Episode * Ⅷ * 月華の月桂樹
真っ暗で静まり返ったリムの街に、悲しい音が響く。
「アルレウス……レオン・アルレウス……私はお前達の一族を……お前の大切な者達を全て無に化してやる……」
憎悪と哀しみはその者の身体まで蝕み、全ての者を焼き尽くす炎と化す。
薄暗い蝋燭の火に照らされた地下に、女子供が大量に倒れ、その血肉で描かれた巨大な魔法陣が、ドクンッと音を立てて淡く光る。
―早朝
私は朝早くに目を覚まして、屋敷内の掃除をして、溜まりに溜まった洗濯を済ませた。
庭で休憩していると、兄さん達が降りて来ていつもの日常が始まる。
「和希兄さん、今日も冒険者の依頼で外へ行くのよね。」
「あぁ!凪沙と祐希と3人で行ってくる。ランクが上がって受けれる依頼も増えたからな!!」
「そっか。楽しそうだね!気をつけて帰って来てね!!」
「おう!梨花も気を付けろよ。なんか最近魔物討伐の依頼が多くてさ、リムの街周辺で凶暴な魔物が増えてるらしいぜ。」
「へー。そうなんだ。大丈夫!!今日もおばあちゃんのお手伝いだから!」
「そっか、それなら安心だな!」
「うん!」
「じゃぁ、行ってくる!」
「行ってらっしゃい!」
和希兄さんと凪沙兄さん、祐希先輩は冒険者ランクⅥに上がり、毎日のように依頼を受けて街の外へ出ている。
私はまだランクⅣ。攻撃魔法があまり得意でないから、パーティを組まないと魔物討伐は出来ないんだよね。
私は、由紀夫兄さんと冬海先輩の朝ごはんを準備して2人を起こす。
冬海先輩はしっかりしているけれど、少し朝が弱いみたい。
「冬海先輩〜!起きてくださ〜い!」
私は冬海先輩の部屋へ入り、カーテンを開けて布団を引っ剥がす。
「梨花君。おはよう。」
「先輩朝ごはん出来ましたよ。今日も図書館行くんですよね。」
「あぁ。ありがとう。」
冬海先輩は、この世界の事や行政地図、今後必要になり得る情報を調べてくれています。有り難い。
その為、毎日のように図書館に行っていて、部屋の中も本で溢れている。
「私、由紀夫兄さん起こして来ますから。ちゃんと降りて来てくださいね。」
「うん。」
冬海先輩は、眠そうに目を擦る。
私は冬海先輩の部屋を出て、隣の由紀夫兄さんの部屋に入る。
「由紀夫兄さん!起きて〜!」
「起きてるよ。」
「起きてないよ!!」
由紀夫兄さんは布団に包まっている。
「由紀夫兄さん!」
布団を引っ張ると、スマホを触っている由紀夫兄さん。
「由紀夫兄さん、まだ充電あるの?みんな充電切れちゃって使えないよ。」
「いや、俺もあと5%。見納めだよ。」
「何見てるの?」
「ちっちゃい頃の梨花。」
私は由紀夫兄さんの横に寝転がって、スマホの画面を覗く。
「うわっ懐かし〜!!小学校の時の運動会だ!!」
「そう、動画も残ってるよ。」
「由紀夫兄さん物持ちいいよね。」
「そうだね。でもこのスマホは去年変えたばかりだったからね。保存し直してたんだ。」
「そうなんだ!ねぇ!和希兄さんと凪沙兄さんのはないの!?」
「あるよー?見る?」
「見たい見たい!!」
私と由紀夫兄さんは、動画を再生して眺める。
「やっぱり、昔から和希兄さんは運動神経良いね。」
「うん、でも凪沙もパン食い競争だけは早かったよ。」
「パンが美味しかったのかな?」
「そうかもしれないね。」
笑いながら2人の動画を観ていると、プツッとスマホの電源が落ち、真っ暗になった液晶に私の顔が反射する。
「はぁ〜。見納めかぁ……」
「どうにか充電する方法探そうね。」
「探そ探そ〜!!」
私は由紀夫兄さんを連れて、一階のリビングへ降りる。
3人でご飯を食べながら、由紀夫兄さんと冬海先輩は昨日調べた事を情報共有している。
私には難しい事は分からないけど。
食べ終えると冬海先輩が、食器を片付けてくれた。
「先輩、私お店のお手伝いあるので先に出ますね。」
「うん、片付けは任せて。ごちそうさま。」
「はい!いってきます!」
私は屋敷を出るとお店へ向かった。
まだ朝早いけれど、街の人達の多くは外でお仕事をしていた。
「怖いわ。昨晩も隣の奥さんが居なくなったそうよ。」
「あら。私のお隣は子供と奥さん2人いなくなって、旦那さんが毎日探し回ってるわ。」
そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。
