Episode * II * 解放の鈴蘭
気付くと、美しい草原に投げ出されていた。
痛む体を起こしながら、周りを見渡す。
一緒に乗って居たお爺さんお婆さん達、バスの運転手、それに祐希先輩や冬海先輩が倒れて居た。
腰に重みを感じ、振り向くと、兄さん達が私を庇うように倒れて居る。
由紀夫兄さんに兄さんは頭から血を流して居た。
「どうしよう。由紀夫兄さん。血が。」
私は震える手で鞄からスマホを取り出し、救急車にを呼ぼうと電話をかける。
プー、プー――と音が響く。
スマホを見ると電波が繋がって居なかった。
私はそっと兄さん達を寝かせ、スマホを振ったり腕を高く上げたりしながら、少し辺りを歩き回る。
「どうして繋がらないの!?」
私はスマホを握りしめて、唇を噛み締める。
急いで兄さん達の元へ戻ると、みんな目を覚ましキョロキョロとあたりを見渡して居た。
「梨花!どこ行ってたんだ!心配しただろ。」
「ごめんなさい。和希兄さん。スマホの電波が繋がらなくて。」
和希兄さんは、私の話を聞いて自分のスマホも確認していたがやはり電波は繋がらない様だった。
「由紀夫兄さん。大丈夫?」
「あぁ。大丈夫だよ。少し切ってしまっただけだよ。」
由紀夫兄さんは頭を押さえながら起き上がる。
周りにいたお婆さんが救急セットを持って居て、包帯を貰い、由紀夫兄さんの手当てをした。
バスの運転手さんが、乗客の皆んなに声を掛けていた。
運転手さんが言うには、山道で長髪の女性がバスの前に立ちはだかった為、咄嗟に避けようとハンドルを切ったところ、制御が効かなくなったそうだった。
皆んな軽い擦り傷で済んでおり、怒る人は居なかった。
崖からゴロゴロと転がって擦り傷で済んでいる事を不思議には思ったが、そんな事よりも皆んなここは何処なのか、という話題でもちきりだった。
「少し先に街がありそうだ。ここに居ても時間の無駄だし、行ってみるか?」
そう言いながら、祐希先輩と和希兄さんが歩いてくる。
2人は周りを見て来てくれたらしい。
「どれくらいの距離があるんだい?」
それを聞いた1人のお婆さんが声をかけてきた。
「うーん、歩いたら4時間弱ってとこかなぁ。遠目に建物みたいなのが見えただけだから。」
と和希兄さんが答えると、お婆さんはそっと座り何か考えている様だった。
「ならワシらは無理じゃのう。」
とお爺ちゃんが呟く。
ご老体には4時間歩き続けるのはしんどいだろう。
けれど、ここは見渡す限り草原で、バスの残骸しかない。
ここに居ても、食料も無ければ、飲み物も各々持っていたものだけでは2日と保たない。
「動ける人だけで街行ってみて、食料をどうにか入手して、一度戻って来てどうにか移動手段考えるってどうかな?」
と、冬海先輩が提案してくれた。
「いいね。そうしよう。どうにか皆んなで移動できるのが1番なんだけど、日が暮れるまでには街に着きたいからね。」
由紀夫兄さんがそれに賛成した。
バスの運転手、笹木茂さん、そして祐希先輩と冬海先輩はお爺さんお婆さんと一緒に残り、バスの残骸から使えそうなものが無いか探して貰う。
街に向かうのは、私と兄さん達3人。
兄さん達がカバンに入れていた食料。
主にバイト先で貰ったパンやおやつのお菓子を少し手元に残して、後は全て置いて行く。
「祐希先輩、街行きたいってさっきまで言ってたのに、良いんですか?私が残りますよ?」
「いや、良いよ。数人は動ける奴残った方がいいし、それに、梨花ちゃんの兄さん達だろ。兄妹は一緒の方が良いだろ。後で皆んなで行くんだから気にせず行ってこい。」
私は祐希先輩に礼を言ってペコリと頭を下げ、皆んなに手を振りながら街へ向かって歩き出した。
「梨花。疲れたらすぐ言ってね。」
「うん!ありがとう。凪沙兄さん。」
4人並んで歩くのはいつぶりだろう。
母から習い事増やされるまでは、よく兄さん達と公園へ行って遊んでいた。
あ、そういえば。今日お母さんになるべく早く帰ってこいって言われてたんだっけ。
「もぉ、帰れないのかな。」
私は不意に呟く。
それを聞いた兄さん達は顔を見合わせて、和希兄さんが私の肩を抱く。
「怒られなくて済む。やったな!」
和希兄さんは私の顔を覗きながらニカッと笑う。
私は涙が溢れた。
もぅ、我慢しなくて良いんだって。
そぅ思うと、胸の奥がジワッと熱くなって苦しくなった。
「気づいて居たのに、助けてやれなくて悪かった。」
由紀夫兄さんが、私の頭を撫でながら慰めてくれる。
溢れて止まらない涙を、凪沙兄さんが手で拭ってくれる。
私はズビッと涙を引っ込めると、兄さん達に笑顔を向け、
「髪!切ろうかな!」
兄達はぽかんと私を見つめる。
「な、なんで!?」
「せっかくこんな綺麗な髪なのに!?」
「梨花が減る……」
と兄さん達が息ぴったりにそんな事を言いつつ、髪が短いのも似合いそうだと褒めてくれる。
しばらく歩いていると、ちらほら人が見える。
皆んな、剣持って居たり防具を着ている。
なんだか物騒だなぁ。と思いつつ街へ歩く。
それに私達を、珍しい物を見るかの様に見られている様な……
街を囲う壁に、大きな門が聳え立っていた。
私達は門番の兵士に止められていた。
「Excuse me…」
由紀夫兄さんが、どうにか英語で会話をしようと話しかける。
兵士はキョトンとして、2人で顔を合わせる。
「外国の旅人か?」と小声で話している。
てか、言葉がわかる!?
