第51話 すべての魔法少女達よ、どうか健やかに。祈りをこめて。
「レジーナ・ブロッサム・ストーム!」
青薔薇の花びらに包まれ、禍々しい気を出す蔦は消失した。
無事にさくっと浄化できた。それは喜ばしいことだが――
「なんでお前がここにいるんだよ?!」
ルーンが食ってかかっている相手、それはエイビスだった。
桃香は職場から数百メートル離れた三階建てのビルの屋上にいた。隣接して四階建てのビルがあるのだが、到着した時からそこにエイビスが立っており、今も腕を組みながら桃香たちを見下ろしている。
「悪いか? 桃香は私相手に渡り歩いた実力があるが、万が一雑魚の仲間にやられたらつまらんから、様子を見に来てやっただけだ」
当然と言わんばかりの、傲慢な態度。だが桃香は別のことに意識がそれそうになる。
(くっ、相変わらずカッコいい。あんまり顔見ないようにしなきゃ)
「那波人君は授業中じゃないの? 勝手に学校抜け出すなんて、可哀想でしょ」
「今は昼休みと掃除の時間だ。問題ないだろう」
ルーンが目を丸くする。
「そんなところで気を使うなんて。お前、本当にエイビスか?」
唇の笑みを深くしたエイビスは、風に流れる髪をはらう。
(色気振りまかないで。私の心を乱さないでよ!)
「ああ、私は闇夜を翔ける鳥どもの王、エイビスだ。桃香よ、早くもっと強くなれ、そして私と戦おう。そのためならば、お前に多少は手を貸してやってもいいぞ?」
「あなたは敵よ。魔法少女に対して過保護になるなんて、どういうつもり?」
那波人から影響を受けた行動とはいえ、やはり不可解だ。
「過保護とはよくわからんな。桃香という面白い魔法少女は私だけのもの。私だけが好きにあつかえる。遅かれ早かれ私のものになる魔法少女を、仲間であっても負かす奴は許さん、それだけだ」
言うとエイビスは、すっと姿を消した。授業の始まりが近いのかもしれない。
桃香は両手と両膝をコンクリートにつき、力なくうなだれた。
「ねえ、あんなの相手にしなきゃいけないの?」
ここに桜輝がいたとしたら、執着心の強いラスボス級キャラなんて面白いと茶化したかもしれないが、桃香にそんな余裕はない。
「頼むよ、桃香」
そうお願いするルーンの声も、心なしか小さかった。
建物の間に入って変身を解こうと、地上へひとっ跳びで降りる。すると。
見知らぬ女性が、二、三歳くらいの男の子を抱えて立っていた。
「……どうも」
気まずさを殺して平静を装い、桃香は頭を下げた。
「じゃ、じゃあ私はこれで」
少し移動してから変身解除しよう。そう思って踵を返したのだが。
「あの、あなた魔法少女ですよね?」
信じがたい質問に、足が止まった。
「え?」
女性は笑顔を浮かべながら近づいてくる。指を加えた男の子が、興味深そうに桃香の髪かざりを見ていた。
「私も中学生の時、魔法少女やってたんです。受験と重なってたんで大変で」
桃香と向かい合った女性は、ルーンへ目線を落とした。
「このウサギちゃんが、あなたの相棒なんですね?」
ルーンはどうしたものか、と無言で頭をかいている。
「それにしても吃驚しました。魔法少女を辞めてから、魔法少女を見かけるのは初めてなんで」
「そ、そうでしたか」
女性は二十代半ばくらいだろうか。おそらくは桃香より少し若いだろう。女性も、桃香が自分より年上だと察しているかもしれない。あえて口には出さないようだが。
男の子がぐずり、女性は全身を揺らして我が子を抱えなおす。
「お仕事は終わりました?」
「はい、ついさっき」
「ありがとうございます。ちゃんと休んでくださいね。地球の平和を人知れず魔法少女が守っていることは、私も、過去に魔法少女になった子達もちゃんと知ってますから。陰ながら応援してます。じゃあ、また。どこかでお会いできたらいいですね」
男の子も桃香へ手を振り、親子は道を曲がっていった。
改めて人の目を確認し、ビルの隙間に入り込んで変身を解く。
「あの人私の先輩なんだ。年下だったみたいだけど」
「この近くで魔法少女になった子は最近いないはずだから、どこかから引っ越ししてきたのかな。すごい偶然だね」
あったまったアスファルトにあぶられつつ、会社へ戻る。
「ねえ、ルーン」
「うん?」
「今まで何人の子が、魔法少女になって〈悪の元素〉と戦ってきたの?」
ルーンは頬に前脚を添え、考え込むように目を閉じる。
「この国はとびきり多いね。僕の記憶じゃ百人はいるかもしれない。この星中をひっくるめたら、もっとたくさんいるよ」
「そうなんだ」
ではその人数分だけ、地球の危機があり敵との戦いがあり、涙や苦しみもあったのだろうか。
桃香は一人で行動しているが、仲間と支えあった子もいただろう。エイビスのような強敵に、からくも勝利をおさめた子もいただろう。
「魔法少女って、すごいね」
「うん。みんなそれぞれ、すごく頑張ってくれたよ」
そのうちの一人が新しい人生のステップを歩み、子供までいる。そのことが桃香は、何だが嬉しく思えた。
「魔法少女だった子には、幸せになってほしいな。誰にも知られないのに、褒められないのに、敵と戦い続けてきたんだから」
「優しいね、桃香」
「大変なこともあるかもしれないけど、みんな健やかに、穏やかにいてくれたらいいなあ」
抜けるような夏空に、桃香は溜まった仕事のことはすっかり忘れ、顔も名前も知らない魔法少女達の平穏を願った。
かつてフィクションの魔法少女から、たくさんの勇気とワクワクをもらった。
大人になった今、信じがたいが魔法少女になった。誰かのために、みんなのために戦っている魔法少女が本当に存在しているのだと、身をもって体験した。
人知れず平和を守ってきた彼女たちがいるから、桃香も少し前までは平穏な人生を送っていたのだ。
夏の日差しに目を細めながら、改めて思う。
魔法少女になれた子も、なれなかった子も、幼い頃に憧れた子も。
大人になった皆が、しあわせであったらいいな、と。
綺麗ごとと笑われようとも、そう心から祈りたい桃香だった。
〈了〉




