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-Ingeits-  作者: 夜甜零
7/8

Episode * Ⅶ * 激動のグロリオサ



――翌朝


私達は時子(ときこ)おばあちゃんが作った朝食を食べ、各々動きやすい服に着替えて、屋敷の裏にある庭園に集まり、アンジェさん達を待っていた。


「梨花(りんか)、もう大丈夫かい?」


「うん。由紀夫(ゆきお)兄さんありがとう。大丈夫だよ!」


「そっか。よかった……それにしても凪沙(なぎさ)達ははしゃぎすぎだね。」


私と由紀夫兄さんが並んで座っている前で、凪沙兄さん、和希(かずき)兄さん、祐希(ゆうき)先輩の3人は冬海(ふゆみ)先輩に冷たい目で見られながら、謎の舞(まい)を舞(ま)っていた。


「凪沙兄さん、魔法とか使うゲーム好きだったもんね。」


「それにしても……な気もするけど……」


「ふふっ。楽しそう!」


「うん、そうだね。」


由紀夫兄さんは、凪沙兄さん達を見ながら優しく笑った。


しばらく待っていると、アンジェさんがお姉さんとレオンさんを連れて庭園へ来た。


「みんな、話していた俺の姉のディア。ちょっと変わってるから相手は大変だろうけど、腕は確かだから頑張って。」


「弟のアンジェがお世話になっている!私がディアだ!!今日からビシバシしごいていくから覚悟しておけ!!」


「昨日の……アンジェさんのお姉さん!?」


私はディアさんを見て、昨日助けてもらったお姉さんだと気づいて、咄嗟に声が出てしまった。

ディアさんも私に気づいたようで、私の方へ歩いてきた。


「君、昨日の子か!!しっかり鍛えてやるぞー!!」


ディアさんは私の肩を抱いて、豪快(ごうかい)に笑う。


ディアさんは私達の前に来て、仁王立ちで一人一人眺める。


「全員服を脱げ!!貴様らはひ弱すぎる!もっと身体を鍛えてからだ!!」


特訓は、ディアさんが体術・剣術、アンジェさんが魔法の先生をしてくださるそう。

私は兄さん達とは別れて、アンジェさんと先に魔法の特訓をすることになった。


「梨花、君はまず魔力を感じる所からだね。」


「魔力を感じる?」


「そう。身体の中を、血液と同じように当たり前に巡っているものだと知ること……かな。」


アンジェさんは私と向かい合って座り、手を差し出した。


私はアンジェさんの手にそっと自分の手を乗せる。


「目を瞑って、手に集中。」


アンジェさんに言われた通り、手に意識を集中させると、アンジェさんに触れている手から、じんわりと心地良い感覚が広がっていく。


「何か感じた?」


「はい。少し暖かくて、心地良いです。」


「そっか。これが魔力。俺が君に少しずつ魔力を流したんだ。この感覚を覚えて。」


「はい。」


魔力の感覚を掴めた所で、自分の魔力をアンジェさんへ流す訓練を始めた。


しばらくすると、息が上がって体がフラフラと揺れて倒れそうになる。

アンジェさんは、私を抱えてソファに下ろしてくれた。


「梨花。君の能力は素晴らしいけど、魔力が一般人より少し多い程度だから、何度か上位の治癒をすると魔力切れで倒れてしまう。

俺もどうにか対処法は探すけれど、梨花自身も倒れずに魔法を使えるように特訓が必要だよ。

いざって時に倒れずにすむように、魔法を使う場面を考えなければいけないけどね。」


「はい。頑張ります……」


「どうしたの?」


「私、やっと誰かのお役に立てると思ったのに……ちょっと悲しいなーって思ってしまって。」


「蘇生が出来るほどの治癒魔法なんて、国の教会に一人居るか居ないかだよ。そこまで卑下(ひげ)することはないよ。」


アンジェさんは私を見て、ため息をつく。


「君は、もう役に立っているよ。実際に君のおかげで助かっている人も居る。

俺が君に魔法を教えるのは、教会のゲス共に君が利用されない為だよ。俺は結構君達を気に入っているんだ。」


