第49話 これは現実なの? フィクションじゃなくて?
「あの! 今から言うことはあくまで俺の勝手な気持ちなんで、負担には思っていただきたくないんですが。もし、もしも俺が来年十八歳になって成人した時に桃香さんに恋人がいなかったら、の話ですけど。その時は、どうか考えてくれませんか?」
視界が傾いた。間一髪扉にすがりついて、何とか倒れるのだけはこらえる。
「か、かかか、考えるってその……つまり?」
那波人は息を吸い込み、告げる。
「俺とお付きあいしていただくとか、そういうことを、です。驚かれるかもしれませんが、俺は――俺は、桃香さんのことが昔から好きなんです」
桃香の表情筋が仕事を放棄した。驚愕を飛び越えた境地に行くと、人は何の反応も出来なくなるらしい。思考が再び動き出したのは、居間の方からバチン、と手と手を合わせる音がしたからだ。
「その……取りあえず落ち着こうよ、ね?」
「俺は落ち着いてますよ。桃香さんにようやく気持ちを言えましたから。今すぐ交際を申し込むのはマズいと思ったので、成人以降ならいいかな、と。予約したい男がいるってことを、ひとまずお伝えしたくて」
「よ、予約」
日常的に使う単語なのに、なぜか強烈な意味を感じる。
衝撃から立ち直るため、ひそかに手の甲をつねった。痛みが混乱を沈めてくれそうな気がした。
「よく考えようよ。私は那波人君よりも十歳年上だよ? ちょっと年の差が大きいよね」
那波人はああ、とつぶやいた。
「俺のフランス人のおじいちゃんは、二十四歳の時に三十六歳のおばあちゃんと結婚したんですよ。十二歳差ですね」
「そうなの?!」
初耳の情報に、思わず声がひっくり返る。
「はい。それに父さんの方が母さんよりも七歳年上だし。だから年の差カップルにはそれなりに理解のある家庭なんです」
笑顔を添えられ、桃香は呆然とする。脱出経路をどんどん塞がれている。
「だから気にしないでください、桃香さん」
「話を進めすぎないで!」
ぱちぱちと目を瞬かせた那波人は、しゅんとうなだれた。
「桃香さんは、俺のことをあんまり良く思ってないんですか?」
しおれた小犬のような愛らしさに、慌てて声をかける。
「そういう訳じゃないよ。あなたのことは弟の後輩だと思ってたから、すごく驚いてるだけ」
たちまち那波人は顔を輝かせた。
「だったら、俺にもチャンスはあるって思っていいんですね?」
(卑怯だっ! ここにきて強烈にかわいい笑顔するなんて!)
桃香は最後の悪あがきを試みた。
「あのね、私は那波人君に恋してもらえるような人間じゃないよ。那波人君はさ、顔についてああだこうだ言われるのがすごく嫌だよね? 私はずっと、那波人君のことをとっても顔が良いし可愛いしイケメンだしカッコいいって、心の中で叫びまくってたの。あなたが嫌がることを、表に出さないだけで私もたーくさんやってたの! ね、こんな卑怯な大人は嫌でしょ?」
那波人は意表を突かれたように固まった。これで恋という名の幻想も朝露のごとく消えるだろうと安心したが、やがて彼の顔に笑みが戻る。
「つまり、俺の前では俺が嫌がることをしないように気をつけてくださっていた、ってことですか?」
「ま、まあね。だって小学生の頃の那波人君、本当に嫌そうなリアクションしてたし」
「そのことを覚えてくれてたんですね。すごく嬉しいです。ますます、桃香さんのこと好きになりそうだな」
(な、何でそうなるのおっ?!)
桃香はとうとう玄関のたたきに腰を落としてしまった。印象を悪くするつもりだったのに、反対に株が上がったようだ。
那波人もしゃがみこみ、桃香と視線を合わせる。
「俺をカッコいいって思ってるってことは、桃香さんを落とすのにこの顔も充分使えるってことですね。生まれて初めて、心からこの顔で良かったって感謝しちゃいました」
桃香は口をパクパク動かすが、言葉が出てこない。
昔は可愛らしい近所の小学生で、弟の後輩でしかなかった。成長したら素晴らしい顔面をたまに拝ませてくれる男の子、くらいにしか思っていなかったのに。
ライオンに狙いを定められたように感じてしまったのは、気のせいだろうか。
「あなたの心も胃袋もつかめるように、俺頑張ります。でも何度も言いますけど、負担には思っていただきたくないんです。俺の一方的な想いだとわかってるんで」
そこで彼は、身を乗り出して顔を近づけてきた。桃香は情けない悲鳴をあげてしまう。
「ひぃっ」
「でも、それでも。覚悟しておいてくださいね、桃香さん?」
立ち上がった彼は、「お邪魔しました」と頭をさげ、足取りも軽く自宅へと戻っていった。
○
桃香はソファーに長々と伸びていた。様々な情報がいっきに降りかかりすぎて、思考は既に止まっている。
そんな彼女を尻目に、桜輝と風音は那波人の手料理で盛り上がっていた。
「オシャレだね。フランスパンでサンドイッチ作ろうなんて、私じゃ絶対にしない発想だなあ」
「色味のバランスもいいですね。タマゴサラダとレタス、ハムとチーズ、生ハムにアボガト……あいつもやるな」
桜輝はスマホで写真を撮った。敷いてあるペーパーも入れ物の箱もカラフルだ。わざわざどこかで買ってきたのだろう。しかもすべて紙製もしくはプラスチック製なので、返却する必要もない。
「映える料理も作れるし、洗い物も発生しないし、料理が上手くなろうとする意欲もある。将来有望だね」
「盛りつけにこだわってるのが伝わってきますね。俺も負けてらんないな」
やいやい騒ぐやりとりも、桃香の耳にはろくに入ってこない。
腕をつつかれ、何とか首を動かした。ルーンがソファーの背に乗っかっている。フルリの姿が見えないが、いつの間にかどこかへ行ったらしい。
「さっきので間違いないとわかったよ。エイビスは明らかに那波人の影響を受けているんだ。だから他の魔法少女と対峙したら、以前のような残忍なあいつになるだろうね。つまり桃香は意識しないうちに、四天王クラスの防波堤になってくれてるんだよ」
「防波堤」
鸚鵡返しにつぶやく。まだ現実についていけない。
「で、重要なのはここからなんだけど」
これ以上何も詰め込めないというのに、ルーンは一体何を言うつもりなのだろう。
「ちょっと前の話になるけど、魔法少女を辞めようと思えば辞めれるって説明したの、覚えてるかな?」
必死で記憶の糸をたぐる。確かにそんな会話を、魔法少女なりたての頃にしたかもしれない。




