第48話 真相
桃香は腕を組み、しばらく考え込む。
「えっと、もう少し詳しく説明してくれる?」
「エイビスが那波人に戻る前、あいつが何を言ったか覚えているかい?」
「え? えっと――押し倒されて下から見上げてもイケメンだなって思ったのは強烈に覚えてるけど」
風音は爆笑の一歩手前のように肩を震わせた。ルーンは桃香の腕に前脚で突っ込みを入れる。
「真面目に考えてよ!」
ごめん、と短く謝る。
「たしかいきなり面白い女って言われて、それから」
――お前は運が良い。相性のいい宿主によって目覚めた私以上の、幸運の持ち主だ。私は完全に、お前と戦う気が失せた。
――私がこの宿主に宿ったことそのものを、感謝するがいい。
「……私のことを運が良いとか、那波人君にエイビスが宿ったことを感謝しろとか。訳のわからないこと言ってたね、そういえば」
フルリが、片翼をばさりと広げる。
「大事なのはそこだ。宿主が那波人、という事実。同時に魔法少女が桃香だった、という点だ」
「……?」
その場の人間たちは全員頭に疑問符を浮かべた。ルーンが補足してくれる。
「エイビスは奴が想像する以上に、那波人の感情の影響をたくさん受けたんだよ。那波人はきっと、桃香を絶対に傷つけたくない、大事な存在と考えてるんじゃないかな? それも覚醒したエイビスが同調してしまうくらいの、強い思いだ。だからこそあいつは、桃香への攻撃を止めた。今ある情報で推測できるのは、こんなところだね」
風音が、ほうとため息をついた。
「何年間も煮詰めた片想いが、地球を救ったんだ。まるで少女漫画みたいだなー」
水銀温度計のように、桃香の首から額まで一気に赤く染まる。
寝ぼけた那波人にキスされたことを、ありありと思い出してしまったからだ。
「それって早とちりじゃない? 那波人君は私を近所のステキなお姉さん、と思ってるだけかもしれないじゃん。あの子が私に片想いしてるなんてあり得な……何でそんな冷たい目なの?」
解せない思いで、桃香は桜輝と風音を見た。
「どうして気づかないのかなって不思議に思って。この間那波人君を初めて見た私ですら、すぐ怪しんだくらいだよ?」
桜輝も同調する。
「姉貴、鈍すぎるよな。俺だってだいぶ前に気づいてたぞ。那波人の奴、意外とわかりやすいんだよなあ」
二人の言葉に、ルーンとフルリは納得したようだ。
「色恋が星の運命を左右するとはなあ。驚きだよ」
「こんなケース滅多にないだろうけど、むしろもう起きないだろうけど、記録は残しておかないとね」
皆が腑に落ちたテイで場が収まろうとしているが、桃香はそうはいかない。
「那波人君は私の十歳年下なんだよ。そんなことある?」
「あるじゃん。今姉貴が実際に経験してるじゃん」
「いや。いやいやいや。ちょっと考えさせ……」
そこで玄関のチャイムがなる。桜輝が立ち上がって確認しに行くが、すぐに戻ってきた。
ニヤニヤ笑う弟に、桃香は即座に嫌な予感を覚えた。
「那波人が来てるぞ。出てやれよ、姉貴」
数十秒にわたってもめた挙句、桃香は観念して玄関の扉を開けた。背中にいくつもの視線が突き刺さるのを感じながら。
そこに立っていたのは、照れくさそうな笑みを浮かべる那波人。
「すみません、せっかくのお休みなのにお邪魔してしまって」
「う、ううん、大丈夫だから」
私服姿の那波人を見るのはいつ以来だろうか。頭の中で吹き荒れていた混乱はどこかへ吹っ飛び、桃香は目の前の男子高校生の姿を網膜に焼きつける。
(はあ、那波人君本当に顔がいいなあ。この子が私のこと好きなんて、あり得ない。漫画じゃあるまいし、そんなことあるわけない)
那波人は、背中に隠し持っていた何かを差し出した。
「? これは?」
「最近いろんな料理にチャレンジしてたんです。少しは上手く出来たので、よかったら味見していただこうと思って。桃香さんの分も桜輝君の分もありますから」
差し出され、桃香は受け取ってしまった。
「あ、ありがとう」
そこで那波人の用事は済んだかと思いきや、彼は両手を揉んだり、あちこち視線をやったりとせわしない。
「どうしたの?」
疑問を口にした直後、桃香は気づく。もしかしたら促すような発言は、まずかったかもしれない。
「その……すみません、こういうの人生で初めてなので」
「へ?」
桃香の後ろ、那波人からは見えない絶妙な位置で「きたな」「きたわね」と野次馬二人が目を光らせる。
「誰かに味見をお願いするのが?」
「それもそうですけど……あの、改めてお聞きしたいんですけど、桃香さんは今、彼氏いないですよね?」
びく、と桃香の身体が揺れる。そのまま扉を閉めて逃げたくなるが、那波人に当たって結局は出来ないだろうから止めた。
「……うん、そうだよ」
答えるのに時間がかかったのをどう解釈したのか、那波人はうろたえていた。
「失礼なこと聞いてすみません! どうしても確認したかったんです。誰かが桃香さんを独占しているのかそうじゃないのか、聞いておかないと」
桃香は絶句した。いっそ失神したいとまで思った。桜輝と風音が無言で色めき立った気配がする。




