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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
一章 OLさんは、ある日突然魔法少女になりました。
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第7話 感謝と勘違い

 受験勉強の息抜きのためにお菓子を食べようとしたところ、居間でゲームに興じている二人がいた。


 那波人は桃香の姿を目にとめると、近づいて『お邪魔してます』と頭を下げてきた。丁寧な挨拶など、友達の家で全くしたことがない桃香は感心したのを覚えている。


『初めまして。桜輝のお友達? 仲良くしてあげてね』

『いいえ、俺の方が仲良くしてもらってます。桜輝君からお姉さんの話は何度か聞いてました。よろしくお願いします』


 那波人は既に、抜きん出て整った顔立ちをしていた。はにかんだ幼い笑顔と可愛さに、桃香の胸はきゅんとなった。少々生意気な口をきく弟がいたせいもあるだろう。突如現れた礼儀正しい少年に、ついこう言ってしまった。


『あなた、本当に可愛いね。お名前は?』


 とたん、那波人の顔が曇った。怒りと悲しみが混ざった瞳で、床をにらむ。


『え? どうしたの?』

『そういうこと言われるの、嫌なんです』

『あ、姉貴。那波人に顔の話はしない方がいいぞ』


 ずっとゲーム画面に釘付けのままの桜輝が、それだけを喋った。


『俺もくわしく理由を聞いたわけじゃないけど、とにかく嫌なんだってさ』


 改めて那波人を見る。つやつやのくせ毛、ほくろひとつ無い白い頬。女の子にも通じる愛らしさだ。ひきつけられてしまう魅力が確かにある。


 唇を一文字に閉じたままの那波人へ、桃香は膝をついて向き合った。


『ごめんね。あなたを傷つけるつもりはなかったの。もう嫌なことは絶対に言わないから、許してくれる?』


 顔を上げた那波人は、目を丸くしていた。日の出を忘れていた鶏のような驚きっぷりだ。


『私は桃香っていうの。あなたが許してくれるなら、これからは桜輝だけじゃなくて、私ともお話ししてくれるかな?』


 那波人は口をぽかんと開けたまま、うなずきを返してくれた。


「あの時、かなり感動したんです。それまで謝ってくれる人に会ったことが無かったから。他の人は追加でさらに見た目を褒めたり、わがまま言うなとか、そういうことばかり言ってきて。だから俺、すごく嬉しくて」

「……そうだったんだ」


 その時の彼の心情を、今はじめて詳しく聞いた。だが。


(そんなに感動しちゃったのか。申し訳ないなあ。結局心の中ではさんざん、那波人君のことを可愛いだのイケメンだのって評価しまくりだったんだから)


 さっき久しぶりに見かけた時だってそうだ。自分は、彼の周囲にいる人とそこまで変わらない。


 気まずさが肥大していく中で、那波人は前触れなく言った。


「桃香さんは、結婚、するんですよね?」

「……ええっ?!」


 ちょうど赤信号だった。急ブレーキに桃香も那波人も前へとつんのめった。それを謝る余裕もない。


「その、何でそう思ったの?」

「桜輝君から聞いたんです。去年だったかな」


 元カレと結婚の話はチラホラしていたが、婚約まで至ったわけではない。それは桜輝も知っているはずだ。


 一体桜輝はどんな風に話し、それを那波人はどう解釈したのだろう。


「俺、ずっと考えてたんです。桃香さんは俺の恩人と言ってもいいくらいの人なので、何かお祝いを渡したいなって。本当にささやかなものしか準備できないですけど、何かリクエストがあれば今聞いても……」

「待って、ちょっと待って那波人君!」


 信号が青になり、車を発進させる。


 息を何度か吸い込み、桃香は低い声で白状した。


「結婚はしないよ。相手がいないから」

「……え?」

「去年フラれたの、大学生の頃から付き合ってる彼氏に……って、言わせないでよぉ!」


 説明したのは自分だというのに、桃香は誰かをなじるかのように叫んだ。


 車内は沈黙が支配し、気がつけば家の目前まで来ていた。那波人の家は、桃香の家からニ、三百メートル向こうにある。那波人が慌てて言う。


「歩いていくので、適当なところで降ろしてください」

「いいよ、すぐそこだもん。送っていくよ」


 注意を払いながら喋ったが、怒っているように聞こえたかもしれない。桃香は心の中でため息をついた。


(那波人君は悪くないよ、ごめんね。今日の私は疲れてるんだ。許してちょうだい)


 那波人の家に到着した。シートベルトを外した那波人だが、すぐに降りる気配がない。


「どうしたの?」


 那波人は体ごと、桃香へと向きなおった。


「そいつ、馬鹿ですよ。世紀の大馬鹿です」

「……ん?」

「桃香さんの元カレです。桃香さんと別れるなんて有り得ません。どうかしてます。一度病院で検査してもらったほうがいいです」

「そこまで言う?!」

「当然です」


 那波人は大きくうなずいた。


「桃香さんは俺の恩人です。きっとすぐ、良い人が見つかりますよ」


 桃香はひとつ、息を吐いて苦笑する。


「ありがとう。慰めてくれて」


 もう二十七歳だ。彼氏が出来たのも人生で一度きりなので、どう異性と出会えばいいのかもわからない。現状は出会いの場を求める気にならないので、春はしばらくやってこないだろう。


「絶対に見つかります。自信持ってください」


 那波人は車から降り、一礼する。


「今日はありがとうございます。助かりました」

「気にしないで。じゃあ、おやすみなさい」


 車を見送った後、那波人は心地よい夜風に独りごちる。


「桃香さん、結婚しないんだ」


 恋人と別れるなど、悲しい話だ。けっして明るい話題ではない。

 それでも那波人は、口角が自然と上がるのを止められなかった。


「桃香さんがフラれたのを喜ぶなんて。知られたら、絶対に嫌われちゃうだろうな」


 自虐めいた笑みを浮かべながら、那波人は去りゆく赤い車をいつまでも見送った。






 やっと家についた。車を停め、肩を回す。やはり、いつも以上に体が重たい気がする。


 今日は桜輝がクラムチャウダーを作る予定だと言っていた。ありがたく温かい食事をして、さっさと風呂に入って明日に備えよう。


 降車して鍵をかけ、数歩進んだところで。


 視界の端に動くものがあって、反射的にそちらを向いてしまった。

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