第6話 助け舟
「あーいたいた、那波人君。探したんだよ」
突然の大人の乱入に、四人の高校生は驚愕と共にそれぞれ視線を刺してくる。耐えがたい空気を感じた桃香は、話を強引に進めた。
「さー早く行くよ。ウチの弟が待ってるんだから」
言いながら那波人の腕をつかんで、さっさと脱出を試みたが。
「何なの、おばさん」
明らかな侮蔑の響きに、笑顔を浮かべたまま桃香は足を止めた。
「も、桃香さん」
隣で那波人の声がうわずってるのを耳にしながら、社会人用の完全無欠武装スマイルをつくりあげ、素早く振り向いた。
「おばさんにだって、あなたたちみたいに高校生だった時があったんだよ。あなたたちもいずれは大人になって、お行儀の悪い年下の子からおばさん呼ばわりされる日が来ちゃうよー。あなたたちより若い子は日本で、いや世界中で毎日たくさん産まれてるんだからね。いずれ帰ってくるよ、その悪口」
再び前を向き歩き出すが、辛辣な一言が追いかけてきた。
「確かにそうだけど、あんたより私たちの方が若いのは永遠に変わることのない事実ですけどー?」
間欠泉が吹き出すような嘲笑のせいで、早歩きになる。那波人は腕を引っ張られるまま、何も言わずついてきてくれる。
(ああ言えばこう言う。めんどくっさ! 何か今日は面倒なことばっかり起きてるな。悪夢も見たし、昼休みに人の悪口も聞いちゃったし)
駐車場まで来てようやく、那波人の腕を抱えたままだったことに気がついた。
「あ、ごめん!」
「いえ……桃香さん。ありがとうございます」
律儀に腰から上半身を折る青年に、桃香はしみじみと言った。
「身長伸びたね。高校生になっても大きくなったのかな?」
「はい。百八十五センチくらいあります」
「そんなに?! 私より三十センチ近くも高いんだ」
恥ずかしそうにする那波人を見て、心の中で独りごちる。
(この顔で高身長だし、そりゃあ女の子たちが寄ってくるのは当然だよねえ)
愛車の鍵を開け、助手席のドアを開けて促す。
「せっかくだから送っていくよ。どうぞ」
「そんな、申し訳ないです」
「いいのいいの。電車で帰ったら、さっきの子達と鉢合わせするかもしれないじゃん。後部座席の方がいい?」
「い、いえ! じゃあお言葉に甘えて」
安堵したような笑顔に、つられて桃香も笑んだ。
「遠慮しなくていいから、ね?」
下を向いた那波人は、無言でうなずいた。その頬が少し赤いが、さっさとエンジンをかけた桃香は気づくことはなかった。
いつもの帰路をすいすい走りながら、体を縮めている那波人に話しかける。
「でも久しぶりだね。那波人君が中学生の時以来じゃない? こんなにたくさん話すの。今は高校二年生だっけ? もうそんなに時間が経ったんだね」
「そ、そうですね」
すっかり声変わりした心地よい低音に、時の流れというものを実感せざるをえない。
「狭かったら座席倒してもいいよ。やり方わかる?」
「大丈夫です。その……いい匂い、ですね」
「カーフレグランスね。柑橘系の匂いが好きでさ、こればっかり買ってるの」
ちらりと隣に目をやると、那波人があわてて顔をそむけるところだった。自分の髪の毛に何かついてただろうかと、桃香は己の頭に手をやる。
「もしあの子達がしつこいようなら、しばらく迎えに来ようか? 残業とかあるから、毎日は無理かもしれないけど」
「たぶんもう、何もないと思います。これで三回目なんで」
「さ、三回も?」
その熱意は買うが、ここまで那波人を困らせるならば、それは間違った方向の熱意だ。
「それなら、あんな強い言い方にもなるか。でもね那波人君、余計なお世話だけど、あんまりやりすぎると女の子たちがあなたの敵になっちゃうよ?」
那波人は鼻から長く息を吐き、車の天井を仰ぐ。
「ああでもしないと、俺の表面だけ見て憧れる子には通じないんですよ。ほんっとうに面倒で、もうどうしたらいいのか」
桃香の声は自然と小さくなった。
「大変なんだね。よくわからないのに口出ししてごめんね」
(イケメンすぎるっていうのも悩みのタネになるんだ。過ぎたるはなお及ばざるがごとしってやつ?)
ただ、今のような愚痴めいたことを大っぴらに言うのもまた、反感を買う要因になるだろう。
そう思ったところへ、那波人が先んじたかのように口を開く。
「こんなこと言えるの、桃香さんくらいですよ。学校の誰かに相談したら噂になるかもしれないし、兄ちゃんには小突かれるし、桜輝君も笑いとばすだけだと思うし」
「そうなの? どうして私なら言ってもいいと思うの?」
「え、それは……俺が自分の顔についてああだこうだ言われるのは嫌だって相手に伝えて、謝ってくれたのは桃香さんが初めてだったからです」
(ん? そんなことあったな、そういえば)
那波人と会ったのは高校三年の夏だった。当時小学校五年の桜輝が、サッカーを通じて仲良くなったということで小学校二年の那波人を家へ招待したのだ。




