Episode * I * 鳥籠のエリカ
日本に住む極普通な女子高生。
私、梨花には両親がいて兄が3人。極普通な家庭の女の子。
「ふぁー。今日も良い天気。」
―6:50
私はアラームが鳴る前に目を覚まし、伸びをして起き上がる。
トントントンッ――と部屋の扉が叩かれる。
「お母さん、ちゃんと起きてるよ。」
私は扉の向こうへ聞こえるように少し声を張る。
「そう、なら良いわ。早く支度しなさい。」
母はそう言い残し、一階へ降りて行った。朝食の支度をしに行ったのだろう。
私は制服に着替え、髪を梳かし、部屋を出る。
―7:10
一階のリビングに行くと、父が新聞を読みながら朝食を食べていた。
「早く顔洗って来なさい。」
母はお茶碗にご飯をよそいながら、ため息をつくように言葉を発する。
私は軽く返事をして、洗面台で顔を洗い、軽くうがいをしてリビングに戻ると、酷い寝癖の兄さん達が降りて来てご飯を食べ始めていた。
「兄さん達、おはよう。今日もすごい寝癖ね。」
「おぅ。梨花もおはよぅ。お前はいつも偉いなぁ、もぉ支度終わってるのか。」
最初に声をかけてくれたのは、長男の由紀夫兄さん。私の5つ年上で今は大学生。
すごく優しくて大好きな兄さん。
由紀夫兄さんは、いつも褒めて頭を撫でてくれる。
由紀夫兄さんの手は、暖かくて大きくて凄く安心するの。
けれど私はもぅ、高校生なのです。
「もぅ、やめてよ。由紀夫兄さん!私もぅ高校生なのよ!?」
と、手を軽く振り払ってみたりするのです。
由紀夫兄さんは、私のそんな照れ隠しも見透かしているかの様に優しく笑いかけてくれる。
「お前は真面目すぎなんだよ。もっとのんびり生きようぜ。」
そうあっけらかんと言うのは次男の和希兄さん。
和希兄さんは4つ年上の大学生。
陽気な性格で、いつも明るく家族のムードメーカー。
和希兄さんが居るだけでその場は少し明るくなる。
「梨花は今日もかわいいね〜♪髪もサラサラ〜。」
そう、私を褒めてくれるのは三男の凪沙兄さん。
凪沙兄さんは、和希兄さんの双子の弟なの。
和希兄さんは活発でアウトドア派なのだけれど、凪沙兄さんはインドア派で、よくネットゲームでお友達と遊んでいるわ。
凪沙兄さんは、お勉強がすごく出来て頭も良いのだけれど、少し抜けている所があるから心配!
私は席に座り「いただきます。」と手を合わせる。
私の目の前には母に用意された和食が並んでいる。
白ごはんにお味噌汁、焼き魚に副菜。
いかにも健康的な日本の朝ご飯。
「お母さん。毎日ありがとう。でも朝は忙しいから私も兄さん達と同じ朝ご飯で良いよ?」
私の前に並ぶ和食は、父や兄達の朝ご飯とは別で母が用意したもので、私以外は、目玉焼きとトーストの朝ごはん。
「何を言っているの?貴方はみんなとは違うの、お母さんが作って出すものだけ食べていなさい。外食もお母さんと行く時以外は許さないから。」
母はそうキツく私に言いつける。
それを見た由紀夫兄さんが母に声を掛ける。
「母さん。梨花はもぅ高校生だよ。お友達と外食くらいしたいでしょ。梨花が可愛いのは分かるけど、ちょっと過保護過ぎるんじゃない?」
なんて素敵な兄さん❤︎だいすき!そうなの!私も他の子みたいにお友達とファミレス行ったり、学校帰りにスイーツ食べたりしたいのです!!
と、心の中で叫ぶ。
そんな由紀夫兄さんの言葉も、母には響かない。
母は由紀夫兄さんの言葉を無視してご飯を食べ始める。
私はそんな母を見て、しゅんと頬杖をつく。
それを見た母がすかさず私の肘をパシッと叩く。
「食事している時に、肘をたてない。お行儀が悪い。足もちゃんと閉じて座りなさい!」
母は私の姿勢を直す。
兄さん達は肘ついてご飯食べてるよ。お母さん。
お父さんだって足なんてぱっかーんだよ。お母さん。
母は私にだけ厳しい。理由は女の子だから。
私別に女の子に産んで欲しいなんて、言ってないのに。
母は、父と結婚する時から、子供は女の子が欲しいといつも言っていたそう。
そして男の子が3人。
母が諦めかけていた時に、私が生まれた。
待ちに待った女の子。
私はそれはそれは可愛がられて育った。
けれど成長する度に、男兄弟の多い私は「お上品」と言う言葉には似付かわない言葉遣いや行動をするから、母はショックだった様だ。
私が小学3年生になった春。
母は私に習い事をさせ始めた。
ピアノやお琴に加え、華道や茶道。
書道やお料理教室、といった様々な習い事。
毎日の様に何らかの習い事をしていて、お友達と遊ぶ時間も取れなかった。
母は私に礼儀作法などの先生も付けた。
私は自由なのに、鳥籠に入れられている様だった。
母によく怒られていた私を慰めて味方になってくれたのは兄さん達だった。いつも泣いているとすぐに駆けつけてくれる。兄さん達は多分エスパーか何かだと思う。
だって、私の事なら何でも知っているの。
そんな母の甲斐あって、
私は周りから大和撫子と言われる様になっていた。
私は望んでいないけれど。
男の子に産まれていたら何か違ったのかな。