アンジェさんは、少し照れたように笑う。

私はそんなアンジェさんの表情に、少し顔が熱くなる。


「ありがとうございます。頑張ります!」


アンジェさんはニコッと笑って、私の手を取る。


「立てるかい?少し気分転換に姉さんの特訓見に行こうか。」


「はい!行きたいです!」


私とアンジェさんが庭園へ戻っていると、ディアさんの叫び声が聞こえて来た。


「私と夫婦(めおと)になってくれ!!!」


アンジェさんは、頭を抱えてため息をつくと急いでディアさんの元へ向かった。


私はアンジェさんの後を追いかける。

少し遅れてみんなの元へ着くと、ディアさんはアンジェさんに正座させられていた。


私は兄さん達の元へ駆け寄った。


「由紀夫兄さん。何があったの?」


「あ、いやぁ……」


由紀夫兄さんは気まずそうに目を逸らす。

由紀夫兄さんの後ろから、ひょこっと和希兄さんが顔を出す。

由紀夫兄さんを冷やかすようにニヤニヤしている。


「ディアさん、由紀兄(ゆきにい)に求婚したんだよ〜!」


凪沙兄さんがニコニコと話す。


「え!?そうなの?由紀夫兄さん!?」


「ま、まぁ……」


「えー!何があったのー!?なんでなんで!!」


「一目惚れだって〜!」


「一目惚れ!?由紀夫兄さんはかっこいいものね!!」


「……2人ともやめなさい。」


「えー!!兄さんの初めての恋人になるかもしれないでしょー!!」


「付き合ったことくらいあるよ。」


「え!うそ!?いつ!!」


「嘘だぁ〜。由紀兄彼女出来たなんて聞いたことないよ〜。」


「出来ても言わないよ。」


由紀夫兄さんは、少し顔を赤くしてそっぽを向く。


「それに、付き合う気はないよ。」


「どうして?」


「こんな世界に急に来てしまって、俺はお前達を守らなきゃいけない。」


「由紀夫兄さん、私達は―」


「だから、由紀夫の弟妹全員まとめて私が守ってやると、言っているだろう!!」


ディアさんは、アンジェさんに叱られながら、由紀夫兄さんに向かって叫ぶ。


アンジェさんは、少し離れた所にディアさんを座らせると、私達の元へ来て頭を下げた。


「姉が迷惑をかけたみたいで申し訳ない。婚期を逃して焦ってるんです。王国騎士団の団長なんてしてたら、男が寄り付かないのも仕方ないですけどね。」


「そんなことないです!!かっこいいです!!」


「梨花はかっこいい女性好きだよね。」


由紀夫兄さんは少し困ったように笑う。


「うん!憧れます!!」


そんなこんなで、ディアさんは由紀夫兄さんが居ると調子が出ないようだったので、由紀夫兄さんはアンジェさんが教えることになった。

剣術はレオンさん自ら由紀夫兄さんに指導してくださるそうで、レオンさんは初めて弟子ができると喜んでいたらしい。


私達は、ディアさんやアンジェさんに特訓を付けてもらいながら、空いた時間に冒険者の依頼を受ける。




そんな日々を過ごして数ヶ月。

みんな覚えが良いようで、教えてもらったことは数回練習すれば出来るようになった。


そして、和希兄さんと凪沙兄さん、祐希先輩の三人は冒険者ランクⅣまで上がり、私と由紀夫兄さん、冬海先輩は冒険者ランクⅢになった。


茂(しげる)さんは、冒険者は諦め紗子(さえこ)さんや時子おばあちゃん、治(おさむ)おじさんと飲食店を始めた。

オープンしてまだひと月しか経たないけれど、安くて珍しく、美味しい食事が食べられると人気だそう。

夜には冒険者の人達も来てくれて一日中賑わっている。


私もたまにお店を手伝いに行って、時子おばあちゃんのご飯を食べさせてもらっている。


そして数ヶ月も経つと、ディアさんの由紀夫兄さんへの求婚が日に日にエスカレートしていって、今では由紀夫兄さんもかくれんぼが上手になった。


「由紀夫!!どこへ行ったー!!逃げても無駄だぞ!!私と結婚しろ!!」


屋敷の中をディアさんが由紀夫兄さんを探し回る。