心配だな、私も気を付けなきゃ。そう思いながらお店へ急ぐ。
「おばあちゃんおはよー!」
店に着くと異様に静かな厨房を横切り、店頭へ出ると机を綺麗に寄せてみんなが集まっていた。
「おばあちゃん?どうしたのー?」
「梨花!大変なのよ!!トピーさんが!」
みんなの側で倒れているトピおじさんを見て、私は急いで治癒魔法をかけた。
「今日早朝に、お店へ来たらトピーさんが店先で倒れていたのよ。」
紗子さんが泣きながら話す。
「トピおじさん!何があったの!?」
ただの治癒では治りが遅く、私はいつもより強めに魔法を使う。
少しずつ治っていく傷に安心しながら、トピおじさんをみんなで運んでソファに寝かせる。
「水持ってくるわね。」
「あと、タオルもお願い。」
時子おばあちゃんが厨房から、タオルと水を持ってきてくれる。
「茂さん。由紀夫兄さん呼んできてもらって良いですか。まだ屋敷に居ると思います。」
「わかった。」
茂さんは急いで、屋敷へ向かってくれた。
「タオル持って来たわよ。」
「ありがとう、おばあちゃん。」
私はタオルを濡らし、トピおじさんのおでこにのせる。
傷はほとんど治っているのにトピおじさんは、苦しそうに汗を流している。
しばらくすると、茂さんが由紀夫兄さんと、冬海先輩を連れて戻って来た。
「由紀夫兄さん。治癒はしたの!でも傷口も綺麗に閉じないし、ずっと苦しそうで。」
由紀夫兄さんは、トピおじさんの身体を調べる。
傷口はブクブクと泡立っている。
トピおじさんは、ヒューヒューと音を立てて苦しそうに息をする。
「毒……かな、分からない。呪いとかの類じゃないかな。魔法もある世界だから、ただの毒とは考えられない。」
由紀夫兄さんは頭を傾げながら、トピおじさんのタオルを変える。
「由紀夫さん。多分これ、瘴気を傷口に取り込んでしまったんじゃないでしょうか。」
冬海先輩がトピおじさんの容態を見て、ふと思い出したように話す。
「少し前に聖女様の文献を読みました。浄化でしか治せない瘴気という、澱んだ魔力……のような物があるそうです。それじゃないでしょうか。」
由紀夫兄さんと冬海先輩は、何か薬や対処法が無いか冒険者ギルドまで行ってくれる事になった。
私達は2人の帰りを待ちながら、トピおじさんの介抱を続けた。
―その頃、冒険者ギルドでは
「由紀夫さん、そういえば祐希達も朝早くに街の外へ出ましたよね。大丈夫でしょうか。」
「わからない。でもトピーさんはもっと早朝に見つかったらしいし、無事……であってほしいね。」
「はい。」
由紀夫と冬海は冒険者ギルドの扉を開けて一歩中に入る。
異様な光景に気圧される。
屈強な冒険者達は、皆瘴気を纏い倒れている。
受付嬢は、バタバタと忙しなく冒険者達の手当てをしている。
「すみません。サリーさん。」
冬海は、冒険者の手当てをする獣人の女性に声を掛ける。
「由紀夫君に冬海君!!今忙しいの!暇なら手伝って!!」
サリーは汗を拭いながら、応急処置をしている。
「あの、トピーさんがおそらく瘴気で……何かありませんか。お薬とか。」
サリーはハッと冬海の顔を見上げる。
「トピーおじさんも瘴気にやられているの!?どうしよう。今ポーション切らしていて無いのよ!最近商人も全然街に来ないし、レオン様もまだ帰って来られないし!!」
サリーは少し涙を浮かべながら、冒険者を寝かせる。
「トピーおじさんなら、ポーションの薬草を取って来てもらえるって……今日ギルドに来ないから無事だって思ってたのに。」
由紀夫と冬海は顔を見合わせた。
「薬草があれば、ポーション作れるんですか!」
サリーは2人の圧に後退りしながら頷く。
「で、でもダメですよ。今魔獣が街の周りに大量発生していて、森の奥なんて最低ランクⅤは無いと危険です。」
「でもこのままだと、皆さん危険なんじゃないですか?」
サリーはその言葉に俯いた。
「危険です。でも王都に手紙を出しました。聖女様に来て頂けるようにと。だから貴方達は街から出ないで。もうリムに滞在している冒険者の過半数がこの状態なんです。」
由紀夫と冬海は冒険者達の手当てを手伝った後、街を出るため門番の兵士にギルドカードを見せる。
門番の兵士は顔を見合わせ、由紀夫と冬海が街を出ることを許可しなかった。
2人は途方に暮れ、領主の屋敷へ向かった。
ノアなら、何か力を貸してくれるのではないかと。