看板に目をやると、見た事もない文字なのに何を書いているのかなんとなく理解できた。
私達は言葉が通じる事に気づき、兵士達にこの街について教えてもらった。
「ようこそ旅人達。此処は世界最端の街リム。」
「此処は小さな街だが、良いところだ。ゆっくりしていってくれ!」
兵士達はニコッと笑い、私達を歓迎してくれた。
「何か身分証はあるか?無ければ入街料が必要だ。」
と、1人の兵士が問う。
「すみません。此処にくる時に襲われて、金目の物や身分証を全て無くしてしまって……」
と、咄嗟に由紀夫兄さんが話す。
兵士達は顔を見合わせ、「最近此処らへんには盗賊が多いからなぁ。それの被害に遭ったのか若いのに可哀想に。」と同情の目を私達に向ける。
「だが、そのカバンには何が入っている?」
と、兄さん達の鞄や私の学生バックを指差す。
「中見てもらっても構いませんよ。」
と兄さんがカバンを開け、兵士達が確認してもらう。
「確かに金目の物は入っていないな。」
と嘘ついてないと信じてもらえ、門傍の部屋に連れて行かれ犯罪歴などの調査をする事になった。
「座って、この棘の先に指を押し付けて血を垂らして。」
と兵士が軽く説明をする。
水晶にガラスの棘みたいな物が付いている、よくわからない装置で犯罪歴などを見るらしい。不思議。
兵士が言うには、1人だけで構わないそうで、由紀夫兄さんが調べて貰う事になった。
由紀夫兄さんは痛みに少し顔を歪めたが、無事調査が終わり街へ入れた。
酒場や宿屋など旅人でも楽しめる施設も多々あり、街は賑わっていた。
一際人が集まっている場所へ行くと、すごくガラの悪そうな人が沢山居た。
「おいおい、嬢ちゃん。なんでこんな所にいやがる?あぶねーぞ。」
……早速絡まれてしまった。
此処は冒険者ギルドだそうで。
ガラの悪く見える人達は冒険者の皆さんだったそうです。
ごめんなさい。ガラが悪いなんて思ってしまって。
お仕事してたのですね。なんて思いながら受付へ行くと、女神と見間違う程美しい女性が対応してくれた。
長い髪は白く輝き、頬は桜色に染まり唇はぷっくりと赤い。目の色はオッドアイだろうか。左目はエメラルドグリーンの様な鮮やかな色に対し、右目は血の様に赤黒い。
名前はアンジェと言うらしい。
聞いてないけど、名札に書いてあった。
私が見惚れている間に兄達の冒険者登録が終わっていた。
「後はお嬢さんだけですね。お手をこちらへ。」
差し出された手に、そっと自分の手を添える。
触れた手は、体温を感じられない程冷たかった。
私は少し照れながら、言われるがまま書類にサインする。
「これで皆様、冒険者登録は完了致しました。あちらから依頼を受けてください。初めはランクIからになります。」
礼を言って隣の教えてもらった掲示板を見る。
私達はランクIだから、ランクIIまでの依頼しか受けられないそうだ。
冒険者ランクはI〜Ⅹまで10段階あり、Ⅷ以上のランクにもなると指名の依頼まで出てくるそうだ。
それにこの世界には、魔法という物があるらしい。
私達にも使えるのかな。
凪沙兄さんは、魔法が使えるかもとすっごくわくわくしている様だった。楽しそう。
薬草を採ってくる簡単な依頼を受け、二手に分かれる事になった。
凪沙兄さんがすごく行きたそうにしていたので、依頼の薬草を採ってくるのは、由紀夫兄さんと凪沙兄さんの2人。
私と和希兄さんは宿を探す事になった。
この世界の物価が分からないので色んな宿を見てみて回り、依頼の報酬で泊まれそうな、なるべく安価な所を探す事になった。
由紀夫兄さんは、安価な所は防犯がなってなくて危ないんじゃ無いかと言っていたが。
なんせ私達は無一文なので、仕方がないのです。
二手に別れ、私と和希兄さんは街を散策する。
「なるべく安価な八百屋さんとかもあれば見つけたいね。和希兄さん。」
「あぁ。そうだな。だけどもぅすぐ日が暮れる。先に宿探そう。お前を野宿させる訳にもいかないからな。」
「私は野宿でも良いよ?兄さん達が居るし。それに、他のみんなもバスの所で野宿になるのに……私達だけ。」
「何時間も歩いたんだ。せめて休む時はちゃんと休まないと、体が持たないだろう。」
それもそうだな、と思った。
流石に4時間以上歩いたから、私の足は産まれたての子鹿のようにカクカクしている。
先輩やお爺さんお婆さん達には申し訳ないけど、泊まれるならお布団で眠らせてもらおう。
和希兄さんと数件宿屋を見て回り、今回の依頼料内で1泊食事付きの宿を見つけられた。
その宿はお世辞にも綺麗とは言えなかった。
けれど、その宿の主人のお爺さんとお婆さんはすごく愛想の良い人だった。
2階の広い部屋に案内された。
木製のベッドが四つ。
価格的にはすごく快適だと思う。
少し隙間風が吹き抜ける。
私と和希兄さんは顔を見合わせ、ふっと笑った。