「由紀夫兄さん、そろそろお返事してあげたら??」


私の部屋にディアさんから逃げて来た由紀夫兄さんを見る。


「ちゃんと断ってるよ。」


「うーん。私、ディアさんはすごく良い人だと思うよ?」


「そんなことはわかっているよ。強い女性だってことも。」


「じゃぁ、どうして断るの?」


「今はまだ、恋とか結婚とか考えられないよ。」


「それって、私達の為?」


由紀夫兄さんと話していると、話を遮るように扉がノックされた。


「梨花!!由紀夫は来ていないか!!」


「ディアさん!?兄さんなら来てませんよ!また逃げられちゃったんですか?」


「そうか。また見つけたら教えてくれ!!」


「はーい!」


私は由紀夫兄さんを見て笑う。


「私そろそろ時子おばあちゃんのお手伝い行かなきゃー!」


私は由紀夫兄さんを置いて部屋を出る。

まあ、本当にお手伝い行く予定だったしね。




私は屋敷を出てお店へ向かっていると、レオンさんと鉢合わせた。


「レオンさん!お久しぶりです。」


「梨花、久しぶりだね。しばらく街を出ていたから……」


「そうなんですね!見かけないなーとは思ってたんです。」


「あ、そうだ。紹介しないとね。」


レオンさんは隣に立っている綺麗な男性を紹介してくれた。


「私の仕事を手伝ってくれているノアだ。これまでは王都で働いて貰ってたんだけどね。こっちに来てもらう事にしたんだ。」


「ノアさん!!よろしくお願いします!!梨花です!」


「はい。お噂は予々(かねがね)。」


ノアさんはメガネを掛け直し、無表情でお辞儀をした。


「ノアは人見知りなんだ。これから会う事も増えるだろうからよろしく頼むよ。」


「はい!こちらこそです!」


レオンさん達と別れ、私はお店へ向かった。

お店に着くと、時子おばあちゃんは厨房で忙しそうにしていた。


「おばあちゃん!来たよー。何か手伝う?」


「梨花!!良い所に来た!レオン様にね夕食を用意して欲しいって頼まれて、今忙しいのよ!」


「そうなの!?大変!私どうしよう!厨房とホールどっち人手いる?」


「一旦、表手伝って来て!!あと、紗子さんと茂さん呼んできてちょうだい。」


「はーい!」


私はエプロンを付けながら厨房を横切り、表へ出る。

みんな夕方オープンに向けて掃除をしていた。


「紗子さん!茂さん!!2人厨房来て欲しいってー!!表私やっときますね!!」


「あら、梨花ちゃんありがとー。」


紗子さんと茂さんは私に気づくと、厨房へ入っていった。

私は箒で掃除をして、治おじさんと机を動かしてオープン準備をした。


机を拭いていると、冒険者のお客さんが入って来た。


「わるい。まだオープンしてないのはわかってるんだが、中で待たせて貰っても良いか。」


中年の男性と体調の悪そうな少年が入って来た。


「もちろんです!どうぞー!お水持って来ますね!」


「すまない。」


私は、冒険者にしては良い着物を着ている2人を少し不思議に思いながら、お水を出して1番奥の席に座ってもらった。


「おばあちゃん、お客さん来ちゃった。疲れてそうだったから、座ってもらってるけどよかったかな?」


「良いわよー!注文も聞いて来てちょうだい。」


「良いの?オープン前だけど。」


「えぇ、もうすぐ開けるし、ついでに表の看板もオープンにして来てちょうだい。」


「わかったー!」


私は時子おばあちゃんに言われた通り、看板をオープンに変え、お客さんに注文を聞きにいった。


少年は、ずっと暗い顔で下を向いている。

男性は日替わり定食とオムライスを頼んでくれて、私は厨房に伝え、また他のお客さんが入って来たので接客を続けた。




日も沈み客層が変わり、冒険者のお客さんが増えた頃。


私はふと男性と少年が気になり、奥の席を見ると2人はまだそこに座っていて、男性と目が合った気がした。

