第49話 襲撃の裏
「小矢島! この裏切り者!」
「うるせえ! 敵うわけねえだろ!」
夜烏組の男の罵りに、用心棒は怒鳴り返した。
「見ろ! 俺たちが雨で濡れネズミになっているのに、この御方は全く濡れてねえ」
この用心棒は、将典を目にした瞬間、両手を上に掲げ、降伏した。
逆に、ごろつきたちは、たった一人で姿を現した将典を嘲笑った。夜烏組の男たちは、一瞬、汐入横丁のことを思い出したのか、怯みを見せたものの、すぐに報復に戦意を高めた。けれど、
「俺たちなんか、この御方からしたら、片手間で片付けられる雑魚なんだよ」
ごろつきたちにも、夜烏組の男たちにも、将典はなすすべを与えなかった。スッと目を細め、彩気で大量の氷塊を空中に作りだせば、彼らの口があんぐりと開くのが見えた。そんな彼らに向かって、氷塊を一斉に打ち放ち、地面に叩きつけた。今、ごろつきたちは、全員、縄で拘束されている。
「うるせえ! お前にいくら払っていると思っているんだ」
「金なんかのし付けて返すさ! この御方がいると知っていたら、お前らに手を貸すわけねえ」
「酒におぼれて野垂れ死にかかっていたのを助けたの、忘れたのか。この恩知らず!」
「はん! それだって、お前たちが裏で手をまわしていたんだろ。大体、俺にとってはこの御方の方が大恩人だ」
「臆病者!」
「何とでも言え。この御方は後ろでふんぞり返っているお貴族様じゃねえ。落ちぶれた俺と違って、本物の武士だ。敵うわけねえ」
「うるせえ! 腰抜け!」
拘束されたまま罵り続ける夜烏組の男をうるさいと言わんばかりに、真宙が猿轡を噛ませた。
ごろつきたちの中には意識を取り戻してから暴れる者もいたが、今では全員がおとなしくしている。将典に向けて畏怖の視線を送りながら。
利奈子の侍女、行子だけは実家がこの近くであるため、助けを呼びに行っていて、姿はない。
ふと、利奈子に目をやると、将典の中に「利奈子を守れ!」と口にしたことが浮かんでくる。しかし、「なぜ」と考える暇はない。
峰樹が将典のそばに近寄ってきた。
「まさか、徒党を組んで力ずくで襲ってくるとは。将家のお屋敷がすぐそばにあるのですよ」
「そうだな。雨が降っているとはいえ、日中に襲撃しに来るなど、私も考えていなかった」
峰樹の顔には、身の程知らずとも、信じられないとも取れる表情があった。次いで、得体の知れなさへの恐れが浮かび、
「一体、民権運動のごろつきたちの正体は何者なのでしょう?」
峰樹の潜めた声に、将典はあっさりと、けれどはっきりと答えを返した。
「夜烏組の者たちだな」
「なっ! 本当ですか?!」
「少なくとも、目の前にいる者たちはそうだ。汐入横丁で無法な地上げを行っていた者たちが混ざっている」
将典がそう言うと、猿轡をかまされた男は唸り声をあげた。小矢島と呼ばれた用心棒は口を閉ざしたまま、何も語らない。
ただ、かつて見た時と比べると、彼の目が違った。絶望があるのは変わらない。今はそこに感謝と羞恥、羨望と希望とが混ざっていた。
そんな彼に視線を送った峰樹は、吐き捨てるように言った。
「武士の末裔の面汚しですな」
真宙は眉をひそめる。利奈子は、彼の擦り切れた袖に視線を送ると、あいまいな表情を浮かべた。
男は目を伏せた。汚名を受け入れるように。
「ですが、さすがに、この場所で、しかも日中に夜烏組が襲撃を起こせば、警察は黙っておりませんぞ」
本当に夜烏組なのか、と半信半疑のように峰樹は首を傾げた。
その疑問は将典の中にもあった。夜烏組が江都中を我が物顔に支配していたら、今回のように傍若無人に振る舞うだろう。けれど、いまだ江都の警察は彼らの跳梁跋扈を許していない。江都市長の堂上侯爵、戸梶内務卿、加登宰相、彼らの能力をまだそこまで将典は疑っていない。それでも、
「その警察を完全に抑え込める実力者が夜烏組の背後にいるとすれば、どうだ。夜烏組からはみ出た半端者がここまで大胆不敵な襲撃をするとは考えられない」
ゲーム「パルヴニール」には、夜烏組の背後に誰か潜んでいるといった描写は無かった。
