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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
一章 OLさんは、ある日突然魔法少女になりました。
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第5話 久々に見た近所の子

 鞄を肩にかけ、周囲の社員へ声をかけて退社する。草薙がひっそりと桃香の背を見ている事にも気づかず、階段を降りて駐車場を目指した。


 そこから何とはなしに向かったのは、車で数分移動した先にある本屋だ。全四階建てのうち一階が文房具売り場とコーヒーチェーン店、残りの二階から四階まではすべて書籍売り場だ。総売り場面積は、県内のどこの本屋よりも突出して広いだろう。この本屋よりも蔵書冊数が少ない図書館もあるかもしれないと思うくらい、ぎっしりと様々な本が並んでいる。


 二階にある雑誌売り場をウロウロしていた桃香は、ふと足を止めた。ひとつのムック本に目がいく。


 『レインボーガーディアンズ』とコラボしたコスメポーチだ。それを手にとると、嫉妬のような複雑な感情が沸いてきた。


 昨年『レインボーガーディアンズ』は、初回放送開始二十五周年を迎えた。今年からは、それを記念し制作されたリメイクアニメが放送されている。過去に夢中になっていた少女たちは、桃香とほぼ同世代だ。数々の商品を出せば、女性たちが目を輝かせて買い漁る。


 この不景気な世の中、何と景気のいい素敵な話だろう。推し活とは偉大なのだ。


(『ルナティック・シリウス』も何かやってくれないかなー。続編の漫画でもアニメ再放送でもいいし。グッズを新しく作ってくれたら、私が全身全霊で買いまくるのに)


 虚しい祈りだと知りつつも思ってしまう。『ルナティック・シリウス』というアニメは桃香の宝物だが、商業的な観点で見れば、あの頃量産されていた魔法少女アニメの一作品に過ぎない。社会的ブームを起こしたわけでもない作品が、再び命を吹き込まれることはそうそう無い。


(それにしてもこのポーチ、使いやすそう。買っちゃおうかな。使わなかったら風音にあげてもいいかも)


 黙考は、聞き覚えのある声で遮られる。


「だから、俺はそんなつもりはないんだって」


 記憶の中の声よりも低い。声変わり前の彼とはよく話していた気がするが、この数年とんとその機会は減っていた。


 桃香は後ろを向く。足早に、学ラン姿の誰かが去っていった。遅れて、三人の女子高校生がその後をついていく。


「……那波人(なはと)君?」


 小声で名をつぶやき、女子高校生達の背の向こうを伺う。彼は後ろを振り返るが、すぐ足早に階段を駆けていった。


 軽やかな身のこなしに桃香は感心するが、すぐに一瞬だけ見えた彼の表情を思い出す。明らかに困っている様子だった。何かあったのだろうか。


 距離を置いて学生たちの跡をつける。四人が辿りついた先は、哲学やら歴史の研究書やらが置いてある一角だ。嗜好の合う人間でない限り誰も寄り付かないであろうそこに、戸田那波人は三人の少女に囲まれ逃げ場を無くしていた。


 突き飛ばしての強行突破なら、いくらでもできるはずだ。しかし那波人はそういうことをする性格ではない。


 少女のうち一人が、非常に立腹した様子で詰め寄る。


「どうして返事のひとつもしてあげないの? この子が手紙を出すのに、どれだけ勇気を出したと思ってるの?」


 那波人は眉間にしわを寄せ、ため息をつく。怒りさえ整った容貌を映えさせるエッセンスでしかない。実際に一人の少女が頬を赤くした。あの子が、那波人に手紙を渡した子だろう。


(ラブレターか。今どきの子でも書くんだ……にしても那波人君、相変わらず顔がすごく良いねえ)


 那波人の母方の祖父はフランス人だ。彼はいわゆるクオーターになる。遺伝子の成せるわざか、彼は幼い頃よりひときわ目を引く容姿をしていた。


 こげ茶のクセ毛に、濃い灰色の瞳。形の良い高い鼻筋にきめの整った白い頬、薄い唇。喜怒哀楽のすべての表情を近くで堪能させてほしいと膝まづきたくなるほど、顔のパーツが見事なバランスで成り立っている。


 保育園や小学校の頃は女の子と間違われることもあったそうだが、十代後半になった現在は、少年のあどけなさと男性の精悍さが混ざった絶妙な均衡の上にある、危うげな色気まで持ち合わせている。


「他の子にも言ってるけど、俺は女の子からの手紙に返事を書くつもりはないんだ。君だけ不公平に扱ってるわけじゃない」

「那波人君、それってひどすぎない?」


 もう一人の怒れる女子が、那波人を下からねめつけた。


「前から思ってたけど、カッコいい顔だからって調子に乗らない方がいいよ。いつか痛い目みるに決まってる」


 那波人のこめかみに青筋が走ったのは、桃香の気のせいだろうか。


(おご)ったことなんか一度もないよ。この顔だって、たまたま親がこんなふうに産んでくれただけだ。俺は何の努力もしてない」

「うっわ嫌味じゃん! ねえ、なんでこんな奴がいいの?」


 桃香はいつの間にか手に汗をかいていた。


 那波人が己の見た目をむやみに話題にしてほしくないことを、桃香はよく知っている。このまま放っておけば彼は更にヒートアップして、女子たちの顰蹙(ひんしゅく)を買うだろう。


「どうして嫌味って解釈するんだよ? みんなが好きなようにあれこれ言ってるだけだろ。勝手に騒ぎ立てて期待して、失望してるだけだ。俺はちゃんと説明してるんだよ。誰かと付き合うつもりは全然ない。少なくとも今は、そんな気にはなれないんだ」


 顔を袖で覆う子が一人。ラブレターを渡した子だろう。泣いている友人を見て、二人の女子がさらに語調を強めた。


「断るにしてももっと優しく言ったらどうなの?」

「こんな奴、付き合わなくて正解だよ。フラれてよかったじゃん」

「……」


 辛うじて無表情をこしらえた那波人だが、苛立ちや反論を臓腑の奥に押し込めようとしているのが丸わかりだ。


 桃香は意を決して、足音高く歩み寄った。

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