少年はオムライスに一口も手をつけずに下を向いている。


「梨花ちゃーん!ビールおかわりー!!」


「はーい!」


常連さんのトピーさんに声をかけられ、仕事に戻る。


「トピおじさんあんまり呑みすぎると、奥さんにまた怒られちゃいますよ?」


「だいじょーぶ、だいじょーぶいっ!俺が稼いだ金で呑んで何が悪いー!!」


「あ。」


「どした、梨花ちゃん。」


トピおじさんは、私の視線を追って窓を見る。

窓から覗く女性に気づいて、冷や汗をかき出す。


「げっ、女房だ。」


「ほらー、また怒られるよー。」


「梨花ちゃん言い訳考えてくれよぉ。」


「いやです。ちゃんと怒られてください。」


しょぼーんと、机に伏せるトピおじさんを横目に、私は厨房で容器にお惣菜を入れてトピおじさんに渡す。


「はい、これおばあちゃんから。奥さんと一緒に食べて。」


「おぉー!これは喜ぶぞ!いつもありがとな!!」


「はいはい、外で待ってるんだから早く行ってあげてください。」


「おう!!ごちそうさまー!!」


トピおじさんは、冒険者ランクⅥのベテラン冒険者さんです。ああ見えて……人は見かけによらないってよく言ったものです。


私は空いた机を片付けて、机や椅子を拭く。


「梨花ー!ちょっとこっち来てちょうだい!」


「はーい!」


「梨花ちゃん!おじさんにもビールー!!」


「はーい!!すぐ持っていきますねー!」


なんて忙しくしていると、あっという間に閉店時間になった。


「おばあちゃん、最初に来てたお客さん以外みんな帰ったよー。」


「そう、どうしたのかしら。宿ないのかしらね?」


「さぁ、わかんないけど。男の子が全然ご飯食べないみたいで。」


「あら、じゃぁちょっとこれ持っていってあげて。この魔力に子供は抗えないわよ〜。」


「うぅ、私も抗えそうにないよ!」


「梨花の分はあるから、早く持っていってあげなさい。」


「やったー!」


私は時子おばあちゃんに渡された、プルプルの美味しそうなプリンを少年の前に置いた。


「どうぞ、美味しいよ〜!」


「あ、ありがとう……」


「どういたしまして〜!」


「すみません。この子食が細くて。」


私がニコニコ眺めていると、男性は申し訳なさそうに頭を下げた。


「それにしても最近この街で、蘇生魔術を使える人が居るという噂を聞きましてね。何かご存知ですか?」


私は男性の探るような視線に、冷や汗が流れるのを感じた。


「いえ、私は聞いた事ないかもしれないです!」


私は焦って答える。


「そうですか。この街にはもう既に治癒魔法の使えるエルフが居るというのに、この街の領主は本当に自己中心的というかなんというか。」


「治癒魔法師は、皆で分け合うべきなのですよ!治癒魔法師ほど神に愛された者はいない!その上蘇生!!それはもう神の使い……いや!女神に違いない!!」


男性は息を荒げて、手を広げる。


「そうなのですね。」


「君は珍しい容姿をしている。この国の人間ではありませんね。本当に何もご存知でない?」


「旅の途中なんです。知っている事はありませんよ。」


私は震える手を押さえて、笑顔で答える。


「私は思うのですよ。神に愛されて生まれ、それ以上に恵まれた存在が居るでしょうか。

神に愛されたのだから、その幸運を周りにも分けるべきだと。

その者達も民へ貢献できる!これほど光栄な事はない!!」


「ですから教会は、治癒魔法師を全員例外なく教会で管理するべきだと結論に至ったのです。」


「はぁ……頭の痛い話ですが。あのアンジェは素晴らしい力を持ちながら、教会に刃向かいました。

あの者はいい死に方は出来ないでしょうな。」


私は唇を噛み、男性の話を黙って聞くことしか出来なかった。


男性は笑って立ち上がる。

腰の剣を抜き、隣に座っていた少年を突き刺した。


男性が剣を引き抜くと、少年は血を流し床に倒れる。

私はその行動が理解出来なくて、頭の中が真っ白になった。