「それに領主の屋敷なら数個くらいのポーションの予備があるんじゃないでしょうか。」
「そうだね、行ってみよう。」
レオンから緊急の時使って良いと渡されていた鍵を使って、屋敷の裏門から入る。
普段より見張りの兵士や使用人が少なく、街は混乱に包まれているのに、屋敷の中は人が居ないかのように静かだった。
2人はノアが居そうな場所を探し回る。
しばらく探していると、厨房で使用人達と数名の兵士が捕らえられているのを見つける。
「大丈夫ですか!?」
由紀夫は急いで兵士達の縄を解き、冬海は使用人達の縄を解いた。
兵士達は怪我をしていて、冒険者達と同じく瘴気を纏っていた。
「何があったんですか。」
1人の使用人が恐る恐る立ち上がる。
「黒いクロークの集団が何処からか屋敷に入って来て、兵士の皆さんは私共を守ってくださいました。」
由紀夫は兵士達の応急処置をしながら、使用人達に怪我がない事を確認する。
「皆さんは怪我ないみたいですね。」
「そうだ、ポーションって余っていませんか?領主様のお屋敷なら予備くらいあるかと思って伺ったんです。」
冬海は、思い出したかのように使用人達に問う。
「はい!もちろんございますよ。」
1人の使用人がすぐに予備のポーションを取りに行く。
由紀夫と冬海はホッとしたように、胸を撫で下ろす。
しばらく待っていると、血相を変えてポーションを取りに行った使用人が戻って来る。
息を切らし、肩を上下に揺らしながら息を整える。
「ポーションが全て……無くなっています。それにレオン様の書斎も荒らされていて……」
瘴気に侵された兵士達は冒険者ギルドへ運ぶ事になった。
残った兵士数名と使用人、そして冬海は手分けして行方不明になったノアを探す事になり、由紀夫は梨花の元へ戻る。
店へ戻り、梨花達と合流した由紀夫は冒険者ギルドや領主の屋敷で見た事を話す。
「由紀夫兄さん、それほんと!?……そうだ。和希兄さん達は?ギルドに居るの??朝早くに街の外へ行くって!!」
「俺達が冒険者ギルドで手当てを手伝っていた時は見てないよ。」
「じゃぁ、まだ街の外に居るの!?」
「わからない……」
「……和希兄さんが一緒にいるもん。大丈夫、だよね。」
由紀夫兄さんは、私の肩に手をポンと置く。
私は、アンジェさんの言葉を思い出していた。
『魔法はイメージだよ。』
もしかしたら、瘴気を聖女様のように浄化は出来なくても、どうにか打ち消すことが出来るかもしれない。
私はそう思い、冬海先輩が後から持って来てくれた聖女様の本を読んだ。
それは美しく強い聖女様の物語―
幼い聖女様は、山奥の小さな村で母と父の3人で暮らしていた。
小さな村には幼い子供も少なく、お友達もいなかった聖女様は、いつも村から少し離れた湖で遊んでいた。
ある日、いつものように湖で1人花を摘んでいると、村の方から背筋が凍るような嫌な気配を感じ、聖女様はしばらく湖のほとりに隠れていた。
気付くと眠りこけていて、起きた時には日が落ち、真っ暗な夜道を聖女様は、恐る恐る進み村へ帰った。
そこには、変わり果てた村があった。
倒れている村人達は禍々しいモヤを纏い、苦しそうに唸っている。
急いで家へ向かった。
家には母を庇うように倒れる父。
父は、すでに息絶えていた。
母はうっすらと目を開け、「生きていて良かった」と聖女様が無事なことに安堵した。
聖女様は声が枯れるまで泣き続け、神に祈った。
「どうか、村の人達を助けて下さい」と。
祈り続け、聖女様の声は天に届き、神託が降りる。
聖女様の身体は光りだし、みるみるうちに村を浄化した。
真っ暗だった村が、まるで昼間のように明るくなる。
その日から村人達は、幼い聖女様を崇め始めた。
これが36代目聖女の最初の偉業である。
聖女様も、最初はただ願ったんだ……
私に出来るかわからないけど、やるだけやってみないと、もっと沢山の人が被害に遭うかもしれない。
私はトピおじさんの手を握り、願う。
神様、助けて下さい。お願いします。
沢山の人が苦しんでいます。せめてトピおじさんだけでも助かれば、ポーションが作れるかもしれません。
『なぁにを寝ぼけたことを言っておるのじゃ。』
「え?だれっ!!」
「ど、どうしたの??梨花??」
私が急に声を上げたので、みんなが驚いて私を見る。
『わしの声はぬしにしか聞こえておらんわ。』
そ、そうなんだ。貴方は誰ですか?
