Episode * Ⅵ * 萌芽の秋桜
――翌日。
由紀夫兄さんは、アンジェさんと用があるらしく別行動に。
紗子さんもまだ体調が万全でなく、医師に診てもらうとのことだった。
時子おばあちゃんと治おじさん。そして茂さん、冬海先輩、祐希先輩、和希兄さん、凪沙兄さんと私の8人で、街の外へ出て薬草採りをしていた。
私は綺麗なお花を見つけた。
周りには無い花。
一輪だけ一際目立つピンク色の花。
私はその花を摘む。
「綺麗〜!!」と眺めていると、
森の方から「逃げろー!」と叫びながら女性が走ってきた。
その後ろからは、大きなゴブリンが追いかけてきていた。
なんだかすっごく怒っているみたいだ。
「おい!何してんだ早く逃げろ!走れねーのか!?」
走ってきた女性は急いで私を小脇に抱え、街に向かって走り出した。
その女性は少し走ると、時子おばあちゃんや治おじさんが花を摘んでいるのを見つけ、私を下ろしてゴブリンに向き直った。
「ゆっくりでも良い、ジジババ連れて早く街に入れ。それとナイフでも良い何か武器になる物持ってるやつは居ねーか?」
私は下ろされた勢いでよろけながら、体勢を立て直しす。
「ご、ごめんなさい。私達まだ武器を持っていなくて。街の近くだから良いかと……」
女性はチッと舌打ちして「早く逃げやがれ。」と私達を逃がしてくれた。
私は急いで時子おばあちゃんと治おじさんを連れて、兄達の元へ走る。
「みんな。早く逃げないと!後、誰か呼ばないと!私達のせいでお姉さんが!!」
と言うと、和希兄さんが察したのか、先に街へ向かって走り出し、冒険者ギルドに駆け込んだ。
「時子おばあちゃん、後もう少しだから頑張って。」
街から冒険者が数人出てきて、そのうちの屈強な冒険者が、時子おばあちゃんと治おじさんを2人まとめて抱え、街まで走ってくれた。
私達は無事街まで戻ると、そこには冒険者達が集まっていた。
それほど、あの大きなゴブリンが強い事を意味していた。
私達を庇って逃がしてくれたお姉さんは無事だろうか……なんて思っていると、何か大きなものがズルズル――と引きずられて街へ近づいてくる。
「あはは!なんとかなーった!」
豪快に笑うのは逃がしてくれた女性だった。
ゴブリンキングを素手で倒したそうだ。コワイ!
よく見るとなんだか誰かに似ている様な……
騒ぎの中、私達は冒険者ギルドへ向かい、依頼完了報告をしに、薬草を持って行っていた。
報酬を貰い、凪沙兄さんと時子おばあちゃんと私の3人を残し、みんな屋敷へ先に戻り、私達は食材を調達する事になった。
凪沙兄さんは荷物持ちで残ってくれたみたい。
「凪沙兄さん、何か食べたいものある?」
「うーん。オムライス。それか梨花がこの前作ってくれたチーズ入ってるアメリカンドッグとか。」
兄さんは真面目にそんな事を言うので、私と時子おばあちゃんは笑いながら、
「晩御飯に食べるの?」
そんな話をしていると、この世界にウインナーとかチーズってあるのかな、という話になった。
「チーズくらいならありそうよね。伸びるかはわからないけど。まぁなくてもアタシが作ってあげるわよ。」
「時子おばあちゃんチーズ作れるの?」
「えぇもちろん、作ったこともあるわよ。」
すごーいと感心しながら、露店でいろんなお野菜とお肉を買った。
残念なことに、卵は見つけられなかった。悲しい!!
屋敷に戻ってキッチンへ向かい、調理を始める。
「兄さんに頼んで調味料の作り方教えてもらおうかな。もう少し調味料欲しいよね。」
「そうねぇ。日本人だもの。お醤油くらいは欲しいわねぇ。」
由紀夫兄さんに後で聞いてみよう。
こっちでも材料がわかれば作れるかもしれない。
由紀夫兄さんは、いつ無人島に放り出されても弟妹に不便な思いをさせない為にと、いろんな事を勉強していた。
由紀夫兄さんは本当にすごい。
普通に生きていたら必要のないであろう知識まで人の為に勉強できる。私も見習わないと!
まずは赤ワインでお野菜とお肉をコトコト煮込んで、塩胡椒を少々。
じゃがいもを茹でて、皮を剥いてからすりつぶす。
パンは少々硬いので薄くスライスする。
本当はソースとかもあれば、煮込む時に一緒に入れればもっと美味しいのだけど、今回は簡単に。
お肉が箸でスッとほぐせるまで柔らかくなったら終わり。
すりつぶしてペースト状にしたじゃがいもを皿に乗せ、そこにワインで煮込んだ肉とお野菜をかけて、スライスしたパンを添える。
「時子おばあちゃん、みんな呼んでくるね。」
「うん頼んだよ。」
みんなで同じ机を囲んで食事をする。
やっぱりご飯はみんなで食べるものだよね。
1人で食べるより何倍も美味しく感じるの。
ご飯も食べ終わり、明日からの特訓に向け早めに眠ることにした。
けれど目を瞑ると、昼間見たゴブリンキングの姿がフラッシュバックして眠れず、窓辺に座って外を眺めていた。
しばらく眺めていると、由紀夫兄さんが帰ってきた。
由紀夫兄さんは私に気づくと静かに手を振る。
みんな寝てるからね。
由紀夫兄さんは、静かに部屋に入ってきて椅子を私の正面に移動させ、どかっと座る。
「兄さん、お疲れ様。」
「ほんと疲れたよー……まぁ僕の事より、大変だったみたいだね。大丈夫かい?」
私は手が震えるのを必死に堪えながら、笑顔で大丈夫と答えた。
由紀夫兄さんはそんな様子に眉を顰める。
「梨花、怖いなら怖いって言って大丈夫。
急にこんな世界に飛ばされて。
初めて自分よりも大きい魔物に出会って、怖くないわけないよ。
無理に笑わなくてもいい、せめて兄さん達の前でくらい。」
「うん……」
ポロポロと涙が溢れて、由紀夫兄さんは私の頭を胸に引き寄せ、頭を撫でてくれた。
あの時は必死で、本当は足が震えて動けなかった。
それでも無理やり足を動かして、怖くて怖くて、思い出さないように笑っていた。
いつも兄さんには、なんでもお見通し。
私は由紀夫兄さんの腕の中で、泣き疲れて眠った。