「な、なにしてるんですか!!」


急いで少年を寝かせて、私はエプロンを脱いで傷口を押さえる。


「貴方のお子さんじゃないんですか!」


「違いますよ。そんな薄汚い子供。奴隷ですよ。」


「奴隷……?」


「奴隷も知らないのですか。さぞ田舎の国から来たのですねぇ。」


厨房から茂さんが異変に気付いて出て来てくれた。


「梨花ちゃん!」


「茂さん……どうしよう。どうしたらいいですか。」


私は涙を堪えながら、少年の傷口を強く押さえる。


「早く治療なさい。貴方が噂の治癒魔法師でしょう。教会は至る所に目を配置しているのですよ。」


「私は……」


「それ、死にますよ?」


アンジェさん……約束守れなくてごめんなさい。


私は少年に治癒魔法をかける。




❋ ❋ ❋ ❋


――つい3日前


アンジェさんと私は魔法の特訓をしていた。


「梨花、君は戦闘に向いていないかもしれないね。」


「えー、そんなぁ。」


「戦いたかったかい?」


「戦いたくはないけど、いざって時に自分の身は自分で守れるようになれたらなぁって思ってたんです。」


「お兄さん達の為?」


「……はい。みんな優しいから多分私が弱いと守ろうとしちゃうから。」


「うん、そうなるだろうね。」


「どうしたらいいんですかぁー!!」


「ふふ、そうだね。俺がいない時は治癒魔法を使わない。でどうかな?」


「えー、そんな事で何か防げますか?」


「うん、防げるよ。君が自分で戦えるようになるまでって制限を付けるなら。

この街に、治癒魔法師が居ることは教会の人達はみんな知ってる。

俺がいれば、君が治癒したとしても、誰も口外しなければバレない。それだけでも結構大きな違いだよ。」


「へー。そうなんだ。」


「まっ。俺がいれば口封じなんて簡単って意味だけどね。」


「……アンジェさん、綺麗な顔でたまに怖い事言いますね。」


「そう?」


アンジェさんは私にまじないをかけた。


「俺が一緒にいない時に、治癒魔法を使わない。使ったら10日魔力使えないようにします。」


「え!!10日も!?せっかく魔法の練習楽しくなってきたのにー。」


「あー、約束破る気満々だ。」


「目の前に血だらけで倒れてる人が居て、私はその人を助けれる力があるのに見捨てるなんて出来ないよ。」


「それでもダメだよ。教会の目が何処で見ているかわからないんだから。」


❋ ❋ ❋ ❋




少年が薄っすら目を開ける。


「よかった。大丈夫?」


「ご、ごめんなさい。ごめんなさいっ!」


少年は泣きながら、何度も私に謝っていた。


茂さんは店の外へ出てまだ戻って来ていない。

男性は窓枠に座って脚を組んで、私達を見下ろすように眺める。


「やはり貴方が治癒魔法師でしたね。」


「ほんと、アンジェさんが言った通り、ゲス野郎ですね。」


「私達はただ、民の為になる事をしているだけですよ。」


「私も、民を助けたいという意見には共感します。

でもやり方が汚くて、治癒魔法師を物としか見ていない。

そして助けるべき民を傷つける。私は吐き気がしますよ。絶対に教会へは行きません。」


「貴方もですか。ですが貴方はアンジェのように、教会からの刺客を何度も返り討ちにできますかねぇ。」


「自己中心的なのはこの街の領主様でも、アンジェさんでもありませんよ。貴方方教会です。

さも自分達は正しいことをしているって、人に責任を押しつけて、自分達はのうのうと人を見下ろしているだけじゃないですか。」


私はこの世界に来て、少し力を得て。

少し気が強くなっていたのかもしれない。


この世界に、自分よりも力を持った存在はいくらでも居る。そんな事、嫌ってほど分かっていたはずなのに。怒りで周りが見えなくなっていた。




店内へ、真っ白なフードの付いたクロークを着た集団が入って来て、厨房から時子おばあちゃんや紗子さんの悲鳴が聞こえた。


