店主のほうき
私は食事をしながら、喫茶店主のグレンさんと話をしていた。
この人は、私が働き始めてからというもの、
いつも一緒に食事をしてくれる。
「この店、いつもキレイですね」
「ん?」
「掃除は、いつされてるんですか?」
「ああ。昔からの相棒がいるんだ」
「私の他にも、誰か雇われてるんですか?」
「いや」
グレンさんは、それ以上説明しなかった。
不思議な人だ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
何気なく眺めていると――
壁に掛けられた古びた飾りが、
ほんの少しだけ動いた。
……気がした。
私は目を細める。
でも、動いていない。
「どうした?」
「いえ……」
見間違いだろうか。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
その時、ふと気づいた。
私の前にあった空になったお皿が、
いつの間にか消えていたことに。
――あれ?
私は首を傾げた。
さっきまで、確かにあった……よね?
厨房を見る。
カウンターの上に、
見覚えのある皿が置かれていた。
でも、グレンさんは立ち上がることもなく、
私の向かいでコーヒーを飲んでいる。
「……?」
気のせいだろうか。
もう一度カウンターを見る。
誰もいない。
皿もない。
私は思わず目をこすった。
そんな私を見て、
「疲れてるのかもしれないな」
と、グレンさんが言った。
「え?」
「今日はいろいろあっただろう」
確かに、そうだ。
仕事用のほうきを買って、
働き口が決まって、
住む場所まで見つかった。
私は納得しかけた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
お客さんが来店した。
私が立ち上がろうとすると、
グレンさんが手で制した。
まだ食べ終えていない私を、
気遣ってくれたのだろう。
「いらっしゃいませ」
「ご注文は何になさいますか?」
「いつものを頼むよ」
「かしこまりました」
グレンさんがそう答える。
その時だった。
厨房の奥で、小さく音がした。
カチャリ。
誰もいないはずの調理台で、
器が並ぶ音。
カチャリ。
コトッ。
私は思わず視線を向ける。
だが、厨房には誰もいない。
「……?」
私は首を傾げた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
この店には、
私の知らない何かがあるのかもしれない。
そんなことを考えたけれど、
すぐに考えるのをやめた。
働ける場所が見つかった。
それだけで十分だ。
それに……
この店にいると、
少しだけ安心できた。
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