第50話 めげずに頑張っていこう
「うん、何となくは」
「あの時と今じゃ状況が変わっただろ? エイビスが覚醒してしまったし、奴は宿主の影響で桃香を気に入っている」
「エイビスの顔は永遠に見てられるけど、それは全然嬉しくない」
はあ、とため息をついた。ルーンは話を続ける。
「つまり桃香が魔法少女でいる限りは、エイビスが暴れまわる確率はかなり下がると思うんだよ。桃香が強くなったらまた戦おう、みたいに言ってたけど、言い換えると時間の猶予があるってことだ。そうなると、こちらもいろいろ作戦を立てやすくなる」
「そっか。エイビスは浄化か封印しなきゃいけないもんね」
決して忘れてはならない。彼は敵なのだ。
「だからさ、とりあえず僕たちが作戦を整えるまでは、桃香に魔法少女でいてほしいんだ」
桃香個人としては魔法少女を続ける意思があったし、ここで改めて断るつもりなどない。
だが。
「……なんか生贄になった気分。すごい複雑」
「そういうわけじゃないよ。陽動作戦だよ?」
突然桜輝が覗き込んできたので、桃香は飛び起きた。
「ちょっと、脅かさないで!」
「姉貴も食べるだろ。どれがいい?」
箱ごとサンドイッチを差し出されるが、食欲はない。
「私はいいから、二人で食べて」
風音がどすん、と勢いつけて隣に座り込んだ。
「那波人君は桃香に味見してほしいんだから、一口くらい食べてあげなよ」
「……今は何も考えたくないんだってば!」
桃香は叫び、自室へ逃げた。風音は腕を組む。
「近所の高校生に片想いされてることにやっと気づいて、おまけにその子に宿ったラスボス級の敵に気に入られて。混乱しても仕方ないか。他人事ならすごく楽しめるシチュエーションだけど」
ふと、桜輝が何かを思い出したようにつぶやく。
「そう言えば風音さん、最近魔法少女を題材にしたネット小説書いてましたよね?」
ルーンが剛速球ばりの速さで風音を振り返った。風音は慌てて弁明する。
「あなたたちの事情とは全くかけはなれた設定にしてるから!」
「でも明らかに、姉貴と那波人がモデルになってるキャラいますよね?」
「それは別にいいじゃん。あのね、予想よりも閲覧数多いから、これからも連載続けたいの。だから桃香には秘密にして? お願い!」
居間での会話など露知らず、桃香は布団を頭から被って悶々としていた。
(あの様子じゃ那波人君は積極的にアプローチしてくるかもしれないし、エイビスも会ったらまた変な事言ってくるかも。私これから、どうなるのかな?)
社会人をやってるだけでも大変なのに。魔法少女としても頑張っているのに。
しばらく休憩するはずだった恋の戦場に放り込まれそうな予感に、桃香は震えるしかなかった。
○
瀬河との外出も終わり、二人はコンビニの駐車場に車を停め昼食を摂っていた。
瀬河が明らかに笑いをこらえているのを見て、桃香は頬を膨らませる。
「いいですよ。好きなだけ笑ってください。私だって未だに信じられないんですから」
「すごい偶然ね。目覚めた四天王クラス? の宿主が雪平さんのこと好きで、そのせいで敵が戦いを止めた、なんて。その男の子に助けられたのね」
「ま、まあ。そういう表現も出来ますけど」
さくっとおにぎりやらサンドイッチやらを食し、会社へと戻る。車を降りた瀬河だが、すぐ入口へ向かおうとしない。排気ガスと喧騒で忙しない大通りの方を見ている。
「どうしました?」
「雪平さんはすごいな、って思ってね。もし高校生の私が魔法少女を続けていたら、どこかで泣いて根をあげてたかも。あの頃は今よりも強くなかったし。だから私は、魔法少女に向いていなくて正解だったのかもね」
夏の風が、コンクリートのビルの隙間をぬって流れる。いつも崩れることのない瀬河のお団子髪だが、耳の後ろに遅れ毛が揺れている。
ぱりっとまぶしいはずの白シャツが、ビルの陰に沈んで暗く見える。
桃香はたまらず言った。
「瀬河さんは、確かに魔法少女じゃないかもしれません。けど魔法少女の私にとって、瀬河さんはすごく助けになってます」
「……え?」
「ルーンがいなくなって不安だった時も、エイビスとの戦いに向かう時も、瀬河さんがいてくれたから、私は落ち着くことが出来たと思ってます。それに前も言いましたけど、瀬河さんの仕事ぶりはすごいなとずっと思ってました。だから、あんまり悲しんでほしくないんです。特別な力を持つ人なんてごくわずかで、そうでない人の方が圧倒的に多いですよね。けどその人が気づいてないだけで、些細なことが誰かを励ましたり癒したりすることって、あると思うんですよ。ただ、目立つ人が目立ってしまうから、みんな自分が大したことないって思いこんじゃうだけで」
見る人によっては、立ちつくしていた瀬河の背中をわびしく思ったり、憐れみを感じることもあるかもしれない。
けれど桃香にとっては、ずっと戦ってきた背中、誰にも知られず悲しみや悔しさと向き合って歩き続けてきた背中だ。
誰かと比べる必要はない。自分なりに必死でここまできたことを、誇りに思っていいはずだ。
瀬河は、困ったあげく苦笑のようなものを浮かべる。
「それは、褒めてもらってるってことでいいの?」
「偉そうにすみません。でも、瀬河さんがいてくれてよかったです。心からの本心です」
「褒められるなんて滅多にないから、ありがたく受け取るわね」
そして、オフィスへ向かおうとしたところで――
(〈悪の元素〉だ)
久々の気配だ。ルーンがすぐに現れる。
「桃香、出動だよ!」
瀬河が、オフィスで見せることのない優しい笑顔と共に手を振ってくれた。
「いってらっしゃい。気をつけて帰ってきてね」