――それでも、ある程度絞り込むことはできる。
将典は用心棒の男に視線を向けた。彼も察したのだろう。後ろ手で縄に縛られながらも、背筋をスッと伸ばした。
「違うか?」
「仰る通りです。夜烏組の頭から直接指示を受けやした」
即座に返事が返ってきた。
「内情を喋るのか」
「このままでは役立たずと処分されるのは見えております。ならば、是非とも澤渡様の足下に置いていただきたく願いやす」
「名誉だけでは食っていけない、ではなかったか」
「……確かに言いやした。ですが、誇りが無ければ、お天道様の下で胸を張って生きていけやせん」
「名は?」
「小矢島壮馬と言いやす。故郷は槐州鳴浦郡。先日の事変で故郷を救っていただきました御恩、身命に代えて、返させていただきやす」
「直接の部下にすることはできないが、どこか希望があれば紹介状を書こう」
「……ならば、槐州鎮台をお願いしやす」
「よし」
小矢島壮馬の目から、絶望が消え、うっすらと光が差した。
猿轡をかまされた男が裏切り者と言わんばかりに唸り声をあげるものの、将典は気に留めない。黙れ、と言わんばかりに峰樹はにらみつけている。真宙は壮馬を縛っていた縄をほどいた。
壮馬は真宙に礼を述べると、縛り付けられていた腕を気にするそぶりも見せずに、居住まいを正した。荒んだ気配はかき消え、まとう空気は武士の末裔に相応しいものに変わっていた。
「夜烏組の頭がどこから今回の件の指示を受けていたかは知っているか」
「申し訳ありません。知りませぬ。ですが、頭はどこぞのお偉い様から指示を受け、便宜を図ってもらっているのは確かでやす」
「この者の言うことが正しければ、今回の襲撃は夜烏組の意志である、と。ならば、背後にいる者は絞り込めてきますな」
峰樹がそう言うと、将典に顔を寄せてきた。他の誰にも聞かれないように声は潜められている。
「将家の若君でしょうか。御当主とは仲がよろしくないと伺っておりますが」
真一郎との不仲が元官吏である峰樹の耳にも届いていることを知った将典は、片眉を動かしかけた。
「……若君はない」
将典も声を潜めた。もしも、誰かに聞かれ、新聞に垂れ込まれたりしたら大事になる。それでも、口にするのは峰樹としっかり認識を共有するため。
「夜烏組を動かす金も伝手も持っているだろう」
資金はもちろん、伝手はゲーム「パルヴニール」を知る武樋貴郎が側にいる。真一郎なら、屋敷の目と鼻の先で事件が起きても、意に介さないだろう。
「だが、若君は学生だ。学生の若君が警察を抑え込める、その確証を夜烏組は得ることはできないはずだ」
峰樹が大きく頷く。
「そして、この場所は姫君の紹介によるものだ。将家の大人たちも下手には動くまい」
将家の後継者が定まっていない今、どちらかの肩を持ち、どちらかを貶める行動を、将家に仕える者たちが取ることはない。
「となると、枢府に名を連ねる方々のいずれか」
峰樹の言葉に、将典も頷きで返す。枢府に名を連ねる者たちの中でも、今回の条件に当てはまる者は限られる。
「加登宰相の将家との不仲は周知のことです。将家と対抗するためにも、滄州と千里様の商会から得られる富は喉から手が出るほど欲しいでしょう」
峰樹は小声で話しながら、その目は己が仕えるに値する人物か将典を見極めるようだった。
「夜烏組を動かし、警察を抑え込むとしたら、戸梶内務卿も考えられます。将家への忠誠が厚いとはいえ、本心までは分かりません」
初耳の話を元官吏として口にする峰樹に、将典はかすかに眉を動かした。けれど、それだけ。
さらに続けようとする峰樹に向かって、
「そこまでにしておけ。証拠は何もないのだ」
「……これからどうなされるおつもりですか」
店の正面は破壊され、外の様子が見えた。
停めてあった自動車も壊され、無残な姿をさらしている。
車の側面には澤渡家の紋章が刻まれていたが、今は歪み、泥に汚れていた。
気づかぬうちに、将典の眉間には深いしわが刻まれていた。
「さすがにここまで虚仮にされたら、何もしないわけにはいかない」




