある瑞原村出身の一平民に過ぎなかったゲーム主人公と違うのは、貴郎には真一郎の側近という立場が残っていること。金の亡者という悪評に加えて、「将家の名を汚すな」と非難もされているはずだ。


「そこに私が武樋と同じことをしてみろ。二番煎じを行う愚か者と謗られるだけでなく、学友会会長と澤渡家の名にも泥を塗ることになる」


 出来るわけがない、と将典は強く言えば、一馬は「申し訳ありません」と慌てて頭を下げた。


 将典の口から溜息が漏れたが、一馬に頭を上げろと声をかけた。


 頭を戻した一馬の目は、まだ、力強く輝いていた。


「それでも、あなたが何もしないから、若君(真一郎)の取り巻き達は早々と勝ったつもりでいます」


「そうだろうな」


 学友会室にいれば、時々、窓の外から聞こえてくる。挑発する声、揶揄する声、凱歌を上げる声。


「本当に、あなたが負ければ、若君たちはますます付け上がります。学園がどんなことになるか、簡単に想像できます」


 一馬が背を伸ばし、将典を見下ろすような形になった。


「あなたはいいですね。今年で卒業なんですから。けれど、それで終わりではないですよ。若君が将家当主になれば、皇国の未来には圧政が待っています」


 まるで見てきたように語る一馬に、将典は疑問を覚えた。確かに、真一郎のこれまでの行動と評判が脳裏をよぎるが、


「それは考えすぎだろう。皇国は将家当主が一人で回しているわけではない。たとえ、将家当主になった若君が極端な行動に走ろうとしても、周りが止める」


「あなたこそ楽観視しすぎです。解職請求成立の成功体験が若君をさらに傲慢にさせます」


「どうして、そのように考えるのだ? 何か理由があるのか?」


 頬杖を止め、身体を戻して、そう問いかけるが、途端に一馬は答えあぐねる様子を見せた。


「私の考えにも明確な根拠はない。世の中は常に移り変わっており、未来は誰にも分からない」


 こう言って、将典は一馬に時間を与えてみたが、まだ様子は変わらない。


「外山は何がしたいのだ? いや、こう言い換えようか。お前を駆り立てているのは何だ?」


 ふと、部屋が暗くなった。雲が出てきたのか、窓から差し込んでくる日差しが無くなっていた。


「私にとって最も大切なのは……幼馴染です」


 ようやく、一馬がポツリと言葉をこぼした。


「彼女と過ごす未来は出来る限り明るいものであってほしい」


 ゲーム「パルヴニール」の始まりが江都に出る主人公と村に残る幼馴染の別れの場面だったことを、将典は思い出した。そして、主人公が何も条件を満たさずにゲームの終わりを迎えた時は、村に戻ってきた主人公を幼馴染が優しく迎えていたことも。


「彼女と一緒にいるだけで幸せだから、私はそれ以上何も望みません。だけど、結婚を認めてもらうためには学園を卒業するしかなかった」


 平民の結婚は男性が年上であることが多い。家庭を支えられるだけの経済力が男性に求められるからだ。最近は、女性の働く場所も増え、稼げるようになったとはいえ、一般論はあまり変わっていない。なら、同世代で結婚するにはどうするか。自分の将来は明るいと周囲に認めさせればいいのだ。だから、皇国一の格を持ち、国中から俊英が集まる学園に一馬は通うことになったのだろう。と、将典は察する。


「こんな世界のこと、知りたくなかった。村にいて、何も知らずにいれば、よかった」


 一馬は右手で顔を覆い、かすれた声で言った。


「けれど、これが私に定められた宿命なんです」


 再び、将典の座る机に両手をかけた。


 窓から日差しが差し込んできて、一馬の顔を照らした。その顔は縋りつくようなものになっていた。


「あなたはどうして定められた宿命から逃げられるのですか」


「……どうして、か」


 将典は、一馬が語る意図を察することが出来ないでいた。一馬が話せない何かを知ったうえで語っているのは分かった。


 なにより、大切な人を守りたいという一馬の本心は痛いほど伝わってきた。


『他の貴族からは敬意を払われ、お坊さんたちからは尊重され、使用人たちから慕われ、民衆から愛される。そんな人になりなさい』


 将典の耳元で亡き母が囁いてくる。


 将典の中で、真宙の顔が浮かんでくる。康嗣と咲哉、屋敷で働く使用人たちの顔、富士子とその家族の顔も。了成や峰樹、槐州に向かった壮馬、寛行を始めとする滄州鎮台の兵士たち。故郷に戻ればいつも笑顔で迎えてくれる滄州の人々。そして、千里と、利奈子。


 しかし、唐突に浮かんできた下条玄悔の顔によって隠される。十河宗高、堂上侯爵も。他にも多くの顔が加わる。どの顔も将典を憎々しげに、あるいは恨みがましく見てくる。もしくは泣く者もいれば、怒りの顔をしている者もいる。最後に、真一郎と貴郎の顔も加わる。


 彼らの顔を思い浮かべた自分がこう囁いてくる。


 ――「……全てを満たすことは出来ないのではないか」

 ――「最後には本当に大切なものを選ばなければならないのではないか」


「私も皇国に住む一人の人間でしかない」


 将典は椅子から立ち上がると、一馬に背を向け、窓際まで歩く。窓の向こうには、江都の街並みが見えた。その向こう側には青い海が、上には青い空が広がっていた。


「私にとっても、大切なものは家であり故郷だ。危険に晒すことはできない。だから、若君とその背後にいる将家とは決定的に対立するわけにはいかないのだ」


 後ろから息を呑む声が聞こえた。


「……なら、従うことで大切なものが守れるなら、あなたはどんな理不尽な命令でも従うのですか」


 しばらくしてから掛けられた声に、将典は振り返ると、一馬に向けて頷いて見せた。


「だったら!」


 一馬の拳が握り締められているのが見えた。


「その理不尽な命令が、一時は大切なものを守れても、最終的には踏みにじられるなら、どうするんです!」


 それを聞いた瞬間、将典は思わず笑みを浮かべてしまった。それまでに抱いていた思いは、別の思いによって一気に塗りつぶされた。


 ――その時は決まっている。


 一馬の顔が青くなって、一歩後ろへ足が下がった。


 ――たとえ悪役と謗(そし)られようとも、

 ――良き貴族から背を向けることになっても、

 ――誇りをかけて、


「戦うさ」

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