Episode * Ⅳ * 哀惜の萱草
馬車を用意してもらっている間。
領主様に事情を話した。
バスに乗っている時、崖から落ちて気付いたら草原にいたと言う事。
そして何人居るのかなど。
私達は詳しく領主様にお話し、今日にでも迎えに行きたい旨を伝えた。
「そうか。では兵士を数人連れて行きなさい。それに私も行く。そのバス?と言う乗り物を見てみたい。」
との事で、領主様そして精鋭の兵士数名とアンジェさんまでついて来てくれる事になった。
高齢の者も居ると話すと、人手は多い方が良いと、さらに兵士を数名増やしてくれた。
食料や衣類などは領主様が用意してくれるらしく、私と由紀夫兄さんは依頼を受けに出ている和希兄さんと凪沙兄さんとの合流を急いだ。
冒険者ギルドへ行くと、丁度帰って来た所で事情を話し、すぐにお屋敷まで急いで戻った。
馬車と荷車の用意ができていて、兵士も6名揃い、待たせてしまったようだ。
「お待たせしてすみません。」
由紀夫兄さんが領主様に頭を下げながら、和希兄さんと凪沙兄さんの紹介をしていた。
「暗くなる前に出ようか。」
と、領主様が兵士達に指示を出す。
早速馬車へ乗り込み、屋敷を出た。
「良かったら、みんなでうちに泊まったらどうだい?ちゃんと一人一人の部屋も用意しよう。」
領主様はすっごく嬉しい提案をしてくれた。
領主様のお屋敷キラキラで綺麗でお泊まりできるなら嬉しいなぁ。なんて思っていたけれど。
「いや、宿屋に昨日から泊まっていて主人も奥さんもすごく良くしていただいていますし、アルレウス様にもこれ以上ご迷惑をおかけ出来ません。」
と由紀夫兄さんが断ってしまった!悲しい。
「あ、兄さん……」
と悲しそうにしていると、凪沙兄さんが私の様子を見て、領主様に質問をし出した。
「あの。領主様。」
「レオンで構わないよ。私はまだ若輩者でね。様とか付けられると気恥ずかしくて。みんなもレオンと呼んでくれ。」
と笑っていた。
「で、ではレオンさん。お屋敷にお風呂ってありますか?」
領主様はキョトンとして凪沙兄さんを見る。
「浴槽があるかという事かな。一応家にはあるよ。」
「ほ、ほんとですか!?」
私は反射的に反応してしまった。
恥ずかしい。
だって、昨日は沢山汗をかいたけど、宿にはお風呂もシャワーも無くて毎日半身浴していた私には少々キツイのです……!
「ご、ごめんなさい……」
兄さん達が私を見てニコニコ笑っているのが、見なくてもわかる。
「祖父がね、作ったんだよ。浴槽。それまでは浴槽も無ければ、体を湯に長時間浸けるということは無かったそうだよ。今もまだ一般的には使われてなくてね。宿には無いところがほとんどだから君達には不便だね。」
レオンさんは、私を可哀想にという目で見ている。
レオンさん……そんな哀れな目で見ないでください。
「あの、レオンさん。ご迷惑でなければ、これから合流する皆んなとも相談して宿でお世話になるか、レオンさんのお言葉に甘えるか決めても宜しいでしょうか。」
由紀夫兄さんは申し訳なさそうに話す。
「勿論だよ!私としては君達に来て欲しいからね。あの広い屋敷で1人なんだ。メイドや執事はいるがね、気楽にお話ししてくれる人が居なくて。」
レオンさんは、悲しそうに馬車の外を眺めながら話す。
馬車を走らせて一時間程経った頃、兵士が馬車の窓を叩いた。
「アルレウス様。前方から3名ほど歩いて来ます。」
窓を開け報告を聞いたレオンさんは、馬車をもぅ少し近くまで走らせ、止めるよう指示していた。
馬車が止まり降りる。
歩いて来ているのは、バスの運転手の茂さんと、茂さんに背負われた乗客のお婆さんの紗子さん。
そして冬海先輩と祐希先輩だった。
よく見ると茂さんと紗子さんはボロボロで、先輩達は急いできたようで、服はヨレ、荷物もチャックが開き、中身が溢れ出ていた。
「冬海先輩!祐希先輩!大丈夫ですか!?」
私が駆け寄ると、レオンさんは「仲間か。」と兵士達に周りの警戒をさせ、荷車に気を失っているお婆さんを寝かせ、茂さんの手当てをアンジェさんに頼んでいた。
「咲月君。良かった無事だったんだね。僕達も大丈夫。大丈夫なんだ。」
冬海先輩は少し震えているようだった。