『ぬしが先程から、願っている相手じゃ。』
か、神様!?
『そうじゃ、神だぞ。崇め讃えよ!』
あ、あの。助けて下さるんですか?
『いいやー?助けんぞ??』
な、何しに来られたんですか。
『ぬしは自分で考えるという知恵が無いのがいかんのう。まぁ親にもレールを敷かれ、兄達にも甘やかされて来たのだから仕方ないがの。』
……ごめんなさい。
『自分の頭で考えるんじゃ。どうしたらその穢れを払えるか。ぬしは生ゴミを捨てるにはどうする?』
えっと、こっちに来る前なら、袋に入れて綺麗に縛ってゴミ箱に。こっちでは、魔法で水分を飛ばしてカラカラにして捨てるか、燃やすか……です。
『そういうことじゃっ。』
な、何がですか!?
『エルフから、魔力は人から人へ渡せると学んだのではないのか?』
私はトピおじさんに、自分の魔力を流す。
トピおじさんの顔色が良くなっていく。
でも瘴気はまだトピおじさんに纏わり付いたまま。
『ぬしは、心が綺麗じゃからのう。これから辛い事もあるだろうが、わしは見守っておる。』
『わしがちょっとくしゃみをしてしもうて、ぬし達を間違って異世界に送ってしまったお詫びじゃ。ぬしら全員にわしから特別なスキルを贈っておるから、今回の騒動が終わればステータスを確認すると良い。
わし今から推しのライブじゃから!!じゃっ!!』
ちょっと!!神様!!?
私はトピおじさんに魔力を流し続ける。
異世界に来たの神様のせいなの!!?と思いながら、頑張った。
それはそれは頑張った。けれど瘴気は無くならない。
もぉ〜!!どうしたらいいの!!神様ぁぁあ!!
私は、やけになってトピおじさんの瘴気を、自分に流れるイメージで魔力を流す。
少しずつ瘴気が私に流れて来るのが分かる。
私は、トピおじさんの瘴気を全て吸い取り、その場で座り込む。
「出来た……」
私は自分の身体に入った瘴気を、どうにか浄化する。
自分の身体に移した方が、浄化はしやすいみたいだけど、多分これは私が浄化に慣れていないから。
浄化のイメージも分かったし、他にも苦しんでいる人達がいるから行こう。
「由紀夫兄さん!私冒険者ギルドへ行ってくる!!」
「梨花!?」
私は由紀夫兄さんの制止も聞かず、店を飛び出した。
朝とは比べものにならないほど、街に出ている人は減っていた。
外に居るのは、冒険者や騎士の人達くらい。
私は急いで冒険者ギルドへ行った。
トピおじさんと一緒に薬草を採りに行ける人が必要とのことで、サリーさんに言われるがまま、ランクの高い冒険者と症状の酷い人から治していった。
冒険者達は思いの外多く、魔力が枯渇し、頭が割れるように痛んだ。
目が霞みながらも、私は治し続けた。
あと20人程というところで、私は身体に力が入らなくなった。
倒れそうになった私を、目を覚まし後を追って来ていたトピおじさんに支えられる。
「梨花ちゃん、ありがとな。すぐ薬草取って来てやっから、安心して休んどけ。」
「トピおじさん、よかった……」
私の意識は薄れていった。
ここからは私が後で兄さん達に聞いた話。
私は何日も屋敷で眠っていた。