「みんなは関係ないでしょ!?」


「関係あるかないかは、君が素直に付いて来るかに掛かっている。」


私達を見下ろす男性は、クロークを渡されて羽織る。


私は少年を時子おばあちゃんに預けて、真っ白な集団に大人しく付いて行った。


「ありがとうございます。素直に付いて来てくださり助かりましたよ。この街の領主やアンジェなどが出て来ては、骨が折れますからね。」


「そうですか。」


私はロープで手首を縛られ、引っ張られながら歩く。


街を出ようとした時、後ろから茂さんの声が聞こえた。

振り返ると、レオンさんやアンジェさんが来ていた。


「梨花ちゃん!遅くなってごめんね。みんな、連れて来たよ。」


アンジェさんは呆れたように頭を抱えている。


「教会の方々だとお見受けしますが、この街は教会関係者立ち入り禁止という決まりが御座います。」


レオンさんは怒った表情で話しているけれど、顎にケチャップが付いていますよ、レオンさん。

ディアさんはそれを見てクスクスと隣で笑っている。

気付いているなら教えてあげて下さいよ、ディアさん。


私は緊張の糸が解けて、クスッと笑ってしまった。


レオンさんがアンジェさんとディアさんに合図をする。

2人がレオンさんより一歩前に出た瞬間、私の周りの人達がみんな倒れた。


「……へ。」


気付くと目の前にアンジェさんが立っていた。


「本当に10日間、魔法禁止にするからね。」


「ごめんなさい……」


アンジェさんはすぐに縄を解いてくれた。


「梨花、怪我はないかい?」


「はい、大丈夫です。お手数おかけしてすみませんでした。」


「いや、いいんだ。私がもっと厳しく取り締まっていればこうはならなかった。」


私が頭を下げると、レオンさんは優しく肩にポンと手を乗せ、付き添いで来ていた兵士達に指示を出す。

あっという間に、教会の人達は縛り上げられ、街の外の屯所に入れられた。


「王都に送ってくれ。」


「はっ!」


数人の兵士達が、レオンさんから何かを受け取って馬に乗り駆けて行った。


私はレオンさん、アンジェさん、ディアさんと並んで屋敷へ歩いて帰る。


「あ、あとレオンさん。」


「ん?なんだい?」


「口元にケチャップが……」


レオンさんは拭き取ると恥ずかしそうにしていた。


「ふふ。おばあちゃんのご飯美味しかったですよね!」


「あぁ、美味かった。また食べたい。」


「あ!そうだ。教会の人が男の子連れて来てて、保護したんですけど、どうしましょう。」


「今は何処にいるんだい?」


「おばあちゃんに預けてます。」


私達は屋敷へ帰る途中で、時子おばあちゃんのお店へ向かった。


「おばあちゃんー!」


「梨花!あぁ、よかった。怪我はないかい?」


「うん!ないよー!男の子は?」


少年は店の角で小さく縮こまっていた。


「あの子だね。」


「はい。あの、レオンさんあの子全然ご飯食べてなくて、お話しするならご飯食べながらにしませんか?私もお腹ぺこぺこで。」


「そうだね。そうしよう!私もオ、オムライスとやらをまた食べたい。」


「すぐ作るわね。みんな座ってお水でも飲んでて。」


「はーい!」


時子おばあちゃんと紗子さんが厨房でご飯を作ってくれている間、治おじさんと茂さんは店の掃除をしている。


私達は角の席に座って、時子おばあちゃんのご飯を待った。


しばらくすると、茂さんが出来上がったご飯を持って来てくれた。レオンさんは少し不服そうにお礼を言う。


「どうした!レオンよ!」


ディアさんがレオンさんに声を掛ける。


「オムライスではない……」


机には、ホカホカのおにぎりとだし巻き玉子、鶏足の骨付き唐揚げとたくあんが並ぶ。


「レオンさん、これも美味しいですよ〜?」


「そうか。」


レオンさんは、おにぎりを一つ取り、かぶり付くと表情を変えた。


「これは美味いな。中に魚が入っているのか。」