「あの、時子おばあちゃんと治おじさんは?一緒に残ってた……。2人だけでバスの所にいるんですか?」
私は辺りを見渡して、一緒にバスに乗ってこの世界に来てしまったお婆さんとお爺さんの名前を出した。
祐希先輩は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「俺たちが少し辺りを見ていた時に、なんかよくわからない、ツノの生えたオオカミみたいなのが来て。茂さんがみんなを庇いながらバスの残骸の中に避難してたんだけど、紗子さんが頭を打って気を失ってしまって、早く医者に診てもらおうって。俺たちが戻って一旦追い払えて、荷物まとめて時子さんと治さんも一緒に逃げようって言ったけど、足手纏いになるからって。自分達はここで息を殺して隠れているから大丈夫って。」
祐希先輩が弱っている所を私は初めて見た。
私は足が勝手に動いて、バスの残骸がある所へ走り出していた。
もぉ薄っすら見えている。
走れば間に合うかもしれない。
私が走り出したのを見て、兄さん達が後を追って来る。
レオンさんが兵士達に「ついて行け。」と言っているのが薄っすら聞こえた。
時子おばあちゃん。治おじさん。
2人ともご近所さんですごく良くしてくれた人達。
無事で居て。
どれくらい走ったかな……
息が上がって。
足が前に出なくなって来て、兄さん達に追いつかれた。
私の足は止まって。
はぁはぁっと息を整える。
兄さん達は私を心配して、そばで背中をさすってくれている。
「兄さん。私。助けたいと思うのに。息が吸えなくて。頭の中がいっぱいで胸が苦しいの。悲しい。私は無力で何も出来ない……」
涙が溢れて止まらなくなった。
「深呼吸しろ。」と和希兄さんに言われ、ゆっくり息を吸って吐く。
息を整えようとすればする程、喉の奥が締め付けられて、余計に涙が溢れた。
――私は無力だ。
バスの残骸まで来ると、辺りは暗くなって兵士達が持って来てくれたランプで捜索を始めた。
バスの残骸、その周りには所々血痕が付いていた。
「梨花。少し馬車に戻って休んでろ。」
和希兄さんは私を心配してくれてるみたい。
私は言葉に甘えて馬車に乗った。
アンジェさんも休憩していたみたいで、目の上にタオルを乗せていた。
「アンジェさん。治癒系の魔法使われるんですね。」
アンジェさんは目の上に乗せていたタオルを退けて、私と向かい合うように座り直す。
「少しだけね。擦り傷を治せるくらい。そんな大した事は出来ないよ。応急処置。」
「でも、凄いです。私は何も出来ない……。茂さんの怪我どうでした?」
私は気を取り直してアンジェさんに笑いかける。
「男性の方は、擦り傷と噛み傷ぐらいで、俺の治癒魔法でも治せる程度だったよ。けど女性の方は、わからない。外傷は無いし、戻ったらちゃんとした医師に診てもらうべきだよ。」
「そっか……って俺!?えっと、アンジェさんって……」
私は、あわあわしながらアンジェさんを見つめていると、アンジェさんは私の隣に座り直して私の手を握る。
握った私の手を、じぶんの胸元に触れさせる。
少し頭を傾かせ、髪を耳に掛け私に笑いかけた。
「どっちだと思う?」
窓から入る月明かりが、アンジェさんを背後から照らす。
本当に女神の様だと思った――
馬車の中は静かに月明かりだけが入る。
私は唾をごくんと呑み込む。
心臓の音が聞こえてしまいそうなほど、静かで私はこれ以上ドキドキしない様に、触れている手から意識を逸らそうと、他の事を必死で考えた。
は!そうだ。髪切ろうって話してたよね。
凪沙兄さん自分の髪も切れるくらいだから、私のも切ってくれるかな。とかそんな事を考えていると、馬車の外が賑やかになった。
「見つかったのかも。外行ってみようか。」
私はアンジェさんに手を引かれながら、馬車の外へ出た。
皆んなの集まっている所へ行くと、時子おばあちゃんと治おじさんが寝かされていた。
「おい!アンジェ!!来てくれ!!」
レオンさんに呼ばれアンジェさんは急いで向かい、治癒魔法をかけ始めた。
「綺麗……」
思った事が口に出てしまった。
アンジェさんは女神様だと思うことにした。だって……
すっごく神秘的で美しいんだもん!!