なんて……思ってしまう。
せっかく産まれたのだから。
自由に生きたいって思ってしまう。
……そんなのは私のわがまま。
育ててくれた母には感謝しなきゃいけない。
そう…思う様にしているの。
「いってきます。」
私は朝食を食べ終え、歯を磨いて家を出た。
今日は生徒会のお仕事で、隣町へ行く為にバス停へ急いだ。
「咲月君。おはよう。」
声を掛けてきたのは、生徒会長の伊賀冬海先輩。
3年生の冬海先輩は、優しく人をまとめるのが上手い。尊敬する先輩です。
「会長。おはようございます。副会長はまだ来られてないみたいですね。」
「あぁ。佐藤君は、朝に弱いからね。次のバスにでも乗れれば良いのだけど。」
と、冬海先輩は腕時計で時間を確認する。
今回の生徒会のお仕事は、学校交流会の企画や予算を決める会で、近隣五校の生徒会が、中央に位置する高校へ集まる日なのです。
その為、生徒会長の冬海先輩と副会長の佐藤祐希先輩、そして書記の私が参加する事になった。
無事に私と冬海先輩はバスに乗り、隣町の高校へ到着する。バス停で副会長を待っていると、猛スピードで近づいてくる自転車。
私達の前でキキーッと音を立てて止まる。
それは副会長の祐希先輩だった。
「待たせた!」
汗だくでニカッと笑う副会長。
佐藤祐希先輩。元気もりもり〜!って感じの人で、会長の冬海先輩は副会長の祐希先輩に振り回されてばかり。
祐希先輩は会長と同じく3年生で、陽気なムードメーカー。お仕事は会長に丸投げ。本当にどうして副会長してるのかと思ってしまう事もあるけれど、みんな副会長の事は嫌いになれないのです。
そういう私も祐希先輩の事はだいすきです。
あ、そういう意味じゃないですよ!?
お友達とか!そっちの意味だからー!!!!
私達は会議が終わり帰路に着いていた。
「くそー。腹減ったー!!なんか食って帰ろうぜ。」
祐希先輩が、腕を伸ばしながら私達に問いかける。
「良いね。どこか入ろうか。」
冬海先輩がそう答え、3人でカフェに入ることになった。
お母さん、ごめんなさい。今日だけだから……。
カフェで、私達は窓際のテーブル席に座った。
私はフルーツのパンケーキ。
祐希先輩はサンドイッチセットとチョコレートのパフェ。
冬海先輩はコーヒーとホットサンド。
私はパンケーキを前にしてキラキラと目を輝かせる。
「何だよ。パンケーキ食べるの初めてなのか?」
祐希先輩の言葉に、ハッと取り繕い。
「は,はい。初めて食べます。美味しそうです!」
先輩達はニコニコと微笑みながら、私がパンケーキを食べるのを見ていた。
パンケーキをナイフで切って、いちごとソースを一緒にフォークに刺し、口に入れる。
「美味しい!!」
不意に笑みが溢れる。
3人で談笑しながらしばらくすると、先輩2人は食べ終わり、私が食べ終わるのを待ってくれている。
私は少し急ぎめで食べ始めると、
冬海先輩が「ゆっくり食べて。」と声を掛けてくれた。
そんな時、店内がザワザワとし出す。他のお客さんが店外を見ていたので、私は窓の外を見ると、そこには怒った顔をしている母が私を見ていた。
私は冷や汗が吹き出す。
釘を刺されたばかりだったのに。
母に目を逸らせずに居ると、スマホの通知音でスマホに目が移る。
そこには《家に戻ったら話があります。なるべく早く帰ってきなさい。》と母からのメッセージが届いていた。
手に握ったフォークとお皿が触れ、カタカタと音が鳴る。
それを見た先輩達が心配そうに私を見ている。
私は、ハッとして何もなかった様にパンケーキを口に含む。
さっきまで、頬が溶け落ちるほど美味しいと思ったパンケーキは、味のないスポンジの様に思えた。
食べ終えると、外は日が落ち始めていた。
私達はバスに乗った。
「祐希先輩、自転車置いて行って宜しいのですか?」
「あぁ、叔父さんが帰りに持って帰ってきてくれるらしいから。俺は2人と帰るよ。流石に帰りもチャリで山道はしんどい。」
と、祐希先輩は肩を落としながら笑う。
「あれ?梨花。」
聞き慣れた声に振り向くとそこには兄達が座っていた。
「梨花、座りな。荷物も俺が持つよ。」
そう、由紀夫兄さんが自分の座っていた席を譲ってくれ、私は礼を言って腰を掛けた。
山越えをした先の最寄りのバス停までは、まだ50分以上掛かるからありがたい。
数箇所バス停を経由し、バスは山道に差し掛かった。
あともう少しで…
家に帰ったら母に叱られるのだと思ったら、憂鬱で窓の外を眺めながら静かにため息を吐いた。
その時ガタッと車体が揺れ、由紀夫兄さんが私に覆い被さる様に倒れてくる。
「由紀夫兄さん!?大丈夫!?」
と由紀夫兄さんの体を揺らす。
「梨花、頭を下げろ。小さく縮まるんだ!」
由紀夫兄さんの初めて見る表情に、私は黙って言う事を聞いた。
その瞬間――
ふわっと浮遊感に襲われる。
車内には悲鳴と動揺が溢れる。
その瞬間、ズンッと叩きつけられる様な衝撃と共に視界が反転する。
バスが崖から飛び出し、ゴロゴロと崖を転がり落ちていった。
それと同時に私の意識も遠くなった。