「そうですね、焼き魚と魚の卵、梅干しに昆布ですね。どれも美味しいですよ。」


「魚の卵は食べられるのか……」


みんな珍しそうに口へ運ぶ。

少年が何も口に付けないので、私は隣に座らせて、お皿に食べられそうな物をよそう。


「遠慮しないで食べて!残したらおばあちゃん怖いのよ!!一緒に食べましょ〜。」


男の子は小さく頷いて、恐る恐るおにぎりを掴む。

一口食べると、気に入ったのか涙を流しながら、他のおにぎりも食べ出した。


「美味しい?」


「……うん。」


「そっか〜!よかった!」


唐揚げも鶏皮で包んで揚げているから、中はジューシー、外はパリッとしてすごく美味しい。


食べ終わる頃に、時子おばあちゃんがデザートを持って来てくれた。


「はい、坊やと梨花はプリンね。大人のお三方にはブリュレを作ってみたわ。」


目の前にプルプルと震えて、ツヤツヤのプリンが置かれる。


「美味しそう!!でも……」


隣に並べられたブリュレから、香ばしい香りが漂って私を誘う。


チラチラとレオンさんのブリュレを見ていると、アンジェさんがそんな私を見て笑う。


「梨花、俺のを少し分けてあげるよ。」


「え!!いいの!?」


私は遠慮なくアンジェさんのブリュレを一口貰った。


少年もプリンが気に入ったようで、いち早く食べ終わっていた。

やっぱりプリンの魔力は本物みたい。


ご飯も食べ終わり、私が片付けを手伝っている間、レオンさんは少年に色々質問したみたい。

少年も奴隷として買われ、ここへ連れて来られただけで、なんの情報も持っていなかったそう。


少年はひとまず、時子おばあちゃんが預かってくれる事になった。


屋敷へ戻ると、アンジェさん達はまだお仕事があるようで、私だけ先に部屋に戻る。


部屋に入ると兄さん達が腕を組んで私を待っていた。

何か怒っているみたい。


「兄さん達ただいま!」


私は兄さん達に笑いかける。


「1週間外出禁止、時子おばさんのお店へ手伝いに行く時は誰かが付き添いで行くから。」


「え!?そんなことしなくていいよ!由紀夫兄さん!!」


和希兄さんは私の腕を掴んで、手首の縄の跡を見る。

凪沙兄さんも珍しく黙って座っている。


「ねぇ、本当に大丈夫だよ?怪我もしてないし。」


そんな私の言葉も無視で、凪沙兄さんが立ち上がる。


「梨花。明日は僕が一緒にお店のお手伝いに行くからね。」


「……はい。」


兄さん達の圧に負けて、私は肩をすぼめる。




――翌朝


私は少ししょんぼりしながらリビングへ向かうと、冬海先輩に声をかけられた。


「昨日は大変だったみたいだね。」


「はい、でも全然大丈夫です!」


「そう、よかったよ。みんな心配していたよ。茂さんがすごい形相で屋敷に来てね。」


「そうなんですね。ちゃんとお礼言っとかなきゃ!」


「うん。それが良いね。」


私は冬海先輩と別れると、恐る恐る兄さん達の側に座る。


「梨花、おはよ〜!」


「ちゃんと朝から支度出来て偉いな。」


いつも通りの兄さん達。

昨日との落差が激し過ぎて怖いよ!!


私はその日から1週間、本当に毎日兄さん達が入れ替わりで、一緒にお店のお手伝いに来てくれた。

そして私は、アンジェさんに言われた通り、魔法の特訓も出来なかった。


少年は毎日一生懸命、時子おばあちゃんのお手伝いをしています。




そして、そんな事件から半月後。


レオンさんは、街の外の屯所に幽閉していた教会の人達を護送するため、兵士数名、アンジェさんとディアさんを連れ王都へ旅立った。


レオンさんは国王にも呼ばれているため、帰るのは少し遅くなるらしい。


レオンさんが居ない間は、ノアさんが領主代理で、困った事があればノアさんに聞いてくれとのことだった。






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