寝かされている2人の側へ行く。
2人の姿を見た瞬間、私は口を押さえて後退りしてしまった。
重症……
そんな言葉で済まされる状態では無い。
由紀夫兄さん曰く、2人とも息はあるそうで。
私からしたら、思わず視線を逸らしてしまう程痛々しい傷で、息がある事が奇跡だ。
アンジェさんが治癒魔法で治そうとしている。
けれどアンジェさんは、応急処置程度しか出来ないと言っていた。
アンジェさんは、必死に治癒魔法を掛け額に汗が滲んでいた。
軽い怪我は治っているが、腹部の酷い傷を閉じないと時間の問題だ。
「梨花。時子さんが梨花に話したい事があるって。」
由紀夫兄さんのその言葉を聞いて、私は時子おばあちゃんの隣に座る。
時子おばあちゃんが手を上げようとした時、腹部の傷からゴポッと血が噴き出る。
私は、時子おばあちゃんの手を両手で握る。
「時子おばあちゃん。私。梨花だよ。」
時子おばあちゃんはゆっくりと話し出した。
「梨花ちゃん。ずっと…言ってあげたかった……事があるの。でも…ずっと言ってあげられなか……った。」
「時子おばあちゃん。無理に喋らないで、きっと助かるから。その時聞くから。」
時子おばあちゃんはゆっくりと頭を横に振る。
「助からないよ……。自分…の体のことは自分が…1番…よくわかる。よく…聞くんだよ。梨花ちゃん。」
「お母さんに縛られて…自由が無くて。
自由がないのは、自分のせいだって、自分が出来ないからって言っていたけど…。そんな事はない。
梨花ちゃんは、凄い子だよ。
文句一つ言わず頑張ってたじゃないか……。
この世界に、梨花ちゃんを大切にしてくれる兄さん達と来れたことは……神様がくれた貴方へのご褒美だと思うよ。もぉ何にも縛られない。
自…由だよ。
自分のやりたい事しなさい。楽しいと思う事。
この世界には貴方を縛るものはもぉ無いのよ。
今まで我慢して笑っている貴方が痛々しくて見てられなかった。
こっちに来て心の底から笑える梨花ちゃんの笑顔を見たいけれど、もぉ目も見えなくてね……。」
時子おばあちゃんは「あはは。」と乾いた声で笑う。
口から血が流れ出す。
「孫…の様に思ってる。可愛い梨花。幸せになるのよ……。」
私の手を軽く握っていた、時子おばあちゃんの手がぱたっと落ちた。
「時子おばあちゃん。時子おばあちゃん!」
私は時子おばあちゃんの体を揺さぶる。
由紀夫兄さんが時子おばあちゃんの脈を取ると、首を横に振った。
「うそ。やだ。やだよ。もっといっぱいお話ししたいよ。昔のお話とかいっぱい聞かせてよ。何時間でもお話し聞くから。逝かないで……。」
私もアンジェさんみたいに治癒魔法が使えたら、
無力じゃ無くなるのかな……
「私もお祖母ちゃんみたいに思ってる。」
時子おばあちゃんの手を強く握った。




